社会保険労務士川口正倫のブログ

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退職勧奨と労働契約の合意解約~辞職や合意解約のポイント

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退職勧奨と労働契約の合意解約~辞職や合意解約のポイント

退職勧奨とは 解雇したい従業員に退職を勧めることです。

解雇権濫用法理のハードルが高く、後で法的な紛争となった際に解雇が無効とされるリスクも大きいため、実務上は、解雇に該当するような場合でも、辞職や合意解約による労働契約の終了として扱うケースは多いです。使用者側としては、いかにして解雇を回避し、辞職や合意解約に持ち込むかが大きな関心事となります。
辞職や合意解約の場合、合理性や社会的相当性は問題とはなりませんが、退職の意思表示や合意解約の意思表示の効力が争いとなることがあります。
なお、ここで言う「辞職」とは、本人の意思で一方的に退職することを意味し、退職の意思が会社に到達した時点で効力が発生します。これに対して、「合意解約」とは、退職を希望する旨を会社に申込み、これに対して使用者が承諾するもので、使用者が承諾することで効力が発生します。

1.退職の意思表示の解釈

労働者の退職の意思表示が、合意解約の申込みか辞職かが争われるケースも少なくありません。一義的には労働者の合意的意思解釈の問題ですが、判例学校法人白頭学院事件(大阪地判平9.8.29労判725号40頁))及び多数説は、労働者からの合意解約の申込みは使用者の承諾の意思表示があるまで取り消し得るとの解釈を前提に、一方的な意思表示の到達により効力が生じる辞職よりも合意解約の申込みと解する方が労働者にとって有利になることから、いずれか不明確なものは「合意解約の申込み」と解するのを原則としているようです。
合意解約の申込みであると認定された場合、使用者の承諾がなされるまでの間は、労働者はいつでも申込みを撤回できます。そこで、合意解約を成立させたい使用者にとっては、承諾の意思表示の成否が重要となります。
合意解約の申込みに対する承諾の成否が争われた最高裁判例大隈鐡工所事件(最三小昭和62.9.18労判504号6頁))においては、使用者の承諾の意思表示は就業規則等に特段の定めが無い限り要式行為と解する必要はないとして、人事部長の退職願書の受理をもって承諾行為が認められていますが、これを理由として、口頭での承諾行為が常に承諾行為として認められるとは限りません。むしろ実務上は、使用者を代表する承諾権限の存在(誰に承諾の権限があるのか?)が職務権限規程等で十分に根拠づけられていないと、口頭承諾や退職願書の受理をもって合意解約の成立を主張することは困難であると考えておくのが無難です。
そこで、より慎重に期するのであれば、退職願を受け取った場合は、退職を承諾する旨を記載した文書を労働者本人に交付し、会社はその受領書を受け取っておくべきです。

2.希望退職募集と退職勧奨の法的性質

人員整理の手段として企業が従前から活用している手法の1つとして、いわゆる希望退職募集があります。その他にも大企業を中心に、中高年のポスト不足を補い従業員のキャリア選択の多様化を図る恒常的人事制度として、いわゆる早期退職優遇制度を就業規則等で制定していることもあります。いずれも退職に伴い、退職金を割増し、再就職支援サービスなどの特別措置があり、労働者がこれの適用を求めて応募するというのが一般的です。
これらの法的性質は、その制度の定め方にもよりますが、通常はいずれも合意解約の申込みに向けた誘引行為(事実行為)と解釈されるものですので、その場合、使用者は労働者の退職の意思表示(合意解約の申込み)に対して諾否の自由を有しています。ただし、この諾否の自由にも、事案によっては制約が課される場合があります。(アジアエレクトロニクス事件(東京地判平14.10.29労判839号17頁)神奈川信用農業協同組合(割増退職金請求)事件(最一小判平19.1.18労判931号5頁)の一審、ソニー(早期割増退職金)事件(東京地判平14.4.9労判829号56頁))。
神奈川信用農業協同組合(割増退職金請求)事件(最一小判平19.1.18労判931号5頁)では、就業規則上は「本人の希望により定年前の年齢で退職する者は、選択定年制実施要項の規定により定年扱いとし、特別措置を講ずる」としか記載されていなかったため、下級審において、使用者の承諾が義務的なもの、あるいは労働者の期待保護のため合理的制約を受けるべきものと誤解されたのではないかと思われますが、実施要項を併せて読めば、使用者の承諾を介せずに就業規則上の特別措置が講じられることはあり得ず、使用者の承諾が、選択定年制の適用要件であり、企業存続の観点から不承諾は制約を受けないことが明らかであったケースです。実務上は、このような誤解を受けることを避けるために、使用者の承諾が希望退職募集や早期退職制度による特別措置を適用する条件であることを明示しておくことが重要ですが、その他にも承諾の手続(特に諾否の決定基準や期限など)を合理的な内容で定めることもトラブル回避の観点から重要となります。
一方、辞職の意思表示や合意解約の申込みまたは承諾行為を行なうように仕向ける行為が退職勧奨です。法的にはいずれも労働者の法律行為の前提である事実行為に過ぎませんが、希望退職募集等が労働者の申込みを消極的に誘引するに留まるのに対し、退職勧奨は使用者が個々の労働者の退職意思を積極的に勧める(難しい言葉で「慫慂する」と言うらしい)点で異なっています。実務上は、希望退職募集の手続において事実上退職勧奨が行われることもあるため、両者の区別はその実態によることとなります。

