社会保険労務士川口正倫のブログ

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【解雇】スカンジナビア航空事件(東京地決平7.4.13労判675号13頁)

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【解雇】スカンジナビア航空事件(東京地決平7.4.13労判675号13頁)

1.事件の概要

外資系の航空会社であるY社は、業績の急激な悪化のなかで、エア・ホステスと地上職の人員を削減することが必要であるとし、日本支社で早期退職者を募集し、その後、必要な人員のみ再雇用することにした。再雇用の際の条件は、これまでの賃金体系、労働時間、退職金制度等が変更され、労働契約の期間を1年とするという内容であった。
全従業員140名のうち、115名が早期退職に応じたものの、25名が応じなかった。その後、Y社は、再雇用の可能性のある18名には再雇用の申入れをしたものの、Xら9名はそれに応じなった。そこで、Y社はXら9名を解雇した(本件解雇)。(同時に、再雇用の申入れの対象としなかった7名を整理解雇している)。
そこで、Xらが、本件解雇は無効であるとし、従業員たる地位の保全と賃金の仮払いを求めて仮処分を申請したのが本件である。

2.判決の概要

※整理解雇については、省略します。

① 本件解雇の性質

(1)Y社においては、平成6年8月15日の時点で新組織に必要となる地上職32名ののうち25名がすでに再雇用されており、本件合理化案に基づいて残り7名を補充する必要があったところ、会社は、同日付で7名に対し、地上職のポジション及び賃金等の新労働条件を明示したうえ、早期退職及び同ポジションへの再雇用を申し入れ、また、5名に対し、エア・ホステスのポジション及び賃金等の新労働条件を明示したうえ、早期退職及び同ポジションへの再雇用を申し入れ、さらに同月30日には従来の地上職32名の提案に加えて6名を追加することを提案するとともに、同6名に対し、新組織におけるポジション及び賃金等の新労働条件を明示したうえ、早期退職及び同ポジションへの再雇用を申し入れ、これと同時に、同日付で同年9月30日をもって解雇する旨の(その後、解雇予告期間を同年11月30日まで延長した。)解雇予告の意思表示をした。 
この解雇の意思表示は、要するに、雇用契約で特定された職種等の労働条件を変更するための解約、換言すれば新契約締結の申込みをともなった従来の雇用契約の解約であって、いわゆる変更解約告知といわれるものである。

(2) なお、Xらは、右の再雇用への申入れを捉えて、仮にXらが会社の早期退職に応諾し再雇用に応募したとしても、再雇用契約が締結されるか否かは不確実であるから、会社が行ったのは、再雇用への申込みの誘因に過ぎないと主張するけれども、前記のとおり、会社は、補充する業務を念頭に置きつつ、Xらぞれぞれに対してポジション及び賃金等の新労働条件を具体的に明示して提案しているのであって、会社がこのように具体的ポジションをあげて再雇用の提案を行いながら、再雇用しないことがあるとは到底考えられないから、会社の右提案は、新雇用契約締結の申込みであるというべきである。

② 本件変更解約告知

(1)会社とXら従業員との間の雇用契約においては、職務及び勤務場所が特定されており、また、賃金及び労働時間等が重要な雇用条件となっていたのであるから、本件合理化案の実施により各人の職務、勤務場所、賃金及び労働時間等の変更を行うためには、これらの点について債権者らの同意を得ることが必要であり、これが得られない以上、一方的にこれらを不利益に変更することはできない事情にあったというべきである。
しかしながら、労働者の職務、勤務場所、賃金及び労働時間等の労働条件の変更が会社業務の運営にとって必要不可欠であり、その必要性が労働条件の変更によって労働者が受ける不利益を上回っていて、労働条件の変更をともなう新契約締結の申込みがそれに応じない場合の解雇を正当化するに足りるやむを得ないものと認められ、かつ、解雇を回避するための努力が十分に尽くされているときは、会社は新契約締結の申込みに応じない労働者を解雇することができるものと解するのが相当である。

(2) 会社は、平成2年以降、世界的不況及びヨーロッバ域内の航空規制緩和等により、航空部門の経営悪化が激しく、年々赤字が増大していく一方、日本支社も平成3年以降の全世界的な景気の後退及び格安航空券の市場への出回りにより、乗客数減と航空券の販売単価の低落が急速に進み、部分的なコスト削減策では到底合理化目標を達成できないことから、日本支社について抜本的な合理化案を早急に実施する必要に迫られていたところ、空港業務及び予約発券業務については業務運営方式を変更して外部委託化する、自社便が乗り入れていない2事務所については事務所を閉鎖する、営業等については組織を縮小する、ついては111名の組織であった地上職を32名程度の組織に変更するなど、全面的な人員整理、組織再編が必要不可欠となり、その計画が図られた結果、雇用契約により特定されていた各労働者の職務及び勤務場所の変更が必要不可欠なものとなったということができる。
その間、日本支社は、経営の悪化が始まった平成3年度以降、希望退職募集、宣伝広報費の削減等の様々なコスト削減策をとってきたが、その削減効果は芳しくなく、このような部分的はコスト削減策ではもはや健全な経営体質への転換は不可能となり、本件合理化にともなう業務運営方式の変更、組織の縮小、統合等の全面的な組織再編を前提とする必要合計人員数は34名となったものである。

