社会保険労務士川口正倫のブログ

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【解雇】社会福祉法人緑友会事件(東京地判令2.3.4労判1225号5頁)

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社会福祉法人緑友会事件(東京地判令2.3.4労判1225号5頁)

1.事件の概要

Y社は、2か所の認可保育所及び障害者支援施設等を経営する社会福祉法人である。Y社が経営するA保育園(以下「本件保育園」という。)は、平成27年4月1日に県知事の認可を得て、認可保育所として事業を開始した。本件保育園は、B市に所在し、定員は79名である。
Xは、平成24年5月、本件保育園にパート保育士として入職し、同年12月1日、常勤補助職員としてY社に雇用され、平成25年春、正規登用試験に合格して正規職員に登用された。
平成28年秋頃、Xの妊娠が判明したことから、XとY社は、平成29年3月末まで勤務し、同年4月1日以降産休に入ることを合意した。Xは、同年5月10日に第1子を出産した。
その後、Xは、平成30年3月9日、Y社の総務課職員と面談し、同年5月1日を復職日としたい旨を伝え、復職後に時短勤務を希望する書類を提出した。XとY社理事長は、平成30年3月23日に面談し、Y社理事長が、Xに対し、Xを復職させることはできない旨伝えた。この際、Xが解雇理由証明書を交付するよう求めたことから、Y社はXに対し、同月26日付で解雇理由証明書を交付した。
これに対して、Xが、Y社がXに対してした平成30年5月9日付解雇(以下「本件解雇」という。)が客観的合理的理由及び社会通念上相当性があるとは認められず、権利の濫用に当たり、また、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下「均等法」という。)9条4項に違反することから無効であると主張して、Y社に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求めて提訴したのが本件である。

2.判決の要旨

【認定事実】
(1) XのC園長に対する言動等
ア Xは、平成26年4月頃、C園長が和太鼓を購入し、講師を呼んで園児に教えると言い出したのに対し、「Iのようにしたいのですか。」と尋ねた。C園長は、そのようなことは考えていない旨伝えた。
イ Xは、平成27年7月頃、年長児のお楽しみ会について、事前の協議もなく今まで使ったことのない施設で実施することを伝えられたことについて、C園長に対し、事前の協議が欲しかった旨を伝えた。
ウ 平成27年9月頃、本件保育園において、職員現況等調査票による調査が行われ、Xを含む本件保育園の保育士が回答した。その際、E保育士は、D主任が若い職員に対しての指導が厳しいこと、それに対するC園長の認識や今後の対応を問う内容の記載をした。G保育士は、主任の若い保育士に対する指導が厳しすぎるのが問題である旨の記載をした。X、E保育士及びG保育士は、職員現況等調査の記載に当たって、事前に相談をしたり、内容をすり合わせたりしたことはなかった。
Y社理事長は、職員現況等調査の実施後、C園長に対し、同調査において、C園長やD主任に対して意見が出ていることを口頭で伝えた。また、Y社理事長は、C園長に対し、それぞれの保育士が保育観を持っているので、少し自由にやらせた方がよい旨を伝え、C園長は、これ以降、Xに対し、Xの言動等に対する細かな注意、指導を行わなくなった。
エ Xが、平成28年5月の職員会議において、園の基盤が分かりづらい、クラスとしてどのようにしたらいいのかという趣旨の質問をし、同年6月の職員会議において、C園長が、全体の保育課程は年度初めに出しているので、それに沿って各クラスで進めるように回答したところ、G保育士が、前に勤めていた保育園における保育指針の読み解きの書類を出し、他の職員に提示した。この件については、今後も話し合っていくことになった。本件保育園において、保育課程はC園長が園長に就任する以前から存在しており、C園長が園長に就任後も毎年作成していた。
オ Xは、平成28年7月頃、夏祭りの主担当として指名され、前年度まで実施してきた職員による出し物を取りやめることや、慰労会で提供する軽食を持ち帰りのできるものに変更することを会議で提案し、Xの提案のとおり変更することが合意された。
カ 平成28年8月頃のミーティングにおいて、保育の方針について討論を行ったところ、Xを含むXグループとされる保育士からC園長の意向に対する異論が出され、H保育士がC園長に対し、何も変わっていない旨の発言をした。C園長は、途中で離席してしまった。
キ Xは、平成28年12月の年長組担任の保育士が企画担当したお楽しみ会について、担当者ではなく、分担の割り振りもなかったので、それ以外の業務をしていた。
ク Xは、平成28年12月末、本件保育園の保育士らによる忘年会に出席した。
ケ Xは、平成29年2月、一年間の園児の成長を保護者に見せる生活発表会で、前年に好評であったプロジェクターを利用して一年間の園児の成長の様子を上映する企画について、取りやめるよう提案し、協議の結果、取りやめることが決定した。
※C園長もXも、自らの考えを持っており、考え方の相違によって円滑な業務の遂行が阻害されているようにも読み取れますが、どれも企画立案業務で、最適解を見つけるためにいろいろな意見を協議する段階ですので、これはこれで正常な状態であると思います。C園長は少々権威的ですが、Xが「面従腹背」という言葉を知っていれば、あるいはC園長が異なる意見も取り入れるくらいの柔軟さをもっていれば、保育観の相違だけで解雇ということにならなかったと考えます。


