社会保険労務士川口正倫のブログ

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退職代行サービスって本当に2週間前で退職できるの!?

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退職代行サービスって本当に2週間前で退職できるの!?

 

 

 最近「退職代行サービス」が注目されています。

本人に代わって、会社への退職の意思表示や退職に伴う事務的な連絡を行なうのが主なサービスの内容で、料金は3万円~5万円程度のようです。
なお、本人に代わって会社と交渉することは、非弁行為(※)となるため、弁護士以外はできません。都道府県労働局や民間ADR機関(社労士会労働紛争解決センター)にあっせん申請をする場合は、例外的に特定社労士が代理人となることができます。

(※)弁護士でない者は報酬を得る目的で法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない(弁護士法17条)。弁護士でない者が、こういう行為をすることを「非弁行為」といいます。

退職届を受取ってもらえないとか、パワハラ体質の上司が怖くて退職を言い出せないとか、後任の採用がなかなか決まらない等でニーズがあるようですが、その背景には人手不足というのもあるかも知れません。

ところで、退職代行サービスを紹介している記事の中には、「2週間前に退職届を出せば、原則退職できる。」「退職したい時は2週間前に退職届を出せばOK!」など、2週間前までに退職を申し出れば問題無いと書かれているものを目にしますが、果たして本当にそうなのでしょうか?

退職についての法的な面を検証してみたいと思います。

 

1.1年を超える有期契約の場合

 「1年を超える有期契約」とは、1年を超える期間を定めて締結している労働契約をいいます。従って、1年間の労働契約が更新されて1年を超えた場合というのは、「1年を超える有期契約」に含まれませんので、ご注意ください。

「1年を超える有期契約」の退職については、労働基準法137条に「当該労働契約の期間の初日から1年を経過した日以後においては、その使用者に申し出ることにより、いつでも退職することができる。」と明記されており、契約の開始から1年が経過していれば、いつでも退職することが可能です。

労働基準法第137条
期間の定めのある労働契約(一定の事業の完了に必要な期間を定めるものを除き、その期間が1年を超えるものに限る。)を締結した労働者(第14条第1項各号に規定する労働者を除く。※)は、労働基準法の一部を改正する法律(平成15年法律第104号)附則第3条に規定する措置が講じられるまでの間、民法第628条の規定にかかわらず、当該労働契約の期間の初日から1年を経過した日以後においては、その使用者に申し出ることにより、いつでも退職することができる。

(※)5年間までの長期有期契約の締結が認められている「高度の専門的能力を有する労働者」(1号)と60歳以上の高齢者(2号)のこと。

 

 なお、労働契約に「退職を申し出る場合は、1か月前に申し出るものとする。」と退職予告期間についての規定(「退職予告条項」という。)があったとしても、この場合は、労働基準法が適用されます。1か月の退職予告条項は、「期間の初日から1年を経過した日以後においては、その使用者に申し出ることにより、いつでも退職することができる。」という労働基準法137条の定めよりも、労働者にとって不利な条件となります。こういう場合は、労働基準法13条により、当該労働契約の退職予告条項は無効となり、労働基準法137条のとおりとなるためです。

 

この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となつた部分は、この法律で定める基準による。

 

 これを、労働基準法の片面的強行法規性及び直律的効力と呼びます。

  • 片面的強行法規性 労働基準法に反する定めは、労働者に不利な場合は無効となる。(労働者に不利な面については、強行法規となる)
  • 直律的効力 片面的強行法規性により無効となった内容は、労働基準法の定めに従う。(無効となった部分が、直ちに律せられる)

なお、1年を超える期間の労働契約を1年以内に解約する場合については、特にこれを定める規定が存在しないため、1年以内の期間を定めた労働契約の場合と同様に扱われます。

 

