社会保険労務士川口正倫のブログ

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【雇止め】河合塾事件(最三小判平22.4.27労判1009号5頁)

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河合塾事件(最三小判平22.4.27労判1009号5頁)

審判:最高裁判所
裁判所名:最高裁判所第三小法廷
事件番号:平成21年(受)1527号
裁判年月日:平成22年4月27日

1.事件の概要

Xは、昭和56年から、学校法人Yの経営する受検予備校で非常勤講師として、期間1年の出講契約を締結し、平成17年に至るまで契約を更新してきた。Xが担当する講義の週当たりのコマ数は、毎年の出講契約において定められ、講義料単価に担当コマ数を乗じて講義料が支払われることになっていた。なお、Xは、ほぼY法人からの収入だけで生活していた。
Y法人は、毎年、受講生に対して講師や授業に関するアンケートを行っており、その結果に従って各講師の講義を評価し、出講契約を更新する際には、上記の評価が担当コマ数の割当等を行うための参考とされていた。平成15年度から同17年度にかけて、Xの評価はいずれもかなり低かったのに対し、同じ科目を担当する他の講師らの評価は高かった。Xは、平成17年度は週7コマの講義を担当していたが、Y法人は、当該科目につき評価の高い講師の担当コマを増やし、Xのそれを減らすこととし、平成18年度のXの担当講義を週4コマにしたい旨をXに告げた。Xは、平成18年度も従前どおりのコマ数での出講契約を求めたものの、Y法人はこれに応じず、同年度の出講契約を締結するのであれば、週4コマを前提とするよう通知した。
これに対して、Xは、週4コマの講義は担当するが、合意に至らない部分は裁判所に労働審判を申し立てた上で解決を図る旨の返答をし、同契約書を返送しなかった。Y法人は、これにも応じず、契約書の返送を再度求め、返送がない場合には、Xとの契約関係は終了することになる旨通知した。Xはこれに返答せず、Y法人の担当者に契約書を提出する意思はない旨回答したため、平成18年度の出講契約は締結されなかった。
Xは、雇用契約上の地位確認、賃金および慰謝料の支払いを求めて訴えを提起したところ、一審はXの請求を棄却した。Xが控訴したところ、第二審は、慰謝料の請求を一部認容したため、これに対してY法人が上告したのが本件である。

2.判決の要旨

Y法人とXとの間の出講契約は、期間1年単位で、講義に対する評価を参考にして担当コマ数が定められるものであるところ、Y法人が平成18年度におけるXの担当講義を週4コマに削減することとした主な理由は、Xの講義に対する受講生の評価が3年連続して低かったことにあり、受講生の減少が見込まれる中で、大学受験予備校経営上の必要性からみて、Xの担当コマ数を削減するというY法人の判断はやむを得なかったものというべきである。Y法人は、収入に与える影響を理由に従来どおりのコマ数の確保等を求めるXからの申入れに応じていないが、Xが兼業を禁止されておらず、実際にも過去に兼業していた時期があったことなども併せ考慮すれば、Xが長期間ほぼY法人からの収入におり生活してきたことを勘案しても、Y法人が上記申入れに応じなかったことが不当とはいい難い。また、合意に至らない部分につき労働審判を申し立てるとの条件で週4コマを担当するとのXの申入れにY法人が応じなかったことも、上記事情に加え、そのような合意をすれば全体の講義編成に影響が生じ得ることからみて、特段非難されるべきものとはいえない。
そして、Y法人は、平成17年中に平成18年度のコマ数削減をXに伝え、2度にわたりXの回答を待ったものであり、その過程で不適切な説明をしたり、不当な手段を用いたりした等の事情があるともうかがわれない。
以上のような事情の下では、平成18年度の出講契約の締結へ向けたXとの交渉におけるY法人の対応が不法行為に当たるとはいえない。

3.解説

有期雇用契約の反復更新により、労働契約法19条の適用条件を満たしていた場合、更新時に使用者が従前より低い労働条件を提示したために労働者が承諾しなかった場合に、これを労働者による更新拒否とすべきか、解雇とすべきか問題となります。
本件においては、
・Xの講義に対する受講生の評価が3年連続して低かったため、受講生の減少が見込まれる中で、大学受験予備校経営上の必要性からみて、Xの担当コマ数を削減するというY法人の判断はやむを得なかった。
・Xが兼業を禁止されておらず、実際にも過去に兼業していた時期があったことから、Y法人がXの申入れに応じなかったことが不当とはいえない。
として、解雇ではなく、Xによる更新拒否と判断しています。

(有期労働契約の更新等)
第十九条 有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって、使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。
一 当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって、その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが、期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。
二 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること。

一方、使用者からの労働条件の変更申入れを労働者が承諾しないことを理由としてなされる解雇のことを、ドイツ法の用語にならって「変更解約告知」(新契約締結の申込みをともなった従来の雇用契約の解約)と呼んでいます。
本件は、コマ数の削減という使用者からの労働条件の変更申入れを労働者が承諾しないことを理由としてなされた「変更解約告知」の問題と考えることもできます。
変更解約告知については、実定法上の根拠規定が存在しないことから、判例の動向を踏まえて判断することになりますが、我が国の裁判例としてはじめて変更解約告知に言及したスカンジナビア航空事件東京地裁決定(平7.4.13労判 675 号13 頁)では、労働条件の変更を伴う新契約の申込みに応じない労働者の解雇が有効とされるための要件として、

① 労働条件変更が会社の業務運営上必要不可欠である
② その必要性が労働条件変更によって労働者が被る不利益を上回っている
③ 労働条件変更を伴う新契約締結の申込みがそれに応じない場合の解雇を正当化するに足りることもやむを得ないものと認められる
④ 解雇回避努力が十分に尽くされている
という 4点が示されています。
これは、変更解約告知が労働条件変更のための解雇であることに着目して、労働条件変更の必要性・相当性(上記①②)と、労働条件変更に同意しない労働者を解雇することの相当性(同③④)という 2 つの観点から解雇の効力を判断したものと理解できます。

これに対して、大阪労働衛生センター第一病院事件大阪地裁判決(平10.8.31労判751号38頁)は、変更解約告知を認めると、労働者に「厳しい選択を迫」り、労働者は「非常に不利益な立場におかれる」として、「ドイツ法と異なって明文のないわが国においては、労働条件の変更ないし解雇に変更解約告知という独立の類型を設けることは相当ではない」として、同事案の解雇は経済的必要性を主とするものである以上整理解雇として解釈すべきであるとしました。(大阪高判平 11・9・1 労判 862 号 94 頁、最二小決平 14・11・8 労判 862 号 94 頁-変更解約告知に言及することなく 1 審判決を支持して、上告不受理)。
このように、変更解約告知についての判例はいまだ確立しているとはいい難い状況にあります。(菅野和夫氏も「変更解約告知の有効性判断のより具体的な基準については、もう少し、事案に応じた判断の蓄積をまつ必要がある。」(「労働法」第12版813頁)としています。)