社会保険労務士川口正倫のブログ

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【賃金】福島県教組事件(最一小判昭44.12.18民集23巻12号2495頁)

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福島県教組事件(最一小判昭44.12.18民集23巻12号2495頁)

審判:最高裁判所
裁判所名:最高裁判所第一小法廷
事件番号:昭和40年(行ツ)92号
裁判年月日:昭和44年12月18日

1.事件の概要

Y県の県立高等学校の教職員であるXらは、昭和33年9月5日から15日まで、勤務評定反対のために職場離脱行為を行なった。Y県は、その時間分について給与の減額および勤勉手当の減額をすべきであったが、事務が間に合わなかったため、昭和33年9月分の給与(支給日は9月21日)と後期勤勉手当(支給日は12月15日)はXらに全額支給した。その後、Y県は、1月に過払い分の返納を求め、それに応じない場合には翌月の給料から減額する旨を通知したところ、Xらは返納に応じなかったため、Y県は過払分を昭和34年2月分と3月分の給料から減額した。
これに対して、Xらは、この減額措置は、労働基準法24条1項の全額払いの原則に違反することなどを理由に、Y県に減額分の支払いを求めて提訴した。
一審は、9月分の給料の過払いの減額は、その通知をしたのがその請求権の発生時から約4か月も経過した後のものなので違法であるとし、勤勉手当の過払いの減額は、その通知は請求権の発生時の翌月になされたものであるので適法であると判断した。XらとY県双方が控訴したが、第二審は、いずれも棄却した。そこで、Xらが上告したのが本件である。

2.判決の概要

賃金支払事務においては、一定期間の賃金がその期間の満了前に支払われることとされている場合には、支払日後、期間満了前に減額事由が生じたときまたは、減額事由が賃金の支払日に接着して生じたこと等によるやむをえない減額不能または計算未了となることがあり、あるいは賃金計算における過誤、違算等により、賃金の過払が生ずることのあることは避けがたいところであり、このような場合、これを精算ないし調整するため、後に支払われるべき賃金から控除できるとすることは、右のような賃金支払事務における実情に徴し合理的理由があるといいうるのみならず、労働者にとっても、このような控除をしても、賃金と関係ない他の債権を自動債権とする相殺の場合とは趣を異にし、実質的にみれば、本来支払われるべき賃金は、その全額の支払を受けた結果となるのである。
このような事情と労働基準法24条1項の法意とを併せ考えれば、適正な賃金の額を支払うための手段たる相殺は、同項但書によって除外される場合にあたらなくとも、その行使の時期、方法、金額等からみて労働者の経済生活の安定との関係上不当と認められないものであれば、同項の禁止するところではないと解するのが相当である。
この見地からすれば、許されるべき相殺は、過払いのあった時期と賃金の清算調整の実を失わない程度の合理的に接着した時期においてされ、また、あらかじめ労働者にそのことが予告されるとか、その額が多額にわたらないとか、要は労働者の経済生活の安定をおびやかすおそれのない場合でなければならないものと解せられる。

3.解説

労働基準法17条は、「使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない」と定めており、借金の形で従業員を労働に縛りつけることを禁止している。この規定を反対解釈すれば、「前借金その他労働することを条件とする前貸の債権」でなければ、賃金と相殺することできることになるが、判例は、会社が従業員に対して損害賠償債権を有している場合でも、それが債務不履行によるものであれ(関西精機事件 最二小判昭31.11.2民集10巻11号1413頁)、不法行為によるものであれ(日本勧業経済会事件 最大昭36.5.31民集15巻5号1482頁)、その債権をもって従業員の賃金債権を相殺することは、労働基準法24条1項の全額払いの原則に反するためできないとしている。
これに対して、本件では、会社が過払い賃金を翌月以降の賃金から控除するという調整的相殺(使用者の不当利得返還請求権と賃金債権との相殺)が、賃金全額払いの原則に抵触するかが争点となっている。本判決は、「その行使の時期、方法、金額等からみて労働者の経済生活の安定をおびやかすおそれのないもの」であれば、全額払いの原則に抵触しないとしている。その根拠は、賃金支払い事務における合理的理由(前払い方式をとっている場合には過払いは不可避的に生じること)と労働者にとって過払い賃金の清算は不当な結果をもたらすものではないこと(本来、支払われるべき賃金が支払われるにすぎないこと)というものである。

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