社会保険労務士川口正倫のブログ

横浜市の社会保険労務士事務所に勤務する社会保険労務士のブログ

【懲戒解雇】日本鋼管事件 (最二小判昭49.3.15労働判例198号17頁)

日本鋼管事件 (最二小判昭49.3.15労働判例198号17頁)

1.事件の概要

X1、X2及びX3はY社の工員(ただし、X1は組合専従者)であったが、昭和32年7月に発生したいわゆる砂川事件に参加し、日米安保条約3条に基づく行政協定に伴う刑事特別法2条違反の罪により逮捕され、同年10月起訴されて新聞紙面等で広く報道された。そこで、Y社は、不名誉な行為をして会社の体面を著しく汚したとして、X1及びX2を懲戒解雇、X3を諭旨解雇にした。
これに対して、X1らは、解雇無効等を求めて提訴した。一審、二審ともに、懲戒解雇を無効としたので、Y社が上告したのが本件である。

2.判決の概要

営利を目的とする会社がその名誉、信用その他相当の社会的評価を維持することは、会社の存立ないし事業の運営にとって不可欠であるから、会社の社会的評価に重大な悪影響を与えるような従業員の行為については、それが職務遂行と直接関係のない私生活上で行われたものであっても、これに対して会社の規制を及ぼしうることは当然認められなければならない。本件懲戒規定も、このような趣旨において、社会一般から不名誉な行為として非難されるような従業員の行為により会社の名誉、信用その他の社会的評価を著しく毀損したと客観的に認められる場合に、制裁として、当該従業員を企業から排除しうることを定めたものであると解される。
所論は、右懲戒規定にいう「会社の体面」とは、会社の社会的評価のほかに、会社がそのような評価を受けていることについての会社の経営者や従業員らの有する主観的な価値意識ないし名誉感情を含むものであり、同規定は、従業員の不名誉な行為がこのような会社関係者の主観的感情を著しく侵害した場合にもこれを懲戒解雇の対象とする趣旨である旨主張するが、会社の存立ないし事業運営の維持確保を目的とする懲戒の本旨にかんがみれば、右「会社の体面」とは、会社に対する社会一般の客観的評価をいうものであつて、所論指摘の諸点を考慮しても、なお、同規定を所論のように広く解すべき合理的理由を見出すことはできない。
そして、従業員の不名誉な行為が会社の体面を著しく汚したというためには、必ずしも具体的な業務阻害の結果や取引上の不利益の発生を必要とするものではないが、当該行為の性質、情状のほか、会社の事業の種類・態様・規模、会社の経済界に占める地位、経営方針及びその従業員の会社における地位・職種等諸般の事情から綜合的に判断して、右行為により会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価される場合でなければならない。
そこで、これを本件についてみるに、X1らは、在日アメリカ空軍の使用する立川基地の拡張のための測量を阻止するため、他の労働者ら約250名とともに、一般の立入りを禁止されていた同飛行場内に不法に立ち入り、警備の警官隊と対峙した際にも、集団の最前列付近で率先して行動したというものであって、反米的色彩をもつ集団的暴力事犯としての砂川事件が国の内外に広く報道されたことにより、当時Y社が巨額の借款を申し込んでいた世界銀行からは同会社の労使関係につき砂川事件のことを問題とされ、また、国内の他の鉄鋼関係会社からも同事件について批判を受けたことがあるなど、Y社の企業としての社会的評価に影響のあったことは、原判決の確定するところである。
しかし、原判決は、他方において、X1らの前記行為が破廉恥な動機、目的に出たものではなく、これに対する有罪判決の刑も最終的には罰金2000円という比較的軽微なものにとどまり、その不名誉性はさほど強度ではないこと、上告会社は鉄鋼、船舶の製造販売を目的とする会社で、従業員約3万名を擁する大企業であること、被上告人らの同会社における地位は工員(ただし、X1は組合専従者)にすぎなかったことを認定するとともに、所論が砂川事件による影響を強調する前記世界銀行からの借款との関係については、Y社の右借款が実現したのは同時に申込みをした他の会社より三箇月ほど遅延したが、X1らが砂川事件に加担したことが右遅延の原因になったものとは認められないとしているのである。
以上の事実関係を綜合勘案すれば、X1らの行為がY社の社会的評価を若干低下せしめたことは否定しがたいけれども、会社の体面を著しく汚したものとして、懲戒解雇又は諭旨解雇の事由とするのには、なお不十分であるといわざるをえない。

3.解説

多くの企業では、私生活上の非違行為を懲戒事由として掲げているが、雇用契約は、企業がその事業活動を円滑に遂行するために必要な限度での規律と秩序を根拠づけるにすぎず、従業員の私生活に対する使用者の一般的支配まで生ぜしめるものではない。したがって、従業員の私生活上の行為は、事業活動に直接関連を有するもの及び企業の社会的評価を毀損をもたらすもののみが企業秩序維持のための懲戒の対象となりうるにすぎない。
そして、この懲戒処分の対象となる社会的評価の毀損について、「従業員の不名誉な行為が会社の体面を著しく汚したというためには、必ずしも具体的な業務阻害の結果や取引上の不利益の発生を必要とするものではないが、当該行為の性質、情状のほか、会社の事業の種類・態様・規模、会社の経済界に占める地位、経営方針及びその従業員の会社における地位・職種等諸般の事情から綜合的に判断して、会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価される場合でなければならない。」と一般的な判断基準を示したのが本判決である。