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ハマキョウレックス(無期転換)事件(大阪地判令2.11.15労経速2439号3頁)

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ハマキョウレックス(無期転換)事件(大阪地判令2.11.15労経速2439号3頁)

いまさら、労働経済速報誌であのハマキョウレックス事件を取り上げたのかと思ったら、同社において無期転換後の労働者が、正社員との賃金差額等の支払を求めた事案でした。

1.事件の概要

X1は、平成20年10月、X2は、同22年9月、それぞれY社と有期労働契約を締結し、トラック運転手として配送業務に従事しながら、以降更新を重ねてきた。その後XらとY社の間に同年10月1日を始期とする無期労働契約が成立した。
一方、Y社は、同29年10月1日付けで、有期の契約社員に適用される嘱託、臨時従業員およびパートタイマー就業規則(以下「契約社員就業規則」)に無期転換に関する規定を追加する等の改定を行い、XらとY社の間で、同30年11月2日、無期転換後の労働条件は契約社員就業規則による旨の記載のある無期パート雇用契約書を交わした。
Xらが、転換後の労働契約について、正社員に適用される就業規則(以下「正社員就業規則」)によるべきと主張して、正社員就業規則に基づく権利を有する地位になることの確認、正社員との賃金差額等の支払を求めて提訴したのが本件である。
なお、X1は本件以前に、採用時に半年か1年後に正社員にする旨の約束があったことを請求原因として、本件の確認請求と同旨の請求を行ったが、これを棄却する判決(ハマキョウレックス事件(最二小判平30.6.1民集72巻2号88頁)、以下「前訴最判」)が既に確定している。

2.XらとY社の主張

争点1 本案前の答弁(本件訴えの提起は信義則に反するか)

Y社の主張

既判力のある判断のほか、実質的に敗訴に終わった前訴の請求ないし主張の蒸し返しに当たるような訴えの提起は信義則に反して許されないというべきである。
しかるところ、X1は、前訴において、採用時に半年か1年後に正社員にする旨の約束があったことを請求原因として、本件の確認請求と同旨の請求を行い、これを棄却する判決が既に確定している。
したがって、少なくともX1は、正社員にする約束があったことを理由にして本件の確認請求を行うことは許されない。
さらに、前訴最判は、Y社において、正社員に適用される就業規則と有期の契約社員に適用される就業規則は別個独立のものとして截然と区分されており、たとえ有期の契約社員に適用される就業規則における労働条件の定めが無効になったとしても、それによって有期の契約社員に正社員の就業規則が適用されることにはならない旨判示しているから、Y社における就業規則の解釈につき確定した判断が既になされている。
ところが、Xらは、本件訴訟において、前訴最判で退けられた主張と同旨の主張を織り交ぜた主張を行っており、前訴における紛争の実質的な蒸し返しをしていることに他ならない。
なお、X2は前訴の当事者ではなかったものの、その主張はX1と概ね変わるところがないから、両者を別異に取り扱う必要はない。
よって、Xらの訴えは不適法であり、却下されるべきである。

Xらの主張

前訴の既判力が及ぶのは、「Xらが、Y社に対し、無事故手当、作業手当、給食手当、住宅手当、皆勤手当、通勤手当、家族手当、賞与、定期昇給及び退職金の支給に関し、正社員と同一の権利を有する地位にあることを確認する」との請求を棄却する部分であり、判決理由中の判断に既判力は生じない。
また、前訴は、X1が有期労働契約を締結していた時期の訴訟であるのに対し、本件訴訟は、無期転換後のものである。このように、前訴の既判力の基準時後に雇用形態の変化があったのであるから、本件訴訟に前訴の既判力は及ばず、紛争の蒸し返しにも当たらない。

争点2 無期転換後の労働条件に関し、正社員就業規則による旨の合意の有無

Xらの主張

ア Xらは、Y社に対し、無期転換後の労働条件について、正社員と同じ内容とする旨の申込みを次のとおり行った。
(ア)本件組合は、平成23年11月12日付け分会要求書によって組合員を正社員とすることを要求した。
(イ)本件組合は、平成30年6月12日付け団体交渉申入書において、Xらを正社員とすることを要求した。
(ウ)本件組合は、平成30年9月21日の団体交渉において、そもそもの要求が正社員化である旨を述べ、無期転換後は正社員就業規則が適用されるべきものである旨を述べた。
(エ)本件組合は、平成30年10月22日付け抗議申入書において、同月1日をもって、Xらについては正社員就業規則が適用となることは明らかである旨を主張した。
(オ)本件組合は、平成30年10月26日の団体交渉において、Xらの無期転換後の労働条件には正社員就業規則が適用されると考えている旨を述べた。

