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【就業規則の不利益変更】野村不動産アーバンネット事件(東京地判令2.2.27労経速2427号31頁)

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野村不動産アーバンネット事件(東京地判令2.2.27労経速2427号31頁)

1.事件の概要

Xは、平成13年10月から、不動産の売買の仲介等を行うY社との間で期間の定めのない雇用契約を締結した。平成29年3月当時、「営業職A」の職種であったXは、基本給(25万7000円)、営業手当(固定残業手当)(7万円)及び営業成績給(手数料収入の5%に相当する額)が毎月支給されるとともに、賞与として年2回、営業成績給(半期の手数料収入の5%に相当する額)及び査定賞与が支給されていた。
Y社は、平成29年4月、就業規則を変更し、新たな人事制度を導入した。これに伴い、従前の職種区分と資格等級は廃止され、総合職、業務職、アクティブ職の3区分に再構築された社員区分ごとに統一的な役割等級が設定された。また、人事評定は従前の能力評定から行動評定及び業績評定に変更され、行動評定の結果が役割給の昇降給及び役割等級の昇降給等に、業績評定の結果が賞与に反映されることとなった。
旧人事制度においては、月例賃金として基本給と、営業職Aに対する営業成績給を含む各種手当、並びに賞与が支払われていた。これに対して新人事制度においては、月例賃金として役割給(行動評定に基づいて決定)及び各種手当並びに賞与(役割給の1.5か月分相当の金額に、業績査定その他の評定に基づく査定金額が加算)を支払うこととされ、営業成績給は廃止された。
Xは、営業成績給を廃止する点において、本件就業規則の変更は労働条件の不利益変更に当たり、かつ、当該変更が合理的なものとはいえないから、本件労働契約の内容とはならないなどと主張して、Y社に対し、本件労働契約に基づき、変更前の従来の給与体系に従って算出した平成29年6月支給分から同30年6月支給分までの営業成績給の合計172万円3994円等の支払を求めて提訴したのが本件である。

2.双方の主張

※ここでは主な争点である、就業規則の変更の有効性についてのみ取り上げる。

(Y社の主張)
平成29年4月の人事制度改定後のXの総年収は、平成29年度が799万4000円であり、平成30年度が619万1000円であったところ、平成29年度の総年収に平成28年度後半の営業成績給が含まれていることを勘案しても、これらの総年収額は、Xの過去の手数料実績に基づき試算した想定年収額である583万円(平成13年度から平成28年度までの半期手数料の平均額953万円2000円から算出される想定の単年度営業成績給である190万円6000円に、平成29年3月度の月例賃金の基本給25万7000円及び固定残業手当7万円に12か月を乗じた想定の単年度月例部分の年収である392万4000円を加えた額)上回っており、Xには人事制度改定による不利益が生じていない。
したがって、本件就業規則の変更(営業成績給の廃止)は、Xとの関係において、そもそも不利益変更に当たらないが、仮に不利益変更に当たるとしても、以下の各事情によれば、合理的なものであるということができるから、本件就業規則の変更による労働条件の変更が本件労働契約となること(労働契約法10条)に変わりはない。

① 営業成績給廃止の必要性があったこと
(1)旧人事制度においては、アーバンネット社員のうち、営業職Aの職務にある従業員については、営業成績給が支給されていたところ、公益財団法人不動産流通近代化センターが作成した平成24年付け「これからの不動産業を考える研究会報告書」(以下「本件報告書」という。)においては、従業員の定着率が良くない原因として、売上げに応じて給与を支給する歩合給システムが従業員の生活設計を不安定にすることがある旨の指摘がされ、また、成功報酬型又は実績主義の傾向が強いインセンティブについては、コンプライアンスに抵触する事案が発生しやすい旨の指摘がされていた。実際、Y社においても、営業職Aの職務にある従業員が営業成績給の算出の基礎となる手数料収入を得るために媒介契約書を偽造するといった懲戒対象事案を起こしていた。

