社会保険労務士川口正倫のブログ

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新型コロナウイルス感染症による雇用調整助成金支給額の簡単な試算

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新型コロナウイルス感染症による雇用調整助成金支給額の簡単な試算

新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえ雇用調整助成金の特例が追加実施されていますが、助成金の支給率は休業手当相当賃金の2/3(大企業は1/2)ですが、どれぐらいの額になるのか試算してみました。

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雇用調整助成金の特例のパンフレット↓
https://www.mhlw.go.jp/content/000612660.pdf

1.雇用調整助成金とは

雇用調整助成金とは、経済上の理由により事業活動の縮小を余儀なくされた事業主が、労働者に対して一時的に休業、教育訓練又は出向を行い、労働者の雇用の維持を図った場合に、休業手当、賃金等の一部を助成するものです。
ここでは、教育訓練と出向については省略し、休業を行った場合の助成金に限定します。

2.休業手当とは

通常の休日ではない日に従業員の労働義務を免除した日(休業)に対して、休業の理由が会社の責任であった場合に支払われる手当です。休業した日は仕事をしていないため、本来は従業員に給料を支払う必要はありません。しかし、従業員は決められた出勤日(所定労働日)に就労する義務がある一方で、会社は所定労働日に就労機会を提供して給与を支払う義務がありますので、休業の理由が会社の責任である場合は、その日の給料の代わりに一定額を休業手当として従業員に支払いましょうという、労働基準法で定められた制度です。
休業手当の額は平均賃金の60%以上と定められています。
なお、年次有給休暇は労働義務がある日に取得するものなので、本来は休業の日には取得できません。現実には、仕事が無いから従業員の同意を得て、年次有給休暇を取得させることも多いかと思いますが、その場合は助成金の対象とはなりませんのでご注意ください。
ここで、「新型コロナウイルス感染症は社会問題であって一企業の責任じゃない!!」と思う方もいるかも知れません。確かに、不可抗力であれば会社の責任とならないこともありますが、一般的に会社の経営悪化による業務の減少は、会社の責任とされます。なお、新型コロナウイルスに感染して都道府県知事が行う就業制限により労働者が休業する場合は、会社の責任とはなりませんが、新型コロナウイス感染症が疑われる従業員を休業させた場合は会社の責任となります(従業員が自主的に休んだ場合は、当然会社の責任とはなりません)。
詳細はこちらを参照ください↓
新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)|厚生労働省

パンフレットに新型コロナウイルス感染症の影響による雇用調整助成金の対象となる「雇用調整助成金の経済上の理由の例」に掲げられているようなケースは、一般的に会社の責任で休業手当の対象になります。
・取引先が新型コロナウイルス感染症の影響を受けて事業活動を縮小した結果、受注量が減ったために事業活動が縮小した場合
・行政からの営業自粛要請を受け、自主的に休業を行い、事業活動が縮小した場合
・市民活動が自粛されたことにより、客数が減った場合
風評被害により観光客の予約キャンセルが相次ぎ、これに伴い客数が減った場合
・労働者が感染症を発症し、自主的に事業所を閉鎖したことにより、事業活動が縮小した場合

3.雇用調整助成金の試算方法の概要

雇用調整助成金の試算方法は、「雇用調整助成金ガイドブック」44ページの【雇用調整助成金助成額算定書記載例】を読み解くとわかります。「雇用調整助成金ガイドブック」↓
https://www.mhlw.go.jp/content/000611773.pdf

雇用調整助成金の受給額のポイント
雇用保険の被保険者が休業した場合にのみ対象となる。
・受給額は、前年度の1年間の雇用保険料の算定の基礎となった賃金を基準に計算する。(前年度の年度更新の賃金総額)
・休業するのが雇用保険の被保険者であれば、誰が休業しても雇用調整助成金の受給額は変らない。

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試算方法の概要をまとめると次のようになります。

①前年度1年間の雇用保険の保険料 の算定基礎となる賃金総額(m

※千円未満の端数は切り捨て

②前年度1年間の1か月の平均雇用保険被保険者数(n)

