社会保険労務士川口正倫のブログ

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【退職勧奨】下関商業高校事件(最判昭和55.7.10労判345号20頁)

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下関商業高校事件(最判昭和55.7.10労判345号20頁)

参照法条  : 国家賠償法1条、労働契約法、労働基準法
裁判年月日 : 1980年7月10日
裁判所名  : 最高一小
裁判形式  : 判決
事件番号  : 昭和52年(オ)405号
裁判結果  : 上告棄却

1.事件の概要

XらはいずれもY市立高校に教員として勤務していた。X1は県教育委員会が定めた退職勧奨年齢57歳に達した昭和40年度末から、また、X2は同41年度末から、それぞれ毎年、学校長等から2~3回にわたり退職を勧奨されたがこれに応じなかった。
昭和44年度末には、勧奨に応じない旨を表明しているにもかかわらず、計10回以上、職務命令として市教育委員会への出頭を命じられたり、1名~4名の職員から20分から90分にわたって勧奨されたり、優遇措置もないまま退職するまで勧奨を続けると言われたり、勧奨に応じない限り所属組合の要求にも応じない態度を取ったり、異例の年度を跨いで勧奨されたなど、執拗に退職を勧奨された。
これに対して、XらがY市に、不当に退職を強要されたとして、損害賠償を求めた。一審は、本件退職勧奨は、被勧奨者の自発的な退職意思の形成を慫慂する限度を越え、心理的圧力を加えて退職を強要したものであるなどとして、X1には金4万円、X2には金5万円とそれぞれの遅延利息の支払いを命じたところ、広島高裁もこれを支持し、これに対して、Y市が上告したのが本件である。

2.判決の概要

退職勧奨はその性質上任命権者(使用者)において自由になし得るものであり、反面被用者は理由のいかんを問わず、勧奨を受けることを拒否し、あるいは勧奨による退職に応じないことができるのであつて、勧奨の回数、期間、勧奨者の数等により形式的にその限界を画することはできない。そして、被勧奨者が退職しない旨を明言したとしても、そのことによつて、その後は一切の勧奨行為が許されなくなるとも断じ難い。  
しかしながら、退職勧奨は往往にして職務上の関係に拘束されたなかで、その上下関係を利用してなされるものであり、被用者が前記のような自由を有するからといつて、無限定に勧奨をなしうるものとすることは、不当な強要にわたる勧奨を許し、実質的な定年制の実現を認める結果となるであろうことは容易に推測しうるところであり、そこに何らかの限界をもうける必要があるものといわねばならない。
そこで、進んでこの点について検討を加えると、そもそも退職勧奨のために出頭を命ずるなどの職務命令を発することは許されないのであつて、仮にそのような職務命令がなされても、被用者においてこれに従う義務がないことは前述のとおりであるが、職務上の上下関係が継続するなかでなされる職務命令は、それがたとえ違法であつたとしても、被用者としてはこれを拒否することは事実上困難であり、特にこのような職務命令が繰り返しなされる時には、被用者に不当な圧迫を加えるおそれがあることを考慮すると、かかる職務命令を発すること自体、職務関係を利用した不当な退職勧奨として違法性を帯びるものと言うべきである。そして、被勧奨者が退職しない旨言明した場合であつても、その後の勧奨がすべて違法となるものではないけれども、被勧奨者の意思が確定しているにもかかわらずさらに勧奨を継続することは、不当に被勧奨者の決意の変更を強要するおそれがあり、特に被勧奨者が二義を許さぬ程にはつきりと退職する意思のないことを表明した場合には、新たな退職条件を呈示するなどの特段の事情でもない限り、一旦勧奨を中断して時期をあらためるべきであろう。  
また、勧奨の回数および期間についての限界は、退職を求める事情等の説明および優遇措置等の退職条件の交渉などの経過によつて千差万別であり、一概には言い難いけれども、要するに右の説明や交渉に通常必要な限度に留められるべきであり、ことさらに多数回あるいは長期にわたり勧奨が行なわれることは、正常な交渉が積み重ねられているのでない限り、いたずらに被勧奨者の不安感を増し、不当に退職を強要する結果となる可能性が強く、違法性の判断の重要な要素と考えられる。さらに退職勧奨は、被勧奨者の家庭の状況等私事にわたることが多く、被勧奨者の名誉感情を害することのないよう十分な配慮がなされるべきであり、被勧奨者に精神的苦痛を与えるなど自由な意思決定を妨げるような言動が許されないことは言うまでもないことである。このほか、前述のように被勧奨者が希望する立会人を認めたか否か、勧奨者の数、優遇措置の有無等を総合的に勘案し、全体として被勧奨者の自由な意思決定が妨げられる状況であつたか否かが、その勧奨行為の適法、違法を評価する基準になるものと考えられる。
本件退職勧奨の際にされたYらの発言内容を総合すると、本件退職勧奨は、その本来の目的である被勧奨者の自発的な退職意思の形成を慫慂する限度を越え、心理的圧力を加えて退職を強要したものと認めるのが相当である。Yらは市教委にとつて本件退職勧奨は必要かつやむを得ないものであつたと強調するが、いかに必要であつたとしても任意退職を求めるものである以上、強要にわたる行為が許されないことは言うまでもないところであり、右の必要性についても、下商の教員の平均年令が県立高校のそれよりも若干高いことや一般的に新陳代謝をはかる必要性があつた旨主張するのみであつて、Xらが在職することによる具体的な教育上の影響などについては何ら示されておらず、それを窺わせるに足る資料もなく、むしろYらの発言からは実質的な定年制を意図しているのではないかとさえ推測され、Yらの主張は採用しがたい。

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