(2)Y社では、従前、営業職A及び営業職の職務にある従業員について、事業外みなし労働時間制を適用していたが、平成26年4月以降、同制度を廃止し、営業職A及び営業職の職務にある従業員についても、労働時間を管理して時間外手当を支給することとした。
これにより、営業職Aの職務にある従業員については、事業外みなし労働時間制の適用下では評価されなかった労働時間が時間外手当の対象として評価されることになり、時間外手当と営業成績給の両方を得ることができるようになった。この結果、営業職Aと同じ業務をしているが、労働時間に連動する本給のみが支給され、営業成績給が支給されない給与体系である営業職の職務にある従業員と営業職Aの職務にある従業員との間の不平等が広がることになった。
他方で、Y社においては、営業職Aの職務にある従業員が、営業成績給に連動する手数料収入を得る目的で、組織ではなく個人として営業活動をする傾向があり、また、従業員としての定着率も悪いことから、組織としての営業力を強化するため、平成20年2月以降、営業成績給が支給される営業職Aの職務に就く従業員の採用を停止していた。これにより、Y社においては、平成26年3月末時点の従業員1120名のうち、営業職の職務にある従業員は475名、営業職Aの職務にある従業員は85名になっていた。

(3)これらの事情を踏まえ、Y社は、平成26年3月に、3年間の移行期間を設け、平成29年3月時点をもって営業職Aの職務区分を廃止して営業職に統合すること(営業成績給の廃止)を決定し、その旨を従業員に通知した。
Y社は、上記の移行期間中、営業職Aの職務にあった従業員について、基幹職への登用を積極的に進める等を行い、平成29年3月末時点において、営業職Aの職務にあった従業員のうち、退職もせず、基幹職にも登用されず、職務区分の変更にも同意しなかった者は、Xを含めて4名となった。


② 営業成績給廃止後の給与体系に相当性があること

(1)Y社は、営業成績給廃止後、月例賃金を、役割等級や行動評定によって決定される役割給及びその他各種手当とし、賞与を、役割給の1.5か月分に相当する金額に、業績査定に基づいて査定された金額等を加算した額とした。これにより、全従業員について一律に、年間を通して少なくとも役割給の15か月分が支給されることになった。
なお、Y社は、営業職Aの職務にあった従業員に対し、平成29年3月末までの契約に係る手数料収入については、同年4月以降も、営業成績給として支給することとした。

(2)また、本件人事制度における給与体系は、月例賃金を役割等級と行動評定に基づき決定される役割給とし、賞与を業績評定等に基づき決定するものであるところ、このうち、行動評定については、従業員の役割等級ごとに行動評定項目の内容が定義付けられ、当該従業員が担う役割に見合わない行動や姿勢が求められることがないようになっている。また、業績評定についても、期初に一次評定者と従業員との間で協議して目標項目を設定し、過大な目標が設定されることがないようになっており、客観的な指標に基づいて評価されるものである。(中略)
なお、行動評定及び業績評定のいずれについても、一次評定者又は二次評定者が実施するフィードバック面談において、その評価結果が還元されることとなっており、このことも、人事評価の客観性の担保に資するものである。
この点に関して、Xは、平成29年4月以降の人事制度改定においてXがメインプレーヤーの等級(大卒換算3年目以上年次要件がある役職のない社員)の等級にとどまったことを問題視する。しかし、Xは、平成28年度までの能力評定や手数料実績から、旧人事制度において役なしであったため、平成29年4月以降、総合職社員のうちメインプレーヤーの等級にとどまったにすぎず、本件人事制度における人事評価の客観性とは関係がない。


③ 営業成績給廃止に伴い労働者の受ける不利益の程度が小さいこと

旧人事制度において営業職Aの職務にあった従業員にとっては、営業成績給廃止に伴い、年間を通じて役割給の15か月分の収入が確保できるという利益がある。
また、平成29年3月末時点で営業職Aの職務にあった従業員42名について、平成23年度から平成30年度までの手数料実績と支給された給与総額の合計を比較すると、平成29年度まで1対0.26から1対0.33までの範囲において推移していた一方で、平成30年度においても1対0.30であり、営業成績給廃止によって営業職Aの職務にあった従業員の人件費が極端に減額されるものではない。
さらに、Y社が従業員に対して支払う給与総額を見ても、旧人事制度の下で平成28年4月時点において「社員」と呼称される層に位置付けられていた従業員(平成29年4月以降は本件人事制度の下で「総合職社員」と呼称される層に位置付けられる。)1224名について、平成28年度の人件費と平成29年度の人件費を比較すると、平成29年4月の人事制度改定前後において、総額人件費が104.8%、総額賞与が115.2%、総額給与が100.3%となり、それぞれ上昇している。つまり、平成28年度の人件費と平成29年度の人件費を比較すると、平成29年4月の人事制度改定は、営業成績給廃止によって、「総合職社員」と呼称される層(総合職のうちの社員層)に位置付けられる従業員について、役割給や固定的な賞与を保証しつつ、業績成果に応じてメリハリをつけた査定賞与を支給したということであり、「総合職社員」と呼称される層に位置付けられる従業員の賃金総原資を減少させるものではなく、むしろ、営業成績給廃止の原資を固定的な賞与及び査定賞与の原資に振り分けたものであることは明らかである。