※1人未満は切り捨て

毎月の月末の雇用保険被保険者数を元に計算します。
(例) H30.4:10人 H30.5:10人 H30.6:10人 H30.7:10人 H30.8:12人 H30.9:12人 H30.10:9人 H30.11:9人 H30.12:9人 H31.1:8人 H31.2:8人 H31.3:9人

   n=\frac{10+10+10+10+12+12+9+9+9+8+8+9}{12}=9人

③前年度の年間所定労働日数または360日(d

(1)休業手当の日給計算に1か月の所定労働日数を用いる場合
休業協定という労使協定を締結して、休業手当の計算方法を定めますが、この際に1日当たりの賃金の基礎に1か月の所定労働日数を用いている場合は、次のようにします。(ガイドブックの例はこちらが記載されています)

   d=前年度の年間所定労働日数

【部門によって所定労働日数が異なる場合】
ただし、部署や勤務形態毎に当該所定労働日数が異なる場合は、その部署等に従事する年度末の労働者数等により加重平均をした全労働者の平均年間所定労働日数を用います。
※1日未満は切り下げ
(例)
A部署 従業員 70人……所定労働日数252日
B部署 従業員250人……所定労働日数264日
   d=\frac{(70人×252日)+(250人×264日)}{320人}=261

(2)休業手当の日給計算に暦日数を用いる場合(労働基準法どおりの計算の場合)
この場合は、360を用います。

   d=360

④平均賃金額(c

※1円未満切り上げ
次の算定式により、求めます。
これが、前年度賃金の一人当たりの日給相当額となります。

   c=\frac{m}{nd}   (1)

⑤休業等協定書に定める支払い率(r

休業協定で定める、休業手当の支払い率となります。60%以上の数字を定める必要があります。

⑥助成率(p)

雇用調整助成金の助成率です。なお、この助成率は政策によって変動することがあり、今後、高くなる可能性があります。

  中小企業:p=\frac{2}{3}
  大企業:p=\frac{1}{2}

⑧従業員1人当たり1日休業の助成額(x

従業員1名が1日休業した場合の助成額となります。
※8,205円が最高額(上限)です。

  x=crp=\frac{mrp}{nd}   (2)

4.休業手当との比較

次のような賃金の会社を例にして、助成額を実際に求めて比較してみます。
なお、この計算はあくまでも試算ですので、実際の助成金支給額は異なりますのでご注意ください。
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これに対して、令和2年3月の賃金について休業手当を支給することを想定しています。
なお、令和2年3月の賃金は昇給を想定して前年度より高いと金額を設定し、また、前年度にはまだいなかった従業員も想定しています。

①休業手当の日給計算に1か月の所定労働日数を用いる場合

※1か月所定労働日数は月平均労働日数とし、1年間の所定労働日数は前年度と同じとします。
(つまり、1か月所定労働日数=\frac{前年度の年間所定労働日数}{12}

(1)前年度の年間所定労働日数240日の場合

休業等協定書に定める支払い率(r)=0.6
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※残業代が異常に多い従業員がいる場合は、労働基準法で定められた過去3か月の平均賃金の60%に基づいた休業手当の額と比較して、それより低くないことを確認する必要があります。また、固定残業代は賃金に含めて1日当たりの平均賃金を計算します。


休業等協定書に定める支払い率(r)=0.7
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f:id:sr-memorandum:20200328213033p:plain
※当然ですが、休業等協定書に定める支払い率が高くなると、会社の負担も増えることになります。ただし、従業員が生活できずに退職してしまっては本末転倒です。


休業等協定書に定める支払い率(r)=0.8
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f:id:sr-memorandum:20200328214039p:plain


休業等協定書に定める支払い率(r)=0.9
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f:id:sr-memorandum:20200328214301p:plain


