社会保険労務士川口正倫のブログ

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退職金等請求事件(最判小一令3.3.25引用元最高裁判所HP)

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退職金等請求事件(最判小一令3.3.25引用元最高裁判所HP)

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=90180

1.事件の概要

被上告人の母であるAは、平成26年に死亡したところ、当時、株式会社Bの従業員であり、同社は、上告人機構との間でAを被共済者とする中小企業退職金共済法所定の退職金共済契約を締結していた。また、Aは、死亡当時、確定給付企業年金法所定の企業年金基金である上告人JPP基金の加入者であり、厚生年金保険法(平成25年法律第63号による改正前のもの。以下「平成25年改正前厚生年金保険法」という。)所定の厚生年金基金である出版厚生年金基金の加入員であった。
本件は、被上告人が、Aの死亡に関し、上告人機構に対し上記共済契約に基づく退職金の、上告人JPP基金に対しその規約(以下「JPP基金規約」という。)に基づく遺族給付金の、出版厚生年金基金の権利義務を承継した上告人出版基金に対し出版厚生年金基金の規約(以下「出版基金規約」という。)に基づく遺族一時金の各支払を求める事案である(以下、上記の退職金、遺族給付金及び遺族一時金を併せて「本件退職金等」という。)。
中小企業退職金共済法、JPP基金規約及び出版基金規約において、本件退職金等の最先順位の受給権者はいずれも「配偶者」と定められている。被上告人は、Aとその民法上の配偶者であるCとが事実上の離婚状態にあったため、Cは本件退職金等の支給を受けるべき配偶者に該当せず、被上告人が次順位の受給権者として受給権を有すると主張している。
原審は、たとえ戸籍上配偶者とされている者が存在していても、その婚姻関係が実体を失って形骸化し、かつ、その状態が固定化して解消される見込みのないとき、すなわち、事実上の離婚状態にある場合には、もはや上記受給権者である配偶者に該当しないなどとして、被上告人の請求をいずれも認容したため、独立行政法人勤労者退職金共済機構らが上告したの本件である。

2.事実関係

原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。

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(1) 中小企業退職金共済法所定の退職金共済契約に基づく退職金について

中小企業退職金共済法10条1項は、上告人機構は被共済者が退職したときは、その者(退職が死亡によるものであるときは、その遺族)に退職金を支給する旨を規定している。上記遺族について、同法14条1項は、同項各号に掲げる者とする旨を規定しており、同項1号は、「配偶者(届出をしていないが、被共済者の死亡の当時事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者を含む。)」を、同項2号は、「子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹で被共済者の死亡の当時主としてその収入によつて生計を維持していたもの」を、同項3号は、「前号に掲げる者のほか、被共済者の死亡の当時主としてその収入によつて生計を維持していた親族」を、同項4号は、「子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹で第二号に該当しないもの」をそれぞれ掲げている。そして、上記退職金を受けるべき遺族の順位について、同条2項は、同条1項各号の順位による旨を規定している。

(2) JPP基金規約に基づく遺族給付金について

確定給付企業年金法47条は、確定給付企業年金の給付の一種である遺族給付金は、確定給付企業年金に係る規約において遺族給付金を支給することをめている場合であって、加入者等の給付対象者が死亡したときに、その者の遺族に支給するものとする旨を規定している。上記遺族について、同法48条は、同条各号に掲げる者のうち規約で定めるものとし、遺族給付金を受けることができる順位は規約で定めるところによる旨を規定しており、同条1号は、「配偶者(届出をしていないが、給付対象者の死亡の当時事実上婚姻関係と同様の事情にあった者を含む。)」を、同条2号は、「子(中略)、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹」を、同条3号は、「前二号に掲げる者のほか、給付対象者の死亡の当時主としてその収入によって生計を維持していたその他の親族」をそれぞれ掲げている。

イ 上記アの定めを受けて、JPP基金規約65条1号は、上告人JPP基金の加入者が死亡したときは、その者の遺族に遺族給付金を一時金として支給する旨を定めている。上記遺族について、同規約66条は、確定給付企業年金法48条各号と同じ者を掲げており、遺族給付金を受けることができる順位は同条各号の順序による旨を定めている。

(3) 出版基金規約に基づく遺族一時金について

ア 平成25年改正前厚生年金保険法130条3項及び同項の委任を受けた厚生年金基金令(平成26年政令第73号による廃止前のもの。以下同じ。)26条1項は、厚生年金基金は、加入員等の給付対象者の死亡に関し、その遺族に一時金たる給付の支給を行うことができる旨を規定している。上記遺族について、同条2項は、同項各号に掲げる者のうち規約で定めるものとする旨を規定しており、同項1号は、「配偶者(届出をしていないが、給付対象者の死亡の当時事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者を含む。)」を、同項2号は、「子(中略)、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹」を、同項3号は、「前二号に掲げる者のほか、給付対象者の死亡の当時その者と生計を同じくしていたその他の親族」をそれぞれ掲げている。そして、同条3項は、上記給付を受けることができる遺族の順位は規約で定めるところによる旨を規定している。

イ 上記アの定めを受けて、出版基金規約60条1号は、加算適用加入員期間が3年以上である加算適用加入員が死亡したときは、その者の遺族に遺族一時金を支給する旨を定めている。上記遺族について、同規約62条は、厚生年金基金令26条2項各号と同じ者を掲げており、遺族一時金を受けることができる順位は同項各号の順序による旨を定めている。

ウ Aは、死亡当時、加算適用加入員期間が3年以上である加算適用加入員であ
った。
また、出版厚生年金基金は、Aの死亡後に消滅し、その権利義務を上告人出版基金が承継した。

