社会保険労務士川口正倫のブログ

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【労働時間】北九州市事件(福岡高判令2.9.17労経速2435号3頁)

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北九州市事件(福岡高判令2.9.17労経速2435号3頁)

バス運転手の待機時間のうち1割は労働時間に当たるとした原判決を取り消し、請求がいずれも棄却された裁判例

1.事件の概要

Y市は、交通局を設置してバス事業を営んでいる。Xらは、交通局の嘱託員として雇用され、定期路線バスの運転業務に従事するものである。
交通局では、1日の勤務番のうち、バスが終点に到着した後、次の出発時間まで待機する場所(転回場所)ごとに、その待機の時間を「調整時間」として設定していた。調整時間のうち、乗務員が遺留品の確認、車内清掃、車両の移動等に要する時間を「転回時間」として定め、転回時間を除いた調整時間を「待機時間」と称していた。
Y市は、調整時間のうち、転回時間については労働基準法32条の労働時間として時給を支払っていた。他方、待機時間についてはその時間に応じて1時間当たり140円を待機加算として支払っていた。
また、Y市は、平成24年2月20日付け「転回場所における労働時間の取扱いについて(通知)」と題する文書(以下「本件通知」という)により、転回場所における労働時間・休憩時間の取扱いについての通知を行っていた。

・調整時間=①転回時間+②待機時間
①転回時間:遺留品の確認、車内清掃、車両の移動等⇒労働時間として時給を支給
②待機時間:⇒労働時間ではないが、1時間当たり140円を待機加算

Xらは、Y市に対し、本件の待機時間は手待時間()であって労基法上の労働時間に当たる主張し、未払時間外割増賃金、付加金等の支払いを求めて提訴した。
手待時間とは、作業等に従事していなくても(することがなく手が待っていても)、使用者の指示があれば、直ちに作業に従事しなければならない、使用者の指揮監督下に置かれている時間をいいます。手持時間は、労働時間となります。

原審である福岡地裁判決は、待機時間が一般に労基法上の労働時間に当たるとは認められないとしつつ、転回時間内に終了できない業務が発生したり、転回場所や始発場所でのバス移動等においてもなお労働時間と考えられる時間が全く存在しないとまでは見受けられないこと等から、待機時間のうち1割を労働基準法上の労働時間に当たると認めるのが相当と判示していた。
これに対して、双方控訴したのが本件である。

(原審の要旨)
Xら乗務員は、調整時間中において、乗客の有無や周囲の道路状況等を踏まえて、適切なタイミングでバスを移動させることができるよう準備を整えておかなければならず、また、バスの移動業務がない転回場所やバスの移動業務を終えた後においては、実作業が特になければ休憩をとることができるものの、バスから離れて自由に行動することまで許されているものではなく、一定の場所的拘束性を受けた上、いつ現れるか分からない乗客に対して適切な対応をすることができるような体制を整えておくことが求められていたものであるから、乗務員らは、待機時間中といえども、労働からの解放が保障された状態にはなく、使用者の指揮監督下に置かれているというべきである。
よって、本件の事実関係の下においては、転回時間であるか待機時間であるかを問わず、調整時間の全てが労基法上の労働時間に該当するというべきである。

2.判決の要旨

ア Xら18名は、本件通知は、乗務員が手持時間の限度で自由であることを明らかにしたものであって、待機時間が労基法上の休憩時間であることを周知したものではないと主張する。

しかしながら、本件通知には、調整時間のうち転回時間を労働時間とし、その余の時間(待機時間)を休憩時間とした上で、休憩時間は各自が自由に使える時間とする旨や、突発的業務等で指示された休憩時間を取得できなかった場合には、休憩時間を労働時間に変更するため所定の用紙に記入して提出する必要がある旨が記載されていることからすれば、本件通知が、Y市において、待機時間を労基法上の労働時間ではなく休憩時間であると取り扱うことを内容とするものであることは明らかである。そして、Y市は、本件通知を点呼場の操車室や乗務員控室に掲示して、その内容を乗務員に対し通知することで、これを周知したものと認めることができる。