2.1年以内の有期契約の場合

 1年以内の期間期間の労働契約が更新されて、再度1年以内の労働契約を締結した場合も、「1年以内の有期契約」に該当します。また、1年を超える期間の労働契約を1年以内に解約する場合にも、「1年以内の有期契約」と同様に考えます。

この理由は、一般法と特別法の関係により、民法よりも労働基準法が優先適用されるため、「1年を超える有期契約を」かつ「1年を経過した日以後に退職」する場合には、労働基準法137条が適用されますが、そうでない有期契約の退職(「1年以内の契約」または「1年を経過した日より前に退職」する場合 ※)については、労働基準法に該当する規定がなく、有期契約一般を取り扱う民法628条が適用されるためです。

(※)「1年を超える有期契約を」かつ「1年を経過した日以後に退職」を否定すると、「1年以内の契約」または「1年を経過した日より前に退職」となる。ド・モルガンの定理

 

民法628条
当事者が雇用の期間を定めた場合であっても、やむを得ない事由があるときは、各当事者は、直ちに契約の解除をすることができる。この場合において、その事由が当事者の一方の過失によって生じたものであるときは、相手方に対して損害賠償の責任を負う。

 

この民法628条によると、「やむを得ない事由」があれば直ちに退職(契約を解除)できますが、反対解釈すると「やむを得ない事由」がない限り、退職できないことになります。

では、「やむを得ない事由」が何なのかということですが、

現実的な問題として、民法628条を根拠に使用者が解雇して従業員がその無効を確認した判例は多数ありますが、従業員が一方的に退職を申し出て使用者がその無効を確認した判例が下級審ですら恐らくありませんので(少なくとも私は目にしたことがないです)、社会通念上「やむを得ない」といえるかで判断するしかありません。

少なくとも、

  • 残業代不払い
  • 給与の遅配
  • コンプライアンス違反
  • 長時間残業
  • パワハラやセクハラの被害
  • 心身の不調
  • 引越しや結婚など重大な個人的事情

は、まず「やむを得ない」事由に該当すると考えて問題ないでしょう。

また、有期契約(一時的な仕事、不安定な非正規)であることを考慮するなら、

  • 正規従業員での就職
  • 学業との両立困難
  • 生活設計の見直し
  • 将来のことを考えて

あたりも問題ないかと思います。

さらに、労働市場の流動化を図ることまで考えるなら、あくまで私見ですが、

  • より条件の良い職場への転職

これも「やむを得ない事由」に含めてもよいかと思います。

 

どういう場合に「やむを得ない事由」に該当するかは判断が難しいですが、もし「やむを得ない事由」に該当しないにもかかわらず、出社拒否などにより一方的に会社を退職した場合は、不法行為となり、その従業員は会社から損害賠償請求をされる可能性があります。まあ、一方的に退職した従業員に対する会社の損害賠償請求が認められるのは極めて例外的なことではありますが、実際に認められた判例もあります。(ケインズインターナショナル事件)

このようなこともあるため、退職代行サービスの業者は、少なくとも1年以内に有期契約の場合は「やむを得ない事由」該当するかどうかを十分に検討したうえで、引き受けるべきかどうか決めるべきです。

なお、民法628条後段には「当事者の一方の過失によって生じたものであるときは、相手方に対して損害賠償の責任を負う。」とあり、「やむを得ない事由」を生じさせたことにについて労働者に過失がある場合も、会社から損害賠償請求されるリスクはあります(これも極めて例外的なことです)。

 

3.無期契約の場合

 (1)民法627条を根拠とすると

  正社員など無期の雇用契約の場合は、民法627条が適用されます。「2週間前に退職届を出せば、原則退職できる。」というフレーズは、これを根拠にしたものです。

でも、ちょっと待ってください。

確かに、民法627条1項には、退職予告期間は「二週間」と明記されていますが、同条2項と3項に例外規定があります。

民法627条
  1. 当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。
  2. 期間によって報酬を定めた場合には、解約の申入れは、次期以後についてすることができる。ただし、その解約の申入れは、当期の前半にしなければならない。
  3. 六箇月以上の期間によって報酬を定めた場合には、前項の解約の申入れは、三カ月前にしなければならない。

