社会保険労務士川口正倫のブログ

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有限会社シルバーハート事件(東京地判令2.11.25労経速2443号3頁)

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有限会社シルバーハート事件(東京地判令2.11.25労経速2443号3頁)

新型コロナウイルス感染症の影響で業務量が縮小したため、所定労働日数や所定労働時間が定まっていない日給又は時給の従業員について、休業手当を支払わずにシフトを減らすことが法的に問題ないのか疑義がありましたが、この問題に対して、本件は参考になり得る裁判例です。
なお、本件は、会社側が従業員に対して、労務を提供させる債務などが不存在であることの確認を求めて提訴したという、珍しい事例です。判例は、原告をX、被告をYとして表記するのがお作法なので、本件は、労働関係の裁判としては珍しく会社側がX、労働者側がYとなっています。

1.事件の概要

X社は、介護事業及び放課後児童デイサービス事業を営む有限会社であり、Yは平成26年1月30日付けでX社に雇用され、シフト制で介護業務等に従事していた。
雇用契約書には、勤務日・時間に関し始業・終業時刻のほか「シフトによる。」との記載のみがあり、業務内容は空欄、就業場所は各事業所とされ主たる事業所の記載はなかった。Yは、入社以降、複数の事業所にて介護業務に従事したが、平成28年1月頃から児童デイサービスの勤務シフト(原則として午後半日勤務)に入るようになり、同29年2月以降、児童デイサービスでの勤務のみとなってからは、不当配転だと考えるようになり、異議を留め業務に従事していた。
なお、Yは、同28年10月頃、地域ユニオンに加入し、勤務シフト時間数、勤務場所、時給その他の労働条件について、X社との間で団体交渉を行っていた。
Yの勤務日数・時間は、同29年5月は13日(勤務時間65.5時間)、同年6月は15日(同73.5時間)、同年7月は15日(同78時間)であったが、同年8月は、当初17日であったのが5日(同40時間)に削減され、同年9月は1日(同8時間)のみ、同年10月以降は1日も配属されなくなった。
これに対し、Yは、X社との間で、勤務時間を週3日、1日8時間、週24時間、勤務地、職種を介護事業所及び介護事業と合意(以下「本件合意」という。)したと主張していたが、X社は合意を否定している。
また、Yは、同29年10月30日の団体交渉において、児童デイサービスの半日勤務には応じない旨を表明した。

本件本訴は、X社がYに対し、本件合意を前提とした労務を提供させる債務などの別紙1記載の各債務がいずれも不存在であることの確認を求め訴訟提起した事案である。

一方、本件反訴は、YがX社に対し、①主位的に、X社の責めに帰するべき事由により本件合意に基づき就労することができなかったと主張して平成28年5月以降の未払賃金等を、②予備的に、同29年8月以降のシフトの大幅な削減が違法かつ無効であると主張して、同月以降の未払賃金等の支払いを求めるとともに、③給与振込手数料の控除には理由がない旨を主張して控除された振込手数料等の支払い、④通勤手当の未払いがあると主張して未払通勤手当の支払いを求め反訴提起した事案である。

2.判決の概要

※他にも争点がありますが、ここでは、勤務時間の合意の有無、職種限定の合意の有無、シフトの不当な削減による賃金請求権の有無を取及び給与振込手数料控除の可否り上げます。