イ Xら18名は、Y市が労基法上の休憩時間と待機加算の支給される待機時間(以下「本件待機時間」)とを明確に区別して取り扱ってきたことなどから、交通局の乗務員は、待機時間が労基法上の労働時間ではなく休憩時間として取り扱われていたことを認識しておらず、大半の乗務員は待機時間に労働から解放されているとの認識を有していなかったと主張する。

しかしながら、待機加算は、もともと交通局が当時交通局で唯一の労働組合であったY社交通局労働組合との間で協定書を作成し、労基法上の労働時間として扱っていた調整時間のうち転回時間を除く時間を労基法上の労働時間ではないことを前提として中休手当相当額を支給することとされたことから支給されるようになったものであり、その金額が1時間当たり140円と低額であることに照らすならば、その支払は本件待機時間が休憩時間であることを前提としてされていたものであるというべきである。
そして、Y社は、平成24年2月20日付けの本件通知により、待機時間を労基法上の労働時間ではなく休憩時間であると取り扱うことを乗務員に周知していたものであり、交通局の労働組合も、平成22年、S3及びS6の各転回場所における待機時間について、乗客が乗車している場合は実働時間とするよう要求し、平成25年4月及び平成26年4月にも、待機時間中の乗車等の勤務の申告を徹底させ、実働時間にすることを求めていたことに照らすならば、本件においてXら18名が支払を求めている未払賃金の期間(平成25年6月から平成29年6月まで。本件請求期間)において、交通局の乗務員は、Y市が待機時間を労基法上の労働時間ではなく休憩時間であると取り扱っており、待機時間には労働から解放されているとの認識を有していたものと認めるのが相当である。

ウ Xら18名は、乗務員が、待機時間中、5分以上にわたってバスを離れることはなく、仮に離れていたとしても、それはトイレに行ったためであると主張する。

しかしながら、ドライブレコーダーの記録によれば、複数の乗務員が、休憩施設の有無にかかわらず、転回場所において5分以上バスから離れることがあったことを認めることができ、その全てがトイレに行く目的であったということはできないから、バスから離れることが許容されていたというべきである。ドライブレコーダーの記録の撮影範囲が限られているなどXら18名の主張する事情は、いずれも同記録の信用性を失わせるものではなく、原審証人Q1の証言及び前件訴訟におけるQ2の証言は、いずれも転回場所から5分以上バスから離れることがあることを否定するものではない。他に上記認定を覆すに足りる証拠はない。

エ(ア) Xら18名は、Y市が、①本件通知以降も、乗務員に対して、バスを早めに始点バス停につけて乗客を乗せるように指示し、②バスのドアが開く際に「お待たせしました。」との自動音声を流し、③「お客さんから尋ねられたら答えてあげてください。」とか乗客からの質問への対応の仕方等を指示し、④「経営改善についてのQ&A」と題する文書(以下「本件Q&A]という。)のとおり対応するよう指示しているなどとして、乗務員は、待機時間中に乗客対応や車内の温度調整をすることを労働契約上義務付けられていたと主張する。

しかしながら、上記①の指示をもって、乗務員が待機時間中に乗客対応を行うことを義務付けられていたということができないことは、補正して引用した原判決が説示するとおりである。
上記②の自動音声についても、乗務員は、トイレ以外の理由でも、バス車内に乗客を乗せた状態でバスを離れているところ、Y市が、本件通知により、待機時間を休憩時間であると取り扱うことを乗務員に通知し、乗客からの問い合わせに対してもその旨を説明していたことに照らすならば、乗務員がバス車内に乗客を乗せた状態でバスを離れることはY市に許容されていたということができる。

上記③及び④も、労基法上の労働時間として定められた時間中に乗務員が乗客から尋ねられた場合についてのものと解するのが相当であって、乗務員が待機時間をバスの社外で過ごすことを否定するものではない。

これらの事情を総合すると、上記①ないし④の事情をもって、乗務員が待機時間中に乗客対応等の業務をすることを労働契約上義務付けられていたということはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(中略)

