社会保険労務士川口正倫のブログ

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日本アイ・ビー・エム(会社分割事件)(最二小判平22.7.12民集64巻5号1333頁)

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日本アイ・ビー・エム(会社分割事件)(最二小判平22.7.12民集64巻5号1333頁)

1.事件の概要

本件は,Y社が、商法(平成17年法律第87号による改正前のもの。以下同じ。)に基づき、新設分割の方法により、その事業部門の一部につき会社の分割をしたところ、これによってY社との間の労働契約が上記分割により設立された会社に承継されるとされたXらが、上記労働契約は,その承継手続に瑕疵があるので上記会社に承継されず、上記分割はXらに対する不法行為に当たるなどと主張して、Y社に対し、労働契約上の地位確認及び損害賠償を求めている事案である。
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2.判決の概要

事実関係

(1) 平成14年4月ころ、Y社の親会社であるA社とB社(以下「B社」という。)は、ハードディスク事業(以下「HDD事業」という。)に特化した合弁会社を設立する旨の合意をし、その後、当該合意に基づく事業再編計画の一環として、Y社が、新設分割の方法により、そのHDD事業部門につき会社の分割(以下「本件会社分割」という。)をし、これによって設立される会社(後記(4)の設立時の商号はC社。以下「C社」という。)を上記合弁会社の子会社にする一方で、B社もまた、吸収分割の方法により、そのHDD事業部門につき会社の分割をし、これをC社に承継させることとした。そして、本件会社分割に伴い、Y社のHDD事業部門の従業員との間の労働契約もC社に承継させる方針が定められた。

(2) Y社は、平成14年9月3日、イントラネット上で、HDD事業部門に関連する従業員向けに本件会社分割の内容及び雇用関係等に係る情報提供を開始するとともに、質問受付窓口を開設し、主な質問とそれに対する回答を掲載するなどした。また、Y社は、その事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がなかったことから、会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(平成17年法律第87号による改正前のもの。なお、同改正前の法律の題名は「会社の分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」。以下「承継法」という。)7条に定める労働者の理解と協力を得るよう努める措置(以下「7条措置」という。)を行うため、各事業場ごとに従業員代表者を選出させ、当該代表者70人を4グループに分けて、同月27日以降、各グループに対して本件会社分割の背景と目的、C社の事業の概要、承継対象となる部署と今後の日程、承継される従業員のC社における処遇、承継される営業に主として従事する労働者か否かの判断基準、労使間で問題が生じた場合の問題解決の方法等について説明し、C社の債務の履行の見込みに係る質問への回答も行った。そして、Y社は、各種資料をまとめたデータベースをイントラネット上に設置して、従業員代表者がこれを閲覧できるようにした。
さらに、Y社は、C社の中核となることが予定されるD事業所の従業員代表者との間で、個別的にも協議を行い、同年11月中旬までに、同代表者から3回にわたり出された要望書に対し、回答書を送付するなどした。当該協議の際、上記事業所の従業員代表者からは、C社設立後の経営見通し、C社への在籍出向によることの可否、承継後の労働条件等についての質問が出され、Y社は、C社が承継する資産等を含む経営見通しに関係する事情を説明したほか、在籍出向は考えていないこと、労働条件はそのまま維持されることなどを回答した。

(3) Y社は、平成14年10月1日、HDD事業部門のライン専門職に対し、商法等の一部を改正する法律(平成12年法律第90号。平成17年法律第87号による改正前のもの。以下「商法等改正法」という。)附則5条1項に定める労働契約の承継に関する労働者との協議(以下「5条協議」という。)のための資料として、C社の就業規則案や上記従業員代表者への説明時に使用した説明資料を送付した。その上で、Y社は、ライン専門職に対し、同月4日、5条協議として、同月30日までにライン従業員にこれらの資料を示すなどして説明した上で労働契約の承継に関する意向を確認すること、承継に納得しない従業員に対しては最低3回の協議を行うこと、各従業員の状況をY社に報告することを指示した。
ライン専門職は、この指示に従って説明会を開き、多くの従業員は承継に同意した。
他方、✕らは、いずれもY社のHDD事業に主として従事していた者であるところ、その所属する労働組合支部(以下「支部」という。)を代理人として5条協議をすることとし、その結果支部とY社との間で7回にわたり協議がされるとともに、3回にわたる書面のやり取りがされた。この協議の中で、Y社は、支部に対し、C社の事業の概要にかかわる事情やXらが承継される営業に主として従事しているとの判断結果等について説明した。もっとも、Y社は、一部の事項につき、支部が求めた形では回答せず、C社の経営見通しについては、これに係る数値等は経営に係る機密事項であるから答えられないが、現状では同業他社と同様にHDD事業部門の売上げは低迷しているものの合弁の強みを生かすことでメリットが得られるなどとし、C社における将来の労働条件については、労働者保護法理の適用がある中でC社が判断することであるなどと回答した。また、Y社は、Xらを在籍出向又はY社内での配置転換にしてほしいとの支部の求めには、応じられないとした。
Xらは、同年11月11日、Y社から十分な説明がされず、協議も不誠実であるなどとして、Y社に対し、✕らに係る労働契約の承継につき異議を申し立てる※旨の書面を提出した。