(1)勤務時間の合意について

ア Yは、本件労働契約締結の際に、勤務時間につき週3日、1日8時間、週24時時間とする合意をした旨供述するとともに同旨の陳述書を提出する一方、X社代表者はそのような合意はしていない旨供述する。
そこで検討すると、本件労働契約の雇用契約書には、始業・終業時刻及び休憩時間欄に、始業時刻午前8時00分、終業時刻午後6時30分、休憩時間60分の内8時間のほか、手書きの「シフトによる。」という記載があるのみであり、週3日であることを窺わせる記載はないことは、X社代表者の供述と符合する。また、Yが作成した平成26年2月から平成28年1月まで及び同年4月のスケジュールによれば、1か月の出勤回数は9回~16回であり、YのX社における勤務開始当初の2年間においても、必ずしも週3日のシフトが組まれていたとは認められないことからすると、固定された日数のシフトが組まれていたわけではなかったといえる。そして、X社の介護事業所におけるシフトを組み際には、管理者、相談員、運転、入浴担当、アクティビティー担当等の役割を考慮して、各役割につき1人ずつ配置する必要があるところ、Yは運転免許や相談員の資格を有しておらず、アクティビティー又は入浴のシフトに入る必要があることからすれば、他の職員との兼ね合いから、Yの1か月の勤務日数を固定することは困難であると考えられる。以上によれば、Yが、X社の求人に応募した際に、勤務時間について週3日、1日8時間、週24時間の希望を有していたことを踏まえても、そのような内容の合意をしていない旨のX社代表者の供述は信用でき、Yの供述は、これに反する部分は信用できないと言わざるを得ない。

イ Yは、「シフトによる」という文言さえ雇用契約に記載すれば、繁閑等に応じて、自由にその裁量で勤務させることが可能になりかねず、賃金を唯一の収入とする労働者の利益を害することが著しいことから、シフトによる旨の合意をすることは考えられない旨主張する。しかしながら、翌月の勤務に関する希望を踏まえて、シフトによって勤務日及び勤務日数を決定する方法は、労働者の都合が反映される点で労働者にとっても都合のよい面もあるのであって、シフトによるという合意自体があり得ないものとはいえず、Yの主張は採用できない。
また、Yは、履歴書に週3日・週24時間勤務の希望を記載しており、それが受け入れられたからこそX社に入社した旨主張するが、シフトによる場合にも社員の希望にできる限り沿う運用をすることは可能であることからすれば、Yがそのような勤務時間を前提として求職活動を行っていたことは、前記認定を左右する事情とはいえない。

(2)就労場所及び職種の合意について

ア Yは、本件労働契約締結の際に、就労場所及び職種について、X社のQ2事業所、職種につき介護職とする旨合意したと供述するとともに、同旨の陳述書を提出する一方、X社代表者はそのような合意はしていない旨供述する。
そこで検討すると、本件労働契約の雇用契約書には、就業場所をX社の各事業所とするのみで、主たる事業所の記載はなく、業務内容は空欄であること、X社においては、介護事業所の他、児童デイサービスの事業所を運営するところ、各事業場の担当者が集まってシフトを決定するものであり、人手不足のために人員を融通しあうこともあったこと、Yも、平成28年2月に初めて児童デイサービスのシフトを入れられて以降、少なくとも当初は異議を述べることなく当該シフトに応じて児童デイサービスの業務を行っていたことからすれば、X社代表者の供述は信用でき、Yの供述はこれに反する部分は直ちに信用できない。

イ Yは、インターネット上の介護職の求人サイトから、介護職・ヘルパーの職種を募集していたX社を選び出し、応募したことから、介護職に限定する合意がある旨主張するが、求人サイトを経由したことで直ちに職種について介護職に限定する合意があったと認めることはできず、前記アの認定を左右する事情とはいえない。
また、Yは、平成28年2月以降の児童デイサービスでの就労については、異議を留めながら従っていた旨主張するが、当初から児童デイサービスにおける勤務について異議を留めていたことを窺わせる証拠はなく、Yの主張は採用できない。

以上によれば、本件労働契約において、勤務時間について週3日、1日8時間、週24時間、勤務地について介護事業所、職種につき介護職とする合意があったとは認められない。