イ Y社は、Xらに対し、無期転換後の労働条件は無期パート雇用契約書及び契約社員就業規則によるとの意思を表明しているが、無期パート雇用契約書による意思表示が無効であり、契約社員就業規則がXらに適用されない場合には、正社員就業規則を適用するほかないとの意思であったと解釈すべきであり、ここにおいてXらとY社の意思は合致し、無期転換後のXらに正社員就業規則が適用される旨の合意が成立したというべきところ、Y社は、遅くとも平成30年10月26日の団体交渉時までに、無期転換後のXらに正社員就業規則が適用されることを黙示的に承諾した。

ウ そして、XらとY社の無期パート雇用契約書のうち賃金に関する労働条件の部分及び契約社員就業規則によるとする部分は、次のとおり無効である。
(ア)Xらは、従前から、組合を通じてXらの正社員化を要求し、無期転換後は正社員就業規則が適用されると考えている旨を明らかにしていたのであり、これに反する内容の無期パート雇用契約書に署名押印したのは、無期転換のための手続上必要な形式的なことと考えたからにすぎない。Xらは無期パート雇用契約書に表示されている内容に対応する意思を欠いているのであって、無期パート雇用契約書の契約社員就業規則が適用されるという部分についてのXらの意思表示は錯誤により無効である。
(イ)無期パート雇用契約書は、労働協約たる組合とY社との事前協議条項及び事前協議の合意に反するものであるから、労働組合法(以下「労組法」という。)16条によっても無効である。

エ また、契約社員就業規則は、次のとおり、Xらに適用されない。
(ア)Xらは、組合を通じて、契約社員就業規則の適用を拒否する意思を明らかにしてきたから、契約社員就業規則をXらに適用することは合意原則(労契法1条、3条1項、6条)に反し、許されない。
(イ)無期転換後の労働条件を無期転換前のそれと同一とすることを定めた契約社員就業規則2条2号及び10条3項(以下「無期契約社員規定」という。)は、平成29年10月1日改正により追加されたものであるところ、同規定は、Xらの無期転換時点ではすでに存在していたから労契法7条の適用が問題となる。しかるところ、無期契約社員規定は、合理性の要件を満たさないため、無効である。
すなわち、無期転換後のXらと正社員との間で、職務の内容及び配置の変更の範囲等の就業の実態において違いはないのに、無期契約社員規定を適用してXらに正社員より明らかに不利な労働条件を設定することは、労契法3条2項の均衡考慮の原則に反するとともに、同条4項の信義則に反する。
(ウ)契約社員就業規則は、XらがY社と有期労働契約を締結していた時からXらに適用されており、無期契約社員規定の追加はすでに適用されている就業規則の変更とみることもできるところ、これはXらにとって実質的に労働条件の不利益変更に当たる。そして、Y社において無期契約社員規定を追加する必要性は不十分であるほか、合理性の要件も満たさないから、労契法10条類推適用により無効である。
すなわち、Xらは、組合を通じて正社員への転換を要求し、無期契約社員規定の追加に反対していたほか、XX1においては採用の際に、半年か1年後に正社員にするとの約束をY社から取り付けていたから、Xらは、無期転換後は正社員としての地位を得る合理的期待を有していた。無期契約社員規定はXらの上記合理的期待を侵害するものであり、これによるXの不利益は大きく、就労の実態からみて均衡考慮原則に反することは前記のとおりであり、これを合理化する事情はない。
他方、Y社において、無期契約社員規定を追加する必要性は、人件費の増大の抑制にあるが、有期契約労働者の雇用の安定及び公正な待遇等の確保という労契法の趣旨に照らし、Y社の上記必要性を過大に評価すべきでない。また、Y社から組合に対して無期契約社員規定を追加する必要性について十分な説明もされていない

(Y社の主張)

ア XらがY社に対して正社員にするよう要求した事実があったとしても、Y社がそれを承諾した事実はない。なお、Y社は、平成30年10月26日の団体交渉において、Xらを正社員にしない旨を明確に回答している。

