社会保険労務士川口正倫のブログ

都内の社会保険労務士事務所に勤務する社会保険労務士のブログ



同一(価値)労働同一賃金についての判例の動向1

バナー
Kindle版 職場の出産・育児関係手続ガイドブック~令和の常識~
定価:800円で好評発売中!!


にほんブログ村
続き

同一(価値)労働同一賃金についての判例の動向1

令和2年4月1日より、「短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律」改め「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」が施行されることを踏まえ(大企業の適用は同日、中小企業の適用は令和3年4月1日)、同一(価値)労働同一賃金のこれまでの動向をまとめるもの。

1.労働契約法施行前

同一(価値)労働同一賃金について、先鞭をつけたのが丸子警報器事件(長野地上田支判平8.3.15労判690号32頁)である。この事件は、同一労働に従事する女性正社員と女性臨時社員の間の賃金格差が争われていたが、労働契約法施行以前の裁判例であるため、同一(価値)労働同一賃金の原則について一般的な法規範性を否定している。しかし、「同一価値労働同一賃金の原則の基礎にある均等待遇の理念は、賃金格差の違法性判断において、ひとつの重要な判断要素として考慮されるべきものであって、その理念に反する賃金格差は、使用者に許された裁量の範囲を逸脱したものとして、公序良俗違反の違法を招来する場合がある」と、公序良俗違反を根拠にし、女性臨時社員について、同じ勤務年数の女性正社員の8割以下となるときは、許容される賃金格差の範囲を明らかに超えるとしている。
令和2年4月1日から大企業に適用される同一(価値)労働同一賃金は、「正社員と有期雇用労働者」「正社員とパートタイム労働者」「正社員と派遣労働者」の3点であり、それ以外はその範疇ではない。しかし、この3点に該当しなくても(例えば、日本人労働者と外国人労働者の格差や職種限定正社員と総合職正社員の格差等)、賃金格差が使用者に許された裁量の範囲を逸脱する場合は、公序良俗違反となる可能性があることに留意すべきであろう。(我が国では外国人労働者の増加が著しいため、近い将来、外国人労働者と日本人労働者との間の格差も問題となることが予想される。)
なお、丸子警報器事件の後、「雇用形態が異なる場合に賃金格差が生じても、これは契約の自由の範疇の問題」であるとして、期間雇用の臨時社員と正社員の間の賃金格差について公序性の判断自体が否定された裁判例もある。(日本郵便逓送事件(大阪地判平14.5.22労判830号22頁)

2.ハマキョウレックス事件と長澤運輸事件
丸子警報器事件(長野地上田支判平8.3.15労判690号32頁)は、下級審であるため、最高裁判所の見解が定かではないが、少なくともその当時、同一(価値)労働同一賃金の原則が一般的な法規範性を有していたとは言えない。しかし、平成25年に施行された改正労働契約法で、無期雇用労働者と有期雇用労働者の間では、同一(価値)労働同一賃金が法規範性を有するかのような、第20条が追加された。なお、それ以前にも平成20年施行のパートタイム労働法(短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律)で、正社員とパートタイム労働者の間の差別的取扱いを禁止する規定はあった。

(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)
第20条 有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。

この労働契約法20条については、次のような解釈上の見解の対立があった。

①「不合理と認められるものであってはならない」の意義について
(1)文言どおり「合理的でなく、かつ、不合理でもない」(グレーゾーン)が同法違反とはならないとする説、(2)前述のパートタイム労働法9条と同様に「不合理と認められるものであってはならない」=「合理的でなければならない」とする説、のいずれであるか。

②判断要素の相互関係について
「責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるもの」という3つの判断要素の相互関係について、(1)「責任の程度」と「当該職務の内容及び配置の変更の範囲」を重視して判断する説、(2)「責任の程度」と「当該職務の内容及び配置の変更の範囲」というのは例示であり、「その他の事情」も含めて総合的に考慮する説、のいずれであるかという判断基準について。

③不合理性の判断方法について
(1)相違ある個々の労働条件ごとに判断すべきか、(2)必ずしも個別労働条件ごとではなく「その他の事情」を総合的に勘案しての判断も可能とする説、のいずれであるか。

