社会保険労務士川口正倫のブログ

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【雇止め】バンダイ事件(東京地判令2.3.6労経速2423号10頁)

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バンダイ事件(東京地判令2.3.6労経速2423号10頁)

1.事件の概要

Xは、平成18年5月22日、Y社との間で、同日から同年6月30日までを期間とする雇用契約を締結し、同年7月1日、1年の契約期間を定めて雇用契約を更新した。以後順次雇用契約を14回更新した。その後、Y社は雇用契約の更新を行わず、平成30年3月31日の期間満了をもって雇用契約を終了した。
雇用契約終了時の通知書には、雇止めの理由として「・・・当社の来期の組織改編に伴い、現在、担当していただいている『海外販社への商品サンプルを中心とする発送』の業務自体が無くなることから、今後の労働条件についてお話をしましたが、誠に残念ながらご同意が得られませんでした」との記載があった。
これに対して、XがY社に、かかる雇止めにつき無効であると主張し、地位確認等を求めた事案である。

2.双方の主張

(1)争点1 本件雇用契約が労働契約法19条1号ないし2号に該当するか否かについて

(Xの主張)
【原告の主張】
本件雇用契約は労働契約法19条1号ないし2号に該当する。
ア Xは、Y社に入社して以降、サンプル(商品)の海外への発送業務、配属室内の経費処理や倉庫整理、一般庶務をほぼ一人で任され続けてきたところ、これら業務は常用的・基幹的業務である。
イ 本件雇用契約は合計14回更新され、Xは約11年10か月もの長期にわたりY社で継続して就労してきた。
ウ 本件雇用契約更新の手続は、契約期間終了直前にY社がXの意向を聞くこともなく雇用契約書を提示してXがこれに署名・押印するという簡素かつ形式的なもので、Y社が契約期間内に次の雇用契約書を作成するのを忘れて契約期間が終了した後で再度契約書を作成したことが複数回あった(3回目更新は平成19年11月27日に、6回目更新は平成22年9月10日に、7回目更新は平成23年6月21日に契約締結した。)。
エ また、Xが継続して就労した結果、当初900円であった時給は、平成19年4月1日(3回目更新)に930円、平成20年7月1日(4回目更新)に1100円、平成23年5月1日(7回目更新)に1400円、平成26年7月1日(11回目更新)に1500円まで各上昇した。
オ 以上の事情を総合すれば、本件雇用契約は、過去に反復して更新されたことがあり、その期間満了時に当該契約を終了させることが期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をして契約を終了させることと社会通念上同視できると認められるというべきであるから、労働契約法19条1号に該当する。また、Xが長期間継続して真面目に就労を続けていることからすれば、Xにおいて本件雇用契約の満了時に当該契約が更新されるものと期待することについて合理的理由があると認められるというべきであるから、労働契約法19条2号に該当する。


(Y社の主張)
【被告の主張】
本件雇用契約は労働契約法19条1号にも同条2号にも該当するとはいえない。
ア Xの主な担当業務であった商品サンプル発送は極めて簡単なもので、その他の担当業務も伝票処理や正社員の指示を受けての雑用にすぎず、いずれも事務作業の域を出るものではない。また、Xが正社員の担当するような基幹的な業務を担当できたことは一度もない。サンプル発送業務等の担当がX1名であったのは複数名で担当する必要性がなかったからである。X担当の発送業務の量は入社してしばらくの間は多かったものの徐々に減少し、平成28年には平成24年の半分以下まで減少しており、X担当の発送業務が恒常的なものであったともいえない。
イ Y社は、本件雇用契約を更新する際には、Xとの個人面談を実施して更新希望の有無を確認してY社として更新の可否を検討した上で、期間満了前に雇用契約書を提示して更新を申し込み、ほとんどは期間満了前に手続が完了した。また、期間満了後に更新手続がずれ込んだ場合であっても、期間満了前にXとの個人面談を実施して更新の可否の検討をした上で、その結果を踏まえて更新を申し込んだのであって、本件雇用契約の更新手続が形骸化していたことはない。
ウ Y社は、Xに対し、遅くとも平成28年5月以降、再三にわたって「今後もXの担当業務の減少が続き近いうちに消滅する可能性が大きい」旨説明して更新が難しい状況であることを伝えてきており、更新の期待を抱かせるような言動もしていない。そして、Y社は、Xに対し、平成29年5月31日の個人面談において、次回(平成30年4月以降)の契約更新の可否について今後の業務量の充実度によって判断すること、業務に必要な技術(パソコンなど)の習得を条件とする旨伝え、Xはこれに対して何ら異議を述べずに同意し、平成29年6月20日、XとY社は更新契約の締結と同時に上記条件を記載した確認書を作成した。それにもかかわらず、Xは平成30年3月31日時点で業務遂行能力が向上することはなく、Xに任せられる業務内容や業務量が増加することもなかった。
また、Xは時給が上昇してきたことに言及するが、過去にXの時給が上昇したのは、当時、業務量の急増に伴ってXの庶務が増加したこと及びXが昇給を要求したからにすぎない。時給が上昇したからといって、本件雇用契約が実質的に期間の定めのない雇用契約に転化するわけではなく、Xが社長室に異動した平成26年10月以降は昇給していないし、Xの担当業務量が減少し続けていたことから、むしろ更新について期待できない状況であったといえる。
エ 以上からすれば、本件雇用契約につき、本件雇止めをすることが期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められるとはいえないし、Xにおいて本件雇用契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められるともいえないというべきである。

