社会保険労務士川口正倫のブログ

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【退職】ケイズインターナショナル事件(東京地判平4.9.30労判616号10頁)

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ケイズインターナショナル事件(東京地判平4.9.30労判616号10頁)

参照法条  :民法627条、労働基準法2章
裁判年月日 :1992年9月30日
裁判所名  :東京地
裁判形式  :判決
事件番号  :平成3年 (ワ) 5341 

1.事件の概要

X社は、訴外A社と結んだ期間3年のビルインテリアデザイン契約を履行するため、常駐担当者Yを新たに採用し配置した。ところが、Yが、入社間もなく病気を理由に欠勤し辞職したことから、A社との契約は解約された。そこでX社は、1,000万円の得べかりし利益を失ったとして、Yと交渉の上、月末までに200万円を支払う旨の念書を取り付けた。しかし、Yがこれが履行されなかったため、X社がYに対してその履行を求めて提訴したのが本件である。

2.判決の概要

Yが、X社に対し、右損害に関し200万円を支払うことを約束したことは当事者間に争いがない(なお、X社代表者及びY本人各尋問の結果を総合すれば、その時期は、平成2年7月ころと認められる。)が、Yは、右意思表示は、X社代表者の強迫に基づくものであると主張する。
しかし、右主張に副うY本人の供述は到底措信できない。
すなわち、X社代表者及びY本人各尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、X社代表者がYに対し、前記損害につきそれなりに強硬な態度でその賠償を求めたであろうことは想像に難くないところである。しかし、Yは36歳の男性であるのに対し、X社代表者は同年齢の女性であり、しかも、右損害賠償についての交渉は、X社代表者からの求めに応じて、YがX社の事務所に赴き、夜の7時30分頃、X社代表者の他に女子職員1名が同室している状況で行なわれ、Yが抵抗したり退席しようとすればさほどの困難なしに実行可能な状況であったことが認められる。また、Yは、X社がやくざと関係があると思っていたから、それを畏れて確約書を作成したとも供述するが、X社ないしX社代表者がやくざと関係がある事実を認めるに足りる客観的な証拠は全く存しない(Yに右話をしたとYが供述するAも、当法廷において、それに副う証言は全くしていない。)。
したがって、Yの前記供述からY主張事実を認めることはできない。

ところで、前記認定のとおり、X社は1000万円余の得べかりし利益を失ったことになるものの、Yに対する給与あるいはその余の経費を差し引けば実損害はそれほど多額なものではないと認められる。
また、X社代表者及びY本人各尋問の結果によれば、X社は、Yを採用し、X社の直接の監督の及ばない訴外会社との前記契約に基づく仕事を単独で担当させるにもかかわらず、Yの人物、能力等につき、ほとんど調査することなく、紹介者の言を信じたにすぎなかったことが認められるから、X社には採用、労務管理に関し、欠ける点があったと言わざるを得ない。
さらに、そもそも、期間の定めのない雇用契約においては、労働者は、一定の期間をおきさえすれば、何時でも自由に解約できるものと規定されているところ(民法627条参照)、本件において、YはX社に対して、遅くとも平成2年6月10日頃までには、辞職の意思表示をしたものと認められないではないから(そうすると、月給制と認められる本件にあっては、平成2年7月1日以降について解約の効果が生ずることになる。)、X社がYに対し、雇用契約上の債務不履行としてその責任を追及できるのは、平成2年6月4日から同月30日までの損害にすぎないことになる。
さらにはまた、労働者に損害賠償義務を課すことは今日の経済事情に適するか疑問がないではなく、労働者は右期間中の賃金請求権を失うことによってその損害の賠償に見合う出捐をしたものと解する余地もある。
以上のような点を考え合わせれば、本件においては、信義則を適用して、X社の請求することのできる賠償額を限定することが相当である。
そして、前記のような諸事情及び弁論の全趣旨により認められる、Yは本件雇用契約に基づきX社から給与等の支払を全く受けていないこと、X社が本訴を提起するにいたった重要な要因として、Y側からの前記のとおりの客観的裏付を欠く、X社代表者がYを「やくざを使って腕の一本や二本も折ってもどうってことはない」等語気荒く強迫して前記確約書を書かせた、これは恐喝罪に当たる等と極め付ける内容の内容証明郵便を送付したことにあると考えられること、本訴においても、Y側はX社に対して右同様の非難を繰り返すのみで、その主張につき十分な立証ができないにもかかわらず、かたくなに話し合いによる解決を拒絶していること等をも総合考慮すると、X社がYに対して請求することができるのは、本件約定の200万円のおおよそ3分の1の70万円及びこれに対する弁済期の経過後である本件訴状送達の日の翌日である平成3年5月19日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金に限定するのが相当である。

3.解説

従業員からの一方的な退職に対する損害賠償が認められたかなりレアなケースです。認められた大きな要因は、従業員から200万円を支払う旨の念書を取り付けており、このことに双方とも争いが無かったことですが、これが可能だったのは、Yを採用した目的が「A社と結んだ期間3年のビルインテリアデザイン契約を履行するため」と明確であり、会社の損害額を客観的に算定しやすかったためです。通常、従業員が一方的に退職したとしても、会社はそれによって生じる損害を客観的な金額として算定することが困難なため、損害賠償請求してもなかなか認められません。
しかし、下審判ながら、損害額が確定すれば約3分の1は従業員に請求できるという見解を、本判例は示しており、同様の事例での目安となります。

なお、「遅くとも平成2年6月10日頃までには、辞職の意思表示をしたものと認められないではないから(そうすると、月給制と認められる本件にあっては、平成2年7月1日以降について解約の効果が生ずることになる。)、X社がYに対し、雇用契約上の債務不履行としてその責任を追及できるのは、平成2年6月4日から同月30日までの損害にすぎないことになる。」という部分が少々わかりにくいですが、賃金計算期間を毎月1日から末日とし、民法627条第2項を適用しているようです。
平成2年6月10日頃までには辞職の意思表示をしたものと認められている(≒認められないではない)ことから、6月1日~6月30日の賃金計算期間の前半に辞職の申入れがあったとみなし、民法627条第2項により、次期以降、つまり次の賃金計算期間の始期である7月1日以後について解約(辞職)を認めています。

(期間の定めのない雇用の解約の申入れ)
第627条
1.当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。
2.期間によって報酬を定めた場合には、解約の申入れは、次期以後についてすることができる。ただし、その解約の申入れは、当期の前半にしなければならない。
3.六箇月以上の期間によって報酬を定めた場合には、前項の解約の申入れは、三カ月前にしなければならない。