(2) Xの第1子出産に伴う産前産後休業、育児休業
ア Xは、平成28年11月に行われた翌年度の希望クラス担任の意向調査において、「退職します」と記入したが、面談等による意向の確認が行われることはなかった。
イ Xは、平成28年秋頃に妊娠が判明していたが、C園長及びY社に報告できずにいたところ、平成29年2月に行われた生活発表会において、C園長がXの妊娠に気づいて確認したことから、C園長に対して妊娠していることを報告した。また、Xは、生活発表会の翌週、Y社に対し、退職せずに産休を取得したい旨の意向を伝えた。
その後、XとY社は、Xが同年3月末まで勤務し、同年4月1日以降産休に入ることで合意し、Xは同日以降産休に入った。
Xは、同年5月10日に第1子を出産し、同年7月6日から育児休業給付金として、同日から6か月間は賃金月額の67%である15万9272円の、それ以降は同50%である11万8860円の給付を受けた。
ウ Xは、平成29年秋頃、Y社の総務課を訪問し、平成30年度の保育園入所のために必要な在職就労証明書を依頼したところ、Y社は、後日、Xの自宅に法人印のある在職就労証明書を郵送した。
Xは、Y社から交付された在職就労証明書を役所に提出して、平成30年4月1日から第1子の認可保育所への入所が決定した。
しかし、Y社の本件解雇により、保育園への入所は取消となった。

(3)本件解雇に至る経緯等
ア C園長は、平成29年12月22日、D主任とともにY社理事長に対し、E保育士及びF保育士とは来年度は一緒にやっていけない旨を伝えたところ、Y社理事長は、C園長に対し、E保育士及びF保育士に対して年度末での退職を勧奨するよう指示した。
イ C園長及びD主任は、平成29年12月28日、E保育士と面談し、保育の方針が違うことから来年度は一緒に保育はできないこと、ただし、子供たちのことを考えて3月31日までは勤務してほしいことを伝えた。また、C園長は、同日、F保育士と面談し、E保育士に対してと同様に、来年度は一緒に保育はできないことを伝えた。
ウ E保育士及びF保育士は、平成30年1月5日、Y社理事長と面談し、その際、Xが書記として同席した。Y社理事長は、当該面談に先立ち、E保育士及びF保育士に対して、誰か連れてきてもよい旨を伝えていた。
面談の結果、E保育士及びF保育士は、3か月の特別休暇(有給休暇)を取得することを条件に、同年3月末で退職することを受け入れた。同日以降、両保育士とも出勤しなかった。
エ Xは、平成30年3月9日、Y社の総務課で総務課職員と面談し、復職時期について、長女の慣らし保育が完了する同年5月1日としたい旨の希望を伝えるとともに、復職後に時短勤務を希望する書類を提出した。Xは、総務課の職員から、復職の希望をC園長に対して連絡するように言われたが、連絡をしなかった。
Y社理事長は、XがY社総務課に対して復職の希望を伝えた後、C園長に対し、Xが復職希望であることを伝えたところ、C園長は、Xと一緒にやっていくことは無理である旨をY社理事長に伝えた。
オ Y社理事長は、平成30年3月23日、Xと面談し、復職させることはできない旨を伝えた。その際、Y社理事長は、実際問題とすると言葉で言えば解雇なんだけど、園長が無理だって言ってるものを戻せとはいえない(同3頁)、こういうことになってしまって大変申し訳なく思う(同5頁)などと述べた。Xは、当該面談において、Y社理事長から、退職することを前提に、特別休暇として3か月付与する旨の提案を受けたが、これを断り、解雇理由証明書が欲しい旨を伝えた。
Y社は、上記面談の後、Xに対し、同月26日付で解雇理由証明書を発行した。同証明書の「具体的な該当理由」としては、「A保育園施設長と保育観が一致しないことにより同園への復帰要望を叶えることができず、当法人都合による解雇に至った。」と記載されており、添え状には、「訂正希望個所などがあればご指摘下さい。」と記載されている。
カ Xは、平成30年3月23日夕方、C園長と面談した。C園長は、Y社の総務課職員からXから2、3日中に連絡があると聞いていたことからなぜ連絡しなかったのかを尋ねたところ、Xは、いろいろ考えて、電話できなかった、園長とは一緒に楽しい保育をしてきたと思っている等と言った。園長が、私もそう思っていたが、Eさん、Fさんと一緒に総務へ言った時点で、考えが違うと思った旨言うと、Xは、やっぱりそう思いますよねなどと返事をした。