(3) 加えて、本件労働条件の変更には、賃金体系の変更、退職金制度の変更及び労働時間等の変更も含まれるが、本件合理化案を実現するためには、右変更の必要性が大きいものといえるところ、日本支社のコストの約60パーセントを人件費が占めるという実状に鑑み、①従来の賃金体系は、勤続年数に応じて賃金が上昇し続ける年功賃金体系であって、業務の違いが賃金に反映されなかった結果、全体の賃金水準が高過ぎる、各自の貢献が反映されないために熱意のある従業員の意欲をそぐなどの問題点を有しており、他の類似企業の賃金実態も加味しつつ、是正する必要があった、②また退職金制度については、従来の退職金が年功に応じて高騰し続ける基本給に一定の勤続年数による係数を乗じて定められるものであったため、その支給水準は著しく高いものであったうえ、従前の従業員数が本件合理化により約3分の1に激減した状態では、従前の退職年金制度では整合がとれなくなり、新しい退職金制度を設ける必要があった、③さらに労働時間については、新組織における業務内容の変化に応じ、労働時間も一部で延長、一部で短縮する必要があったのであり、いずれもその変更には高度の必要性が認められる。

(4) 一方、新雇用契約締結の結果、労働者が受ける不利益について検討すると、右賃金体系の変更は、従業員の賃金が総体的に切り下げられる不利益を受けることは明らかであるが、地上職の場合、会社により提案された新賃金(年俸)と従来の賃金体系による月例給とを比較すると、新賃金(年俸)は従来の賃金体系による月例給に12(月)を乗じることにより得られる金額を必ずしもすべて下回るものではないし、Xらが新労働条件での雇用契約を締結する場合には、会社は、従来の雇用契約終了にともなう代償措置として、規定退職金に加算して、相当額の早期退職割増金支給の提案を行ったことをも合わせ考えると、前記の業務上の高度の必要性を上回る不利益があったとは認められない。

(5) 平成6年6月10日に発表された本件合理化案は、これが全従業員に対し文書で配布され、またこれを発表した後の会社の組合に対する態度は、本件合理化案に対する組合の理解を得るため、合計二二回の団体交渉に応じ、会社の経営状況、コスト削減の必要性及び新組織の人員構成等、組合から質問のあった事項については、団体交渉の席上、書面をもって回答したうえ、本件合理化の解決策をさぐるため、組合に対し、誰をどの部署で就業させるのか具体的に提案するよう申し入れるなどの対応をとったが、組合は、Xら全員の従前の雇用条件での雇用継続を終始一貫前提とし、会社がこれに応じないのであれば、配置転換先について具体的に氏名を明らかにしないという硬直した態度をとったため、実質的な交渉に至らなかったものということができる。

(6) 前記「事案の概要」の中の「本件紛争に至る経緯」記載の事実によれば、会社が18名に対して新労働条件を示して早期退職及び新ポジション(地上職13名、エアホステス5名)への再雇用を申し入れた時点では、地上職の募集人員は新たに追加した分も含めて残り13名に過ぎなかったのであり、この事態は、本件合理化案に基づいて任意に退職したうえで再雇用を申し入れた従業員から会社が再雇用を受け入れた結果によるものであって、その過程になんら違法不当な事実は認められないのである。

(7) 以上によれば、会社が、Xら9名に対し、職務、勤務場所、賃金及び労働時間等の労働条件の変更をともなう再雇用契約の締結を申し入れたことは、会社業務の運営にとって必要不可欠であり、その必要性は右変更によってXらが受ける不利益を上回っているものということができるのであって、この変更解約告知のされた当時及びこれによる解雇の効力が発生した当時の事情のもとにおいては、右再雇用の申入れをしなかたXら9名を解雇することはやむを得ないものであり、かつ解雇を回避するための努力が十分に尽くされていたものと認めるのが相当である。

よって、本件変更解約告知は有効であると解するのが相当であり、Xら9名に対する解雇は有効であるというべきである。

3.解説

本件のように解雇を目的とせずに、新契約締結の申込みをともなった従来の雇用契約の解約(解雇)を変更解約告知といいます。本件は、我が国の裁判例としてはじめてこの変更解約告知に言及した裁判例ですが、労働条件の変更を伴う新契約の申込みに応じない労働者の解雇が有効とされるための要件として、

① 労働条件変更が会社の業務運営上必要不可欠である
② その必要性が労働条件変更によって労働者が被る不利益を上回っている
③ 労働条件変更を伴う新契約締結の申込みがそれに応じない場合の解雇を正当化するに足りることもやむを得ないものと認められる
④ 解雇回避努力が十分に尽くされている
という 4点が示されています。
これは、変更解約告知が労働条件変更のための解雇であることに着目して、労働条件変更の必要性・相当性(上記①②)と、労働条件変更に同意しない労働者を解雇することの相当性(同③④)という 2 つの観点から解雇の効力を判断したものと理解できます。

本件は、変更解約告知が認められた事例ですが、これに対して、大阪労働衛生センター第一病院事件大阪地裁判決(平10.8.31労判751号38頁)は、変更解約告知を認めると、労働者に「厳しい選択を迫」り、労働者は「非常に不利益な立場におかれる」として、「ドイツ法と異なって明文のないわが国においては、労働条件の変更ないし解雇に変更解約告知という独立の類型を設けることは相当ではない」として、同事案の解雇は経済的必要性を主とするものである以上整理解雇として解釈すべきであるとしました。(大阪高判平 11・9・1 労判 862 号 94 頁、最二小決平 14・11・8 労判 862 号 94 頁-変更解約告知に言及することなく 1 審判決を支持して、上告不受理)。
このように、変更解約告知についての判例はいまだ確立しているとはいい難い状況にあります。(菅野和夫氏も「変更解約告知の有効性判断のより具体的な基準については、もう少し、事案に応じた判断の蓄積をまつ必要がある。」(「労働法」第12版813頁)としています。)