(3)シフトの不当な削減による賃金請求権の有無について

前記のとおり、本件労働契約において勤務時間につき週3日、1日8時間、週24時間とする合意があったとは認められず、毎月のシフトによって勤務日や勤務時間が決定していたことからすれば、適法にシフトが決定されている以上、Yは、X社に対し、シフトによって決定された勤務時間以外について、X社の責めに帰すべき事由によって就労できなかったとして賃金を請求することはできない。しかしながら、シフト制で勤務する労働者にとって、シフトの大幅な削減は収入の減少に直結するものであり、労働者の不利益が著しいことからすれば、合理的な理由なくシフトを大幅に削減した場合には、シフトの決定権限の濫用に当たり違法となり得ると解され、不合理に削減されたといえる勤務時間に対応する賃金について、民法536条2項に基づき、賃金を請求し得ると解される。

民法336条2項 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

そこで検討すると、Yの平成29年5月のシフトは13日(勤務時間73.5時間)、同年6月のシフトは15日(勤務時間73.5時間)、7月のシフトは15日(勤務時間73.5時間)であったが、同年8月のシフトは、同年7月20日時点では合計17日であったところ、同月24日時点では5日(勤務時間40時間)に削減された上、同年9月のシフトは同月2日の1日のみ(勤務時間8時間)とされ、同月10日のシフト以降は1日も配属されなくなった。同年8月については変更後を5日(勤務時間40時間)の勤務日数のシフトが組まれており、勤務時間も一定の時間が確保されているが、少なくとも勤務日数を1日(勤務時間8時間)とした同年9月及び一切のシフトから外した同年10月については、同年7月までの勤務日数から大幅に削減したことについて合理的理由がない限り、シフトの決定権限の濫用に当たり得ると解される。
この点、X社は、Yが団体交渉の当初から、児童デイサービス事業所での勤務に応じない意思を明確にしたことから、Yのシフトを組むことができなくなったものであり、Yが就労できなかったことはX社の責めに帰すべき事由によるものではない旨主張する。
しかしながら、第二次団体交渉が始まったのは同年9月29日であるところ、Yが児童デイサービスでの半日勤務に応じない旨表明したのは同年10月30日で、一切の児童デイサービスでの勤務に応じない旨表明したのは平成30年9月29日時点でYが一切の児童デイサービスで勤務に応じないと表明していたことを認めるに足りる証拠はない。
そして、X社はこの他にシフトを大幅に削減した理由を具体的に主張していないことからすれば、勤務日数を1日とした同年9月及びシフトから外した同年10月について、同年7月までの勤務日数から大幅に削減したことについて合理的な理由があるとは認められず、このようなシフトの決定は、使用者のシフトの決定権限を濫用したものとして違法であるというべきである。
※シフトを大幅に削減した理由は、第一次団体交渉をしたことと推測されますが、X社がこれを合理的な理由として主張すれば、不当労働行為を認めることになってしまいます。

一方、Yは、同年10月30日の第2回団体交渉において、児童デイサービスでの半日勤務には応じない旨表明しているところ、このようなYの表明により、原則として半日勤務である放課後児童デイサービス事業所でのシフトに組み入れることが困難になるといえる。そして、前記のとおり、Yの勤務地及び職種を介護事業所及び介護職に限定する合意があると認められないところ、Yの介護事業所における勤務状況から、X社がYについて介護事業所ではなく児童デイサービス事業所での勤務シフトに入れる必要があると判断することが直ちに不合理とまではいえないことからすれば、同年11月以降のシフトから外すことについて、シフトの決定権限の濫用があるとはいえない。
※業務の状況について、何度かX社の副社長や他の職員から注意指導を受けたことがあった。

そうすると、Yの同年9月及び10月の賃金については、シフトの削減がなければ、シフトが削減され始めた同年8月の直近3か月(同年5月分~7月分)の賃金の平均額を得られたであろうと認めるのが相当であり、その平均額は、6万8,917円である。
そして、当該平均額との差額は、同年9月分が6万円1,317円、同年10月分が6万8,917円である。
以上によれば、Yは、X社に対して、同年9月分及び10月分の賃金として、13万円234円及び遅延損害金の支払を求めることができる。