④ 事前に十分な説明の機会を付与したこと

Y社は、営業成績給廃止の移行期間中、平成26年4月、平成27年2月及び平成28年2月の3度にわたり、営業職Aから営業職に職務区分を変更した場合における処遇等について、従業員に対する全体説明又は個別説明の機会を設けるとともに、営業職Aの職務にあった従業員について、その求めに応じて、人事部を通じて営業成績給廃止以降の給与水準を個別に説明した。
さらに、Y社は、平成29年2月及び同年3月には、Xを含めた全従業員に対し、同年4月以降の人事制度改定の内容について、資料を示して説明するとともに、処遇を含めた個別的な質問を人事部で受けることとし、Xに対しても個別に説明を実施した。
これに対し、Xは、同月以降の人事制度改定によりXの給与が具体的にいくらになるかについてY社から説明を受けていないと主張する。しかし、営業成績給は、各年度の月次による手数料実績に依拠するものであり、将来的に保証されるものでもないから、同月以降の人事制度改定に当たり、平成28年度上期及び下期における手数料実績に基づき算出された想定の営業成績給の額を示さなければ具体的な不利益を説明したことにならないものではない。(そもそも、Xは、上記のとおり、平成26年3月の時点で、平成29年3月末に営業成績給が廃止されることを認識する機会が与えられていたにもかかわらず、Y社が平成26年4月、平成27年2月、平成28年2月及び平成29年2月に実施した上記の各説明会に参加しなかった。)


⑤ 従業員等の交渉を含む就業規則変更の手続を経たこと

Y社は、上記のとおり、営業職Aの職務にあった従業員に対し、十分な説明を行うとともに、本件人事制度における給与体系によりその給与が下がる可能性があるZ2氏(以下「Z2氏」という。)を従業員代表として選出する手当を経て、平成29年3月30日にZ2氏から異議がない旨の意見を得た上で、同月31日、新宿労働基準監督署に変更後の就業規則類を届け出た。
また、Y社は、営業職Aの職務にあった従業員から順次職務区分変更についての同意を得ており、現時点において、本件就業規則の変更について、X以外に反対の意見を述べている者はいない。


(Xの主張)
本件就業規則の変更は、旧人事制度においてXに支給されていた営業成績給を廃止するものであり、Xとの関係において、不利益変更に当たる。
そして、以下の各事情によれば、本件就業規則の変更は、これによる不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容であるとはいえないから、本件就業規則の変更による労働条件の変更は、本件労働契約の内容とはならない。

① 営業成績給廃止の必要性がないこと

Y社が指摘する従業員の定着率の問題は、本件報告書においても、「原因の一つ」として「そのような指摘もある」とされているに過ぎない。コンプライアンスに抵触する事案が生じやすいとの点についても、本件報告書は、仲介業務の一般的な特徴であると指摘しているにとどまり、営業成績給によるとコンプライアンスに抵触する事案が生じやすいと述べるものではない。給与等のインセンティブについて実績主義の傾向が強い旨の指摘は、営業成績給のみならず、役割給であっても業績評定がある以上、同様である。
Y社が挙げる従業員の不祥事についても、本件報告書によれば、様々な理由が背景にあるとされているし、賃金制度の問題ではなく、当該従業員の個人の属性の問題であることが明らかである。
また、営業職の職務にある従業員と営業職Aの職務にある従業員との間の不平等については、そもそも、営業職Aの職務にある従業員に事業外みなし労働時間制を適用することが不適切であったため、適法な給与体系に変更した結果に過ぎず、Xとの関係で、本件就業規則の変更が合理的なものといえる事情には当たらない。
さらに、営業職Aの職務にある従業員が、組織ではなく個人として営業活動をする傾向がある等の主張は、何らの根拠もないものである。