※承継される事業に主として従事する労働者が、分割計画上承継の対象として記載されているにも関わらず異議を申し出ているため、承継法4条(承継排除の防止)また5条(承継強制の防止)の異議申し出のいずれでもありません。

(4) Y社は、平成14年11月27日、本件会社分割に係る分割計画書を本店に備え置いた。これに添付された書面には、Xらの雇用契約も承継される旨記載されており、また、債務の履行の見込みがあることに関しては、C社が承継する資産と負債の簿価が、それぞれ114億8500万円と3億9000万円である旨の記載がされていた。そして、同年12月25日に会社分割の登記がされ、C社が資本金50億円で設立された。

裁判所の判断

(1) 新設分割の方法による会社の分割は、会社がその営業の全部又は一部を設立する会社に承継させるものである(商法373条。以下、会社の分割を行う会社を「分割会社」、新設分割によって設立される会社を「設立会社」という。)。
これは、営業を単位として行われる設立会社への権利義務の包括承継であるが、個々の労働者の労働契約の承継については、分割会社が作成する分割計画書への記載の有無によって基本的に定められる(商法374条)。そして、承継対象となる営業に主として従事する労働者が上記記載をされたときには当然に労働契約承継の効力が生じ(承継法3条)、当該労働者が上記記載をされないときには異議を申し出ることによって労働契約承継の効力が生じる(承継法4条)。また、上記営業に主として従事する労働者以外の労働者が上記記載をされたときには、異議を申し出ることによって労働契約の承継から免れるものとされている(承継法5条)。

(2) 法は、労働契約の承継につき以上のように定める一方で、5条協議として、会社の分割に伴う労働契約の承継に関し、分割計画書等を本店に備え置くべき日までに労働者と協議をすることを分割会社に求めている(商法等改正法附則5条1項)。これは、上記労働契約の承継のいかんが労働者の地位に重大な変更をもたらし得るものであることから、分割会社が分割計画書を作成して個々の労働者の労働契約の承継について決定するに先立ち、承継される営業に従事する個々の労働者との間で協議を行わせ、当該労働者の希望等をも踏まえつつ分割会社に承継の判断をさせることによって、労働者の保護を図ろうとする趣旨に出たものと解される。
ところで、承継法3条所定の場合には労働者はその労働契約の承継に係る分割会社の決定に対して異議を申し出ることができない立場にあるが、上記のような5条協議の趣旨からすると、承継法3条は適正に5条協議が行われ当該労働者の保護が図られていることを当然の前提としているものと解される。この点に照らすと、上記立場にある特定の労働者との関係において5条協議が全く行われなかったときには、当該労働者は承継法3条の定める労働契約承継の効力を争うことができるものと解するのが相当である。
また、5条協議が行われた場合であっても、その際の分割会社からの説明や協議の内容が著しく不十分であるため、法が5条協議を求めた趣旨に反することが明らかな場合には、分割会社に5条協議義務の違反があったと評価してよく、当該労働者は承継法3条の定める労働契約承継の効力を争うことができるというべきである。

(3) 他方、分割会社は、7条措置として、会社の分割に当たり、その雇用する労働者の理解と協力を得るよう努めるものとされているが(承継法7条)、これは分割会社に対して努力義務を課したものと解され、これに違反したこと自体は労働契約承継の効力を左右する事由になるものではない。7条措置において十分な情報提供等がされなかったがために5条協議がその実質を欠くことになったといった特段の事情がある場合に、5条協議義務違反の有無を判断する一事情として7条措置のいかんが問題になるにとどまるものというべきである。

