社会保険労務士川口正倫のブログ

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【普通解雇】Zemax Japan事件(東京地判令3.7.8労経速2467号18頁)

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Zemax Japan事件(東京地判令3.7.8労経速2467号18頁)

能力不足等を理由とするエンジニアの普通解雇が有効とされた事例

1.事件の概要

Y社は、米国所在の親会社が開発した物理系ソフトウェアの販売及び顧客に対する技術的サポート(テクニカルサポート)等を業務とする株式会社であり、従業員数(平成29年3月時点)は代表者及び✕を含め7名であった。
✕は、平成28年10月からY社での唯一のエンジニアとして就労を開始し、顧客からの技術的な質問に対してメールで回答するテクニカルサポート業務等を担当していた。
Y社は、平成29年3月8日、✕に対し、テクニカルサポートの回答の質(能力・知識が欠如しているか、責務を全うする努力が欠如していること)及び件数(件数が平均以下であり、顧客満足度を図る業務対応には思え難いこと)を理由として、同日付で解雇通知書を交付し、即時解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という)。
✕は、Y社による本件解雇は無効であるとして、労働契約上の地位確認等を求めて、訴えを提起したのが本件である。

2.判決の概要

※他に争点がありますが、解雇の有効性についてのみ記載します。

(1)判断の枠組み

本件労働契約締結後本件解雇に至るまでの間,Y社には就業規則が存在しなかったものの、就業規則が存在しない場合でも、民法627条1項本文に基づく解約の申入れとして普通解雇をすることが可能である。ただし、解雇が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効となる(労働契約法16条)。
そして、解雇時に示された解雇理由に挙げられていない事実であっても、解雇の意思表示の時点までに客観的に存在した事実であれば、当該事実は解雇の理由となり得ると解するのが相当であるから、本件解雇通知書に記載された具体的な事情の有無及び程度に加えて、本件においてY社が主張する本件解雇に至った経緯を総合的に考慮して、本件解雇が無効か否かを判断するのが相当である。

(2)本件解雇通知書記載の点(テクニカルサポートの回答の質及び件数)について

ア ✕はY社の製品を含む光学を扱う業務について相当の知識と経験を有している旨の経歴を登録しており、Y社はこれを受け、✕にテクニカルサポート業務等を行う相当の能力があると期待して✕を採用したものと認められ、✕がY社においてテクニカルサポート業務等を担当することは本件労働契約締結時に✕にとっても明らかにされていたといえるから、本件労働契約上、✕には、顧客からの相当数の質問について、少なくとも顧客から不満が出ない程度の内容の回答をする能力を有することが求められていたと認めるのが相当である。
 そして、✕の顧客の質問に対する回答の中には、英語サイトのリンク先やマニュアルの該当箇所を示すだけのものがあり、一部の顧客から不満が出ていたこと、✕の回答件数が他国のエンジニアと比較して多くはないものであったことが認められ、✕のテクニカルサポート業務の能力は、一定程度、期待されていた能力を下回る状況であったことが認められる。
イ これに対し、✕は、米国ゼマックス社はスクリーンショットの添付を禁止しており✕がスクリーンショットを添付しなかったことに問題はない旨主張するが、米国ゼマックス社は「無駄な」スクリーンショットの添付をしない方針であったものの、スクリーンショット添付を全面的に禁止する方針であったことまでは認められない。また、✕はスクリーンショットを添付しても顧客が見ることが出来ず意味がなかったと述べるが、すべての顧客がそのような状況にあるとまで認めるに足りる証拠はなく、Y社が顧客に分かりやすい回答を作成するよう求める趣旨で✕にスクリーンショットの添付を求めることがおよそ不相当であるとは認められない。そうすると、✕はY社の指示に従うべきであり、同指示に従わないのであればその理由をY社に説明すべきであったといえ、これに従わないことは能力不足を構成する一要素となるというべきである。
また、✕は、回答件数の計上方法に問題がある旨述べるところ、Y社における質問の総数が他国のゼマックス社と比較してどのような状況であったのか明らかでないから、この点をことさら重視することはできない。しかしながら、✕がインストールに関する質問に対する回答を担当することに否定的な態度を示していたこともあって回答件数が少なかったとも考えられることから、この点については、Y社は✕に対しインストールに関する回答を含めすべての質問に対する回答を行う能力を有することを求めていたが、✕がこれに応えられない旨述べていたという点で能力不足を構成する一要素となると考えるのが相当である。