イ かえって、XらとY社との間には、無期契約社員規定を追加した契約社員就業規則を適用することについての明示の合意がある。
(ア)すなわち、Y社は、平成29年9月8日、組合に対し、契約社員就業規則に無期契約社員規定を追加するなどの変更を行うことを通知し、その後、団体交渉の場で、労契法18条所定の無期転換の申込みがあったところでXらが正社員になるわけではない旨の考え方を説明し、事務折衝の場でも、変更後の契約社員就業規則が適用されること、同規則の内容、労契法18条の解釈等について説明した。Xらは、上記団体交渉等を経た後、何ら異議をとどめることなく、Y社に対し、Y社の説明に沿った内容の無期パート雇用契約書にそれぞれ署名押印して提出し、Y社との間で同契約を締結した。
したがって、Xらは、契約社員就業規則を適用することに合意した。
(イ)Xらは、無期パート雇用契約書のうち、契約社員就業規則が適用されるという部分は錯誤により無効であると主張するが、同契約書の記載は平易で、大部にわたるものではなく、無期転換前にY社とXらとの間で用いられてきた書式と大差がないものであって、Xらは、同契約書の内容を十分に理解した上で署名押印し、Y社に提出したというべきである。
仮にXらに錯誤があったにせよ、Xらは、無期パート雇用契約書に正社員とはしないことが記載されていることを認識しながら、敢えて署名押印して提出したというのであるから、重大な過失によるものということができ、錯誤無効を主張することはできない。
(ウ)さらに、Xらが労働協約と主張する書面には、Xらの労働条件に関する具体的な定めはなく、無期パート雇用契約書が「労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約」(労組法16条)であるとも言えない。

争点3 無期転換後の労働条件に関し、正社員就業規則が労契法18条1項第2文の「別段の定め」に当たるか

(有期労働契約の期間の定めのない労働契約への転換)
労働契約法第18条 同一の使用者との間で締結された二以上の有期労働契約(契約期間の始期の到来前のものを除く。以下この条において同じ。)の契約期間を通算した期間(次項において「通算契約期間」という。)が五年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。この場合において、当該申込みに係る期間の定めのない労働契約の内容である労働条件は、現に締結している有期労働契約の内容である労働条件(契約期間を除く。)と同一の労働条件(当該労働条件(契約期間を除く。)について別段の定めがある部分を除く。)とする。

(Xらの主張)

無期パート雇用契約書に基づく意思表示が無効であること、契約社員就業規則がXらに適用されないことは、争点2(Xらの主張)のとおりであり、労契法18条1項第2文の「別段の定め」として残るのは正社員就業規則(4条2項を除く。)のみである。

(Y社の主張)

ア Y社において、契約社員就業規則と正社員就業規則は、別個独立のものとして区分されており、Xらには、無期転換する前まで、契約社員就業規則が適用されてきた。
契約社員就業規則には、無期転換後のXらがその適用対象であること、正社員となるにはY社との間で登用の合意が必要であることが明確にされており、正社員就業規則に、無期転換後のXらを正社員として取り扱う旨の規定はない。
したがって、無期転換後のXらの労働条件について、正社員就業規則を労契法18条1項第2文の「別段の定め」とみる余地はない。

イ Xらは、Xらに契約社員就業規則を適用することは合意原則(労契法1条、3条1項、6条)に違反する旨主張するが、XらとY社との間で契約社員就業規則を適用する合意があることは、争点2(Y社の主張)のとおりであり、契約社員就業規則をXらに適用する方が合意原則に合致している。

ウ Xらは、Xらに契約社員就業規則を適用することは均衡考慮の原則(労契法3条2項)及び信義則(労契法4条)に違反し、労契法7条の合理性の要件を満たさない旨主張するが、かかるXらの主張は、前訴最判で退けられた主張と実質的に同じであり、失当である。