② 営業成績給廃止後の給与体系に相当がないこと

役割給の評価方法について、客観的に合理的な基準は全く開示されておらず、労働者が評価に不服がある場合の不服申立手続も存在せず、役割給の評価の正当性を制度的に担保するものは全くない。
現に、Xは、平成29年4月以降、メインプレーヤーの等級にあるが、本件人事制度において、メインプレーヤーは大学卒業換算3年目以上から任命されているところ、Xは、同月1日時点で51歳であり、不動産業務に携わって20年以上が経過し、Z1に入社以来(Z1からY社への事業譲渡に伴い、XはY社に転籍している)既に16年が経過していること、営業成績は平成28年6月に手数料部門(ブロック別)で2位であり、同年上半期の成績優秀賞を受賞し、同年11月に手数料部門(部門別)で1位であり、同年下半期の成績優秀賞を受賞していること等に鑑みれば、明らかに不当な評価である。


③ 労働者が受ける不利益の程度が大きいこと

Y社は、営業成績給廃止に伴い、年間を通じて役割給の15か月分の収入が確保できる点において利益があると主張するが、上記のとおり、役割給の評価方法について客観的に合理的な基準は示されておらず、現にXに対して不当な評価が行われているため、何ら利益とはならない。
また、手数料実績と給与等の合計を比較することに意味はなく、むしろ、営業職Aの職務にあった従業員一人当たりの手数料実績が大幅に減少している事実は、営業成績給を廃止したために営業成績が伸びなくなったことを示すものといえる。
さらに、従業員一人当たりの給与等合計額は、近年の実績に比して大幅に減額されており、本件就業規則の変更による不利益の程度は大きい。
なお、Y社は、営業成績給廃止の経過措置として、平成29年3月末までの仲介契約に係る手数料収入について、同年4月以降も営業成績給として支給することにした旨を主張する。しかしながら、平成29年4月以降も営業成績給が支給されるのは、実務上、仲介契約後直ちに手数料が入金されるわけではないため、平成29年3月末までの契約の手数料収入を確認できるのが同年4月以降にならざるを得ないからに過ぎず、経過措置といえるものではない。Y社は、他に、営業成績給廃止の影響を緩和する調整措置を全く設けていない。


④ 事前に十分な説明の機会が付与されていないこと

Y社は、本件人事制度におけるXの具体的な給与の額について、それまでの実績を踏まえた想定を含め、Xに対して一切説明しておらず、Xは、本件人事制度における自身の給与額を、平成29年4月に実際に給与が支給されるまで全く知り得なかった(Y社は、平成30年7月6日付け回答書において初めて、Xに対し、本件就業規則の変更前の給与体系に基づく想定給与額の説明をした。)
このように、Xは、本件就業規則の変更により具体的にどの程度の不利益を被るかについて、Y社から事前に一切説明を受けていない。本件就業規則の変更による不利益について具体的な説明がされていないことは、他の営業職Aの職務にあった従業員についても同様であり、他の営業職Aの職務にあった従業員から職務区分の変更に関する同意書が提出されたとしても、真意に基づく同意であると認めることはできない。


⑤ 過半数代表者の意見聴取手続が相当でないこと

本件就業規則の変更におけるもっとも重要な変更点は営業成績給の廃止であるところ、Z2氏は、営業成績給の廃止の対象となる者ではないから、従業員の過半数代表者としては不適格である。
また、その選任手続も、信任しない場合には人事部に投票用紙を提出するというものであり、信任の意思がない場合であっても、あえて不信任の手続をとらなかった従業員が多数いることは想像に難くない。上記選任手続は、労働基準法施行規則第6条の2第1項2号に反するものである。しかも、不信任投票の期限から意見表明まで中2日しかなく、意見集約を含む意見の検討に十分な時間が確保されていたとはいえず、労働基準法90条1項の趣旨に反する。
したがって、本件就業規則の変更について、従業員の過半数代表者の意見聴取手続が的確に行われたとはいえない。

