社会保険労務士川口正倫のブログ

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【事業外みなし制】ナック事件(東京高判平30.6.21労経速2369号28頁)

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ナック事件(東京高判平30.6.21労経速2369号28頁)

審判:二審
裁判所名:東京高等裁判所
事件番号:平成30年(ネ)659号
裁判年月日:平成30年6月21日

1.事件の概要

Xは、企業コンサルティングなどを事業目的とするY社で、正社員として建築コンサルティング部門の営業、販売を担当していた。Y社は、Xが不正な営業活動を行っていたことを理由に懲戒解雇したところ、XがY社に対し残業代等の支払いを求めて提訴した。第一審が、Xの請求を一部認容したところ、Y社が控訴したのが本件である。

2.判決の概要

① 事業外労働の労働時間算定の困難性

Xが従事していた業務は、事業場(支店)から外出して顧客の元を訪問して、商品の購入を勧誘するいわゆる営業活動であり、その態様は、訪問スケジュールを策定して、事前に顧客に連絡を取って訪問して商品の説明と勧誘をし、成約、不成約のいかんにかかわらず、その結果を報告するというものである。訪問のスケジュールは、チームを構成するXを含む営業担当社員が内勤社員とともに決め、スケジュール管理ソフトに入力して職員間で共有化されていたが、個々の訪問スケジュールを上司が指示することはなく、上司がスケジュールをいちいち確認することもなく、訪問の回数や時間も一審原告ら営業担当社員の裁量的な判断に委ねられていた。個々の訪問が終わると、内勤社員の携帯電話の電子メールや電話で結果を報告したりしていたが、その結果がその都度上司に報告されるというものでもなかった。帰社後は出張報告書を作成することになっていたが、出張報告書の内容は極めて簡易なもので、訪問状況を具体的に報告するものではなかった。上司がXを含む営業担当社員に業務の予定やスケジュールの変更について個別的な指示をすることもあったが、その頻度はそれ程多いわけではなく、上司がXの報告の内容を確認することもなかった。
そうすると、Xが従事する業務は、事業場外の顧客の元を訪問して、商品の説明や販売契約の勧誘をするというものであって、顧客の選定、訪問の場所及び日時のスケジュールの設定及び管理が営業担当社員の裁量的な判断に委ねられており、上司が決定したり、事前にこれを把握して、個別に指示したりすることはなく、訪問後の出張報告も極めて簡易な内容であって、その都度具体的な内容の報告を求めるというものではなかったというのであるから、Xが従事していた業務に関して、使用者が労働者の勤務の状況を具体的に把握することは困難であったと認めるのが相当である。
Xは、Xの業務について、訪問のスケジュールがあらかじめ確定され、基本的にそれを遵守することが求められており、上司から訪問について具体的に指示されたり、訪問の回数や時間について指示されたりすることもあった、出張報告書とスケジュール管理ソフトを併用すれば、容易に顧客訪問時間とそのための移動時間等を確認することができ、毎回ではなくても訪問先の顧客を確認することも可能で、Y社においてXの勤務の状況を具体的に把握できるのであるから、「労働時間を算定し難いとき」には該当しないなどと主張するが、Xの所属する事業場において、訪問のスケジュールがあらかじめ確定されていた、あるいは上司から具体的な指示を受けることが通例であったという事実を認めることができないことは、前掲判示のとおりであり、上司が顧客の訪問状況を具体的に把握するような体制が採られていたとは認められないから、Xの主張は理由がなく、採用できない。