 

 同条2項の「期間によって報酬を定めた場合には、解約の申入れは、次期以後についてすることができる。ただし、その解約の申入れは、当期の前半にしなければならない。」とは、例えば月給制の場合なら、但書により賃金計算期間の前半に退職の申入れたなら、その計算期間の満了日以後(次期以後)に、後半に退職の申入れをしたなら、翌賃金計算期間の満了日以後に退職できることを意味します。

これをこのまま年俸制に適用すると、最短でも6か月前に退職予告する必要がありますが、同条3項「六箇月以上の期間によって報酬を定めた場合」に該当するため、3か月前まででよいことになります。

従って、日払いや週払いなら退職予告期間は2週間前までとなりますが、月給制の場合は賃金計算期間の長さや退職予告をする時期によって14日~31日前まで、年俸制の場合は3か月前までに退職予告をする必要があります。

正社員の多くは月給制または年俸制ですので、民法627条を根拠としても必ずしも退職予告期間が2週間前とはいえません。

(2)そもそも民法627条を退職予告期間とできるのか?

 労働基準法には、片面的強行法規性及び直律的効力が認められるため、これに反して労働者に不利益な就業規則雇用契約の条項は無効となり、労働基準法が定めに従うこととなりしたが、民法の規定は必ずしも強行法規性を有していません。むしろ、強行法規となるのは、公序良俗に関する規定や明文で当事者間で別の定めをすることを排除している例外的な規定で、多くは契約等と当事者間で別の定めをした場合はその規定が適用される「任意規定」です。

この点、雇用契約の当事者を長期に束縛することは公益に反するとの趣旨から、民法627条及び628条の強行法規性(ただし、片面的)を示した下級審の判例もあります(ネスレコンフェクショナリー関西支店事件 大阪地判平成17.3.30労判892号5頁 なお、これは解雇について争われた判例です)。一方で、継続的契約関係における契約自由の原則により解約の自由を当事者の意思によって制限することは、それが他の強行法規や公序良俗に反する等の特段の事由がない限り許容されるとした下級審の判例もあり(大室木工所事件 浦和地熊谷支決昭和37.4.23労民集13巻2号505頁 なお、これは退職には会社の承認が必要との就業規則の規定について争われた判例です )、判例は法理は確立されていません。

確かに、「1年以内の有期契約の場合」(民法628条)なら、有期雇用という不安定な雇用形態を長期間労働者に強いることは公序良俗に反するので「やむを得ない事由」がある場合は、例外的にいつでも退職できるというのはもっともなことです。しかし、長期雇用を前提とした無期契約について定めた627条も同様に解されるべきかは疑問です。
民法627条は任意規定と解して、就業規則雇用契約等で定めた退職予告期間を優先適用するのを原則とし、その定めが公序良俗に反するような長期間(私の感覚では3か月超過)であったり、業務内容等から考えて必要以上に長期間である場合等は、就業規則等の規定を無効として、当事者で妥当な期間を協議することとし、それでも妥結できなかった場合は、民法627条を適用するのが現実的ではないかと思います。業務内容によっては、最低限の引継ぎが無ければ企業活動が適切に維持できないことすらあり得ます。

判例法理が確立されていないので、社会通念に照らして考えるしかありませんが、無期契約はそもそも長期雇用を前提としているので、一方的に退職の意思表示を伝えるだけで、就業規則等の規定に反して、2週間で退職を認めるべきではなく、業務内容、職場環境、退職に至る経緯や当事者の協議などを総合的に判断して決するべきです。

従って、無期契約の場合は単なる退職代行ではなく、都道府県労働局や民間ADR機関を通じたあっせんや弁護士による交渉を経て、適切な解決を図るべきだと思います。

 

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