3.判決の要旨

(1) 本件就業規則の変更がXとの関係において不利益変更に当たるか否かについて
Y社において本件就業規則の変更(本件人事制度の導入)により営業成績給を廃止した理由の一つには、旧人事制度において営業職Aにあった従業員に営業成績給が支給されていることについて、他の従業員との間で不平等である旨が指摘されていたことであり、営業職Aの職務にあった従業員には、少なくとも月例賃金で支給されていた営業成績給が支給されなくなるのであるから、本件就業規則の変更により不利益が生じる可能性があるということができる。
現に、旧人事制度において営業職Aの職務にあったXについても、本件人事制度において平成29年4月分から平成30年3月分までに支給された賃金が減少していることが認められる。特に、平成29年3月までに成立した契約に基づき同年4月以降に入金された手数料に関する営業成績給の支給が終わり、営業成績給が完全に支給されなくなった平成30年1月分から同年6月分までの賃金を比較すると、本件人事制度の導入により、支給される賃金が1割以上減少したことが認められる。
※不利益であるかどうかは、客観的に判断することが難しく、その立証は意外と困難です(例えば、所定労働時間を短くし、その分の賃金を減額するという変更は、一見不利益変更のようですが、お金よりも時間が欲しい人にとっては不利益変更にはなりません)。合理性の審査に入る前に「不利益」な変更でないとして、変更が認められることは適当ではないため、「不利益性」は、原告である労働者が変更された就業規則とは異なる法的根拠(旧就業規則等)に基づく請求をしていること、その抗弁として使用者が自らに有利(労働者にとっては不利益)と思われる就業規則の変更を主張していることをもって足りると解されています。不利益性を広く認めて、実質的な不利益の有無や程度は変更の合理性の中で具体的に考慮されます。いち従業員に過ぎないXの立場からすれば、自らが有利であった不平等を解消するということは、受忍すべき不利益であるかはさておき、それだけで不利益な変更であると言えるのです。


(2) 本件就業規則の変更が合理的なものであるということができるか否か等について
上記(1)のとおり、本件就業規則の変更は、Xとの関係において不利益変更に当たるところ、このような場合には、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであり、かつ、変更後の就業規則が労働者に周知されているときに限り、変更後の就業規則によって労働契約の内容である労働条件が定まることになるものである(労働契約法第10条)。
以下、これらの点について検討する。

① 労働者の受ける不利益の程度について

本件就業規則の変更により、Xには、上記(1)のとおり不利益が生じており、特に、営業成績給が完全に支給されなくなった平成30年1月分から同年6月分までの賃金を比較すると、本件人事制度において支給された賃金は、旧人事制度において支給された賃金よりも1割以上減少していることが認められ、この点のみをみれば、Xが受けた不利益の程度は小さくないものである。
もっとも、本件人事制度の導入は、従業員に対する賃金の総原資を減少させるものではなく、賃金額決定の仕組みや配分方法を変更するものであり、旧人事制度において営業職Aの職務にあった従業員の給与体系についてみれば、手数料収入に連動した出来高払ではなく、当該従業員が担う役割に応じて給与支給額が増え、当該役割に応じた給与を安定的に支給することとしたものである。したがって、Xについても、本件人事制度において、高い役割を果たすようになれば給与支給額が増額する。一方で、今後どの程度の手数料収入を得られるかは不明であるというほかないから、上記のとおりの本件人事制度の導入直後の不利益は、将来にわたって固定されるものではなく、今後の昇進等により減少ないし消滅し得るものであるということができる。
※将来的に不利益が減少・消滅されるなら、何でも良いというわけではありません。本件人事制度の導入の目的の一つは、従業員の定着率を向上させることにあり、将来的に不利益が消滅するということは、まさに従業員の定着率向上につながることであるため、不利益が小さくないものとしながらも、その点をそれ程重視していないのです。