(2)争点2 本件雇止めが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないか否かについて

※本件雇用契約が労働契約法19条1号ないし2号に該当した場合は、雇止めに解雇権濫用法理が類推適用されることになります。

【Xの主張】
ア 本件雇止めは、労働契約法18条に基づくXの期間の定めのない労働契約への転換申込権行使を妨害するという、同条を潜脱する目的でされたものであり、そのこと自体で客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められないというべきである。すなわち、Xは、平成18年5月からY社において継続して就労していて、仮に平成30年4月1日以降も労働契約が継続していれば、同日で施行から通算5年を超えることとなる労働契約法18条に基づき、次回以降の契約についていわゆる無期転換申込権を行使することができる状態であった。Y社は、Xのこの権利行使の機会を奪うために、Xの契約を上記施行から通算5年を超えることとなる日の前日である平成30年3月31日までの期間とし、その期間満了をもって雇止めとした。上記目的に基づく本件雇止めは、有期労働契約の濫用的な利用を抑制して有期契約で働く者の雇用の安定を図るという労働契約法18条の趣旨・目的に反するものであるから、労働契約法19条の適用上、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められないというべきである。
イ 仮に上記目的に基づくこと自体で、労働契約法19条の適用上、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないとはいえないとしても、本件雇止めが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められないとの評価を基礎付ける事情の一つであるということはでき、次に述べるところと併せ総合判断すれば、本件雇止めは客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められないというべきである。
さらに、仮に万が一にでもY社が労働契約法18条を潜脱する目的を有していたとは認められないとしても、次に述べるところのみからしても、本件雇止めは客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められないというべきである。

(ア) Xの担当業務は減少していない。
Xが担当していたサンプル発送業務は本件雇止め時においても減っていなかったし、Xが労働時間を持て余すような状況にもなかった。Y社主張を前提にしても、サンプル発送業務は、なくなっていないし、今後、海外販社との協力関係を高めるために増加する可能性すらある。
Y社の経営状態は良好で人員削減の必要はなく、Y社が主張するサンプル発送業務の移管先はトイ戦略部門という事業部そのものではない営業・庶務的な部署にすぎず、事業部からの直接発送(後記、Y社がいうところの一気通貫体制。)は機能しておらず、移管の必要があるなどとはいえない。