(3)本件解雇通知書記載の点以外にY社が主張する点について

Y社が24時間以内にまず1回目の回答を行うというルールを設けていたとする点については、いつ、誰から、どのような方法で、✕に対し当該ルールが伝えられていたのか本件各証拠によっても明らかでない。他方、米国ゼマックス社は48時間以内に回答する方針であることが推認される。よって、✕が24時間以内に回答する姿勢を示していなかったとしても、それを直接解雇の理由とすることは相当ではないというべきである。
また、✕がセミナーにおいて講師を務めた翌日に何も仕事をしたくないと述べた点については、Y社代表者の供述によってもいつのことかが明確でない。もっとも、Y社代表者が訴外Cに送信したメールと併せ考えれば、少なくとも✕とY社代表者が面談をした際に、✕がY社代表者に対しセミナー講師の負担が大きくその前後にテクニカルサポートを休みたい旨申告し、Y社代表者がそれを認めなかったことは推認される。よって、この点については、Y社は✕に対しセミナー講師を担当する前後にもテクニカルサポート業務を行う能力を有することを求めていたが、✕がこれに応えられない旨述べていたという点で能力不足を構成する一要素となると考えるのが相当である。
そして、✕が講師を担当した日のセミナー受講者のアンケートには✕に対する不満が記載されているものがあったことが認められ、改善が必要であったことが推認される。
また、英語については、少なくとも平成28年12月時点で✕も英語について能力の向上が必要であることを自認していたことが認められ、体験グループレッスンに参加したことは認められる一方、✕自身が具体的にその改善策を検討していたとまではうかがえない。

(4)指導改善の機会の付与等について

このような能力不足を理由として解雇する場合、まずは使用者から労働者に対して、使用者が労働者に対して求めている能力と労働者の業務遂行状況からみた労働者の能力にどのような差異があるのかを説明し、改善すべき点の指摘及び改善のための指導をし、一定期間の猶予を与えて、当該能力不足を改善することができるか否か様子をみた上で、それでもなお能力不足の改善が難しい場合に解雇をするのが相当であると考えられる。
本件においても、Y社代表者は訴外Cと相談の上、✕のための業務改善プランを準備していたのであるから、本来であれば、Y社代表者から✕に対し同業務改善プランを示し、改善点の指摘及び改善のための指導をし、改善の機会を与えた上で解雇するか否か判断をするのが最も望ましい対応であったというべきである。
しかしながら、✕は、Y社代表者が工面したバディを積極的に活用せず、Y社代表者からテクニカルサポートの回答にスクリーンショットを添付するよう指示され了解した旨回答しながらスクリーンショットを添付した回答を自ら作成する姿勢を示さず、Y社代表者から、担当業務について調整するため何により忙しいのか説明を求められても、少なくとも訴外Cの認識とは異なる回答をし、あるいは忙しい理由の説明を拒否し、Y社代表者からの今後の業務に関する考えやY社での就労に関する考えを問われても回答せず、勤務継続についてどちらでもいい旨の回答をし、Y社代表者から担当業務の詳細を確認するメールの送信を受けても返事をせず、顧客の質問に対する回答を後回しにしながらその理由の説明も拒否し、他方、Y社代表者から対応をしなくてよいと指示を受けた質問について、改めてY社代表者の了解を得ることもなく勝手な判断で回答を送信するなどしており、これらの✕の言動からすれば、Y社代表者が、およそ✕がY社代表者の指示に従って業務を行う意思を有していないものと判断し、業務改善プランを提示せずに解雇をする方針に至ったことにもやむを得ない面があったと認められる。
また、仮に✕本人の供述を前提に考えてみても、✕は、面談時にY社代表者に対して忙しい理由を説明したのに対し、Y社代表者から過去1か月分のメールを転送するよう言われたが、何も答えず黙っており、転送しない理由を説明することもないまま転送しなかったというのであるから、Y社代表者からすれば✕がY社代表者の指示に従わない態度を示し、従わない理由すら説明を拒否しているものと受け止めるのはやむを得ないものと考えられる。
なお、✕は解雇予告手当が一部未払となっている旨主張するが、どのような計算に基づき✕主張の金額が算出されるのか具体的な主張がなく、この一事により解雇が無効となることはないと考えられる。