② 労働条件変更の必要性について

Y社は、平成24年頃から事業規模が拡大し、営業拠点を約50店舗から100店舗に増やし、営業に携わる従業員を約500名から1000名に倍増するという経営方針を立ち上げ、そのために新卒の従業員を中心に採用を行うとともに既存の従業員を定着させるという人事計画を立てたものであり、上記経営方針自体は、合理的なものである。
そして、当時、Y社の従業員であるアーバンネット社員には従前の雇用経緯によって複数の異なる給与体系が適用され、同じ営業職であっても、営業職Aの職務にあった従業員と営業職の職務にあった従業員との間には給与体系の違いによる給与支給額の差が生じており、このことによる不満も生じていたところ、上記の経営方針及び同方針に基づく人事計画の実現によって、管理すべき営業拠点や営業に従事する従業員の大幅な増加が見込まれたことからすると、人事労務管理の観点からも統一的な人事制度を導入する必要性があったということができる。
また、上記①のとおり、本件人事制度の導入は、従業員に対する賃金の総原資を減少させるものではなく、賃金額決定の仕組みや配分方法を変更するものであるから、本件就業規則の変更は、人件費の削減を企図した就業規則の変更とは異なるものである。給与体系を含む人事制度の設計は、人材育成等の雇用施策等と深く関わるものであり、使用者側の経営判断に委ねられる部分が大きいところ、一般的に不動産仲介業ではインセンティブにおいて実績主義の傾向が強いこと等からコンプライアンスに抵触する事案が生じやすい旨や、従業員の満足度の向上を図る上でも固定給を採用することによって継続的な新卒者の採用が可能となり、実績を上げている例がある旨の指摘があることからすれば、Y社が従業員の定着率を上げるために営業成績給を廃止し、それを月例賃金や賞与等の原資とし、支給額が安定的な給与制度を導入する必要があったことは否定し難く、統一的な人事制度の導入に当たって、実績主義の傾向が強い営業成績給を廃止する旨を決定したことについても、Y社の経営判断として一定の合理性があるということができる。
これらの事情によれば、本件就業規則の変更による労働条件変更の必要性を認めることができる。
※実際に従業員に対する賃金の総原資を減少させるものでなかったことが、人件費の削減を企図した就業規則の変更とは異なるとされた大きな理由だと思います。もし、同じ目的であったとしても、現実に従業員に対する賃金の総原資が減少していたならば、真の目的は人件費削減であったとされる可能性が高いのです。なお、人件費削減についての必要性が認められるのであれば、そのような変更が合理的とされることもあります。ただし、かなり強い必要性が求められます。


③ 変更後の就業規則の内容の相当性について

(1)上記①のとおり、本件人事制度の導入は、従業員に対する賃金の総原資を減少させるものではなく、賃金額決定の仕組みや配分方法を変更するものであるところ、本件人事制度の下で個々の従業員に対して支給される賃金は、従前の月例賃金の基本給に対する役割給を基本とする毎月の賃金と、役割給の1.5か月分に相当する額及び業績評定に基づく査定金額を基本とする賞与によって構成され、従業員に対しては、毎年、少なくとも役割給の15か月分の賃金は確実に支給されるという点において安定的であり、従業員の定着率を上げるというY社の人事計画とも合致するものである。
なお、本件人事制度の導入は、旧人事制度において営業職Aの職務にあった従業員に一定の不利益を生じさせる可能性があったものの、Y社は、平成20年2月1日入社の従業員を最後に営業職Aの新規採用を停止し、本件人事制度を開始する約3年前である平成26年3月には、平成29年3月末をもって営業職Aの職種区分を廃止し、営業職に統合することを決定し、本件人事制度が開始されるまでの3年間に、上記決定に基づいて営業職Aの職務にあった者に対して説明会の機会を設け、職務区分を変更する個別の同意を得て職務区分を営業職に変更したり、基幹職に昇格させたりするといった処遇を積極的に行っており、Y社は、営業職Aの職務にあった従業員に対して相応の配慮を行い、その理解を得ることに努めていたということができる。

(2)また、本件人事制度においては、当該従業員に対する行動評定や業績評定に基づいて役割や賞与額が決定されるところ、その評価の内容は、役割に基づいた項目の達成度、業績の難易度及び達成度等によって、従業員本人及び社内の研修を受けた評定者2名が行う評定に基づくものであり、従業員本人に対して「振り返り面談」が行われるなど、評定制度の恣意的な運用を避ける制度的な担保があるものということができる。Xについて見ても、旧人事制度下と概ね同水準の評価がされており、本件人事制度の下でXに対して不公正な評価がされているとはいい難い。また、過程についても、不適切な目標設定がされた等の事情を認め難く、Xも不満を述べていないのであるから、評価制度の恣意的な運用がされていることを認めるに足りない。
なお、平成29年4月に本件人事制度が導入された際、Xは、メインプレーヤーとして位置付けられたが、これは、旧人事制度において「社員」であった者は本件人事制度においてメインプレーヤー又はプレーヤーの役割等級フレームに位置付けられることになったというY社の人事方針に基づくものであり、恣意的な運用がされたということはできない。むしろ、Xは、平成30年4月から主任に、平成31年4月から上級主任に、それぞれ昇進しており、Y社が本件人事制度の下で役割の設定に関してXを不当に評価していたなどと認めることはできない。