休業等協定書に定める支払い率(r)=1.0
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f:id:sr-memorandum:20200328214722p:plain
※従業員1人当たり1日休業の助成額は、最高額8,205円となります。



(2)前年度の年間所定労働日数260日の場合
休業等協定書に定める支払い率(r)=0.6
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f:id:sr-memorandum:20200328220340p:plain
※所定労働日数が多いということは、1日当たりの賃金が少ないということであるため、休業手当も従業員1人当たり1日休業の助成額も少なくなります。


休業等協定書に定める支払い率(r)=0.7
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f:id:sr-memorandum:20200328220651p:plain


休業等協定書に定める支払い率(r)=0.8
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f:id:sr-memorandum:20200328220738p:plain


休業等協定書に定める支払い率(r)=0.9
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f:id:sr-memorandum:20200328220816p:plain


休業等協定書に定める支払い率(r)=1.0
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f:id:sr-memorandum:20200328220909p:plain


②休業手当の日給計算に暦日数を用いる場合(労働基準法どおりの計算の場合)

【休業手当計算方法】
一日当たりの休業手当は、直近の過去3回の賃金をその賃金計算期間の暦日数で除し、休業等協定書に定める支払い率(r)を乗じた額となります。
ここでは、賃金の締め日を15日、支給日を25日とすることにします。従って、令和2年3月に休業する場合は、令和1年12月から令和2年2月の賃金の総額を令和1年11月16日~令和2年2月15日の暦日数(92日)で除し、休業等協定書に定める支払い率(r)を乗じた額が一日当たりの休業手当となります。
また、休業手当の日給計算に暦日数を用ているので、式(1)で助成金に係る平均賃金額を計算する際は、 d=360とする必要があります。
次の結果を見てわかるように、休業手当の日給計算に1か月の所定労働日数を用いた場合と比較すると、休業手当の額は少なくなります。
賃金を計算期間の暦日数で除しているので、毎月賃金の60%でその賃金計算期間の生活しているのであれば、生活費に困窮することはないだろうというロジックで、労働基準法は休業手当の最低額としているようです。しかし、現実には社会保険料は通常月と変りませんし、毎月の賃金の40%を貯金できる人がどれ程いるのでしょうか?
休業中に従業員が生活できずに退職してしまっては、本末転倒ですので、休業等協定書に定める支払い率は実際に従業員に支給される休業手当の額を試算して、慎重に決めるべきです。

休業等協定書に定める支払い率(r)=0.6
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f:id:sr-memorandum:20200328230330p:plain
※1日当たり平均賃金=3か月賃金合計/92
※1日当たり休業手当=1日当たり平均賃金×0.6


休業等協定書に定める支払い率(r)=0.7
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f:id:sr-memorandum:20200328230600p:plain
※1日当たり平均賃金=3か月賃金合計/92
※1日当たり休業手当=1日当たり平均賃金×0.7


休業等協定書に定める支払い率(r)=0.8
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※1日当たり平均賃金=3か月賃金合計/92
※1日当たり休業手当=1日当たり平均賃金×0.8


休業等協定書に定める支払い率(r)=0.9
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f:id:sr-memorandum:20200328230804p:plain
※1日当たり平均賃金=3か月賃金合計/92
※1日当たり休業手当=1日当たり平均賃金×0.9


休業等協定書に定める支払い率(r)=1.0
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f:id:sr-memorandum:20200328230905p:plain
※1日当たり平均賃金=3か月賃金合計/92
※1日当たり休業手当=1日当たり平均賃金×1.0

5.まとめ

今回試算しているのは、全従業員が一斉に休日した場合の計算です。
休業は一部の従業員を指定して行うこともできますが、賃金が低い従業員と高い従業員のいずれを休業させるかは、ここで計算した会社負担の額だけで一概にいうことはできません。賃金が安い従業員を休業させれば、休業手当だけを見れば会社負担が少なくなりますが、逆に就労した賃金が高い従業員には通常の賃金を支払う必要が生じるためです。
次の機会には、この当たりを検証してみたいと思います。