(4) なお、7条措置や5条協議において分割会社が説明等をすべき内容等については、「分割会社及び承継会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針」(平成12年労働省告示第127号。平成18年厚生労働省告示第343号による改正前のもの。なお、同改正前の表題は「分割会社及び設立会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針」。以下「指針」という。)が定めている。指針は、7条措置において労働者の理解と協力を得るべき事項として、会社の分割の背景及び理由並びに労働者が承継される営業に主として従事するか否かの判断基準等を挙げ、また5条協議においては、承継される営業に従事する労働者に対して、当該分割後に当該労働者が勤務する会社の概要や当該労働者が上記営業に主として従事する労働者に該当するか否かを説明し、その希望を聴取した上で、当該労働者に係る労働契約の承継の有無や就業形態等につき協議をすべきものと定めているが、その定めるところは、以上説示したところに照らして基本的に合理性を有するものであり、個別の事案において行われた7条措置や5条協議が法の求める趣旨を満たすか否かを判断するに当たっては、それが指針に沿って行われたものであるか否かも十分に考慮されるべきである。

これを本件についてみると、前記事実関係によれば、Y社は、7条措置として、前記のとおり本件会社分割の目的と背景及び承継される労働契約の判断基準等について従業員代表者に説明等を行い、情報共有のためのデータベース等をイントラネット上に設置したほか、C社の中核となることが予定されるD事業所の従業員代表者と別途協議を行い、その要望書に対して書面での回答もしたというのである。これは、7条措置の対象事項を前記のとおり挙げた指針の趣旨にもかなうものというべきであり、Y社が行った7条措置が不十分であったとはいえない。

次に5条協議についてみると、前記事実関係によれば、Y社は、従業員代表者への上記説明に用いた資料等を使って、ライン専門職に各ライン従業員への説明や承継に納得しない従業員に対しての最低3回の協議を行わせ、多くの従業員が承継に同意する意向を示したのであり、また、Y社は、Xらに対する関係では、これを代理する支部との間で7回にわたり協議を持つとともに書面のやり取りも行うなどし、C社の概要やXらの労働契約が承継されるとの判別結果を伝え、在籍出向等の要求には応じられないと回答したというのである。
そこでは、前記のとおり、分割後に勤務するC社の概要やXらが承継対象営業に主として従事する者に該当することが説明されているが、これは5条協議における説明事項を前記のとおり定めた指針の趣旨にかなうものというべきであり、他にY社の説明が不十分であったがためにXらが適切に意向等を述べることができなかったような事情もうかがわれない。
なお、Y社は、C社の経営見通しなどにつきXらが求めた形での回答には応じず、Xらを在籍出向等にしてほしいという要求にも応じていないが、Y社が上記回答に応じなかったのはC社の将来の経営判断に係る事情等であるからであり、また、在籍出向等の要求に応じなかったことについては、本件会社分割の目的が合弁事業実施の一環として新設分割を行うことにあり、分割計画がこれを前提に従業員の労働契約をC社に承継させるというものであったことや、前記の本件会社分割に係るその他の諸事情にも照らすと、相応の理由があったというべきである。そうすると、本件における5条協議に際してのY社からの説明や協議の内容が著しく不十分であるため、法が5条協議を求めた趣旨に反することが明らかであるとはいえない。

以上によれば、Y社の5条協議が不十分であるとはいえず、XらのC社への労働契約承継の効力が生じないということはできない。また、5条協議等の不十分を理由とする不法行為が成立するともいえない。

3.解説

会社分割は、事業に関する権利義務の全部または一部を他の会社に承継させる会社法上の制度です(会社法2条29号・30号、757条以下)。会社分割には、他の会社に事業を承継させる吸収分割(会社法757条以下)と、新たに会社を設立すると同時に承継の相手方とする新設分割(会社法762条以下)の2通りがありますが、本件は新設分割に関するものです。
新設分割の場合には分割計画(763条)の定めに従い、労働契約を含む権利義務の承継が決定されるのが原則です。(承継法3条)

(承継される事業に主として従事する労働者に係る労働契約の承継)
第3条 前条第一項第一号に掲げる労働者が分割会社との間で締結している労働契約であって、分割契約等に承継会社等が承継する旨の定めがあるものは、当該分割契約等に係る分割の効力が生じた日に、当該承継会社等に承継されるものとする。

労働者の同意なく権利義務が承継されるので「包括承継」とされ、その承継の範囲が分割計画に定められた部分に限定されるため「部分的包括承継」とも呼ばれます。

ただし、会社の恣意的な選別によって労働者が不利益を被ることを防ぐため、次のような異議申し立てが認められています。

①承継される事業に主として従事する労働者が、分割計画上承継の対象として記載されていない場合には、異議を申し出て承継を効果を発生させることができます。(承継法4条。承継排除の防止)