② 労使協定の有効性

事業場外労働みなし制の下では、所定労働時間労働したものとみなされるが、業務を遂行するために所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合は、当該業務に関して、厚生労働省令の定めるところにより、「当該業務に通常必要とされる時間」労働したものとみなされる(労基法38条の2第1項)。その場合、当該業務に関し、当該事業場に労働者の過半数で組織する労働組合又はこれがないときは過半数代表者との間で書面による協定があるときは、その協定で定める労働時間を通常必要時間とするものとされている(同条の2第2項)。
ここで、過半数代表者については、労基法41条第2号に規定する監督又は管理の地位にある者でないこと、労基法に規定する協定等をする者を選出することを明らかにして実施される投票、挙手等の方法による手続により選出された者であることが求められている(労基法施行規則6条の2)。これは、事業場の労働者を代表して当該事項の協定を締結するにふさわしい者を過半数代表者として選出しようとする趣旨に基づくものと解されるところ、かかる趣旨からすれば、代表者は、労働者の過半数において当該対象者の選任を支持していることが明確になる手続によって選出された者であって、使用者の意向によって選出された者でないことを要し、かつそれをもって足りると解するのが相当である。
これを本件についてみるに、証拠によれば、Y社においては、事業所単位で従業員代表を選出する方法として、「○○さんを従業員代表者とすることに同意します。」と記載された同意書に当該事業場の従業員が署名押印するという方法が採られているところ、Xが所属していたX1支店の同意書には所属従業員全員、X2支店の同意書には、それぞれB又はCを除く所属従業員全員の署名と押印がされており、当該事業場の労働者全員がD、B又はC(以下「Dら」という。)を過半数代表者として選任することを支持していることが明確にされている。
Xは、同意書の回覧開始時において、同意書に支店長等の意向に基づいてDらの氏名が記入されていたと供述するところ、これを裏付ける的確な証拠はない。そして、Dらを過半数代表者に選出することについてY社がその選出方法に関与し、その意向によってDらが選出された事実は、本件証拠によっても認めることはできない。
なお、証人Eは、事業場外みなし労働に関する協定の締結に関して、Y社全体の労使協議で1日9時間とみなすのが妥当であることを決め、それに基づき各事業所ごとに労働者の過半数代表者を選任して協定を結ぶことを認めた上で、本社人事部所属の者を労使の協議の相手方としていることが多いと供述しているが、同供述は、飽くまでY社の本社における労使協議について述べたにとどまり、各支店における協定の締結や代表者の選任について本社が指示していることを認めたものではない。かえって、Eは、各支店における手続について、必要書類が届き、当該書類に従業員代表を自薦他薦問わず選んでほしい旨、その者が協定書の内容を確認した上で署名捺印するように指示していること、方法は様々であるが、話し合った上で従業員代表を決め、従業員からその署名捺印のある同意書を徴求していること、支店長宛てに何か指示を出しているという認識ではないことを供述し、むしろ、各事業所の労働者において代表者を選任しており、本社が関与していることを否定しているものとみることができる。したがって、Eの上記供述をもって、各事業場において、本社の意向に基づいて代表者が選任されていると認めることはできない。
また、Xが所属したX1及びX2の各支店において、Dらを過半数代表者として選任した際の同意書には、「○○さんを従業員代表者とすることに同意します。」と記載されているだけで、事業場外労働みなし制に係る協定に関する過半数代表である旨が記載されていないが、Y社のコンサルティング事業部が事業場外労働みなし制度を採用しており、このことは、営業社員が所属する各事業場では当然のこととして認識が共有されていたとみることができるから、残業時間に関する協定が事業場外労働みなし制度(労基法38条の2第2項)に関する協定を指すことは、Xが所属していた各支店においても周知の事実であったと認められる。ちなみに、Y社も残業問題に関する協定であるという限りでは、これを認識していた旨自認している。そうすると、各支店の労働者が事業場外労働みなし制度に関する同意書であることを認識して署名押印したものと認められるから、Dらの選出手続は、労基法に規定する協定等をする者を選出することを明らかにして実施されたと認めることができる。
以上からよれば、Dらは、労基法38条の2第2項の過半数代表者に当たるから、DらとY社との間で締結された事業場外労働に関する協定は有効と解するのが相当である。