(イ)Y社は本件雇止めを回避する努力をしていない。
Y社は、Xを含め契約社員に希望退職募集等を行っていない。仮に社長室での業務がなくなるのであれば、Xに対して他部署への配転等を提示することもできたはずであるにもかかわらず、そのようなことも一切していない。
また、Y社が主張する平成29年7月の更新時における確認書は、Xの業務遂行能力についての具体的な条件設定や達成基準の提示がされたものではない。Y社は、平成29年11月30日の面談時にパソコン技術の試験を実施していない上、Xがパソコンを使って作成・提出したマニュアル、サンプル発送実績表(情報システム部の社員に口頭で実績入力に関する助言をしてもらったのとエクセルでグラフを作成する際に電子メールで助言してもらったほかXが独力で作成した。)、日報等についての問題点も指摘していない。したがって、Xが必要な業務能力を習得できていない旨のY社主張は失当である。
また、Xは、多岐にわたって業務を担当させられていたが、所定時間内でやり遂げるため向上心をもって同時並行的に行ってきた。パソコン技術の習得についても真面目に努力していて、「ワード」及び「エクセル」を通常に使いこなせる程度の能力があった。平成29年11月30日の面談でXが業務に必要な技術の習得について取り組んでいない旨述べたのは、パソコン技術習得のための講座に通う費用について余裕がない旨述べたにとどまる。
さらに、Xの業務遂行能力に不備があるというのであれば、Y社において本件雇止めに先立ってXに対して説明すべきであり、そのような説明をしないまま一方的に雇止めにしたことは手続面でも問題であるというべきである。
以上に対し、Y社は、Xに対する時短勤務や株式会社C(以下「C」という。)への転籍の提案をもって本件雇止めを回避するための努力であると主張するようであるが、Y社が提案した時短勤務は労働条件の著しい不利益変更に当たるから、Xが応じられないのはやむを得ず、これをもって回避努力とは到底いえない。また、Cヘの転籍の提案は、他社での雇用である上、賃金や業務等の労働条件の提示もなく具体的なものでなかったし、契約社員での就労にすぎないものであったから、回避努力に当たるはずがない。Cでの業務は、運送といった肉体労働が主であり、XがY社で担当していた内容と大幅に異なっているから、Xは断ったものである。

(ウ)本件雇止めの人選は不合理であり、その手続には問題がある。
Xはこれまで12年間もY社で就労していて懲罰を受けたことがなく非行等もなかったから、本件雇止めの対象人選は不合理である。また、Y社のXに対する本件雇止めの説明は極めて不十分で、特に、Xの業務遂行能力について、Xが真面目にパソコン技能を得るために努力していたことやマニュアル等も懸命に作成して提出していたにもかかわらず、これらの不備を説明しないままの一方的な雇止めは問題である。


【Y社の主張】
ア 本件雇止めは、Xの無期転換申込権の行使を防げる目的のものではない。すなわち、本件雇止めはXの担当業務がなくなったことが理由であり、Y社は、本件雇用契約の終了という事態を避けるための機会をXに与えていたし、更新条件を満たせば契約を更新して無期雇用に転換する可能性も十分にあった。また、Y社には、平成30年4月1日時点で289名の有期契約社員が在籍しているが、うち42名に無期転換申込権が発生したが、無期転換申込権の発生やその行使を防げるために更新拒絶をした事例は一切ない。
Y社では、平成29年4月、ボーイズトイ事業部(男児向け玩具を扱う部署)において、アジア地区のビジネスを本社事業部門が直接展開する新体制(以下「一気通貫体制」という。)を開始して各事業部が商品サンプル発送業務を直接所管することになった。このように、商品サンプル発送業務が移管されXとの本件雇用契約を終了せざるを得ない状況であったが、Xが本件雇用契約の継続を希望したため、Y社は、温情的措置として、(組織改編が平成30年4月にされることを踏まえて)同年3月まで契約を更新したのである。なお、仮にY社がX主張のような目的で契約期間の終期を定めるのであれば、平成30年4月30日までとすれば足り、同年3月31日までとする必要はない。
イ 次に述べるところを総合判断すれば、本件雇止めは、労働契約法19条の適用上、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないとはいえない。

(ア)Xの担当業務は減少した。
各事業部が商品サンプル発送業務を直接行うことが増える傾向にあってXの担当業務は徐々に減少し、Xは、社長室に異動した後、所定労働時間を持て余す状況であった。Y社は、Xの業務量を増やすべく伝票処理や床清掃、臨時業務の支援等の業務を追加的にXに割り当てたが、その他にXに任せることができる業務はなく、また、Xの業務処理が遅いなどの問題もあって、Xの業務量は一向に増えなかった。そのような中、上記のように、平成29年4月に一気通貫体制が開始され、各事業部において商品サンプル発送業務を直接所管することになったものの、Y社は、Xの担当業務を維持するため、社長室でも上記発送業務を行うことにした。しかしながら、効率性の観点から各事業部が直接行う傾向が更に進み、平成30年4月以降商品サンプル発送業務は各事業部に完全移管されてXが担当することができる業務がなくなってしまい、Xの雇用を維持することができなくなった。

