社会保険労務士川口正倫のブログ

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【残業命令】日立製作所武蔵工場事件(最一小判平3.11.28労判594号7頁)

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日立製作所武蔵工場事件(最一小判平3.11.28労判594号7頁)

参照法条 : 労働基準法2章、労働基準法36条
裁判年月日 : 1991年11月28日
裁判所名 : 最高一小
裁判形式 : 判決
事件番号 : 昭和61年 (オ) 840 

1.事件の概要

Xは、Y社のA工場においてトランジスターの品質や歩留まりの向上を管理する係をしていた。あるとき、Xの作業に手抜きがあったことが判明したので、上司の主任はXに残業して作業のやり直しを命じたところ、Xはこれを拒否した。Xは翌日に作業をやったが、Y社側は、この残業拒否を理由にXに対して出勤停止14日間の懲戒処分を言い渡すとともに、始末書を提出するよう命じた。Xは、その後、始末書の提出を拒否したり、会社に対して挑発的な発言をしたりするようになり、ついに、Y社は、こうしたXの態度は過去4回の処分歴と相まって、就業規則所定の懲戒事由「しばしば懲戒、戒告を受けたにもかかわらず、なお悔悟の見込みがないとき」に該当するとして、Xを懲戒解雇にした。これに対して、Xは、懲戒解雇の無効を主張してY社を提訴した。第一審は、36協定で定める時間外労働事由は具体性に欠けるので残業命令は無効であり、懲戒解雇も無効とし、第二審は、残業命令は有効であり、懲戒解雇も有効であると判断したため、Xが上告したのが本件である。
なお、Y社の就業規則には、業務上の都合によりやむを得ない場合には組合との協定により、1日8時間の実労働時間を延長(早出、残業または呼出し)することがある、という規定があり、労働協約にも同様の内容の規定があった。そして、そのY社の協定(36協定)には、Y社は、①納期に完納しないと重大な支障を起こすおそれのある場合、②賃金締切の切迫による賃金計算または棚卸し、検収、支払等に関する業務ならびにこれに関する業務、③配管、配線工事等のため所定時間内に作業をすることが困難な場合、④設備機械類の移動、設置、修理等のため作業を急ぐ場合、⑤生産目標達成のため必要ある場合、⑥業務の内容によりやむを得ない場合、⑦その他前各号に準ずる理由のある場合は、実働時間を延長することがあるとなっていた。

2.判決の概要

労働基準法32条の労働時間を延長して労働させることにつき、使用者がいわゆる36協定を締結し、これを所轄労働基準監督署長に届け出た場合において、使用者が当該事業場に適用される就業規則に当該36協定の範囲内で一定の業務上の事由があれば労働契約に定める労働時間を延長して労働者を労働させることができる旨を定めているときは、当該就業規則の規定の内容が合理的なものである限り、それが具体的労働契約の内容をなすから、右就業規則の規定の適用を受ける労働者は、その定めるところに従い、労働契約に定める労働時間を超えて労働する義務を負うと解するを相当とする。
本件の場合、右にみたように、Y社のA工場における時間外労働の具体的な内容は本件36協定によって定められているが、本件36協定は、Y社がXら労働者に時間外労働を命ずるについて、その時間を限定し、かつ、前記①ないし⑦所定の事由を必要としているのであるから、結局、本件就業規則の規定は合理的なものというべきである。なお、右の事由のうち⑤ないし⑦所定の事由は、いささか概括的、網羅的であることは否定できないが、企業が需給関係に即応した生産計画を適正かつ円滑に実施する必要性は同法36条の予定するところと解される上、原審の認定したY社A工場の事業の内容、Xら労働者の担当する業務、具体的な作業の手順ないし経過等にかんがみると、右の⑤ないし⑦所定の事由が相当性を欠くということはできない。
そうすると、Y社は、昭和42年9月6日当時、本件36協定所定の事由が存在する場合にはXに時間外労働をするよう命ずることができたというべきところ、主任が発した右の残業命令は本件36協定の⑤ないし⑦所定の事由に該当するから、これによって、Xは、前記の時間外労働をする義務を負うに至ったといわざるを得ない。
主任が右の残業命令を発したのはXのした手抜作業の結果を追完・補正するためであったこと等原審の確定した一切の事実関係を併せ考えると、右の残業命令に従わなかったXに対しY社のした懲戒解雇が権利の濫用に該当するということもできない。
以上と同旨の見解に立って、Y社のした懲戒解雇は有効であるから、Xの雇用契約上の地位の確認請求並びに昭和42年11月以降の未払賃金及びこれに対する遅延損害金の支払請求をいずれも棄却すべきものとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨はすべて採用することができない。

3.解説

36協定には、①法定労働時間を超えて労働させても罰則が適用されない効果、②法定労働時間を超えて働かせるという労働協約就業規則、労働契約などが無効とならない効果、という2つの効果がある。②は、36協定があれば、法定労働時間を超える取決めが有効になるということであるが、逆にいうと、そういう取決めがなければ、36協定をいくら締結しても、会社は時間外労働を命じることができないことを意味している。つまり、時間外労働を命じるためには労働契約上の根拠が別途必要となる。
そして、労働契約上の根拠として最も明確なのは、個々の労働者の具体的同意であるが、本判決は、就業規則でもその規定の内容が合理的なものであれば、時間外労働を命じる根拠となるという見解を、最高裁判所が示したものである。また、「当該36協定の範囲内で一定の業務上の事由があれば労働契約に定める労働時間を延長して労働者を労働させることができる旨を定めているとき」とあることから、本判決は、時間外労働を命じることができる事由を就業規則によって授権された36協定で定めることも認めている。