社会保険労務士川口正倫のブログ

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【賃金】大星ビル管理事件(最判小一平12.3.9労働判例822号5頁・民集56巻2号361頁)

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大星ビル管理事件(最判小一平12.3.9労働判例822号5頁)

1.事件の概要

ビル管理会社Y社の従業員でY社が管理を受託した各ビルに配属されて、ビル設備の運転操作、監視、ビル内巡回監視等の業務に従事していたXらが、毎月数回、午前9時(10時)から翌朝9時までの24時間(23時間)勤務に従事し、その間、休憩が合計2時間、仮眠時間が連続8(7)時間与えられていたが、本件仮眠時間中、ビルの仮眠室に待機し、警報が鳴るなどすれば直ちに所定の作業を行うこととされ、そのような事態が生じない限りは睡眠をとってよいことになっていたところ、Y社は24時間勤務に対しては泊まり勤務手当(1回につき2,300円)支給し、さらに現実にXらが突発的作業等に従事した場合のみ、その時間に対して時間外手当及び深夜手当を支給するのみで、本件仮眠時間を労働時間として扱わなかったため、Y社に対し、本件仮眠時間は現実に作業を行ったかどうかにかかわらず、すべて労働時間であり、労働契約に基づき仮眠時間に対し時間外勤務手当を、深夜の時間帯に対し深夜就業手当を支払うべきであると主張して、既に支払われた泊まり勤務手当等との差額支払を請求した事例。

2.判決の概要

(判断基準)
労基法32条の労働時間(以下「労基法上の労働時間」という。)とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、実作業に従事していない仮眠時間(以下「不活動仮眠時間」という。)が労基法上の労働時間に該当するか否かは、労働者が不活動仮眠時間において使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものというべきである。そして、不活動仮眠時間において、労働者が実作業に従事していないというだけでは、使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず、当該時間に労働者が労働から離れることを保障されていて初めて、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価することができる。
したがって、不活動仮眠時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には労基法上の労働時間に当たるというべきである。そして、当該時間において労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には、労働からの解放が保障されているとはいえず、労働者は使用者の指揮命令下に置かれているというのが相当である。

(当てはめ)
そこで、本件仮眠時間についてみるに、Xらは、本件仮眠時間中、労働契約に基づく義務として、仮眠室における待機と警報や電話等に対して直ちに相当の対応をすることを義務付けられているのであり、実作業への従事がその必要が生じた場合に限られるとしても、その必要が生じることが皆無に等しいなど実質的に上記のような義務付けがされていないと認めることができるような事情も存しないから、本件仮眠時間は全体として労働からの解放が保障されているとはいえず、労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価することができる。
本件仮眠時間は労基法上の労働時間に当たるというべきであるが、労基法上の労働時間であるからといって、当然に労働契約所定の賃金請求権が発生するものではなく、当該労働契約において仮眠時間に対していかなる賃金を支払うものと合意されているかによって定まるものである。もっとも、労働契約は労働者の労務提供と使用者の賃金支払に基礎を置く有償双務契約であり、労働と賃金の対価関係は労働契約の本質的部分を構成しているというべきであるから、労働契約の合理的解釈としては、労基法上の労働時間に該当すれば、通常は労働契約上の賃金支払の対象となる時間としているものと解するのが相当である。
したがって、時間外労働等につき所定の賃金を支払う旨の一般的規定を有する就業規則等が定められている場合に、所定労働時間には含められていないが労基法上の労働時間に当たる一定の時間について、明確な賃金支払規定がないことの一事をもって、当該労働契約において当該時間に対する賃金支払をしないものとされていると解することは相当とはいえない。

