社会保険労務士川口正倫のブログ

横浜市の社会保険労務士事務所に勤務する社会保険労務士のブログ

日本電産トーソク事件(東京地判令2.2.19労判102号)

日本電産トーソク事件(東京地判令2.2.19労判102号)

1.事件の概要

本件は、精密測定機器の製造及び販売を主たる業とする会社でY社との間で雇用契約を締結した労働者であるXが、Y社から懲戒解雇され、その後予備的に普通解雇されたところ、上記各解雇が懲戒権の濫用あるいは解雇権の濫用に当たり、労働契約法15条、16条により無効であるなどと主張して、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求めた事案である。

①Y社がXを懲戒処分をした理由

(ア)レイアウト変更の指示に従わず無断でレイアウトを変え、復元を指示したが従わず職場を混乱させた。
(イ)レイアウト変更時に興奮状態となり、大声を上げたり、電話機を乱暴に置いたりするなどの行為に及び、上長の再三の事情確認に対し無視する態度をとり周囲を畏怖させた。(ウ)レイアウト復元に対し、それが原因で病気になり、治療費等を上長個人に請求し支払わない場合は逃がさないと脅し、退出指示にも従わず、上長の次の会議のための移動につきまとい、実質上長を拘束し業務に大きな影響を与えた。
(エ)警察官の介入があるも、警察官のアドバイスを素直に聞かない勝手な言動により警察官、関係者の時間を拘束し業務に影響を与えた。
(オ)上長の前で自傷行為に着手し、それを止める上長との間で数分膠着状態が続き、周囲が警察に通報したところ、警察官が動員され、現場の管理本部フロアのメンバーに不安を与えた。
(カ)上記行為に対し反省する様子がない。

②Y社の就業規則の定め

懲戒の種類として譴責、減給、出勤停止、諭旨解雇又は懲戒解雇を定め(76 条)、このうち、諭旨解雇は、退職願を提出するよう勧告し、勧告した日から3 日以内にその提出がない時は懲戒解雇とする(77 条4 号)、懲戒解雇は予告期間を置かないで即時解雇する(同条5 号)ものとされ、懲戒解雇の事由として、他人を教唆し、煽動し、又は暴力脅迫を加え、その業務を妨害したとき(80 条2 号)、職務上の指示命令に従わず、職場の秩序を乱すとき(同条3 号)、前条(注:減給及び出勤停止の事由)各号の一に該当し、その情が著しく重いとき(同条14 号)を定めている。
ただし、これらの懲戒解雇事由に当たる場合でも、情状により減給、出勤停止又は諭旨解雇にとどめることがある(同条柱書)とされている。

③Y社による懲戒処分

Y社は、平成29 年4 月28 日、①の事由を理由としてXに対し懲戒処分通知書を送付し、諭旨解雇を通知して、同年5 月10 日までに退職願の提出を勧告した(以下「本件諭旨解雇」という。)。
諭旨解雇の通知に対し、Xが平成29年5月10日までに退職願を提出しなかったことから、Y社は、同月11日、原告を懲戒解雇した(以下「本件懲戒解雇」という。)。

※Y社は、就業規則80条柱書に則り、諭旨解雇(退職願を提出するよう勧告すること)にとどめましたが、勧告した日から3日以内に退職願の提出が無かったため、就業規則77条4号に則り、懲戒解雇としています。

④Y社による予備的な普通解雇

Y社は、平成29年7月11日付けで、Xに対し、「予備的普通解雇理由書」と題する書面を送付し、予備的に普通解雇の意思表示を行った(以下「本件普通解雇」という。)。
同書面には、本件普通解雇の解雇理由が記載されている。これによると、Xが各在籍した部署における他の職員等とのトラブルなど具体的な出来事を多数指摘した上で、概略以下の趣旨が記載されている。
Xは、上司からの指揮命令を無視したり、同指揮命令や注意指導に対し気に入らないことがあると大声で叫んで反抗し、相手の立場を理解せず、自分の要求だけを主張し、それが通らないと身勝手な行動に出るなどの行為を繰り返し、これに対するY社からの再三にわたる注意指導にも耳を傾けず、このようなXの姿勢は、どの職場においても改善されることはなく、もはや社内においてXの受入先がない状況に至っていたところ、その中でも、Y社は、Xに再度チャンスを与えるべく、人事総務部において少しずつ仕事の幅を広げられるように配慮してきたのであるが、それにもかかわらず、Xは、最終的には、自身の要求を貫徹するために自傷行為を演じ、他の社員を恐怖に陥れるだけでなく、警察の介入なしに話し合いもできない状況を引き起こすなど、労働契約を継続するのに不可欠な信頼関係を回復困難な程度に破壊したものであって、Xについては、就業規則46条(解雇事由)7号の「その他前各号に準じる事由が生じたとき」に該当するものとされている。

