社会保険労務士川口正倫のブログ

都内の社会保険労務士事務所に勤務する社会保険労務士のブログ



商大八戸ノ里ドライビングスクール事件(大阪高判平5.6.25労判679号32頁)

バナー
Kindle版 職場の出産・育児関係手続ガイドブック~令和の常識~
定価:800円で好評発売中!!


にほんブログ村
続き

商大八戸ノ里ドライビングスクール事件(最一小判平7.3.9労判691号54頁)

1.事件の概要

自動車教習所を経営するY社は、毎週月曜日を特定休日としており、その特定休日に出勤した場合には休日出勤手当を支払っていたが、Y社は、昭和47年10月30日に訴外A労働組合と「特定休日が祭日と重なった場合には特定休日の振替は行わない」等の労使協定を締結し、その後、昭和52年2月21日にB労働組合とも、同趣旨の労使協定を締結していた。
しかし、実際には月曜日が祭日の場合には火曜日を振り替えられた特定休日扱いとし休日出勤手当を支給していた。
昭和62年5月、Y社の勤労部長が、この取扱いが労働協約等に反していることに気づき、昭和63年2月から10月にかけて取りやめる措置をとっていたところ、B労働組合の組合員である✕らが、休日出勤手当等の支給については労使慣行が成立しているとして、手当分の賃金の支払いを求めて訴訟を提起した。第一審は、このような取扱いが長年適用されてきたことで、労働契約上の労働条件になっているとしたうえで、それをY社が一方的に不利益に変更することは信義に反するとして✕らの請求を認容したが、これに対してY社が控訴したのが本件である。

2.判決の概要

民法92条により法的効力のある労使慣行が成立していると認められるためには、同種の行為又は事実が一定の範囲において長期間反復継続して行われていたこと、労使双方が明示的にこれによることを排除・排斥していないことのほか、当該慣行が労使双方の規範意識によって支えられていることを要し、使用者側においては、当該労働条件についてその内容を決定しうる権限を有している者か、又はその取扱いについて一定の裁量権を有する者が規範意識を有していたことを要するものと解される。
そして、その労使慣行が上記の要件を満たし、事実たる慣習として法的効力が認められるか否かは、その慣行が形成されてきた経緯と見直しの経緯を踏まえ、当該労使慣行の性質・内容、合理性、労働協約就業規則等との関係、当該慣行の反復継続性の程度、定着の度合い、労使双方の労働協約就業規則との関係についての意識、その間の対応等諸般の事情を総合的に考慮して決定すべきものであり、この理は、上記の慣行が労使のどちらに有利であるか不利であるかを問わないものと解する。
本件の取扱いは、かなりの長期間継続反復されてきたが、特定休日が祝祭日に重なる頻度は多くなく、期間の割には回数が多くなかったこと、昭和52年の協定が取り交わされた後に、特定休日の振替に関する規定について労使双方から議論がなされたことはなかったこと、勤労部長がこの取扱いを知るに至り直ちに協定どおりに戻したことなどからすると、Y社が、この慣行によって労使関係を処理するという明確な規範意識を有していたとは認め難い。(✕らは、これに対して上告したが、「上告人らの請求をいずれも理由がないとした原審の判断は、結論において正当として是認することができる。」として、✕らの上告は棄却された。最一小判平7.3.9)

3.解説

①労使慣行の法的効力

就業規則や労働契約に記載されていない労働条件が、職場のルールとして意識され、何となく使用者と従業員が従っている場合があります。
例えば、就業規則で定められた給料日が月末なのに毎月25日に支給されていたり、土日祝祭日が休日の会社で時間外労働の割増賃金については労基法どおり就業規則に定めているにも関わらず、祭日がある週の土曜日に法定外休日出勤をした際に一律25%の割増手当を支給(週40時間を超過しなければ割増賃金の支給は不要)する、就業規則に特に定められていないのに賞与の支給対象者は賞与支給日に在籍する従業員に限定する等です。
このような事実上のルールを「労使慣行」と言いますが、就業規則等の内容とは異なるので、どのような法的効力を有するかが問題となります。

民法92条

民法92条は、次のように任意規定と異なる慣習が法的効力を有する場合について定めています。

任意規定と異なる慣習)
第92条 法令中の公の秩序に関しない規定と異なる慣習がある場合において、法律行為の当事者がその慣習による意思を有しているものと認められるときは、その慣習に従う。

「法令中の公の秩序に関しない規定」とは「任意規定」を意味しています。「任意規定」の反対は「強行規定」ですが、これに反する契約等は、締結されていても無効になります。これに対して、「任意規定」はあくまで「任意」なので、契約を締結する際にその部分について取決めをしなかった場合に、契約の内容を補充する効力しかありません。
民法92条は、そのような任意規定と異なるような慣習がある場合の取扱いについて定めた条文で、契約等で定められていなくても、地域や業界において通用している慣習があるような場合、その慣習は一定の合理性があるものと考えられるため、その慣習に従うという意思を両当事者が有している場合には、それによって契約の内容の解釈や補充を行うとしたのが第92条です。
なお、「慣習に従うという意思を両当事者が有している場合」とは、特に反対の意思表示をしていないことを意味すると考えられています。従って、慣習によることを当事者が反対していない限り、その慣習より補充することになります。

③労使慣行が民法92条の慣習として認められる場合

前置きが長くなりましたが、本判決は、労使慣行が民法92条の慣習として認められる3つの必要条件が示されています。
・同種の行為又は事実が一定の範囲において長期間反復継続して行われていたこと
・労使双方が明示的にこれによることを排除・排斥していないこと
・当該慣行が労使双方の規範意識によって支えられていること(使用者側においては、当該労働条件についてその内容を決定しうる権限を有している者か、又はその取扱いについて一定の裁量権を有する者が規範意識を有していたこと)

上記はあくまで必要条件であって、これらの条件を具備したうえで、
・その慣行が形成されてきた経緯と見直しの経緯を踏まえ、当該労使慣行の性質・内容、合理性、労働協約就業規則等との関係、当該慣行の反復継続性の程度、定着の度合い、労使双方の労働協約就業規則との関係についての意識、その間の対応等諸般の事情を総合的に考慮して決定する(慣行が労使のどちらに有利であるか不利であるかを問わない)
としています。

本件においては、勤労部長がこの取扱いを知るに至り直ちに協定どおりに戻したことなど」により、Y社が、この慣行によって労使関係を処理するという明確な規範意識を有していたとは認め難いとして、法的効力を有する民法92条の慣習としては認められませんでした。

さて、「規範意識」とは、簡単に言えば、長年事実として行われてきた行為にルールとして意識し従う、という意味です。これに対して、民法92条は「反対の意思表示をしていないこと」が要件なので、明らかに規範意識までは要求していません。この点に対して、本判例には学説上議論があります。