(3)これらの事情によれば、本件就業規則の変更について、その内容も相当なものであるということができる。


④ 労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情について

(1)従業員に対する説明について
Y社は、本件就業規則の変更に当たり、複数回にわたり説明会を開催し、人事制度改定の目的、社員区分の再構築、新しい評価制度の概要、月例賃金の基本給相当の役割給が支給されること等を説明するとともに、個別の照会窓口を設け、従業員からの個別の照会に対しても担当者が対応するなどした上で、本件人事制度の導入前に、変更後の就業規則及び諸規程を新旧対比表を付した上で閲覧できる状態にしたのであるから、従業員に対する説明、本件就業規則の変更に係る周知手続としても相当であったということができる。
これに対し、Xは、本件就業規則の変更により具体的にどの程度の不利益を被るか、すなわち、本件人事制度の下でXが具体的にいなかる額の賃金を得ることができるのかについて、Y社から事前に十分な説明を受けていなかった旨を主張する。
しかし、XはY社から説明を受け、本件人事制度下において、月例賃金について、従前の基本給と同水準の役割給及び営業手当が支給され、賞与について、少なくとも月例賃金(役割給)の1.5か月分に相当する額が支給され、いずれについても営業成績給が支給されないことを理解し又は理解し得たものと認められる。そして、Xは、本件人事制度の説明を受け、営業成績給が廃止されることから、おそらく自らの収入が減少するであろうと考えていたものである。他方で、賞与のうち、業績評定に基づく査定金額については、上司との一対一の面談によって設定された具体的な目標ごとにウエイト、難易度及び達成度を乗じた数値を総合した係数を基に、業績評定会議の場で業績評定ランクが定められ、賞与額に反映されるものである。そして、上記の具体的な目標には、獲得手数料額のみならず、契約数やルート開拓巣等の実績も含まれるのであるから、本件人事制度の運用が始まる前に、例えば、Xが前年度に獲得した手数料収入を前提として業績評価を仮定し、業績ランクを試算した上で、仮定の査定金額を具体的に説明することは困難であるといわざるを得ない。
これらの事情によれば、Y社は、本件人事制度の導入に先立ち、Xに対し、少なくとも必要とされる最低限の説明を行っていたというべきであり、当時、それ以上の具体的な説明を求めることもなかったXに対し、過去の営業実績に基づいて試算される本件人事制度の下での想定年収等を説明していなかったとしても、Y社において、本件就業規則の変更に際して必要とされる説明を怠ったということはできない。
※「 多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない。」という、ユリウス・カエサルの名言がありますが、新人事制度によって自分の収入が減少するかも知れないと考えたXは、まさに、これ以上は内容を知りたくないという心境だったのかもしれません。従業員は嫌がるでしょうけど、そういうこともあるため、不利益な情報ほど、丁寧に何度も説明することが必要なのです。

(2)従業員の過半数を代表する者からの意見聴取について

Y社は、従業員に対し、複数回にわたり説明会を開催して本件就業規則の変更の内容を説明し、変更後の就業規則及び諸規程を新旧対照表を付した上で閲覧できる状態にするなどして、本件就業規則の変更の内容を周知するとともに、従業員代表の候補者であるZ2氏を信任しない場合には所定の投票用紙を人事部に提出するように通知したが、X以外にZ2氏を信任しない旨の投票をした従業員がいたとも認められないのであるから、その選任方法について不適切な点があったということはできず、Z2氏は、Y社の過半数従業員代表として、本件就業規則の変更に異議がない旨の意見を述べたことが認められる。
したがって、本件就業規則に係る従業員代表者からの意見聴取手続が、労働基準法90条1項、労働基準法施行規則第6条の2第1項2号に違反するとは認められない。


上記①~④までにおいて検討したところ総合すると、本件就業規則の変更について、労働条件変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性が認められ、Y社は、従業員に対して必要とされる最低限の説明は行っており、従業員の過半数代表者から異議がない旨の意見を聴取していることが認められ、労働者の受ける不利益の程度を考慮してもなお、本件就業規則の変更は合理的なものであるということができる。
そして、変更後の就業規則及び給与規程は、従業員が容易に閲覧可能な状態に置かれ、周知されていたと認めることができるから、本件就業規則の変更による労働条件の変更は、有効である。