エ Xらは、無期契約社員規定の追加について、実質的に労働条件の不利益変更に当たり、労契法10条の類推適用により無効である旨主張するが、無期契約社員規定は、労契法18条1項を確認的、注意的に定めたにすぎず、就業規則の不利益変更に当たらない。
仮に、無期契約社員規定の追加が就業規則の不利益変更に当たるとしても、争点2(Y社の主張)のとおり、Xらは無期契約社員規定が追加された契約社員就業規則が適用されることを明示的に承諾した。
また、無期契約社員規定の追加が就業規則の不利益変更に当たり、Xらがこれに反対していたとしても、無期契約社員規定は、労働者の既得権を奪うものでも、労働条件そのものを切り下げるものでもなく、労働者の不利益はないに等しい上、かかる変更は、労契法18条に基づく無期転換を見越した必要かつ相当なものであり、組合とも交渉し、従業員に周知しているから、合理的な就業規則の変更に当たり、労契法10条によりXらにも適用される。

3.判決の概要

争点1 本案前の答弁(本件訴えの提起は信義則に反するか)

前提事実、弁論の全趣旨及び当裁判所に顕著な事実によれば、前訴は、X1とY社との間で、有期の契約社員と正社員との労働条件の相違が労契法20条に違反する場合、当該有期の契約社員の労働条件が正社員の労働条件と同一のものとなるかが争われた事案であるのに対し、本件訴訟は、XらとY社との間で、労契法18条に基づく無期転換後の無期契約社員の労働条件が正社員の労働条件と同一のものとなるかが争われた事案であることが認められる。
そうすると、本件訴訟は、前訴と争点を異にするものであるから、本件訴訟における原告らの主張に前訴におけるX1の主張と類似の趣旨のものがあったとしても、本件訴訟が前訴における紛争の実質的な蒸し返しに当たるということはできない。
したがって、原告らの訴えの却下を求める被告の主張は採用できない。

争点2 無期転換後の労働条件に関し、正社員就業規則による旨の合意の有無

ア Xらは、遅くとも平成30年10月26日の団体交渉時までに、無期転換後の無期パート雇用契約書及び契約社員就業規則のうち無期契約社員規定が無効となる場合には無期転換後のXらに正社員就業規則が適用されることについて、Y社との間で黙示の合意があった旨主張する。
しかし、Y社は、一貫して、無期転換後の無期契約社員が正社員になるとは考えておらず、正社員就業規則が適用されるものではない旨回答しているのであって、無期パート雇用契約書及び契約社員就業規則の無期契約社員規定が無効となる場合には正社員就業規則が適用されるといったXらの考えをY社が了解したと認めるに足る事情は何ら存在しない。

イ かえって、Xらは、Y社の回答が上記のとおりであることを認識した上で、無期転換後の労働条件は契約社員就業規則による旨が明記された無期パート雇用契約書に署名押印してY社に提出しており、XらとY社との間には、無期転換後も契約社員就業規則が適用されることについて明示の合意があるというべきである。
この点、Xらは、上記雇用契約書のうち契約社員就業規則が適用されるという部分について、Xらには形式的なものと誤信した錯誤があるから無効であり、また本件組合との合意に反するから労組法16条により無効であると主張する。
しかし、Xらは、団体交渉を通じて、Y社が無期転換後のXらに契約社員就業規則が適用されると考えていることを十分認識していたと解されるのみならず、上記雇用契約書が、無期転換後の労働条件についてY社の上記考えを反映したものであることは文言上明らかであって、これを形式的なものと誤信して署名押印したとのXらの主張は採用し難い(なお、Xらの主張を心裡留保による無効をいう趣旨と解しても、Xらの主張を採用し難いことに変わりはない。)。
また、前記認定事実によれば、Y社と本件組合との合意は、Xらの労働条件やその待遇に関する基準を定めたものではないことは明らかであるから、上記雇用契約書について労組法16条違反をいうXらの主張も採用の限りでない。

合意の内容
(ア)被告と本件組合は、平成24年1月20日、団体交渉により合意をみた下記の内容について双方誠実に履行することを確約する旨の協定書を作成した。
               
1 被告は、組合員に影響を与える問題(身分・賃金・労働条件等)について、事前に本件組合と協議を行い、合意を得られるよう努める。

(イ)被告と本件組合は、平成28年2月10日、中労委平成27年(不再)第18号事件に関し、中央労働委員会からの和解勧告を受諾し、下記の和解をした。
    
3 被告と本件組合は、(・・・中略・・・)、組合員に影響を与える問題(身分・賃金・労働条件等)について、事前に協議を行い、でき得る限り合意に至るよう努める。

(基準の効力)
労働組合法第16条 労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は、無効とする。この場合において無効となつた部分は、基準の定めるところによる。労働契約に定がない部分についても、同様とする。