(4) Aの婚姻関係について

ア Aは、昭和63年6月1日、Cと婚姻をし、平成元年▲月▲日に被上告人をもうけた。AとCの間には他に子はいない。

イ Cは、平成4年頃、A及び被上告人と別居し、他の女性の下で生活を始め、以後、A及び被上告人と共に生活したことはなかった。Cは、別居後にAと面会したのは数回にすぎず、婚姻費用をほとんど分担しなかった。

ウ Aは、平成21年頃、Cから協議離婚を求める書面の送付を受けたが、当時大学生であった被上告人の就職に支障が生ずることを懸念して、離婚の意思があったものの離婚の手続をせずにいた。その後、Aは、被上告人が大学を卒業した平成26年▲月には罹患していた病気の状態が悪化して離婚届を作成することができなくなり、Cとの離婚をしないまま同年▲月▲日に死亡した。Cは、Aが死亡したとの連絡を受けながら、その葬儀に出席しなかった。

エ Aは、死亡の前日である平成26年▲月▲日、いわゆる危急時遺言の方式に
よって、推定相続人であるCを廃除し被上告人に全ての遺産を相続させる旨の遺言をした。そして、東京家庭裁判所は、平成28年10月5日、上記イの事情等を理由として、Cにつき推定相続人の廃除の審判をした。

オ このように、AとCの婚姻関係は、Aの死亡当時、実体を失って形骸化し、かつ、その状態が固定化して近い将来解消される見込みがなく、事実上の離婚状態にあった。

3.判決の概要

(1) 中小企業退職金共済法は、中小企業の従業員の福祉の増進等を目的とするところ(1条)、退職が死亡によるものである場合の退職金について、その支給を受ける遺族の範囲と順位の定めを置いており、事実上婚姻関係と同様の事情にあった者を含む配偶者を最先順位の遺族とした上で(14条1項1号、2項)、主として被共済者の収入によって生計を維持していたという事情のあった親族及びそのような事情のなかった親族の一部を順次後順位の遺族としている(同条1項2~4号、2項)。このように、上記遺族の範囲及び順位の定めは、被共済者の収入に依拠していた遺族の生活保障を主な目的として、民法上の相続とは別の立場で受給権者を定めたものと解される。このような目的に照らせば、上記退職金は、共済契約に基づいて支給されるものであるが、その受給権者である遺族の範囲は、社会保障的性格を有する公的給付の場合と同様に、家族関係の実態に即し、現実的な観点から理解すべきであって、上記遺族である配偶者については、死亡した者との関係において、互いに協力して社会通念上夫婦としての共同生活を現実に営んでいた者をいうものと解するのが相当である最高裁昭和54年(行ツ)第109号同58年4月14日第一小法廷判決・民集37巻3号270頁参照)。
そうすると、民法上の配偶者は、その婚姻関係が実体を失って形骸化し、かつ、その状態が固定化して近い将来解消される見込みのない場合、すなわち、事実上の離婚状態にある場合には、中小企業退職金共済法14条1項1号にいう配偶者に当たらないものというべきである。なお、このことは、民法上の配偶者のほかに事実上婚姻関係と同様の事情にあった者が存するか否かによって左右されるものではない。

(2) また、JPP基金規約に基づく遺族給付金は、公的年金の給付とあいまって国民の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とするものであり(確定給付企業年金法1条参照)、出版基金規約に基づく遺族一時金は、加入員の生活の安定と福祉の向上を図ることを目的とするものである(平成25年改正前厚生年金保険法1条、106条参照)。そして、確定給付企業年金法厚生年金基金令は、これらの支給を受ける遺族の範囲と順位は規約で定めるものとしつつ、規約で定めることのできる遺族として、事実上婚姻関係と同様の事情にあった者を含む配偶者や、直系血族及び兄弟姉妹のほか、主として給付対象者の収入によって生計を維持していたその他の親族又は給付対象者と生計を同じくしていたその他の親族を掲げており、これを受けて、JPP基金規約及び出版基金規約は、上記に掲げられた者を遺族とする旨を定めている。
このような定め方からすると、上記の各規約の定めも、給付対象者の収入に依拠していた遺族の生活保障を主な目的として受給権者を定めたものと解される。このような目的に照らせば、上記の遺族給付金及び遺族一時金についても、上記(1)と同様に、民法上の配偶者は、その婚姻関係が事実上の離婚状態にある場合には、その支給を受けるべき配偶者に当たらないものというべきである。

(3) これを本件についてみると、前記のとおり、AとCの婚姻関係は、Aの死亡当時、事実上の離婚状態にあったものであるから、Cは、本件退職金等の支給を受けるべき配偶者には該当しない。

以上と同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。所論引用の判例はいずれも本件に適切でなく、論旨はいずれも採用することができない。

4.解説

農林漁業団体職員共済組合法に基づく遺族年金について、「戸籍上届出のある妻が、夫と事実上婚姻関係を解消することを合意したうえ、夫の死亡に至るまで長期間別居し、夫から事実上の離婚を前提とする養育料等の経済的給付を受け、婚姻関係が実体を失つて形骸化し、かつ、その状態が固定化し、一方、夫が他の女性と事実上の婚姻関係にあつたなどのような事情があるときは、右妻は、遺族年金の受給者である配偶者にあたらない。」とされた最高裁判例があり、本件も同様の見解に拠ったものです。
遺族年金の受給等も、本判例と同じ論法になると考えられます。
社会保険手続でも「事実婚」や「内縁」なら、被扶養者の範囲等で目にするフレーズですが、「事実上の離婚状態」という概念はあまり馴染みがありません。しかし、別居中の配偶者を社会保険の被扶養者にする際に、扶養していることの確認のため一定額の仕送りをしていることの証明を求められますので、これにより「事実上の離婚状態」にある配偶者は、被扶養者の範囲からは排除されているのかも知れませんね。