社会保険労務士川口正倫のブログ

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【懲戒処分】テトラ・コミュニケーションズ事件(東京地判令3.9.17労経速2467号31頁)

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テトラ・コミュニケーションズ事件(東京地判令3.9.17労経速2467号31頁)

1.事件の概要

Y社は、情報通信技術に関するコンサルティング業務等を目的とする株式会社である。
✕は、平成30年5月14日、Y社との間で労働契約(賃金月額57万円、期間の定めなし、業務内容・システムエンジニア業務及びその他関連業務)を締結し、Y社の従業員であった者である。
✕は、令和元年5月29日、Y社から、同月24日にY社のグループウェアに職務と関係ないY社又はY社代表者を批判する内容の書き込みをしたことを処分理由とするけん責処分を受け、同年6月4日、始末書を提出した。また✕は、同年7月2日にも、Y社からけん責処分を受けた(ただし、7月2日付けけん責処分は後に取り消し)。
しかし、✕は、令和2年4月20日、Y社のアドミニストレーショングループの担当者であるPから、Y社の企業年金確定拠出年金への移行(以下「DC移行」という。)に係る必要書類の提出を求められ、Pに対し、関連資料の送付を求めた上、「この件で、私が不利益を被ることがありましたら、訴訟しますことをお伝えします。」とのメッセージを送信した。これに対し、Y社代表者は翌21日、✕に対し、弁明の機会を付与することなく、メールで、「2020/4/20 アドミニストレーショングループPさんに対する「訴訟」という単語による脅迫および非協力的な態度」が懲戒事由に該当するとして、けん責処分をして同月24日午後6時までに始末書を提出するよう命じた。
✕は、令和2年6月15日、Y社に対し、同月30日付けで退職する旨の退職届を提出した。そして、✕が、Y社から違法無効な懲戒処分を受けたことによって被害を被ったと主張して、Y社に対し、民法709条又は会社法350条に基づく損害賠償として150万円等の支払を求め本件訴訟提起に至った。

なお、Y社の就業規則には、次の規定がある。

第73条(制裁の種類、程度)
(1) けん責 始末書を徴して将来を戒める

第74条(懲戒事由)
社員が次の各号のいずれかに該当する場合は、懲戒処分を行う。ただし、違反行為が軽微であるか、情状酌量の余地があるかまたは改悛の情が明らかである場合は、懲戒を免除し訓戒にとどめることがある。
(8) 業務に非協力的で協調性を欠く場合
(10) 自らの権利ばかりを主張して、まともに義務を果たしていない場合
(19) 勤務に関する手続きその他の届け出を怠りまたは偽った場合
(24) 職場内またはこれに順ずる(原文ママ)場所で、暴行、脅迫、傷害、又は業務妨害その他これに類する行為があった場合

2.判決の概要

争点1 懲戒権の濫用の有無について

(1)懲戒処分に当たっては、就業規則等に手続的な規定がなくても格別の支障がない限り当該労働者に弁明の機会を与えるべきであり、重要な手続違反があるなど手続的相当性を欠く懲戒処分は、社会通念上相当なものといえず、懲戒権を濫用したものとして無効になるものと解するのが相当である。
(2)これを本件についてみるに、本件けん責処分は、✕に弁明の機会を付与することなくなされたものである。✕がPに対して本件メッセージを送信したこと自体は動かし難い事実であるし、証拠によれば、✕が度々抗議に際して訴訟提起の可能性に言及するなどしてY社、その代表者及び従業員に対する敵対的な態度を示していたことが認められ、これが抗議の方法として相当といえるか疑問の余地もある。しかしながら、それが脅迫に当たるか、DC移行に係る必要書類の提出を拒むなどした✕の態度が、懲戒処分を相当とする程度に業務に非協力的で協調性を欠くものといえるかについては、経緯や背景を含め、本件メッセージの送信についての✕の言い分と聴いた上で判断すべきものといえる。そうすると、✕に弁明の機会を付与しなかったことは些細な手続的瑕疵にとどまるものともいい難いから、本件けん責処分は手続的相当性を欠くものというべきである。
(3)したがって、本件けん責処分は、懲戒権を濫用したものとして無効と認められる。