ウ 以上によれば、無期転換後の労働条件に関し、正社員就業規則による旨の合意があったとするXらの主張は採用できない。

争点3 無期転換後の労働条件に関し、正社員就業規則が労契法18条1項第2文の「別段の定め」に当たるか

(1)Xは、無期転換後の無期パート雇用契約書に基づく意思表示及び無期契約社員規定を追加した契約社員就業規則は無効であるから、残る正社員就業規則が労契法18条1項第2文の「別段の定め」に当たる旨主張する。

ア しかし、上記雇用契約書に基づく意思表示が無効でないことは、争点2で認定・説示したとおりである。

イ 次に、契約社員就業規則について、Xらは、これを無期転換後のXらに適用することは合意原則(労契法1条、3条1項、6条)に違反する旨主張する。
しかし、無期転換後に契約社員就業規則が適用されることについて合意があったと認められることは、争点2で認定・説示したとおりであり、Xらの上記主張は採用できない。

ウ また、Xらは、無期転換後のXらに契約社員就業規則を適用することは、正社員より明らかに不利な労働条件を設定するものとして、均衡考慮の原則(労契法3条2項)及び信義則(同条4項)に違反し、合理性の要件(同法7条)を欠く旨主張する。
しかし、証拠及び当裁判所に顕著な前訴最判によれば、Y社において、有期の契約社員と正社員とで職務の内容に違いはないものの、職務の内容及び配置の変更の範囲に関しては、正社員は、出向を含む全国規模の広域異動の可能性があるほか、等級役職制度が設けられており、職務遂行能力に見合う等級役職への格付けを通じて、将来、Y社の中核を担う人材として登用される可能性があるのに対し、有期の契約社員は、就業場所の変更や出向は予定されておらず、将来、そのような人材として登用されることも予定されていないという違いがあることが認められる。
そして、無期転換の前と後でXらの勤務場所や賃金の定めについて変わるところはないことが認められ、他方で本件全証拠によっても、Y社が無期転換後のXらに正社員と同様の就業場所の変更や出向及び人材登用を予定していると認めるに足りない。
したがって、無期転換後のXらと正社員との間にも、職務の内容及び配置の変更の範囲に関し、有期の契約社員と正社員との間と同様の違いがあるということができる。
そして、無期転換後のXらと正社員との労働条件の相違も、両者の職務の内容及び配置の変更の範囲等の就業の実態に応じた均衡が保たれている限り、労契法7条の合理性の要件を満たしているということができる。
この点、Xらは、無期転換後のXらと正社員との間に職務内容及び配置の変更の範囲等の就業の実態に関して違いがないことを前提に、無期転換後のXらに契約社員就業規則を適用することの違法をいうが、前提を異にするものとして採用できない。
なお、無期転換後のXらと正社員との労働条件の相違が両者の就業実態と均衡を欠き労契法3条2項、4項、7条に違反すると解された場合であっても、契約社員就業規則の上記各条項に違反する部分がXらに適用されないというにすぎず、Xらに正社員就業規則が適用されることになると解することはできない。すなわち、上記部分の契約解釈として正社員就業規則が参照されることがありうるとしても、上記各条項の文言及びY社において正社員就業規則契約社員就業規則が別個独立のものとして作成されていることを踏まえると、上記各条項の効力として、Xらに正社員就業規則が適用されることになると解することはできない。

