昭和電線電纜事件(横浜地川崎支判平成16.5.28労判878号40頁)
審判:一審(地方裁判所)
裁判所名:横浜地方裁判所川崎支部
事件番号:平成14年(ワ)851号
裁判年月日:平成16年5月28日
1.事件の概要
Xが、仕事上のミスを理由に訴外Aから退職勧奨を受け、退職しなければ会社Yから解雇されるものと思い、自己都合退職した。しかし、後になって解雇が許されない可能性が高かったことを知り、退職の無効(錯誤)、取消し(詐欺等)を求めた。
2.判決の概要
Xが本件退職合意承諾の意思表示をした時点で、Xには解雇事由は存在せず、したがってXがY社から解雇処分を受けるべき理由がなかったのに、XはAの本件退職勧奨等により、Y社がXを解雇処分に及ぶことが確実であり、これを避けるためには自己都合退職をする以外に方法がなく、退職願を提出しなければ解雇処分にされると誤信した結果、本件退職合意承諾の意思表示にはその動機に錯誤があったものというべきである。
Xのした本件退職合意承諾の意思表示は法律行為の要素に錯誤があったから、本件退職合意は無効である。
3.解説
法律行為の要素に錯誤があり、そのことに重過失がない場合には退職の意思表示は錯誤を理由に無効なります(民法95条)。
そして、判例(大判大7.10.3)は「法律行為の要素」を、
①表意者が意思表示の内容の重要な部分とし、この部分について錯誤がなかったなら意思表示をしなかったであろうと考えられるもの(因果関係)、かつ、
②意思表示をしないことが一般取引上の通念に照らして(通常人を基準として)もっともであると認められるもの(重要性)
と定義しています。
さらに、動機の錯誤については、動機が相手方に表示されて意思表示(法律行為)の内容となったときには、動機の錯誤も要素の錯誤となり(大判大3.12.15、最判昭29.11.26)、動機の表示が黙示的にされているときであっても、法律行為の内容となるなる(最判平元.9.14)、とされています。
本件においては、「退職願を提出しなければ解雇処分にされる」という動機が黙示的に表示されて、法律行為の内容となったことにより、動機の錯誤が要素の錯誤となり、民法95条による無効が認められました。
民法第95条 意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。
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