そこで、Y社とXらの労働契約における賃金に関する定めについてみるに、賃金規定や労働協約は、仮眠時間中の実作業時間に対しては時間外勤務手当や深夜就業手当を支給するとの規定を置く一方、不活動仮眠時間に対する賃金の支給規定を置いていないばかりではなく、本件仮眠時間のような連続した仮眠時間を伴う泊り勤務に対しては、別途、泊り勤務手当を支給する旨規定している。そして、Xらの賃金が月給制であること、不活動仮眠時間における労働密度が必ずしも高いものではないことなどをも勘案すれば、Y社とXらとの労働契約においては、本件仮眠時間に対する対価として泊り勤務手当を支給し、仮眠時間中に実作業に従事した場合にはこれに加えて時間外勤務手当等を支給するが、不活動仮眠時間に対しては泊り勤務手当以外には賃金を支給しないものとされていたと解釈するのが相当である。
したがって、Xらが本件仮眠時間につき労働契約の定めに基づいて所定の時間外勤務手当及び深夜就業手当を請求することができないとした原審の判断は是認することができる。
よって、Xらは、本件仮眠時間中の不活動仮眠時間について、労働契約の定めに基づいて既払の泊り勤務手当以上の賃金請求をすることはできない。

しかし、労基法13条は、労基法で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約はその部分について無効とし、無効となった部分は労基法で定める基準によることとし、労基法37条は、法定時間外労働及び深夜労働に対して使用者は同条所定の割増賃金を支払うべきことを定めている。したがって、労働契約において本件仮眠時間中の不活動仮眠時間について時間外勤務手当、深夜就業手当を支払うことを定めていないとしても、本件仮眠時間が労基法上の労働時間と評価される以上、Y社は本件仮眠時間について労基法13条、37条に基づいて時間外割増賃金、深夜割増賃金を支払うべき義務がある。
労基法32条の2(平成10年法律第112号による改正前のもの。)の定める1か月単位の変形労働時間制(昭和62年法律第99号による改正前の4週間単位のものもほぼ同様である。)は、使用者が、就業規則その他これに準ずるものにより、1か月以内の一定の期間(単位期間)を平均し、1週間当たりの労働時間が週の法定労働時間を超えない定めをした場合においては、法定労働時間の規定にかかわらず、その定めにより、特定された週において1週の法定労働時間を、又は特定された日において1日の法定労働時間を超えて労働させることができるというものであり、この規定が適用されるためには、単位期間内の各週、各日の所定労働時間を就業規則等において特定する必要があるものと解される。
原審は、労働協約又は改正就業規則において、業務の都合により4週間ないし1箇月を通じ、1週平均38時間以内の範囲内で就業させることがある旨が定められていることをもって、Xらについて変形労働時間制が適用されていたとするが、そのような定めをもって直ちに変形労働時間制を適用する要件が具備されているものと解することは相当ではない。

労基法37条所定の割増賃金の基礎となる賃金は、通常の労働時間又は労働日の賃金、すなわち、いわゆる通常の賃金である。この通常の賃金は、当該法定時間外労働ないし深夜労働が、深夜ではない所定労働時間中に行われた場合に支払われるべき賃金であり、Xらについてはその基準賃金を基礎として算定すべきである。この場合、Xらの基準賃金に、同条2項、労働基準法施行規則21条(平成6年労働省令第1号による改正前のもの。)により通常の賃金には算入しないこととされている家族手当、通勤手当等の除外賃金が含まれていればこれを除外すべきこととなる。
Xらの基準賃金には、世帯の状況に応じて支給される生計手当、会社が必要と認めた場合に支給される特別手当等が含まれているところ、これらの手当に上記除外賃金が含まれている場合にはこれを除外して通常の賃金を算定すべきである。しかるに、原審は、この点について認定判断することなく、上告人らの基準賃金を所定労働時間で除した金額をもって直ちに通常の賃金としており、この判断は是認することができない。