3.退職勧奨の違法性

使用者の退職勧奨は、労働者の退職意思を積極的に勧める行為であるため、それが行き過ぎて労働者の自由意思や名誉感情等の人格的利益を侵害した場合に違法な退職強要であるとして争われることがあります。裁判例には、退職勧奨に応じない意思を表明している公立高校の教諭に対し、教育委員会への出頭を命じて教育次長らが長期間多数回の面談による勧奨行為を繰り返すなどしたことが違法な退職勧奨として慰謝料4~5万円の損害賠償が認められたケース(下関商業高校事件(最判昭55.7.10労判345号20頁))、有期契約の客室乗務員の雇止めに当たり、労働者が事前に書面で拒絶の意思を明示しているにもかかわらず、「いつまでしがみつくつもりなのか」「辞めていただくのが筋です」などと強くかつ直接的な言葉を用いたり、懲戒解雇の可能性に言及したりして退職を求めたことが、社会通念上の相当範囲を逸脱する違法な退職勧奨であるとして慰謝料20万円の損害賠償が認められたケース(日本航空(雇止め)事件(東京地判平23.10.31労判1041号20頁))等があります。いずれも本人の不退職意思が客観的にも強固なものであると認められる状況で、これを動揺、翻させる意図、目的でなされ、その言動も侮辱的、感情的であるため、対象労働者の名誉感情や内心の平穏を著しく害した点が違法と評価されたと考えられます。
とはいえ、日本アイ・ビー・エム事件(東京高判平24.10.31労経速2172号3頁)の1審判決では、退職に消極的意思を表明していても、再検討や翻意を求めて説明、説得を行うことやその結果対象者が内心の平穏を害されること事態は容認されており、実務上はこれを踏まえて、①労働者の拒絶意思がどの程度強固で最終的な意思であるか、②使用者がこれに対し、いかなる意図、目的でどのような内容の言動を行うかが、違法性の有無の分かれ目となることを十分に意識するべきです。

4.退職の意思表示の瑕疵

希望退職募集や退職勧奨を経て、労働者から退職意思が表示され、辞職や合意解約の効果が生じた場合でも、この退職意思が意思表示の一般法理である錯誤、詐欺、強迫や心裡留保等により、瑕疵ある意思表示として無効、取消しとなる可能性があります。3.で取り上げた違法な退職勧奨が意思表示の瑕疵を導いたケース(陸上自衛隊32普通科連隊事件(東京地判昭和57.12.22労判400号22頁))もあり、また、その可能性の告知も含め解雇の告知を伴う場合には、その解雇自体が有効になし得るか否かを検討し、これが否定される場合には退職の意思表示に瑕疵を認める傾向があります。(瑕疵が認められた裁判例富士ゼロックス事件(東京地判平23.3.30労判1028号5頁)昭和電線電纜事件(横浜地川崎支判平成16.5.28労判878号40頁) 否定された裁判例ソニー(早期割増退職金)事件(東京地判平14.4.9労判829号56頁)
実務上は、使用者が解雇の有効性や当否を判断する以前に、解雇の可能性を示唆して退職勧奨することはよくあることですが、当該解雇が有効か否かは退職勧奨行為以後の事実調査の結果や訴訟から判決というプロセスを経て初めて確定する事実ですので、解雇がされていないにもかかわらず、解雇を仮定してこれの可否を評価し、それを遡及的に退職意思の効力の判断に結びつける法理は問題があります。この問題は特に動機の錯誤が争われる場面でよく見られますが、:富士ゼロックス事件(東京地判平23.3.30労判1028号5頁)では、当該解雇がなされそれが無効である場合も、退職の意思表示をした以上錯誤無効を主張できないというのは不当なので、むしろ使用者が労働者の錯誤を防止すべく解雇の有効性は不確定である旨を説明した上で、労働者の自発的意思を確認し、自主退職を認めればよいと指摘されています。
これを踏まえて、より慎重を期するのであれば、解雇の可能性がある場合は、上記のとおり、対象労働者に解雇が確実なものでないことを十分に理解させた上で、真摯な退職意思の表明であることを書面で取っておくべきです。