④労働契約法20条の補充的効力の是非について
不合理性が肯定された場合について、(1)無効とされた労働条件については、基本的には、無期契約労働者と同じ労働条件が認められるとする説、(2)労働契約法12条(就業規則の補充的効力についての規定)のような特別な規定がないためこれを否定する説、のいずれであるか。


これらの見解の対立について、最高裁判所の立場を明らかにしたのが、ハマキョウレックス事件(最二小判平30.6.1 労判1179号20頁)長澤運輸事件(最二小判平30.6.1労判1179号34頁)であり、いずれもその後の裁判例で引用されており(例、学校法人産業医科大学事件(福岡高判平30.11.19労判1198号63頁)大阪医科薬科大学事件(大阪高判平31.2.15号労判1199号5頁)メトロコマース事件(東京高平31.2.20労働判例1198号5頁)日本郵便(大阪)事件(大阪高判平31.1.24労判1197号5頁))、労働契約法20条の解釈についてリーディングケースとなっている。
ハマキョウレックス事件(最二小判平30.6.1 労判1179号20頁)は、運送会社のトラック運転手について、無期雇用労働者と有期雇用労働者の間の賃金格差が問題となっていたが、①「不合理と認められるものであってはならない」の意義について、「同条にいう「不合理と認められるもの」とは、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理であると評価することができるものであることをいうと解する」と「合理的でなく、かつ、不合理でもない」いわゆるグレーゾーンは、労働契約法20条の違反とはならないとの立場を取っていると考えられる。また、同判決では、住宅手当や無事故手当などの各手当について個別に労働契約法20条の違反を判断していることから、③不合理性の判断方法については、相違ある個々の労働条件ごとに判断する立場を取っている。さらに、④労働契約法20条の補充的効力の是非については、「同条は、有期契約労働者について無期契約労働者との職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定であり、文言上も、両者の労働条件の相違が同条に違反する場合に、当該有期契約労働者の労働条件が比較の対象である無期契約労働者の労働条件と同一のものとなる旨を定めていない。そうすると、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が同条に違反する場合であっても、同条の効力により当該有期契約労働者の労働条件が比較の対象である無期契約労働者の労働条件と同一のものとなるものではないと解するのが相当である。」としており、補充的効力を否定している。なお、同判決で、正社員の就業規則契約社員就業規則が個別に作成されていることが、両者の労働条件の相違が同条に違反する場合に、正社員就業規則や本件正社員給与規程の定めが契約社員であるに適用されることとなると解することは、就業規則の合理的な解釈としても困難ある理由とされており、実務上、正社員と有期雇用労働者について個別に就業規則等を作成することが有用であることに留意すべきであろう。
ハマキョウレックス事件で言及されなかった、②判断要素の相互関係についての最高裁判所の立場を示したのが、同日の長澤運輸事件(最二小判平30.6.1労判1179号34頁)である。長澤運輸事件はバラセメントタンク車の運転手について、定年後再雇用による有期雇用労働者と無期雇用労働者との間の賃金格差が問題となっていたが、「労働契約法20条は、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断する際に考慮する事情として、「その他の事情」を挙げているところ、その内容を職務内容及び変更範囲に関連する事情に限定すべき理由は見当たらない。したがって、・・・・労働者の職務内容及び変更範囲並びにこれらに関連する事情に限定されるものではないというべきである。」としており、「その他の事情」も含めて総合的に考慮する立場を取っていると考えられる。そして、有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることは、当該有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断において、労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮されることとなる事情に当たるとして、有期契約労働者に対して、能率給及び職務給が支給されないこと、住宅手当及び家族手当が支給されないこと、役付手当が支給されないこと、賞与が支給されないことは、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないとしている。次ページで詳細を説明する予定にしているが、前述のハマキョウレックス事件で住宅手当の不支給が不合理とされたのに対して、本判決では不合理とされなかったのは、定年退職後に再雇用された者であるという「その他の事情」が考慮された結果であると考えられる。

続き
sr-memorandum.hatenablog.com