3.解説

(1)労働時間について

労基法は、「休憩時間を除き・・労働させてはならない。」(第32条)としており、規制の対象となるのは休憩時間を除く、実際に労働させる時間(実労働時間)です。休憩時間と実労働時間を合わせた時間を拘束時間と呼ぶことがありますが、拘束時間は労基法によっては特に規制されていません。
実労働時間には、実際に作業に従事している時間だけではなく、作業と作業との間の待機時間である手待時間も含まれます。労基法は手持時間が特に多い労働を断続的労働として特別扱いしていることが、その表れと考えられます。

(労働時間)
第三十二条 使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。
2.使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。

(労働時間等に関する規定の適用除外)
第四十一条 この章、第六章及び第六章の二で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。
三 監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けたもの

この手持時間と休憩時間は、次のように区別されます。

手持時間
使用者の指示があれば直ちに作業に従事しなければならず、その作業上の指揮命令下に置かれている時間。

休憩時間
使用者の作業上の指揮命令から離脱し、労働から解放され、労働者が自由に利用できる時間。

以上を踏まえて、通説・行政解釈は、労働時間を「労働者が使用者の指揮命令のもとにある時間」と解しており、厚生労働省のパンフレットによると、

① 使用者の明示的・黙示的な指示により労働者が業務を行う時間は労働時間に当たる。
② 労働時間に該当するか否かは、労働契約や就業規則などの定めによって決められるものではなく、客観的に見て、労働者の行為が使用者から義務づけられたものといえるか否か等によって判断される。

とされています。
f:id:sr-memorandum:20210310200051p:plain:w400
本裁判例は、「労働者が、・・・使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、・・・・当該行為は、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労働基準法上の労働時間に該当する」と判示し、通説・行政解釈を踏襲した、三菱重工業長崎造船所(一次訴訟・会社側上告)事件(民集54巻3号801頁)と同じ見解に拠ったものです。

(2)1か月単位の変形労働時間制について

①概要
1か月単位の変形労働時間制は、1か月以内の期間を平均して1週間当たりの労働時間が40時間(特例措置対象事業場(※)は44時間)以内となるように、労働日および労働日ごとの労働時間を設定することにより、労働時間が特定の日に8時間を超えたり、特定の週に40時間(特例措置対象事業場は44時間)を超えたりすることが可能になる制度です(労働基準法32条の2)。
(※)常時使⽤する労働者数が10人未満の商業、映画・演劇業(映画の製作の事業を除く)、保健衛生業、 接客娯楽業

②労働日および労働日ごとの労働時間の特定
変形労働時間制は、事業場の労働協定または就業規則その他これに準ずるものにより定め(労基法32条の2第1項)、労使協定は所轄労働基準監督署長に届ける必要があります(同条2項)。
この労働協定または就業規則その他これに準ずるものには、(1)対象労働者の範囲、(2)対象期間および起算日、(3)労働日および労働日ごとの労働時間、(4)労使協定の有効期間を定める必要があり、「労働日および労働日ごとの労働時間」をどの程度まで特定する必要があるかが、本件では問題となっています。
この点について、行政通達は「1か月単位の変形労働時間制を採用する場合には、労使協定による定め又は就業規則その他これに準ずるものにより、変形労働期間における各日、各週の労働時間を具体的に定めることを要し、変形労働期間を平均して週40時間の範囲内であっても使用者が業務の都合によって任意に労働時間を変更するような制度はこれに該当しないものであること。」(1か月単位の変形労働時間制における労働時間の特定(昭63.1.1基発1号、平9.3.25基発195号、平11.3.31基発168号))としています。
一方、原審は「労働協約又は改正就業規則において、業務の都合により4週間ないし1箇月を通じ、1週平均38時間以内の範囲内で就業させることがある旨が定められていることをもって、Xらについて変形労働時間制が適用されていたとする」と行政通達とは異なる見解を示していました。
本裁判例ではこの原審見解を否定し、「単位期間内の各週、各日の所定労働時間を就業規則等において特定する必要がある」と、行政通達と同様の見解に立ったものと考えられます。