エ さらに、Xらは、無期契約社員規定の追加により無期転換後のXらに契約社員就業規則を適用することは、無期転換後は正社員としての地位を得るとのXらの合理的期待を侵害し、労働条件の実質的な不利益変更に当たるから、労契法10条の類推適用(なお、無期契約社員規定は、Xらの無期転換前から実施されている。)により無効である旨主張する。
しかしながら、そもそも労契法18条は、期間の定めのある労働契約を締結している労働者の雇用の安定化を図るべく、無期転換により契約期間の定めをなくすことができる旨を定めたものであって、無期転換後の契約内容を正社員と同一にすることを当然に想定したものではない。
そして、無期契約社員規定は、労契法18条1項第2文と同旨のことを定めたにすぎず、無期転換後のXらに転換前と同じく契約社員就業規則が適用されることによって、無期転換の前後を通じて期間の定めを除きXらの労働条件に変わりはないから、無期契約社員規定の追加は何ら不利益変更に当たらない。
なお、Xらは、X1については採用の際に半年か1年後に正社員にするとの約束をY社から取り付けており、無期契約社員規定の追加はかかる合理的期待を侵害するとも主張する。
確かに、X1の採用時に正社員として採用されることを望む同人に対して、Y社E支店長が社員ドライバーにすることは約束するが、直ぐにというわけにはいかず、約半年から1年間程度は待って欲しい旨の発言をしたことは認定したとおりである。
しかし、証拠及び弁論の全趣旨によれば、その後に取り交わされた雇用契約書には、半年ないし1年後に正社員として登用する旨の記載はなく、約10年間にわたり、有期の契約社員として契約の更新が繰り返されてきたことが認められる。
そうすると、採用時の上記やりとりは、契約社員就業規則に、有期の契約社員のうち、特に勤務成績が良好な者は選考の上、正社員に登用することがあると規定されていることを踏まえて、X1についても、将来正社員として登用される可能性があることを説明したにすぎないと解するのが相当であり、採用時の上記やりとりをもってX1に正社員となることについての合理的期待があったとまではいえない。
よって、無期契約社員規定の追加が労働条件の実質的な不利益変更に当たるとのXらの主張は採用できない。
(2)以上のとおり、正社員就業規則が労契法18条1項第2文の「別段の定め」に当たるとのXらの主張は、いずれも理由がない。

3.解説

①無期転換後のパートタイム・有期雇用労働法8条(旧労働契約法20条)の適用
フルタイムの有期雇用労働者はパートタイム・有期雇用労働法の対象となり、同法8条による均衡待遇の適用を受けますが、無期転換したフルタイムの従業員は同法の対象とはならないため、同条による均衡待遇は問題となりません。
本判決でも、最高裁判所による判決(平成30年6月1日ハマキョウレックス事件)は、有期の契約社員と正社員との労働条件の相違が労契法20条に違反する場合で、本件は労働契約法18条に基づく無期転換後の無期契約社員の労働条件が正社員の労働条件と同一のものとなるかが争われた事案であるとして、前訴における紛争の実質的な蒸し返しに当たるというY社の主張を斥けており、この点を明確にしています。
なお、フルタイムの有期雇用労働者を無期転換させれば、ガイドライン違反を理由とする労働基準監督署都道府県労働局からの指導等の対象からは外れると考えられますが、同一価値労働同一賃金を考慮しなくても良いというわけではなく、民法公序良俗や労働契約法3条2項「労働契約は、労働者及び使用者が、就業の実態に応じて、均衡を考慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。」等により、民事訴訟にはなり得ますのでご注意ください。

②無期転換後に適用される就業規則
労働契約法18条1項第2文により、無期転換した従業員の労働条件は「別段の定め」がない限り、期間の定め以外は無期転換前と同一となります。
本件においては、「無期転換後の労働条件は契約社員就業規則による旨が明記された無期パート雇用契約書に署名押印してY社に提出しており、XらとY社との間には、無期転換後も契約社員就業規則が適用されることについて明示の合意がある」として、正社員就業規則が「別段の定め」に該当するというXらの主張を斥けています。
実務上も参考にすべきところで、本人が無期転換すれば正社員になると勘違いしているケースもあり、転換の申し出があった際には、誤解のないように本人に説明するとともに、本件のように雇用契約書に、転換後に適用される就業規則や労働条件を明記して、本人の署名捺印をもらっておくことが有用であると考えます。

また、私が実際に何度か目にしたことがありますが、就業規則の適用対象外となる従業員として、
 ①雇用契約に期間の定めがある者
 ②所定労働時間または所定労働日数が正規の従業員より短い者
が定められており、それ以外の従業員は就業規則が適用となっている場合、フルタイムの有期雇用従業員が無期転換すると、就業規則が「別段の定め」となり、正社員と同じ労働条件になると判断される可能性がありますのでご注意ください。

上記の場合でしたら、
 ③無期転換した者
という号を追加しておくべきですね。
また、契約社員就業規則の方にも、無期転換後は、契約期間を除き、契約社員就業規則が適用される旨を明記しておくべきです。