(イ)Y社はXに雇用継続のための機会を与えた。
Y社は、Xの担当業務量が減少していたものの、そのパソコン技術が低いことなどから新たに任せられる仕事が少なく、その担当業務量を増やすことができなかったため、平成29年5月31日の個人面談でXに対し、雇用を維持するためには適正な業務量を担当してもらう必要があり、そのために担当可能な業務の幅を広げる必要があることを説明し、業務の幅を広げるのに必要な技術を習得すること、具体的には、平成29年12月までに「ワード」、「エクセル」及び「パワーポイント」を使って資料を作成するのに必要な技術を習得するよう努力することを求めた。そして、Xは、平成29年6月20日、14回目の更新契約の締結と同時に、次回(平成30年4月以降)の契約更新の可否は今後の業務量の充実度によって判断されること、契約更新には業務上必要な技術(パソコンなど)の習得を条件とされることなどが記載された確認書に署名押印した。ところが、Xには、指示された資料を作成するのに他の社員を頼ったり「できません」と答えたりして自ら業務の幅を広げようとする姿勢がなく、Xは、情報入力に通常の倍以上の時間を要しており、平成29年11月30日の面談で業務に必要な技術の習得について全く取り組んでいない旨述べるなど、雇用継続の機会を自ら放棄し、その結果として業務量が増えず、上記条件は満たされなかった。

(ウ)XはY社の更新提案を拒否した。
Y社は、Xに対し、平成29年11月30日の面談において、トイ事業関連部門への全面移管が決定していた商品サンプル発送業務を特例的に社長室に残しても当時のXの業務量が所定労働時間の6割程度であったことを踏まえ、社会保険の適用が外れないように配慮して兼業も認める前提で、勤務条件を1日4時間・週5日間勤務又はフルタイム(1日7時間30分)・週3日間に変更して契約を更新する旨の提案をした。しかし、Xは、即座にこれを拒否して話合いの姿勢を見せることもなく強硬な態度に終始した。

(エ)XはCヘの転籍の提案を拒否した。
Y社は、Xに対し、平成27年以降、少なくとも3回にわたってCでの雇用(契約社員として入社し将来的に正社員登用が可能)を提案し、発送業務はCの事業内容の一部であってXの担当業務が変わらないように配慮するとも伝えていて、特に平成29年1月の提案はCの取締役から内々の承諾を得た上でのものであり、Xが希望すれば契約社員として確実に採用されることが保障され正社員への登用も可能なものであった。しかし、Xは、これら提案をいずれも拒否した。

3.裁判所の判断

争点1 本件雇用契約が労働契約法19条1号ないし2号に該当するか否かについて

(1)労働契約法19条1号に該当するか否かについて
Xは、平成18年5月22日から平成30年3月31日までの約11年10か月の間、Y社との間で本件雇用契約を合計14回にわたり更新し、概ね週5日・1日7時間30分勤務を継続してきた。そのため、本件雇用契約は、労働契約法19条1号の適用上、過去に反復して更新されたことがあるものということはできる。
しかしながら他方で、平成20年の4月1日から6月30日までを除き、更新の際に、担当業務を始めとして、所要の変更事項については変更した上で、雇用期間の定め及び期間満了時点での諸事情を考慮して更新することがあるなどと明示された契約書が更新の度に作成されてきており、更新手続は形骸化しているとはいえない。このような経緯に照らせば、本件雇用契約を終了させることが期間の定めのない契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められるとまではいえず、労働契約法19条1号に該当する事由があったとはいえない。