(ウ)Xら18名は、乗務員は、車両に異常があれば、待機時間中であっても、点検、修理等のためにバスを移動させたりするよう指示されていたと主張する。

しかしながら、車両に異常が生じた場合の対応は、日常の業務ではなく、そのような業務を行った場合には遅れ時分等報告書によってこれを労基法上の労働時間として申告すべきものであるから、上記対応をするよう指示されていることをもって、乗務員が、待機時間中に突発的なバスの移動に臨機応変に対応することができるよう備えておくことを労働契約上義務付けられていたと評価することはできない。
したがって、乗務員が、待機時間中に突発的なバスの移動に臨機応変に対応することができるよう備えておくことを労働契約上義務付けられていたということはできない。

以上のとおりであるから、本件請求期間中、本件待機時間について、乗務員が労働契約上の役務の提供を義務付けられており、Y市の指揮命令下に置かれていたと認めることはできない。

3.解説

(1)労働時間とは
労基法は、「休憩時間を除き・・労働させてはならない。」(第32条)としており、規制の対象となるのは休憩時間を除く、実際に労働させる時間(実労働時間)です。休憩時間と実労働時間を合わせた時間を拘束時間と呼ぶことがありますが、拘束時間労基法によっては特に規制されていません。
実労働時間には、実際に作業に従事している時間だけではなく、作業と作業との間の待機時間である手待時間も含まれます。労基法は手持時間が特に多い労働を断続的労働として特別扱いしていることが、その表れと考えられます。

(労働時間)
第三十二条 使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。
2.使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。

(労働時間等に関する規定の適用除外)
第四十一条 この章、第六章及び第六章の二で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。
三 監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けたもの


この手持時間と休憩時間は、次のように区別されます。

手持時間
使用者の指示があれば直ちに作業に従事しなければならず、その作業上の指揮命令下に置かれている時間。

休憩時間
使用者の作業上の指揮命令から離脱し、労働から解放され、労働者が自由に利用できる時間。

以上を踏まえて、通説・行政解釈は、労働時間を「労働者が使用者の指揮命令のもとにある時間」と解しており、厚生労働省のパンフレットによると、

① 使用者の明示的・黙示的な指示により労働者が業務を行う時間は労働時間に当たる。
② 労働時間に該当するか否かは、労働契約や就業規則などの定めによって決められるものではなく、客観的に見て、労働者の行為が使用者から義務づけられたものといえるか否か等によって判断される。

とされています。
f:id:sr-memorandum:20210310200051p:plain:w400
判例も同様に、「労働基準法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいう」(最一小判平12.3.9民集54巻3号801頁 三菱重工業(会社側上告)事件)とし、工場作業員の始業前・終業前の更衣・移動時間や始業準備行為の時間、ビル管理人の深夜仮眠時間、マンション管理人の居室での不活動時間について、当該更衣・移動や準備を使用者から義務付けられ、または余儀なくされたか、仮眠室での待機や警報や電話への対応を義務付けられていたか、断続的な業務への従事を指示されたか、などによって、使用者の指揮命令下に置かれていると評価できるかどうかを判断しています。
つまり、問題の時間において、労働者が業務に従事しているといえるか、業務従事のための待機中といえるか、それら業務従事またはその待機が使用者の義務付けや指示によるのか、などを考慮して労働性を判断しています。

本件の待機事件について、原審は「いつ現れるか分からない乗客に対して適切な対応をすることができるような体制を整えておくことが求められていたものであるから、乗務員らは、待機時間中といえども、労働からの解放が保障された状態にはなく、使用者の指揮監督下に置かれているというべきである。」としており、業務従事のための待機であって、それが使用者の指示であったと評価し、1割は労働時間に当たる判断したと考えられます。

これに対して、本件では、
ドライブレコーダーの記録などにより、乗務員はトイレ以外の理由でも、バス車内に乗客を乗せた状態でバスを離れている事実がある。
②Y市が、本件通知により、待機時間を休憩時間であると取り扱うことを乗務員に通知し、乗客からの問い合わせに対してもその旨を説明していた。
ことを主な理由として、バス車内に乗客を乗せた状態で、乗務員がバスを離れることをY市に許容されていたと評価され、乗客に対して適切な対応が求められるのは、「労基法上の労働時間として定められた時間中に乗務員が乗客から尋ねられた場合についてのものと解するのが相当」としました。