争点2 本件けん責処分による損害について

(1)懲戒処分は、労働者に経済的な不利益を与え、その名誉・信用を害して精神的苦痛を与え得る措置であるため、これが懲戒権の濫用と評価されるときは、使用者の不法行為民法709条)が成立し得るが、必ずしも懲戒権の濫用が不法行為の成立に直結するわけでないから、使用者の故意・過失、労働者の不利益や損害の有無等を検討する必要があるところ、Y社には✕に弁明の機会を付与せずに本件けん責処分をしたことについて、少なくとも過失が認められる。
(2)✕は、本件けん責処分によって多大な精神的苦痛を被ったとし、損害として慰謝料100万円及び弁護士費用50万円を主張する。
けん責処分は、それ自体で労働者に実質的不利益を課すものではないものの、昇給・一時金・昇格などの考課査定上不利に考慮されることがあり得ること、始末書を提出することについては心理的な負担感を伴うことからすると、違法なけん責処分によって精神的苦痛を被るることは否定し難い。
もっとも、本件けん責処分は、Y社代表者からメールで告知されたものであり、これがY社の他の従業員等の知れるところとなったなどの事情もうかがわれない。また、✕が度々訴訟提起の可能性に言及するなどしてY社に対する敵対的な態度を示していたことが認められ、本件けん責処分及びその原因となった本件メッセージの送信もその延長という側面が少なからずある。そうすると、✕が本件けん責処分によって多大な精神的苦痛を慰謝するに足りる相当な額は、10万円と認めるのが相当である。
また、✕が本件訴訟の追行を弁護士に委託したことは当裁判所に顕著であるところ、本件けん責処分と因果関係のある弁護士費用は1万円と認めるのが相当である。

3.解説

けん責処分無効確認の利益

けん責」とは、一般的に「始末書を提出させて将来を戒めること」を言います。類似する懲戒処分として、「戒告」がありますが、こちらは将来を戒めるのみで始末書の提出を伴いのが一般的です。
いずれも、それ自体では実質的不利益を課さない処分ではありますが、昇給・賞与・昇格等の人事考課上不利に考慮されることがあります。この点は、無効確認に際して訴えの利益の有無に関係します。
けん責が「単に叱られて、始末書を出すよう勧奨された。」という事実上の行為であれば、訴えの利益のないものとして審理されずに却下され、何らかの不利益を伴う法律行為であれば訴えが受理されます。

無効確認の訴えの利益について、 理事会、評議員会の決議無効確認等請求の事例ですが、最高裁は「確認の訴におけるいわゆる確認の利益は、判決をもつて法律関係の存否を確定することが、その法律関係に関する法律上の紛争を解決し、当事者の法律上の地位の不安、危険を除去するために必要かつ適切である場合に認められる。このような法律関係の存否の確定は、右の目的のために最も直接的かつ効果的になされることを要し、通常は、紛争の直接の対象である現在の法律関係について個別にその確認を求めるのが適当であるとともに、それをもつて足り、その前提となる法律関係、とくに過去の法律関係に遡つてその存否の確認を求めることは、その利益を欠くものと解される。しかし、ある基本的な法律関係から生じた法律効果につき現在法律上の紛争が存在し、現在の権利または法律関係の個別的な確定が必ずしも紛争の抜本的解決をもたらさず、かえつて、これらの権利または法律関係の基本となる法律関係を確定することが、紛争の直接かつ抜本的な解決のため最も適切かつ必要と認められる場合においては、右の基本的な法律関係の存否の確認を求める訴も、それが現在の法律関係であるか過去のそれであるかを問わず、確認の利益があるものと認めて、これを許容すべきものと解するのが相当である。」(最判第一小判昭47.11.9民集26巻9号1513頁)としています。

本件のリーディングケースとなる高裁判決(立川バス事件東京高判平2.7.19労判580号29頁)では、この最高裁判例を引用した上で「退職をしていることから始末書提出義務は問題にならず、また、昇給延伸等の不利益が生じることの主張立証もないとして、訴えの利益なしとし、けん責処分無効確認の訴えは訴えの利益を欠く不適法なものである」として無確認請求を却下したうえで、違法性のみを判断し慰謝料の請求を認めています。

結論は変わらないものの、本件では無効確認について却下せずに審査している点が異なっています。
(審査すべきであったのか疑問です。)

②弁明の機会の付与

懲戒解雇は、客観的合理性及び社会的相当を欠く場合は権利の濫用として無効となります。

労働契約法
(懲戒)
使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。

本件においては、「就業規則等に手続的な規定がなくても格別の支障がない限り当該労働者に弁明の機会を与えるべきであり、重要な手続違反があるなど手続的相当性を欠く懲戒処分は、社会通念上相当なものといえず」として、就業規則等に弁明の機会についての定めが無くても、弁明の機会を与えずになされた懲戒処分は社会的相当性を欠くため、無効としています。
就業規則等に規定が無い場合にまで、弁明の機会を付与しなければならないのか裁判例はどちらとも言えませんが、特段の支障がないかぎり、本人に弁明の機会を与えることが要請され、これらの手続的正義に反する懲戒処分は、ささいな手続上の瑕疵にすぎない場合でないかぎり、懲戒権の濫用となるという見解があります(菅野和夫「労働法第12版」717頁)。
無効とされるリスクを避けるためにも、実務上は弁明の機会を付与すべきです。