(2)労働契約法19条2号に該当するか否かについて
ア 前項記載のとおり、本件雇用契約は約11年10か月の間合計14回にわたり更新され、その間、Xは、概ね週5日・1日7時間30分勤務を継続してきた。そうすると、一般的に見れば、契約期間満了時において、労働者において有期労働契約が更新されるものと期待することはあり得ることであり、そのように期待することについておよそ理由がないとはいえない。
もっとも、その期待が労働契約法19条2号の適用上「期待することについて合理的な理由あるものであると認められる」か否かを判断するには、上記に見た有期労働契約の更新の回数や雇用の通算期間、雇用期間管理の状況のほか、当該雇用の臨時性・常用性、それまでの契約更新の具体的経緯、雇用継続の期待を持たせる使用者の言動などの諸事情を客観的に見た上で、当該有期労働契約の契約期間満了時においてどのような内容の期待を持つのが通常であるのかを具体的に認定・判断する必要がある。
イ そこで、以上を本件において見るに、Xの雇用は、もともと、平成18年当時、グローバル戦略室において、正社員が主担当業務の傍らで担当したり、アルバイトが担当したりしていた当初サンプル発送業務、突発的業務及び庶務全般の業務を、同年春ころに有期契約社員に担当させることとし、応募したXが担当するに至ったものであって、その業務は、玩具の製造・販売等の事業を営むY社にとっての基幹的業務に当たらない上、その求められる能力も高度なものではなく、量的にも一人の従業員に集約することができる程度のものにすぎなかった。また、そもそも、XがY社入社後配属されたグローバル戦略室自体も、Y社商品を海外に流通させることについて発展途上であることを前提に海外販売会社とY社の事業部との間に入ってやり取りする方が円滑であるとの当時の考え方に基づき設置された部署であって、海外事業が発展すればその存在意義を失うことになるという性格を帯びていたといえる。そうすると、Xの雇用には臨時的な面があったことを否定することはできず、本件雇用契約を更新する際には、毎回、期間満了時点での業務の状況その他Y社の事情等を勘案して更新することがある旨の確認がされた上で、担当業務を始めとする事項に所要の変更を加えながら更新手続がされていたのは、上記のようなXの雇用の臨時的な面を踏まえたものと解さざるを得ない。
そして、Y社商品の海外流通が進展してきたため、海外販売会社とY社の事業部との間で直接やり取りをする方が合理的かつ円滑に事業遂行することができるという状況へと環境が変化するに伴い、Xが主に担当していた当初サンプル発送業務についても、自ずとXを介さずに海外販売会社とY社の事業部との間で直接やり取りをするように実務も対応変化し、その結果として、Xが担当する当初サンプル発送業務は減少することとなり、また、Y社が決定した一気通貫体制もこの環境変化に組織的に対応しつつY社商品の海外流通の更なる発展を企図するものと捉えることができる。このように、Xの担当業務の減少はX雇用の臨時的な面が現実化したものとみることができ、これに加えて、Y社は、Xに対し、遅くとも平成28年5月26日以降、繰り返し上記のような状況等について説明している。
ウ 以上の客観的状況からすれば、本件においてXが本件雇用契約の期間満了時に合理的に有すべき契約更新に対する期待は、上記のような事情を踏まえたものというべく、その具体的内容は、X雇用の臨時性やその後の環境変化によってXの当初担当業務が減少しX雇用の臨時性が前景化する中、その労働条件に内容や分量が見合うような担当業務をY社内に確保することができれば本件雇用契約は更新される、という内容のものであったとみることができる。結局、本件において、Xが本件雇用契約の期間満了時に合理的に有すべき契約更新に対する期待は、以上のような具体的内容を有するものとして、労働契約法19条2号の適用上、本件雇用契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があると認めることができる。
エ そこで、進んで、本件雇止めが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないか否かについて判断する。

※「X雇用の臨時性やその後の環境変化によってXの当初担当業務が減少しX雇用の臨時性が前景化する中、その労働条件に内容や分量が見合うような担当業務をY社内に確保することができれば」というが、更新されるものと期待することについて合理的な理由といえるのは、約11年10か月の間合計14回にわたり更新されてきたからです。簡単に言えば、「長年に渡って更新されて来たのだから、社内で担当業務を探してでも会社が更新してくれるはずだ。」と期待することは合理的であるということです。そうなると、当然の帰結として解雇権の濫用を検討する際には、会社の解雇回避努力の程度が重視されるのです。

争点2 本件雇止めが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないか否かについて

(1)まず、Xは、本件雇止めは、①労働契約法18条を潜脱する目的でされたものであり、そのこと自体で客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められない、②仮にそうでないとしても、本件雇止めが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められないとの評価を基礎付ける事情の一つであるということはでき、次に述べるところと併せ総合判断すれば、本件雇止めは客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められない、と主張する。
この点を検討・判断するには本件雇止めがされた理由等について具体的に検討する必要があるから、上記Xの主張の当否については後述する。

