社会保険労務士川口正倫のブログ

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【解雇】学校法人専修大学(差戻審)事件(最判大二小平27.6.8労判1147号50頁)

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学校法人専修大学(差戻審)事件(最判大二小平27.6.8労判1147号50頁)

裁判年月日: 2016年9月12日
裁判所名  : 東京高裁
裁判形式  : 判決
事件番号  : 平成27年(ネ)3505号
裁判結果  : 原判決一部取消

1.事件の概要

学校法人であるY社に勤務していたXは、平成14年3月頃から肩凝り等の症状を訴えるようになり、同15年3月13日、頸肩腕症候群(以下「本件疾病」という。)にり患しているとの診断を受けた。Xは、同年4月以降、本件疾病が原因で欠勤を繰り返すようになり、平成18年1月17日から長期にわたり欠勤した。平成19年11月6日、中央労働基準監督署長は、同15年3月20日の時点で本件疾病は業務上の疾病に当たるものと認定し、Xに対し、療養補償給付及び休業補償給付を支給する旨の決定をした。これを受けて、Y社は、同年6月3日以降のXの欠勤について、就業規則所定の業務災害による欠勤に当たるものと認定した。
その後、Y社は、平成21年1月17日、Xの同18年1月17日以降の欠勤が3年を経過し、本件疾病の症状にはほとんど変化がなく、就労できない状態が続いていたことから、就業規則に基づき、Xを同21年1月17日から2年間の休職とした。平成23年1月17日に上記の休職期間が経過したが、Xは、Y社からの復職の求めに応じず、Y社に対し職場復帰の訓練を要求した。これを受けて、Y社は、Xが職場復帰をすることができないことは明らかであるとして、同年10月24日、就業規則所定の打切補償金として平均賃金の1200日分相当額である1629万3996円を支払った上で、同月31日付けでXを解雇する旨の意思表示(以下「本件解雇」という。)をした。
さらに、Y社は、Xに対し、平成21年5月26日、同23年10月21日及び同24年1月11日、本件規程に基づく法定外補償金として合計1896万0506円を支払った。
これに対して、Xが、解雇は無効であると主張して、Y社に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、不法行為による損害賠償請求権の支払い等を求めて提訴した。第一審は、本件解雇は、労基法19条1項ただし書所定の場合に該当せず、解雇は無効であるとしたため、Y社が控訴したところ、第二審も第一審判決を維持したため、Y社が上告したのが本件である。

2.判決の概要

原審は、上記事実関係等の下において、要旨次のとおり判断し、本件解雇は労働基準法19条1項に違反し無効であるとして、Xの労働契約上の地位の確認を求める請求を認容すべきものとした。
労働基準法81条は、同法75条の規定によって補償を受ける労働者が療養開始後3年を経過しても負傷又は疾病が治らない場合において、打切補償を行うことができる旨を定めており、労災保険法に基づく療養補償給付及び休業補償給付を受けている労働者については何ら触れていないこと等からすると、労働基準法の文言上、労災保険法に基づく療養補償給付及び休業補償給付を受けている労働者が労働基準法81条にいう同法75条の規定によって補償を受ける労働者に該当するものと解することは困難である。したがって、本件解雇は、同法19条1項ただし書所定の場合に該当するものとはいえず、同項に違反し無効であるというべきである。

しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

(1) 労災保険法は、業務上の疾病などの業務災害に対し迅速かつ公正な保護をするための労働者災害補償保険制度(以下「労災保険制度」という。)の創設等を目的として制定され、業務上の疾病などに対する使用者の補償義務を定める労働基準法と同日に公布、施行されている。業務災害に対する補償及び労災保険制度については、労働基準法第8章が使用者の災害補償義務を規定する一方、労災保険法12条の8第1項が同法に基づく保険給付を規定しており、これらの関係につき、同条2項が、療養補償給付を始めとする同条1項1号から5号までに定める各保険給付は労働基準法75条から77条まで、79条及び80条において使用者が災害補償を行うべきものとされている事由が生じた場合に行われるものである旨を規定し、同法84条1項が、労災保険法に基づいて上記各保険給付が行われるべき場合には使用者はその給付の範囲内において災害補償の義務を免れる旨を規定するなどしている。また、労災保険法12条の8第1項1号から5号までに定める上記各保険給付の内容は、労働基準法75条から77条まで、79条及び80条の各規定に定められた使用者による災害補償の内容にそれぞれ対応するものとなっている。
上記のような労災保険法の制定の目的並びに業務災害に対する補償に係る労働基準法及び労災保険法の規定の内容等に鑑みると、業務災害に関する労災保険制度は、労働基準法により使用者が負う災害補償義務の存在を前提として、その補償負担の緩和を図りつつ被災した労働者の迅速かつ公正な保護を確保するため、使用者による災害補償に代わる保険給付を行う制度であるということができ、このような労災保険法に基づく保険給付の実質は、使用者の労働基準法上の災害補償義務を政府が保険給付の形式で行うものであると解するのが相当である(最高裁昭和50年(オ)第621号同52年10月25日第三小法廷判決・民集31巻6号836頁参照)。このように、労災保険法12条の8第1項1号から5号までに定める各保険給付は、これらに対応する労働基準法上の災害補償に代わるものということができる。