(5)小括

✕のエンジニアリングサービス業務における回答の質及び件数並びにセミナー講師担当前後の回答担当の可否について、✕の能力又は能率がY社から求められていたものに比べて一定程度低かったとは認められるが、これらのみをもって直ちに労働能力又は能率が甚だしく低いとか甚だしく職務怠慢であるとまでは評価しがたい。
しかしながら、これらの✕の能力又は能率が一定程度低い点については、✕がこれを受け止め改善する意思及び姿勢を示していなければ改善の余地がないところ、✕はY社代表者から✕の業務環境等改善のために業務遂行状況を確認するための協力を求められても真摯な対応をせず、むしろY社代表者に対しその指示に従わない姿勢を示し、Y社で勤務を続けることについても積極的な姿勢を示さなかったのであるから、✕とY社の間においておよそ適切なコミュニケーションを図ることが困難な状況であったといえ、そうである以上改善可能性がなかったと認められる点を併せ考えると、「労働能力もしくは能率が甚だしく低く、または甚だしく職務怠慢であり勤務に耐えないと認められたとき」に該当するといえるというべきであり、本件解雇が客観的合理的理由を欠くものであるとは認められない。
そして、このような✕の態度に加え、本件労働契約はY社が✕を即戦力として中途採用したものであることに照らせば、Y社が✕に対して何らかの処分等を経ず、比較的短い期間で解雇を選択したことについて、社会通念上不相当であったとはいえない。

以上によれば、本件解雇が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないものとはいえず、その権利を濫用したものとして本件解雇が無効であるとの✕の主張には理由がなく、✕の請求に理由はない。

3.解説

判断枠組みで示されているように就業規則が無い場合であっても、雇用契約の使用者からの解約である解雇は民法627条1項を根拠に行うことができます。一方、懲戒解雇は、就業規則等に根拠となる規定が無い場合はできません(フジ興産事件(最二小判平成15.10.10労判861号5頁))。
とは言え、解雇権濫用法理(労働契約法16条)により、客観的合理性と社会的相当性の要件を満たさない解雇は無効となります。
本件のように、能力不足を理由に解雇する場合は、会社が対象従業員に何度か注意喚起し、それでも改善が見込まれない場合に初めて認められるのが一般的です(他の業務への異動や賃金減額等、解雇を回避する措置をしたか等により、総合判断されます)。
この点について、本件は「どのような差異があるのかを説明し、改善すべき点の指摘及び改善のための指導をし、一定期間の猶予を与えて、当該能力不足を改善することができるか否か様子をみた上で、それでもなお能力不足の改善が難しい場合に解雇をするのが相当である。」と判断の枠組みを示しています。

本来であれば、改善指導を数回したうえで解雇となりますが、本件においては「✕がY社代表者の指示に従って業務を行う意思を有していないもの」、換言すれば、改善指導をしたところで指導に従わないと考え、そのようなプロセスを経ずに解雇としています。

この点について判決は、能力不足自体は、「直ちに労働能力又は能率が甚だしく低いとか甚だしく職務怠慢であるとまでは評価しがたい。」としながらも、「✕がこれを受け止め改善する意思及び姿勢を示していなければ改善の余地がないところ、✕はY社代表者から✕の業務環境等改善のために業務遂行状況を確認するための協力を求められても真摯な対応をせず、むしろY社代表者に対しその指示に従わない姿勢を示し、Y社で勤務を続けることについても積極的な姿勢を示さなかったのであるから、✕とY社の間においておよそ適切なコミュニケーションを図ることが困難な状況であったといえ、そうである以上改善可能性がなかったと認められる点を併せ考えると、「労働能力もしくは能率が甚だしく低く、または甚だしく職務怠慢であり勤務に耐えないと認められたとき」に該当する」とし解雇の客観的合理性を認めています。
また、✕が即戦力の中途採用者であったため、「Y社が✕に対して何らかの処分等を経ず、比較的短い期間で解雇を選択したことについて、社会通念上不相当であったとはいえない。」と社会的相当性も認められました。
能力不足に対する改善指導は、本人に改善の意思がなければ効果が見込めないことが明らかなため、妥当な結論であると考えます。