社会保険労務士川口正倫のブログ

都内の社会保険労務士事務所に勤務する社会保険労務士のブログ



【安全配慮義務】ロバート・ウォルスターズ・ジャパン事件(東京地判令3.9.28労経速2470号3頁)

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安全配慮義務】ロバート・ウォルスターズ・ジャパン事件(東京地判令3.9.28労経速2470号3頁)

通勤による新型コロナウイルスへの感染不安を訴える派遣労働者に対する健康配慮義務違反及び雇止めの違法性がいずれも否定された事例

1.事件の概要

Xは、労働者派遣事業等を目的とするY社との間で、令和2年2月25日に期間の定めのある労働契約(以下「本件労働契約」という。)を締結した。
Xは、令和2年2月下旬頃、日本国内でも新型コロナウイルスの流行が始まっていたことなどから、Y社の担当者であるP1に対し、通勤を通じて同ウイルスに感染する不安を訴え、Q1への出勤時刻をずらし、通勤電車の混雑時間帯を避けることができるようにするとともに、当面の間、在宅勤務としてもらえるよう、Q1と調整して欲しいと依頼した。
P1は、令和2年2月29日、Xに対し、Xの懸念に理解を示しつつも、全てのオフィスを閉鎖しなければならないとする政府ガイドラインはなく、Q1にはXに出勤を求める権利があること、そして、Q1は少なくとも最初の数日間はXに職場に慣れてもらうためのサポート等をする必要があり、業務用パソコンを渡したり、チームメンバーに会ってもらうために、オフィスへの出勤を求めている旨伝えた。
また、P1は、その一方で、Xの懸念や要望を受けて、同日、Q1でXの指揮命令者となるP2マネージャーに対し、Xについて在宅勤務や出勤時刻の繰下げを検討することを依頼した。これに対し、P2マネージャーから、同年3月2日は、Xが混雑する電車を避けることができるように、午前10時に出勤してもらいたいこと、その後、Xと会って在宅勤務について話し合うことなど伝えられたため、P1は、Xに対し、その旨を報告した。Xは、これに対し、「Perfect Thanks!」(「完璧です!ありがとう!」)と返信した。
Xは、令和2年3月2日、Q1にタクシーを使って出勤し、タクシー代相当額は、後日、Y社からXに対して支払われた。
Xは、同日、Q1との間で、同日以降も出勤時刻を午前10時とすることを確認した。
Xは、同月9日まではQ1に出勤して就労していたが、Q1から在宅勤務の許可を得たことから、同月10日からは在宅勤務をするようになった。
Xは、在宅勤務中、始業時刻を3時間繰り下げて午前7時とし、その分、終業時刻も繰り上げて午後3時20分としたところ、P2マネージャーは、これを問題とし、Y社に対し、Q1の就業時間についてXに理解させてもらいたい旨を依頼した。P1は、令和2年3月16日、Xに対し、P2マネージャーからの要求を伝えた。
その後、P2マネージャーは、P1に対し、Xの在宅勤務を打ち切り、出勤を求めることにした旨を伝えた。そこで、P1は、同日、再びXに連絡を取り、①P2マネージャーがXに在宅勤務をやめて出社するよう要請していること、②Xの就業時間は在宅勤務中は午前9時から午後5時30分までであること、及び③P2マネージャーとの間でこれ以上新型コロナウイルスに関する議論をしないこと、を確認したいと伝えた。
Q1は、Y社に対し、Xの派遣に関する労働者派遣契約を更新しない旨を告知した。
Yは、令和2年3月19日、Xに対し、Q1から上記告知があった旨を伝え、これに伴い本件労働契約は同月31日をもって期間満了により終了する旨を通知した(以下「本件雇止め」という。)。
そこで、XがY社に対し、一連のY社の対応がXに対する不法行為に当たるとして、不法行為に基づく慰謝料の支払いを求めて提訴したのが本件である。

2.判決の概要

※ここでは、健康配慮義務違反のみ取り上げます。
(1)Xは、Y社が、通勤による新型コロナウイルスへの感染を懸念していたXのために、労働契約に基づく健康配慮義務又は安全配慮義務として、Q1に対し、在宅勤務の必要性を訴え、Xを在宅勤務させるように求める義務を負っていた旨を主張する。
そこで検討するに、令和2年3月初め頃は、新型コロナウイルスの流行が既に始まっており、Xのように通勤を通じて新型コロナウイルスに感染してしまうのではないかとの危惧を抱いていた者も少なからずいたことはうかがわれる。しかしながら、他方で、当時は、新型コロナウイルスに関する知見がいまだ十分に集まっておらず(X自身、新型コロナウイルスのことを「得体のしれないウイルス」と形容している。)、通勤によって感染する可能性があるのかや、その危険性の程度は必ずしも明らかになっているとはいえなかった(顕著な事実)。
そうすると、Y社やQ1において、当時、Xが通勤によって新型コロナウイルスに感染することを具体的に予見できたと認めることはできないというべきであるから、Y社が、労働契約に伴う健康配慮義務又は安全配慮義務(労働契約法5条)として、Q1に対し、在宅勤務の必要性を訴え、Xを在宅勤務させるように求めるべき義務を負っていたと認めることはできない。
したがって、仮に、Y社がQ1に対しXの在宅勤務の実現に向けて働きかけをしなかったという事情があったとしても、これをもって違法ということはできない。
(2)また、Y社は、通勤による新型コロナウイルスへの感染への懸念を示すXに理解を示し、Q1に対し、Xの出勤時刻の繰り下げや在宅勤務の要望を伝え、出勤時刻の繰下げについては速やかに実現しているし、XがQ1のP1マネージャーと在宅勤務について協議する約束も取り付けている。Xは、Y社がこのような対応をしたことについて、「Perfect!Thanks!」(「完璧です!ありがとう!」)と返信し、感謝の意を表しており、Xの在宅勤務も、平成2年3月10日から実現している。
 これらの事実に照らすと、仮に、Xが、Y社について上記(1)以外の健康配慮義務又は安全配慮義務違反を主張しているとしても、Y社は、Xに対し、上記(1)のような状況下において使用者として可能な十分な配慮をしていたというべきであり、Y社に本件労働契約に伴う健康配慮義務又は安全配慮義務違反があったとは認められない。
(3)以上のとおり、Y社に健康配慮義務又は安全配慮義務違反があったことを理由とするXの請求は理由がない。

3.解説

労働契約法第5条は「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と定められており、使用者は労働者に対する安全配慮義務を負っています。労働者の健康に配慮することも、安全配慮義務の1つです。
この安全配慮義務は、使用者が、①労働者の安全や心身の健康を害すると予測できた可能性があること(予見可能性)及び②その発生を回避できる可能性があること、を要件として発生するものと解されています。
本件においては、「通勤によって感染する可能性があるのかや、その危険性の程度は必ずしも明らかになっているとはいえなかった」ことが顕著な事実(証明を要しない客観的に明白な事実・民事訴訟法第179条)とされ、「当時、Xが通勤によって新型コロナウイルスに感染することを具体的に予見できたと認めることはできないというべきであるから」とY社の予見可能性を否定し、これにより「Q1に対し、在宅勤務の必要性を訴え、Xを在宅勤務させるように求めるべき義務を負っていたと認めることはできない」とY社の安全配慮義務が発生していなかったと判断しています。
また、義務が発生していなかったにも関わらず、Y社が派遣会社に対して、出勤時刻の繰り下げや在宅勤務の要望を伝えて、出勤時刻の繰下げについては速やかに実現していること等の配慮していたことも評価されています。