社会保険労務士川口正倫のブログ

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【退職】プロシード元従業員事件(横浜地判平29.3.30労判1159号5頁)

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プロシード元従業員事件(横浜地判平29.3.30労判1159号5頁)

参照法条  : 民法709条、民法710条、会社法350条、民事訴訟法135条、労働契約法5条
裁判年月日 : 2017年3月30日
裁判所名  : 横浜地裁
裁判形式  : 判決
事件番号  : 平成27年(ワ)1802号/平成27年(ワ)4485号

1.事件の概要

コンピュータのソフト・ハードウェアの設計・製造・販売等を目的とするX社が、X社に勤務していたYが躁うつ病という虚偽の事実をねつ造して退職し、就業規則に違反して業務の引継ぎをしなかったことが不法行為に当たるなどと主張して、Yに対し、不法行為に基づき、1270万5,144円の損害賠償の支払を求め、反訴として、YがX社およびその代表取締役によるYへの退職妨害や本件訴訟の準備書面による人格攻撃が不法行為等にあたるとして330万円の損害賠償の支払いを求めたのが本件である。

2.判決の概要

Yは、X社代表者らと退職の話をし始めた時点で既に不安抑うつ状態にあったものと窺われるところ、不安抑うつ状態にあった者が躁うつ病である旨を述べたとしても、それが虚偽のものであるとはいい難く、X社主張のYの不法行為及びそれによるX社の損害は、いずれも認めることができず、X社の本訴請求には理由がない。
訴えの提起は、提訴者が当該訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、同人がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提起したなど、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に限り、相手方に対する違法な行為となる。
X社主張のYの不法行為に基づく損害賠償請求権は、事実的、法律的根拠を欠くものというべきであるし、X社主張のYの不法行為によってX社主張の損害が生じ得ないことは、通常人であれば容易にそのことを知り得たと認めるのが相当であり、それにもかかわらず、Yの月収の5年分以上に相当する約1270万円もの大金の賠償を請求することは、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くというべきであり、Yに対する違法な行為となる。
X社がYに支払うべき平成26年12月分の賃金を支払っていないことについては、労働基準法24条に違反する点が認められるものの(Yはこの点についてX社に慰謝料を請求するものではないと解される。)、X社において、Yが主張するような違法というべき退職妨害行為があったものと認めるに足りる主張立証はない。
Yは、X社が、本訴及び反訴の準備書面において、X社訴訟代理人弁護士を通じて、Y及びYの家族に対する人格攻撃をしたと主張するところ、民事訴訟において、裁判を受ける権利の行使として自由な主張立証活動が保障されなければならず、その主張立証行為の中に相手の名誉等を損なうような表現が含まれていたとしても、相手を誹謗中傷する目的の下にことさら粗暴な表現を用いた場合など、著しく相当性を欠く場合でない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である。
これを本件について見るに、「YがX社を欺くために躁うつ病のふりをしている。」との準備書面の記載は、まさに、Yが躁うつ病であるという虚偽の事実をねつ造して退職し、業務の引継ぎを行わなかったとする、本件訴訟におけるX社の請求内容そのものである。また、「Yが躁うつ病という病を選んだ理由は他にもある。それは、Yの母は、長期間にわたり鬱病を罹患しており、自殺未遂の経験もある。その母親をやはり長期にわたり間近で見ていたので、一番安易にマネが出きること、最近の社会現象となっているメンタル性の病であれば、簡単に業務から離れ易いこと、などが挙げられる。そして見事に鬱病を演じきっただけでなく、挙句の果てに、X社やX社の顧客を納得させる理由(診断書の提出)の説明責任すら放棄したのである。」との準備書面の記載も、Yが躁うつ病のふりをしているとのX社の主張を裏付けるために、その主張内容に即して記載されたものであると認められる。
そうすると、後者の記載にはいささかY及びYの母への配慮に欠ける面があるにしても、著しく相当性を欠くものとしてYに対する不法行為を構成するに足る違法性を有するものとはいえない。なお、Yの母への人格攻撃に関するYの主張は、権利主体が異なるため、失当である。
以上より、Y主張のX社の不法行為については、本訴提起が不当訴訟であるとの主張のみ認められる。