(2)Y社の主張によれば、本件雇止めは、Xが担当していたサンプル発送業務を各事業部に平成30年4月から完全移管してXの担当できる業務がなくなるという経営上の必要によるもので、Xに何らかの帰責事由があることを直接の理由としてされたものではない。そうすると、前記(2)ウ(下線部)のとおりの具体的内容のXの契約更新に対する合理的期待を踏まえた上で、本件雇止めの客観的合理的理由及び社会的相当性の有無については、本件雇止めの必要性、雇止めの回避努力及び手続の相当性に関する具体的事情を総合的に考慮した上で判断するのが相当である。

(3)本件雇止めの必要性について
ア 当初サンプル発送業務は当時の海外販売会社とY社の事業部がグローバル戦略室に在籍していたXを介して行うものであったところ、Y社商品の海外流通が進展してきたために、グローバル戦略室のXを介するよりも、海外販売会社とY社の事業部が直接やり取りした方が合理的かつ円滑であるということになり、海外販売会社・Y社事業部間の直接のやり取りが増加し、Xの担当業務が減少していくという状況下においてY社が一気通貫体制を構築する中で、Xが担当していたサンプル発送業務を平成30年4月から各事業部に完全移管した結果、Xの担当業務は、なくなったものである。サンプル発送業務に要する時間が、上記完全移管によって1か月換算で平均約53時間から約8時間まで減少していることから見ても、上記完全移管について合理的必要性があったということができる。
この点、Xは、Xの担当業務は減少していない旨主張し、X本人もこれに沿う供述をする。しかしながら、Xの担当業務が減少してきた旨説明するXの上長(当時)の証人B及び証人Aの証言は、いずれも相応に詳細かつ具体的で、BとXとの間で繰り返し面談が実施されてCヘの転籍や時給減額等に関するやり取りがあったという経過(この経過自体はXも概ね認めている。)や、Y社が平成30年4月1日以降の更新の労働条件を定める基準としてXの従事する業務内容・業務量・業務遂行能力を勘案することができるなどの記載がある本件確認書をXが作成していること、Xが平成29年11月30日の面談時に労働時間が余ることがある旨発言していることにも合致しているから、いずれも信用することができる。したがって、Xの上記主張は採用できない。
イ そして、Xが月換算で平均約53時間を要して担当していたサンプル発送業務は複数の事業部等に分かれて移管された上に作業時間も合計約8時間に減少しているから、これを主たる業務として一人で担当してきたXについて、従前の労働条件を維持し、かつ、担当業務を維持したままで、本件雇用契約を継続しなければならないとはいえない。そうすると、Y社において、雇止めを回避するための努力をすべきことは格別、本件雇止めの必要性それ自体を否定することはできない。(中略)

