社会保険労務士川口正倫のブログ

都内の社会保険労務士事務所に勤務する社会保険労務士のブログ



大雨の中を帰宅する途中、河川の氾濫で浸水した道を通行するうちに転倒して溺死した事故は、通勤災害か(昭50.4.7基収3086号)

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大雨の中を帰宅する途中、河川の氾濫で浸水した道を通行するうちに転倒して溺死した事故は、通勤災害か(昭50.4.7基収3086号)


(問)
 被災労働者は三勤(三交替勤務)を終え、午前7時10分頃発の会社専用バスに乗車し、K鉄道S駅で下車(職場同僚現認)、7時25分頃S駅からH町行きK鉄道電車に乗車し、I駅で下車(職場同僚現認)、I駅から7時40分頃のM町行き電車に乗り換えB駅で下車する。
 B駅前の自転車預かり所に立ち寄り、そこで近くの自転車預かり所にいた職場の同僚のT、G両名と一緒になったが、集中豪雨のため近くの河川がはん濫したことにより道路が浸水し、自転車通勤が不可能と判断したのか、預かり所でズボンを脱いで手に持ち傘をさして両名より先に雨の中を帰路についた。
 Tはカッパを着用していた関係で時間をとったため、被災労働者より距離で約70m程遅れて同じ帰路を進んだ。
 前を見ると被災労働者が床屋の角を右に曲ったのを目撃したのが最後であって、当日事故現場付近は集中豪雨による浸水で膝ぐらいまでの水深があり、他人の行動について注意を配る余裕すらなく、自分の足元を見るのが精一杯で事故の原因の詳細は不明である。
 被災労働者が溺死体で発見された地点は別添図<略>のとおりであり、水深約50㎝の舗装道路を通るのに周辺は田んぼばかりで建物がないので、道路の右側寄りに立つ電柱を頼りに進み(舗装道路右側と電柱の間隔は1m20㎝ぐらいで、災害現場は約5mぐらいにわたり路肩が崩れている。)、路肩のくぼみに足をとられ転落し溺死したものと推定される。


(答)
 通勤災害として取り扱われたい。


(理 由)

1 労災保険法にいう通勤災害とは、通勤に通常伴う危険が具体化したものと経験法則上認められる場合をいい、いわゆる天災地変による災害の場合には、たとえ通勤途上に発生したものであっても、一般的に「通勤による」ものとは認められない。
 しかしながら、かかる天災地変に際して、通勤途上に災害を被りやすい特段の事情がある場合には、天災地変による災害の危険性も、同時に、通勤に伴う危険と解することができる。
 従って、天災地変に際して発生した災害も同時に災害を被りやすい通勤途上の特段の事情があり、かつ、その事情とあいまって発生したものと認められる場合には、通勤に通常伴う危険が具体化したもの、すなわち「通勤による」ものと認めることが相当である。
 なお、天災地変の規模が特に大きい場合(例えば、関東大震災等による災害)には、通勤途上の有無を問わず、広範囲にわたって災害を被る危険性があり、たとえ通勤途上という事情がなかったとしても誰でもが同じように天災地変によって被災したであろうと解されるので、かかる場合の災害は、その発生状況の如何を問わず「通勤による」ものとは認められないこととなる。

2 ところで、本件の事実関係について検討すると次のとおりである。

(1) 被災労働者は、当日、業務終了後(午前7時)直ちに退社し、通常の通勤経路を経て帰宅する途中に被災したものであること。また、被災した経路は、前日来からの大雨のため、付近の川がはん濫したことにより浸水していたが、次の事実から、当該被災労働者がその経路を通行したことに合理性があると認められること。

イ 被災した経路上の浸水は、50㎝位で水の流れは西から東へとゆっくり流れており、歩けないといった状態ではなかったこと。

ロ 被災労働者が他の経路を利用しなかったのは、それが当該経路より地盤が低いため浸水の度合いが大きかったと推定できること。

ハ 当該経路の利用にあたり、経路沿いの電柱を通行のための大きな目標としたものと推定できること。

ニ 被災労働者は、当該経路を常に利用しており、この付近の地理には詳しかったこと。

ホ 当該経路に通行禁止等の措置がとられていなかったこと。

ヘ 同僚労働者も、被災労働者から少し遅れて浸水した当該経路を通行していること。

(2) 次に、本件災害が「通勤による」かどうかであるが、

イ 被災労働者は、かさをさしながら経路沿いの電柱を目標に進んだが、方向を誤って、5mにわたり崩れている路肩(かさ及び死体の発見場所からの推定による。)から足を踏みはずし、転落し溺死したものと同僚労働者の聴き取りから推定できること。

ロ 当該経路は、以前に農道を改良したもので、舗装している部分と未舗装の傾斜している路肩からできており、また、経路と田んぼの側溝との高低の差が約1m50㎝位あるうえ、被災の原因となったと推定される路肩は、浸水する以前から約5mにわたり崩れており、特に危険標識等もなかったところから(事故発生直後は危険標識を施し、現在は、コンクリートにより補強されている。)、この経路を通る者にとっては、その崩れた路肩から足をすべらせ災害を被る危険があったと考えられること、また、被災当日の当該経路は、前日からの大雨により、付近の河川がはん濫したため、50㎝位の浸水があり、しかも、濁水のため、その経路の状況がはっきり分らなかったものであること。
 などから考えると、通勤に通常伴う危険が、たまたま発生した大雨を契機として具体化したものと認めることが相当である。

3 従って、本件災害は、通勤に通常伴う危険が具体化したものとして、労災保険法第7条第1項第2号の通勤災害として取り扱うのが妥当である。