社会保険労務士川口正倫のブログ

都内の社会保険労務士事務所に勤務する社会保険労務士のブログ



茨石事件(最一小判昭51.7.8民集30巻7号689頁)

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茨石事件(最一小判昭51.7.8民集30巻7号689頁)

1.事件の概要

X社は、石炭、石油、プロパンガス等の輸送及び販売を事業とし、タンクローリー、小型貨物自動車等の業務用車両を約20台保有していたが、経費削減のため、これらの車両について対物賠償保険と車両保険に加入していなかった。Yは、X社の従業員として、主に小型貨物自動車の運転業務に従事し、タンクローリーには特命により臨時的に乗務するにすぎず、本件事故当時は、重油をほぼ満載したタンクローリーを運転して交通の渋滞しはじめた国道上を進行中、急停車した訴外A社所有のタンクローリーに追突して、その車両を破損させた。
X社は、前記追突事故の損害を受けたタンクローリーの所有者であるA社に対して修理費等についての賠償をしたので、Yに対して、その賠償額の求償(民法715条3項)およびYが運転していたX社の車の修理費等の賠償(約41万円)を求めて訴えを提起した。
第一審及び第二審ともに、請求額の4分の1のみ認容したので、X社が上告したのが本件である。

2.判決の概要

使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者として損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被った場合には、使用者は、その事業の内容、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解するべきである。
本件では、X社がその直接被った損害及び被害者に対する損害賠償のうちYに対して損害及び求償を請求しうる範囲は、信義則上右損害額の4分の1を限度とすべきである。

3.解説

労働者が、債務の本旨に従った履行をしない場合には債務不履行となり、損害賠償責任が発生する(民法415条)また、使用者から労働者への損害賠償請求は、不法行為による場合や(民法709条)、使用者が民法715条による第三者への使用者責任を負った場合の求償権の行使として行われることもある(同条3項)
本判決は、使用者から、業務中に自動車事故を起こした労働者に対する求償権行使等が行われたケースにおいて、損害額を「信義則上相当と認められた限度に」するという責任制限法理を示し、この法理の適用下において、どの程度、責任が制限されるかについては、「その事業の内容、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情」を考慮してするものとしており、具体的には、本件では、労働者の負担は、使用者の被った損害の4分の1を限度とすると判断された。
この法理における責任制限の基準は、①労働者の帰責性(故意・過失の有無・程度)、②労働者の地位・職務内容・労働条件、③損害発生に対する使用者の寄与度(指示内容の適否、保険加入による事故予防・リスク分散の有無)とされている。具体的には、労働者に業務遂行上の注意義務違反はあるものの重大な過失までは認められないケースでは、その他の事情(使用者によるリスク管理の不十分さ、等)が認められるケースでも、宥恕すべき事情や会社側の非を考慮して責任を4分の1や2分の1に軽減している(大隈鐡工所事件-名古屋地判昭和62.7.27・N興業事件-東京地判平15.10.29など)。他方、背任などの悪質な不正行為や、社会通念上相当の範囲を超える引抜き等の場合は、責任制限の格別考慮はされない。(日本コンベンションサービス事件-大阪高判平10.5.29労判745号42頁)菅野和夫『労働法』第十二版163頁引用)