キXは、平成30年3月26日、Y社に対し、本件保育園に掲示されている退職者の一覧にXの名前を記載するように求め、Xの名前が記載された。

(4)Xの第2子の出産
Xは、令和元年6月18日に第2子を出産した。


(裁判所の判断)
※ここでは、主な争点である退職合意の成否と解雇の有効性についてのみ取り上げます。

①退職合意の成否について

(1)Y社は、平成30年3月23日のXとY社理事長との面談において、退職合意が成立した旨主張するので、検討する。
この点、労働者が退職に合意する旨の意思表示は、労働者にとって生活の原資となる賃金の源である職を失うという重大な効果をもたらす重要な意思表示であるから、退職の意思を確定的に表明する意思表示があったと認められるか否かについては、慎重に検討する必要がある。
本件についてみると、前記(3)によれば、Xは、平成30年3月23日、Y社理事長との面談において、Y社理事長から、C園長が無理だと言っていることから復職をさせることはできない旨を伝えられ、退職を条件に3か月の特別休暇の提案を受けたのに対し、これを断り、解雇理由証明書の発行を求めていたことが認められるところ、このようなXの言動は、Xが退職に納得していないことを示すものと解される。そして、Xが、Y社理事長の説明に対し、「はい。」などと述べていることは認められるものの、会話の流れを全体としてみれば、単に相槌を打っているに過ぎないと解され、Y社理事長からの復職は認められない旨の発言に対し、このようなXの発言をもって、承諾をしたと評価することはできない。
そうすると、XがY社理事長から復職させることはできない旨を伝えられたのに対し、それを承諾する旨の意思表示をしたと認めることはできない。
一方、Y社理事長は、実際には解雇である旨述べた上、園長が無理だという以上戻すことはできないとして、復職はできないことを明言していること、当該面談の後に、Xの求めに応じて解雇理由証明書を発行していることからすれば、Y社理事長のXに対する当該面談における復職させることはできない旨の通告は、実質的には、Xに対する解雇の意思表示であったと認めるのが相当である。

(2)Y社は、Xが平成30年3月末の本件保育園の退職者の一覧に自分の氏名を加筆させたことは、Xが退職に同意していたことを示す事情である旨主張するが、解雇に不満があったとしても、保護者や園児に対して復職できないことを伝えるために退職者一覧に自己の氏名を載せるように求めることは不自然とはいえないから、Xの当該行為によって承諾の意思表示があったと推認することはできず、当該事情は前記認定を左右するものとはいえない。
また、Y社が解雇理由証明書の内容について、Xの希望どおりに記載しようとしていたことは認められるものの、このようなY社側の行為をもって、Xが解雇を受け入れていたと評価することはできない。