(4)雇止めの回避努力について
ア 担当可能業務の幅を広げる方法
まず、Y社は、Xが社長室に在籍しながら担当できる業務を確保するため、社長室内でXに任せられる業務を担当してもらうことを目指したものの、同室の業務は全社レベルの知識や高い専門性が求められてパソコンの技能も必要であることから、結局雑用を若干任せる程度にとどまり、また、各事業部に対してXを介したサンプル発送を案内するなどしたが、各事業部から海外販売会社に直接発送することが増加し続け、Xを介したサンプル発送業務を確保することができなかった。
そこで、Y社は、Xの業務処理能力を高めることにより担当可能業務の幅を広げてその雇用を維持することを目指し、平成29年5月31日、資料作成を依頼されたときにソフトウエア(「エクセル、ワード、パワーポイント」)を利用して対応できるような技能を自主的に身に付ける努力を促し、この点を本件雇用契約の更新の判断の考慮要素とする旨伝達するとともに、平成29年6月20日、Y社が同判断に当たりXの業務遂行能力を勘案できることなどを確認する本件確認書をXとの間で交わしている。にもかかわらず、Xは、平成29年11月30日の面談で自認したとおり、同日までに上記ソフトの技能を向上させなかった。
この点、Xは、「ワード」及び「エクセル」を通常使いこなせる程度の能力があったなどと主張するが、平成29年5月31日の面談で、パソコンのソフトが「普通に通常レベルで使える状態」にあるかを質問されて「パワーポイント」はそのような状態になく、「エクセルとワード」も(当時から)10年以上前に取得した資格を保有するものの「使い物になるか」は怪しいなどと回答していて、Y社社長室で求められる水準の技能を有しないことを自認していた。また、平成29年11月30日の面談で、向上した技能がない旨明確に回答していて、平成29年3月31日に自己の担当業務マニュアルを「すぐに」作成するように指示されながらこれを作成しないまま平成29年5月31日に提出期限を同年6月中と再設定されて同月30日に提出し、その際、「約束の日程を守れず、申し訳ございませんでした。」、「簡単に会議資料を作るチームの方々との能力差を痛感しました。」と述べている。これらのことからしても、試験等を実施してその結果を参照するまでもなく、Y社社長室で通常使いこなせる程度の業務処理能力がなかったことは明らかである。
そして、Xは、平成29年11月30日の面談で、パソコンの技能向上に向けた取組みについて、「パワーポイント」を作る練習をしているが社長室の資料を見られず真似するものが少なくて技能が向上しない、技能の習得に必要な費用を貯金していて進展しないなどと弁解しているが、技能向上に向けた意欲があるのであれば、書店で市販されている書籍を利用するなどの方法も考えられたはずであるし、平成29年5月31日にBから「困ったこととか、何か相談したいこととか、何かあればいつでも聞く」とまで言われていたのであるから、技能向上に向けた意思があったのであれば随時相談することもできたはずであって(たとえ技能を向上させるべき具体的な事項や求められる程度について疑問があったとしてもB3に確認することもできたといえる。)、結局、平成29年5月31日の面談で促された技能の自主的習得に向けた真摯な努力をしてこなかったものといわざるを得ない。
そうすると、Y社が、Xの業務処理能力を高めることによりその担当可能な業務の幅を広げてXの雇用を維持することを断念したのもやむを得ないというべきである。
なお、Y社は、Xに対して平成29年12月末までに技能向上に向けた自主的取組みの判断をする旨通知していたところ、期限の1か月前に面談を実施して判断しているようにもみえるが、平成29年11月30日の面談におけるXの発言・態度から、残1か月で技能向上に向けた取組みも成果も期待できるとは考え難いと思われる上、仮にXが残1か月で遅れを取り戻す取組みを実施して成果を出せたのであれば、その時点で成果を示して再考を促すこともできたはずであるから、期限より1か月前に面談を実施して判断した点を捉えて雇止めの回避努力に不足があったとはいえない。

イ 異動等
Y社は、Xに対し、平成28年5月26日及び平成29年1月17日、その担当業務量の減少について説明した上で、Cヘの転籍を打診したが、Xは、これを断った。
その後、Y社は、社長室以外のY社部門でXを受け入れる部署がないかを検討し、庶務について見付からなかったものの直営店であれば異動可能性があることを確認の上、平成29年11月30日、無期転換申込権を保有した状態での在籍出向と転籍の二つの方法があることを示しつつ改めてC勤務を打診したほか、Y社直営店の店員について打診している。しかしながら、Xは、無期転換申込権が「同じ職場で同じ待遇」であることを前提にしているとして社長室で処遇すべき義務がY社にあるかのような発言をしたり、正社員と対比し待遇が劣るのに正社員と同列に異動させることは受け入れ難いと発言したりして、いずれも直ちに断っている。
この点、Xは、賃金や業務等の労働条件の具体的提示がなく雇止めの回避努力に当たらない旨主張する。しかしながら、Y社は、Xの担当業務が減り続ける状況の下、時間をかけて繰り返しXの雇用確保に向けた提案をしてきたが、Xは、社長室での就労以外の雇止め回避措置について選択肢の一つとして真摯に検討しない態度に終始してきたといわざるを得ない。そして、Xが、具体的に検討する態度を示せば、Xの意向を踏まえてより具体的な話に進んだはずであり、例えばCヘの転籍であれば、面接を受験することで具体的な労働条件が明確化したはずで、その上で、仕事内容や待遇等について問題があれば再協議することもできたと思われる。また、平成29年11月30日に至っては、直営店勤務や在籍出向の可能性まで提示されているのであるから、Y社在籍にこだわるのであれば、これを条件にして協議することもできたはずであるのに、Xは、本件雇用契約について正社員と対比して給与・待遇を低く抑えられているとして改善を要求する一方で、異動は正社員と同列であるとして受け入れ難いなどとして社長室での就労しか検討できない態度に終始し、直営店勤務、在籍出向や転籍を含むXの雇用維持に向けた協議が進展しなかった。このような点を踏まえると、前記Y社のXに対する異動の打診は雇止めを回避するための努力として評価することができるものであるといえ、Y社が、Xに対し、賃金や業務等の労働条件を具体的に提示しなかったからといって、雇止めの回避努力に当たらないとはいえないというべきである。