(4)給与振込手数料控除の可否について

労働基準法24条1項但書きは、当該事業場の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、賃金の一部を控除して支払うことができる旨規定するところ、X社、本件労使協定について、P1氏が過半数代表者として適法に選出された旨主張する。
しかしながら、P1氏は、当時、本社に所属して訪問介護を行う従業員であり、X社代表者も、P1氏は本社を事業場とする過半数代表者として選出された旨供述するところ、Yの所属する事業場は、Q2事業所、Q3事業所及び児童デイサービスの事業所のいずれかであり、本社に所属していたことは認められないことに加え、本件証拠上、P1氏の選出手続が具体的に明らかでないことからすれば、P1氏が、Yの所属する事業場の過半数代表者であるとは認められないから、本件労使協定によって、Xの賃金から給与振込手数料を控除することはできず、控除された給与振込手数料分の賃金が未払いである。

3.解説

冒頭で述べたように、新型コロナウイルス感染症の影響で業務量が縮小したため、所定労働日数や所定労働時間が定まっていない日給又は時給の従業員について、休業手当を支払わずにシフトを減らすことが法的に問題ないのか疑義がありましたが、この問題に対して、本件は参考になる裁判例です。

本裁判例では、「翌月の勤務に関する希望を踏まえて、シフトによって勤務日及び勤務日数を決定する方法は、労働者の都合が反映される点で労働者にとっても都合のよい面もあるのであって、シフトによるという合意自体があり得ないものとはいえず」としており、所定労働日数や所定労働時間が定まらない雇用契約を認めています。ただし、本件の雇用契約が真に「シフトによる」ものと認められたのは、勤務日数等が実際に一定ではなく、また勤務日数を一定にすることが業務実態から困難であったことが背景にあり、単に契約書の文言だけで判断されているわけではありません。

そして、「シフトによる」雇用用契約を認めたうえで、「シフト制で勤務する労働者にとって、シフトの大幅な削減は収入の減少に直結するものであり、労働者の不利益が著しいことからすれば、合理的な理由なくシフトを大幅に削減した場合には、シフトの決定権限の濫用に当たり違法となり得る」と、合理的な理由がない大幅なシフト削減については、権利濫用になり無効になるという一定の制約を示しています。

これを業務量の縮小の場合に当てはめれば、勤務日数等を一定とするのが困難な業務実態があり、実際の運営も勤務日数等が一定とされておらず、シフトの削減が業務量の削減に応じた合理的な範囲であれば、賃金支払義務や休業手当の支払義務も無くなるものと考えられます。
ただし、あくまで下級審の判断なので、これが司法機関の統一的な見解というわけではありません。

なお、全く異なる争点ですが、「給与振込手数料控除の可否について」も実務上問題となりそうなので取り上げました。
社会保険料源泉徴収税など法律上認められたもの以外の費用(社宅、組合費や共済会費など)を従業員の賃金から控除する場合は、個別の同意又は労使協定の締結が必要となります(労働基準法24条)。
本件においては、労使協定が締結されてはいましたが、その従業員代表者の選出手続が不明確であり、また他の事業場の従業員であったことから、労使協定の効力が否定され、給与振込手数料控除が賃金不払いであるとされています。
従業員代表は選挙などの民主的な手続で選出される必要があり、適切な手続を踏まずに選出された従業員代表と締結した労使協定は無効となります。朝礼での挙手等で行われ書類による証拠が無かったとしても、従業員を証人として証言させればよいのですから、民主的な方法で選出されなかったものと判断されても仕方ありません。
また、労使協定は原則として事業場毎に締結する必要があるため、本社で給与事務を行っていたとしても、本社で締結しただけでは他の事業場には効力は及びません。全ての事業場で、個別に従業員代表を選出し、賃金控除についての労使協定を締結する必要がありました。