社会保険労務士川口正倫のブログ

横浜市の社会保険労務士事務所に勤務する社会保険労務士のブログ

【定年後再雇用】アルパイン事件(東京地判令元.5.21・ 労経速2398号23頁)

【定年後再雇用】アルパイン事件(東京地判令元.5.21・ 労経速2398号23頁)

1.事件の概要

Xは、平成16年10月、音響機械器具の製造販売等を目的とするY社に雇用され、サウンドシステム設計部(後にサウンド設計部と改称。以下、時期による呼称の変更にかかわらず「サウンド設計部」という。)に配属されて稼働していた。
平成29年5月24日、Xは満60歳に達し、Y社は、平成29年7月10日、Xに対し、次のとおり、定年再雇用の条件を提示した。

(ア) 契約会社 C社(Y社の100%子会社)
(イ) 勤務先会社 Y社
(ウ) 勤務部署 人事総務部
(エ) 職務内容 労政チーム内業務(①時間外申請〔協定書、定時退社除外申請、休日勤務等〕関連受付、②月次時間外集計資料作成)、人事総務部内業務(①会社印章管理・押捺対応、②その他部内業務)
(オ) 勤務形態 常勤
(カ) 契約期間 平成29年9月16日から平成30年9月15日まで
(キ) 年間総労働日数 243日
(ク) 始終業時間 8時20分から17時まで
(ケ) 給与 基本給22万円(月額)

これを受けて、Xは、Y社に対し、平成29年7月21日、定年再雇用の条件につき、勤務部署としてサウンド設計部を希望するとの旨伝え、続いて、同年8月18日、契約期間・年間総労働日数・始終業時間・給与は了承するが、勤務部署をサウンド設計部とし、職務内容も従前と同内容で定年再雇用してもらいたいとの旨通知して、上記の条件を拒否し、さらに、同年9月5日頃、改めて、上記条件を拒否する旨通知した。
その後、Xは、平成29年9月15日をもって定年となり、Y社から所定の退職金の支払を受けた。
その後Xが、Y社に対し、XとY社との間では、定年前の雇用契約の終了後においても再雇用されたのと同じ職務を内容とする雇用関係が存続しており、仮にそうでないとしても、Y社がXに対して定年後の再雇用の条件としてXの希望する従前と同じ職務内容と異なる職務内容を提示した行為等は違法であると主張して、①雇用契約に基づき、勤務部署をサウンド設計部、職務内容を音響機器の設計及び開発とする労働条件での雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認(請求1)、主位的には雇用契約に基づき、予備的には不法行為に基づき、②平成29年9月16日から同年10月15日までの賃金又は賃金相当損害金等の支払(請求2)、③不法行為に基づく慰謝料の支払等を求めて提訴したのが本件である。


2.争点

(1) XとY社との間に平成29年9月16日以降雇用契約関係が存在するか(争点1)。
(2) Y社がXをその希望する労働条件で再雇用しなかったことが原告に対する不法行為に当たるか(争点2)。


3.判決の概要

争点1(XとY社との間に平成29年9月16日以降雇用契約関係が存在するか)