(2) 労働基準法81条の定める打切補償の制度は、使用者において、相当額の補償を行うことにより、以後の災害補償を打ち切ることができるものとするとともに、同法19条1項ただし書においてこれを同項本文の解雇制限の除外事由とし、当該労働者の療養が長期間に及ぶことにより生ずる負担を免れることができるものとする制度であるといえるところ、上記(1)のような労災保険法に基づく保険給付の実質及び労働基準法上の災害補償との関係等によれば、同法において使用者の義務とされている災害補償は、これに代わるものとしての労災保険法に基づく保険給付が行われている場合にはそれによって実質的に行われているものといえるので、使用者自らの負担により災害補償が行われている場合とこれに代わるものとしての同法に基づく保険給付が行われている場合とで、同項ただし書の適用の有無につき取扱いを異にすべきものとはいい難い。また、後者の場合には打切補償として相当額の支払がされても傷害又は疾病が治るまでの間は労災保険法に基づき必要な療養補償給付がされることなども勘案すれば、これらの場合につき同項ただし書の適用の有無につき異なる取扱いがされなければ労働者の利益につきその保護を欠くことになるものともいい難い。
そうすると、労災保険法12条の8第1項1号の療養補償給付を受ける労働者は、解雇制限に関する労働基準法19条1項の適用に関しては、同項ただし書が打切補償の根拠規定として掲げる同法81条にいう同法75条の規定によって補償を受ける労働者に含まれるものとみるのが相当である。

(3) したがって、労災保険法12条の8第1項1号の療養補償給付を受ける労働者が、療養開始後3年を経過しても疾病等が治らない場合には、労働基準法75条による療養補償を受ける労働者が上記の状況にある場合と同様に、使用者は、当該労働者につき、同法81条の規定による打切補償の支払をすることにより、解雇制限の除外事由を定める同法19条1項ただし書の適用を受けることができるものと解するのが相当である。

これを本件についてみると、Y社は、労災保険法12条の8第1項1号の療養補償給付を受けているXが療養開始後3年を経過してもその疾病が治らないことから、平均賃金の1200日分相当額の支払をしたものであり、労働基準法81条にいう同法75条の規定によって補償を受ける労働者に含まれる者に対して同法81条の規定による打切補償を行ったものとして、同法19条1項ただし書の規定により本件について同項本文の解雇制限の適用はなく、本件解雇は同項に違反するものではないというべきである。

以上と異なる見解に立って、本件解雇が労働基準法19条1項に違反し無効であるとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこれと同旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件解雇の有効性に関する労働契約法16条該当性の有無等について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。

3.解説

労基法19条1項は、次のような2つの場合に解雇することを制限しています。
①労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間
②産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業する期間及びその後30日

しかし、この制限には同条項の但書で、次のような2つの例外を定めています。
(1)使用者が、第81条の規定によつて打切補償を支払う場合
(2)天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合(行政官庁の認定が必要・第19条2項)

このうち、(1)については「第81条の規定によって打切補償を支払う場合」とあることから、①について例外であることがわかります。一方、(2)は①と②に共通する例外となります。

(解雇制限)
第十九条 使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間並びに産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業する期間及びその後三十日間は、解雇してはならない。ただし、使用者が、第八十一条の規定によつて打切補償を支払う場合又は天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合においては、この限りでない。
② 前項但書後段の場合においては、その事由について行政官庁の認定を受けなければならない。

本件においては、「第81条の規定によって打切補償を支払う場合」の意義が問題となっており、労基法第81条の条文は次のようになっています。

(打切補償)
第八十一条 第七十五条の規定によつて補償を受ける労働者が、療養開始後三年を経過しても負傷又は疾病がなおらない場合においては、使用者は、平均賃金の千二百日分の打切補償を行い、その後はこの法律の規定による補償を行わなくてもよい。

労基法第81条の主語は、「第七十五条の規定によつて補償を受ける労働者」となっています。

(療養補償)
第七十五条 労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかつた場合においては、使用者は、その費用で必要な療養を行い、又は必要な療養の費用を負担しなければならない。
② 前項に規定する業務上の疾病及び療養の範囲は、厚生労働省令で定める。

そして、労基法75条には、「使用者は、その費用で必要な療養を行い、又は必要な療養の費用を負担しなければならない。」と表現されていることから、字句どおりに条文を読むと、「第81条の規定によって打切補償を支払う場合」というのは、

使用者の費用負担で必要な療養が行われている労働者が、療養開始後三年を経過しても負傷又は疾病がなおらない場合に、使用者が平均賃金の千二百日分を支払うこと

ということになります。

すると、労災保険により療養の給付が行われていた場合は、使用者の費用負担ではないため、第19条1項但書にいう「第81条の規定によって打切補償を支払う場合」に該当せず、解雇は制限された状態であり、解雇は無効であると✕は主張しているのです。
原審も✕の主張を認め、本件の解雇は無効と判断していました。

これに対して最高裁判所は、次のように判断し原審を差し戻しました。

労災保険制度は、使用者による災害補償に代わる保険給付を行う制度であるということができ、労災保険法に基づく保険給付の実質は、使用者の労働基準法上の災害補償義務を政府が保険給付の形式で行うものであると解する。

②このような労災保険法に基づく保険給付の実質及び労働基準法上の災害補償との関係等によれば、同法において使用者の義務とされている災害補償は、これに代わるものとしての労災保険法に基づく保険給付が行われている場合にはそれによって実質的に行われているものといえる。

③したがって、療養補償給付を受ける労働者が、療養開始後3年を経過しても疾病等が治らない場合には、使用者に費用負担による療養補償を受ける労働者が上記の状況にある場合と同様に、使用者は、当該労働者につき、同法81条の規定による打切補償の支払をすることにより、解雇制限の除外事由を定める同法19条1項ただし書の適用を受けることができる。