※「その他前各号に準じる事由が生じたとき」に該当する場合とは、すんなり前各号のどれかに該当するわけではないないが、前各号(のどれか)に該当するといってもいいくらいの状況であることを意味します。懲戒解雇は普通解雇よりも認められるためのハードルが高いため、予備的に普通解雇を行うことはよくあることですが、就業規則に普通解雇の事由があまり記載されていなかったため、確実に該当すると考えられる規定が無かったのでしょう。こういうケースを想定して、普通解雇の事由として就業規則に「懲戒解雇事由に該当するとき」という規定を記載しておくことが有用です。

2.判決の要旨

①本件諭旨解雇及び本件懲戒解雇の有効性について

(1) Y社は、懲戒処分の種類の1つとして諭旨解雇を定めており、諭旨解雇は任意に退職願を提出するよう勧告するものではあるが、同勧告に従わなかった場合は懲戒解雇とするものであるから、懲戒権の濫用に当たるか否かの判断(労働契約法15条)に当たっては、懲戒解雇と同様の規律が及ぶと解するのが相当である。そして、懲戒解雇については、それが労働者の将来にわたり影響を与え得る、重大な不利益を与える峻厳な制裁であることからすれば、その有効性については、対象となる懲戒事由該当行為の動機、態様の悪質性、当該行為が社会に与えた影響、当該使用者の企業秩序を侵害した程度等の諸事情を総合的に勘案して判断すべきものと解される。

(2) 以上を踏まえて、本件諭旨解雇及びそれに伴う本件懲戒解雇が懲戒権の濫用に当たるか否かについて検討する。
Xは、平成29年4月の人事総務部室内のレイアウト変更において、自席がJグループリーダーの横に配置されることに強く反発してこれを拒絶したにとどまらず、同月24日、前日の自己の退社後に席が移動されたことを知るや、K部長に対し、座席配置の変更について配慮のない行為をされ精神疾患を誘発した責任を同部長にとってもらうなどといったメールを送信し、翌25日もK部長に対し同旨の言動をして精神疾患に対する治療費を支払うよう求め、その住所を聞き出そうとしたり、同部長の前に立ちはだかったり、行く手を遮ろうとしたもので、被害妄想的な受け止め方に基づき、身勝手かつ常軌を逸した言動を執拗に繰り返したものといわざるを得ないし、その動機においても酌量すべき点はない。
そして、Xは、翌26日も、病院への通院や弁護士の相談に行くための職場離脱を業務扱いにするよう求め、K部長にこれを断られるや、カッターの刃を持ち出してK部長の面前で自らの手首を切る動作をしたものであって、その動機は身勝手かつ短絡的である上、K部長や周囲の職員の対応いかんによっては自傷他害の結果も生じかねない危険な行為であったといえる。また、かかるXの行為によって、周囲の職員に与えた衝撃と恐怖感は大きかったものと推察されるし、2度も警察官が臨場する騒ぎとなったことも軽くみることのできない事情である。
このように、かかるXの一連の行為については、少なくとも、就業規則所定の懲戒事由としての「職務上の指示命令に従わず、職場の秩序を乱すとき」(80条3号)に該当することは明らかであるから、懲戒事由該当性が認められる。そして、前判示のとおりその態様も危険で悪質といえることや、この平成29年4月の部屋のレイアウト変更をめぐる一件以前にも、Xが種々の問題行動を繰り返していたことからすれば、Xに対しては、相当に重い処分が妥当するといえないではない。

しかしながら、他方で、①K部長の適切な対応によるものとはいえ、この件によって傷害の結果は発生しなかったものであることや、②カッターの刃を持ち出したXの行為が自傷行為の目的に出たものであって、K部長や他の職員に向けられたものでなく、そのことはK部長も認識し得る状況にあったこと、③かかる行為が自己の要求を通すための自演であると認めるに足りる証拠はないこと、④Xが、総務グループにおいて当初は種々雑多な業務に問題なく従事し、このうち、蛍光灯の掃除については約2000本にわたる蛍光灯をもう1名の社員と分担して行うなど、真摯な姿勢で業務に従事していた時期もあること、⑤このレイアウト変更をめぐる件以前にも、Xに種々の問題行動があったものの、Xには懲戒処分歴はなかったことなど、Xにとって有利に斟酌すべき事情も認められる。
このような事情をも勘案すると、1度目の懲戒処分でXを直ちに諭旨解雇とすることは、やや重きに失するというべきである。

※①~⑤が、懲戒処分が相当ではないとされた理由ですが、「1度目の懲戒処分で」諭旨解雇とされたことが大きな理由だと考えらます。⑤の「このレイアウト変更をめぐる件以前」のXに種々の問題行動に対して、譴責や減給などの懲戒処分が行われていれば、Xが反省して「このレイアウト変更をめぐる件」は起きなかったかも知れませんし、起きていたとしても諭旨解雇や懲戒解雇が認められていた可能性が高かったでしょう。

以上のとおり、本件諭旨解雇及びそれに伴う本件懲戒解雇については、懲戒処分としての相当性を欠き、懲戒権の濫用に当たるものであって、労働契約法15条により無効であると認められる。