ア 高年法は、定年の引上げ、継続雇用制度の導入等による高年齢者の安定した雇用の確保の促進、高年齢者等の再就職の促進、定年退職者その他の高年齢退職者に対する就業の機会の確保等の措置を総合的に講じ、もって高年齢者等の職業の安定その他福祉の増進を図るとともに、経済及び社会の発展に寄与することを目的とするところ(同法1条)、Y社は、満60歳の誕生日以後初めて迎える3月15日又は9月15日を定年としつつ、定年後の継続雇用希望者をその定年後にC社が引き続き雇用する定年再雇用制度を導入して、本人の意向を踏まえつつ、再雇用希望者の知識、技能、ノウハウ又は組織のニーズに応じて職務及び労働条件を設定して事前に再雇用希望者に通知し、再雇用後の業務内容、処遇条件等について了承した者を定年後再雇用するものとして、高年法に基づく高年齢者雇用確保措置である同法9条1項2号所定の継続雇用制度を設けていることが認められる。
そして、Y社は、上記定年再雇用制度の枠組みの中で、サウンド設計部に関連する業務を定年後も引き続き行いたいとのXの希望を聴取しつつも、遅くとも定年のおよそ2年前に当たる平成27年の面談時には、再雇用の場合、Xの上記希望に必ずしも沿えるものではなく、サウンド設計部以外での別種の業務もやむなしとの考えを伝え、定年のおよそ1年前に当たる平成28年9月頃、組織ニーズとして若手の人材確保を進めることなどを理由に、サウンド設計部を勤務部署とする定年再雇用の職務提示はできない旨あらかじめ説明した上で、定年のおよそ2か月前である平成29年7月10日、勤務部署を人事総務部とし、職務内容を労政チーム内業務及び人事総務部内業務とする労働条件による定年再雇用を提示して、上記定年再雇用制度に基づく定年再雇用の申込みをしたが、Xは、サウンド設計部で就労することに固執して、これを承諾せず拒否したものである。
すなわち、Xは、Y社が高年法の趣旨に沿って設けた定年再雇用制度に基づいて提示した再雇用後の業務内容、処遇条件等に納得せず、サウンド設計部で就労することができないのであれば、Y社がXに対してした定年再雇用の申込みを承諾しないこととし、自らの判断により、これを拒否して、Y社との間で定年後の雇用契約を締結せず、そのまま、平成29年9月15日をもって定年を迎えて退職となったものであるから、同月16日以降、XとY社との間に雇用契約の存在を認める余地はない。

イ この点、高年法は、継続雇用を希望する労働者を定年後も引き続き雇用する旨求めるにとどまり、同法中に、労働者が希望する労働条件での継続雇用をも使用者に義務づける定めはない。すなわち、継続雇用後の労働条件は、飽くまで、労使間の合意により定まるべきものであって、労働者が使用者に対して希望すれば直ちにその希望するがままに勤務部署や職務内容が定年前と同じ雇用契約が定年後も継続するというかのようなXの主張には、法律上の根拠がない。
また、前記アに説示のとおり、XとY社との間で定年再雇用契約が成立しなかったのは、XがY社からの申込みを拒否した結果であり、Y社がXからの定年再雇用の申込みを拒否したものではないから、解雇権や配転命令権の濫用を理由としてXとY社との間にXの定年後も雇用契約が継続しているとするXの主張は、それ自体、失当である。

ウ さらに付言するに、Xは、Y社がXに対して提示した労働条件のうち、契約期間、年間総労働日数、始終業時間、給与については同意したものであるところ、その余の条件である契約会社、勤務部署、職務内容が客観的に見て誰にとっても到底受け入れられないような不合理なものであったと認めるに足りる的確な証拠はない。Xの本人尋問における供述中には、上記職務内容は誰にでもできる単純作業であるから受け入れられないとの供述部分があるが、上記職務内容がそのようなものであったと認めるに足りる客観的な証拠はない。Xの陳述書及び本人尋問における供述によれば、要するに、Xは、サウンド設計部における業務を行いたく思っており、上記職務内容に係る業務が受け入れたくない、やりたくない仕事であったことから、サウンド設計部における業務ではなく上記職務内容に係る業務を担当させられることは自尊心を著しく傷つけられ屈辱感を覚えることを理由としてY社からの申込みを拒んだというのであり、その理由は主観的なものにとどまる。

以上の次第で、XとY社との間に、平成29年9月16日以降雇用契約関係が存在するものとは認められないから、同契約が更新されたこと前提とする平成30年9月16日から令和元年9月15日までを契約期間とする雇用契約が存在するものとは認められない。

争点2(Y社がXをその希望する労働条件で再雇用しなかったことが原告に対する不法行為に当たるか)

XとY社との間でXの定年後に雇用契約が成立しなかったのは、Y社がXに対して定年再雇用を拒んだからではなく、XがY社の申込みを承諾せずこれを拒否した結果であること、Y社がXに対して申し込んだ定年再雇用に係る勤務場所及び職務内容が客観的に見て不合理であったとは認められないことに照らせば、XとY社との間で定年再雇用契約が成立しなかったことにつき、Y社に違法な行為があったと認める余地はない。