(3)したがって、平成30年3月23日の面談において、XとY社との間に退職合意が成立した旨のY社の主張は理由がない。

② 解雇の有効性について

(1)客観的合理的理由及び社会通念上相当性の有無について
ア Y社は、仮にY社がXに対する解雇の意思表示をしたと評価される場合、Xの解雇理由について、XのC園長等に対する反抗的、批判的言動が、単に職場の人間関係を損なう域を超えて、職場環境を著しく悪化させ、Y社の業務に支障を及ぼす行為であった旨主張する。
Y社の主張するXのC園長等に対する言動のうち、認定できるものは前記1(1)の認定事実のとおりであり、Xが本件保育園の施設長であるC園長の保育方針や決定に対して質問や意見を述べたり、前年度の行事のやり方とは異なるやり方を提案することがあったことは認められるものの、C園長の指示、提案に従わず、ことあるごとに批判的言動を繰り返し、最終的に決まった保育方針、保育過程に従う姿勢を示さなかったとは認められない。Xの言動が、意見の内容、時期、態様によっては、施設長であり、上司であるC園長に対するものとして、適切ではないと評価し得る部分がないとはいえないとしても、現場からの質問や意見に対しては、上司であるC園長やD主任らが、必要に応じて回答や対応をし、不適切な言動については注意、指導をしていくことが考えられるのであって、質問や意見を出したことや、保育観が違うということをもって、解雇に相当するような問題行動であると評価することは困難である。
また、前記(1)ウのとおり、平成27年9月に実施された職員現況等調査の回答がY社理事長からC園長に伝えられて以降は、Xの言動等に対して、C園長からの細かな注意、指導を行わなくなったと認められることや、Xが本件解雇以前に懲戒処分を受けたことはないことからすると、XのC園長らに対する言動に、仮に不適切な部分があったとしても、Y社が主張するようにC園長がXに対して度重なる注意、改善要求をしていたとは認められないのであって、Xには、十分な改善の機会も与えられていなかったというべきである。
そして、Y社は、X以外のXグループとされる保育士らのC園長らに対する言動についても、Xの解雇理由に該当する言動として主張するが、Xが他の保育士と示し合わせてC園長に対する批判的言動をしていたことや、Xが第1子の産休・育休中に、Y社がXグループと称する保育士らと共謀して、X以外の保育士に園長に対するY社主張の言動をさせていたことをうかがわせる事情もないことからすれば、X以外の保育士の言動について、Xの問題のある言動として評価することはできないというべきである。
そうすると、本件で認定できるXの言動等を前提とした場合、これらが就業規則24条7号の「その他前各号に準ずるやむを得ない事由があり、理事長が解雇を相当と認めたとき」に該当するとはいえないから、本件解雇は、客観的合理的理由を欠き、社会通念上相当であると認めることもできず、権利の濫用として、無効であると解される。

(2)均等法9条4項違反について
均等法9条4項は、妊娠中の女性労働者及び出産後1年を経過しない女性労働者に対する解雇を原則として禁止しているところ、これは、妊娠中及び出産後1年を経過しない女性労働者については、妊娠、出産による様々な身体的・精神的負荷が想定されることから、妊娠中及び出産後1年を経過しない期間については、原則として解雇を禁止することで、安心して女性が妊娠、出産及び育児ができることを保障した趣旨の規定であると解される。同項但書きは、「前項(9条3項)に規定する事由を理由とする解雇でないことを証明したときは、この限りでない。」と規定するが、前記の趣旨を踏まえると、使用者は、単に妊娠・出産等を理由とする解雇ではないことを主張立証するだけでは足りず、妊娠・出産等以外の客観的に合理的な解雇理由があることを主張立証する必要があるものと解される。
そうすると、本件解雇には、客観的合理的理由があると認められないことは前記(1)のとおりであるから、Y社が、均等法9条4項但書きの「前項に規定する事由を理由とする解雇でないことを証明した」とはいえず、均等法9条4項に違反するといえ、この点においても、本件解雇は無効というべきである。

※均等法9条4項但書きにいう、「前項(9条3項)に規定する事由を理由とする解雇でないことを証明したとき」について、単に妊娠・出産等を理由とする解雇ではないことを主張立証するだけでは足りず、妊娠・出産等以外の客観的に合理的な解雇理由があることを主張立証する必要があると、解釈基準が示されています。本裁判例によれば、客観的に合理的な解雇理由があることを主張立証しなければ、妊娠中の女性労働者及び出産後1年を経過しない女性労働者に対する解雇は、労働契約法16条(解雇権濫用法理)を持ち出さなくとも、均等法9条4項違反により無効となるのです。
なお、労働契約法16条(解雇権濫用法理)では、解雇には、客観的に合理的な解雇理由の他に、社会的相当性が求められています。本裁判例では、解雇理由が客観的合理性を備えていないため、社会的相当性にまでは触れていませんが、均等法9条4項が安心して女性が妊娠、出産及び育児ができることを保障した趣旨の規定であることからすれば、同条項但書きの解雇には、労働契約法16条よりも強い社会的相当性も要求されるべきと考えます。