② 本件普通解雇の有効性

(1) Y社は、平成29年7月11日付けで予備的に本件普通解雇の意思表示をしていることから、同解雇の効力について検討する。
(2) ア Xは、Y社入社直後に配属された自動車部品営業グループ在籍時において、顧客との対応がうまく行かなかった時などに顧客に対し声を荒げるなどのトラブルを起こし、上司や先輩社員からの注意に対しても感情を高ぶらせるなどして、顧客との接点の少ないあるいは接点のない部署に異動を命じられたものの、そのような部署である自動車部品事業管理部や生産試作技術部においても同僚職員や上司との間でもトラブルが絶えなかった。Xは、その後、人事総務部に異動となり、約2年以上に及ぶ出向先開拓の期間を経て、人事総務部・総務グループに配属されたが、ここでも、配属後しばらく経った後から、気に入らない業務については断ったり、他の従業員とのトラブルを起こすようになり、遂に平成29年4月のレイアウト変更に端を発する事件を引き起こしたものである。
このように、Xが、入社後配属された複数の部署においてトラブルを起こし、最終的に職場でカッターの刃を持ち出すなどの事件を起こしたことからすれば、Y社としては、このように職場秩序を著しく乱したXをもはや職場に配置しておくことはできないと考えるのはむしろ当然であるといえ、かつ、それまでにも、Y社が、トラブルを起こすXに対し、その都度注意・指導を繰り返し、いくつかの部署に配転して幾度も再起を期させてきたことは、明らかであって、もはや改善の余地がないと考えるのも無理からぬものということができるから、本件普通解雇は、客観的に合理的な理由があり、かつ、社会通念上も相当であると認められる。

※「このレイアウト変更をめぐる件」だけではなく、Y社がXの異動を繰り返し居場所を探して続けて来たこと、懲戒処分をしなかったものの、Xがトラブルを起こすたびにY社が都度注意・指導を繰り返してきたことが、普通解雇が認められた大きな理由です。

これに対し、Xは、仮にXが上司等からの指揮命令に違反したといえるとしても、その一つ一つはいずれも些細なものであると主張するが、とりわけ平成29年4月のレイアウト変更に端を発する事件は重大な非違行為といえるし、既に認定したとおりの多数回にわたるXの問題行動に対し、その都度対処を強いられてきた現場の煩を軽視することはできないといえるから、Xの上記主張を採用することはできない。
また、Xは、上司等の注意・指導は、実際には注意・指導の名を借りたパワーハラスメントであると主張するが、そのように認めるに足りる証拠はない。上司等の注意・指導は、問題行動が繰り返されれば相応に厳しいものになり得るのは当然のことであって、具体的な根拠もなく、注意・指導の範疇を逸脱した叱責であると断じるのは当を得ないというべきである。
さらに、Xは、平成25年11月頃から約2年間にわたっていわゆる追い出し部屋に異動させた旨主張するところ、これは、Xを含む5名が本社2階の従前役員室として使用されていた部屋に集められていたことをいうものと解される。しかしながら、XはFやGの支援を受けて出向先や転職先を探していたものであって、出向先等の開拓の実質を有するものといえる上、Xが平成28年1月頃からのK部長との面談においても、社員を退職に追い込むための追い出し部屋であるなどと訴えたことはなかったというのであるから、これをもって、直ちにXが主張するような退職強要であるとか嫌がらせ目的に出たものと認めることはできない。Xが主張するところは、Y社の本業とは関係のない業務を与えられ、他の従業員と隔絶された環境下に置かれる屈辱感をいうものと理解されるが、Xが各部署においてトラブルを繰り返してきた前記認定の経緯に照らすと、当該時点においてXを配置する部署がないと考えたY社の判断に問題があったとはいえないから、Xの主張には理由がない。

その他、Xは、Y社において、Xに代理人弁護士が就任していない状況下で本件諭旨解雇を行い、その後代理人弁護士が就任するや否や本件普通解雇を行ったことからすると、本件懲戒解雇によりXに心理的負担を与え半ば強制的に同意書にサインさせようとしたが、代理人弁護士が就任したことでおよそ認められる見込みがない懲戒解雇だけでは戦えないと考え、やむなく本件普通解雇をも行ったとか、本件普通解雇に当たりXの意見を聴くなどしておらず適正手続違反がある旨主張するが、前者については、Y社がX主張のような意図を有していたのであれば、本件諭旨解雇の時点で同時に予備的な普通解雇の意思表示をしておけば足りるのであって、このような点にも照らすと、Y社がX主張のような不当な意図に出て本件諭旨解雇及び本件普通解雇を行ったと認めるに足りる証拠はないというべきであるし、後者については、本件諭旨解雇に当たりK部長は何度もXと面談を行っており、本件普通解雇に関しても実質的に弁解聴取の機会は与えられているものといえるから、この点についてもXの主張は理由がない。

ウ 以上のとおり、本件普通解雇は有効であると認められるから、Xの請求のうち、XがY社に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めた点については、理由がない。