ウ 労働条件変更
また、Y社は、Xに対し、平成30年4月1日以降にXが社長室に残留した場合のXの業務量について、Xが提出した業務日誌から認められる業務時間の明細等を踏まえて、社会保険加入を継続して同業他社を除く兼業を認める前提で勤務条件を1日4時間・週5日間勤務又はフルタイム(1日7時間30分)・週3日間に変更して契約を更新する提案をしており、雇止めの回避努力として評価することができる。
これに対し、Xは、上記提案について、労働条件の著しい不利益変更に当たるとして、回避努力に当たらない旨主張する。しかしながら、Xは、その担当業務が減少している状況を踏まえて、平成29年6月20日更新における労働条件を定める基準としてXの業務量等をY社が勘案できることに同意している。このことからすれば、Y社がXに対してその業務量を踏まえた労働条件を設定して提案することも雇止めの回避努力に当たるとみることができる。前記ア及びイと併せて提案されたことをも踏まえるとなおさらである。

エ その他
Xは、Xを含めた契約社員に希望退職募集等を行っていないとして、Y社が雇止め回避努力をしたとはいえない旨主張する。しかしながら、社長室に在籍するいわゆるフルタイム稼働の契約社員はXのみで、他の事業部門で庶務のみを担当するフルタイムの契約社員も存在しない。そうすると、前記アないしウの措置に加えて、希望退職募集等まで行わなければ、雇止めの回避努力をしたことにならないとは到底考えられない。

オ 以上からすれば、Y社は、平成30年4月1日以降、Xの主な担当業務がなくなることを踏まえ、Xの雇用維持のための有意な措置を複数採ったということができる。そうであるにもかかわらず、Xは、Y社から提示された措置について真摯に向き合わなかったのであって、そのような状況下でY社に更なる措置を講ずべきであったとまではいえないから、Y社は、雇止め回避の努力を尽くしたとみることができる。


(5)手続の相当性について
Xは、Y社のXに対する本件雇止めの説明が不十分で本件雇止めの手続に問題がある旨主張する。
しかしながら、Y社は、Xにその担当業務減少の状況を説明するなどしてXの意向を確認するなどしているし、前記(4)で検討したとおり、Xの雇用維持のため複数の措置に取り組んできたのであり、前記1(14)のとおり、平成29年11月30日にも改めて状況を説明した上でXの雇用維持のための措置を複数提示してXに検討の機会を与えた経過が存する。これらからしても、Y社のXに対する本件雇止めの説明が不十分とみることはできず、本件雇止めの手続の相当性を肯認することができる。

(6)無期転換申込権の行使を妨害する目的について
Xは、本件雇止めはXの無期転換申込権の行使を妨害する目的によるもので客観的に不合理で社会通念上不相当であるなどと主張する。しかしながら、前記(3)ないし(5)で検討したとおり、本件雇止めには、その必要性、雇止めの回避努力及び手続の相当性があるといえるから、本件雇止めが無期転換申込権の行使を妨害するという労働契約法18条を潜脱する目的がY社にあったということはできない。Xの主張はその前提を欠き失当である。

(7)小括
以上に加え、そもそも本件雇用契約の契約期間満了時におけるXの契約更新に対する合理的期待の具体的内容が争点1(2)ウのとおり(下線部)のものにすぎなかったことなどの事情を総合的に考慮すれば、本件雇止めは、労働契約法19条の適用上、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないとはいえない。

よって、本件雇用契約は、労働契約法19条2号に該当するものの、Y社がXの更新申込みを拒絶することが客観的合理的理由を欠き社会通念上相当であるとは認められないとはいえないから、Xの更新申込みを承諾したものとはみなされず、平成30年3月31日をもって終了したから、Xは、同日以降、労働契約上の地位を失い、賃金支払請求権も有しないこととなる。