②承継される事業に主として従事していない労働者が、分割計画上承継対象に含まれている場合は、異議を申し出て承継の効果を免れることができます。(承継法5条。承継強制の防止)

第4条1項 第二条第一項第一号に掲げる労働者であって、分割契約等にその者が分割会社との間で締結している労働契約を承継会社等が承継する旨の定めがないものは、同項の通知がされた日から異議申出期限日までの間に、当該分割会社に対し、当該労働契約が当該承継会社等に承継されないことについて、書面により、異議を申し出ることができる。

第5条1項 第二条第一項第二号に掲げる労働者は、同項の通知がされた日から前条第三項に規定する異議申出期限日までの間に、分割会社に対し、当該労働者が当該分割会社との間で締結している労働契約が承継会社等に承継されることについて、書面により、異議を申し出ることができる。

さらに、会社分割に際しては、まず、①すべての事業場において過半数組合(それがなければ過半数代表者)と協議をして労働者の理解と協力を得るよう努力し(承継法7条・7条措置)、次に、承継される事業に従事している労働者と労働契約の承継について協議し(商法等改正法附則5条1項・5条協議)、さらに通知期限(分割計画を承認する株主総会の2週間前の前日等)までに、承継される事業に主として従事している労働者、主として従事していないが承継対象とされた労働者、及び労働協約を締結している労働組合に対して、所定の事項を書面により通知する義務を負っている(承継法2条)

(労働者の理解と協力)
第7条 分割会社は、当該分割に当たり、厚生労働大臣の定めるところにより、その雇用する労働者の理解と協力を得るよう努めるものとする。

 (労働契約の取扱いに関する措置)
第5条 会社法(平成十七年法律第八十六号)の規定に基づく会社分割に伴う労働契約の承継等に関しては、会社分割をする会社は、会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(平成十二年法律第百三号)第二条第一項の規定による通知をすべき日までに、労働者と協議をするものとする。

(労働者等への通知)
第2条1項 会社(株式会社及び合同会社をいう。以下同じ。)は、会社法第五編第三章及び第五章の規定による分割(吸収分割又は新設分割をいう。以下同じ。)をするときは、次に掲げる労働者に対し、通知期限日までに、当該分割に関し、当該会社が当該労働者との間で締結している労働契約を当該分割に係る承継会社等(吸収分割にあっては同法第七百五十七条に規定する吸収分割承継会社、新設分割にあっては同法第七百六十三条第一項に規定する新設分割設立会社をいう。以下同じ。)が承継する旨の分割契約等(吸収分割にあっては吸収分割契約(同法第七百五十七条の吸収分割契約をいう。以下同じ。)、新設分割にあっては新設分割計画(同法第七百六十二条第一項の新設分割計画をいう。以下同じ。)をいう。以下同じ。)における定めの有無、第四条第三項に規定する異議申出期限日その他厚生労働省令で定める事項を書面により通知しなければならない。
一 当該会社が雇用する労働者であって、承継会社等に承継される事業に主として従事するものとして厚生労働省令で定めるもの
二 当該会社が雇用する労働者(前号に掲げる労働者を除く。)であって、当該分割契約等にその者が当該会社との間で締結している労働契約を承継会社等が承継する旨の定めがあるもの


本件において、✕は承継される事業に主として従事する労働者であり、分割計画の対象として記載されているにも関わらず、異議を申し出ています。
これに対して、裁判例は、承継法3条所定の場合はその労働契約の承継に係る分割会社の決定に対して異議を申し出ることができない立場にあるが、5条協議の趣旨からすると、承継法3条は適正に5条協議が行われ当該労働者の保護が図られていることを当然の前提としているものと解される。この点に照らすと、承継の対象となっている特定の労働者との間で、5条協議が全く行われなかったときには、当該労働者は承継法3条の定める労働契約承継の効力を争うことができるものと解するのが相当としています。

従って、承継される事業に主として従事する労働者は、承継されることの異議申し出はできませんが、5条協議が全く行われなかったときには、当該労働者は承継法3条の定める労働契約承継の効力を争うことができるものとしています。

さらに、5条協議が行われた場合であっても、その際の分割会社からの説明や協議の内容が著しく不十分であるため、法が5条協議を求めた趣旨に反することが明らかな場合には、分割会社に5条協議義務の違反があったと評価してよく、当該労働者は承継法3条の定める労働契約承継の効力を争うことができるともしています。

これに対して7条措置については、条文どおり努力義務として課したものでそれ自体は労働承継の効力を左右するものではなく、5条協議義務違反を有無を判断する一事情にとどまるとされました。