パートタイム労働者の厚生年金・健康保険の資格得喪についての重要な裁決2(遡及取得)
平成12年8月31日裁決<被保険者資格>裁決集5頁
請求人X(パートタイマー)の所定労働時間は一般従業員のそれの4分の3を明確に下回っているが、残業時間や休日勤務時間が恒常的に一定量あり、その勤務の実態からいうと、国がこれに健康保険及び厚生年金保険の被保険者資格を取得させるよう事業主を指導することは適切であったと認めることができる。しかしながら、短時間労働者の取扱いに関する当局指針が、形式上も、内容においてあいまいなものであること、及び、長年にわたり国が、Xらに係る適用除外を事実上承認してきた経緯に鑑みれば、被保険者資格取得の確認は将来に向かって行われるべきで、原処分が、会計検査院による指摘を受けた結果であるにしても、Xについて前記両保険の被保険者資格を2年も遡って取得させたことは妥当を欠く。(2年遡及して資格取得させることを否定)
平成15年6月30日裁決<被保険者資格等>裁決集29頁
請求人X社(適用事業所の事業主)に使用される利害関係人ら5名が健康保険及び厚生年金の適用を除外される者に該当しない者であることは争いがない。しかし、利害関係人のうち4名は時給ベースのパートタイム労働者であるところ、その就労日数、就労時間が一般の従業員のそれの4分の3以内に制限されていた事実はないが、これらの者の就労日数、就労時間、賃金に関する資料は毎年の標準報酬月額の定時決定に際して所轄社会保険事務所に提出されていたにもかかわらず、一度も適用漏れの指摘がされなかったのであり、このことがX社に非適用が是認されているとの認識を与えたと考えられる。そうすると、会計検査院の指摘があったからといって、突然に2年間遡及して被保険者資格取得を強制することは妥当とはいえず、将来に向かってのみ被保険者資格を取得させるのが相当である。(パートタイム労働者について2年遡及して資格取得させることを否定)
平成14年9月30日裁決<被保険者資格>裁決集30頁
請求人X(事業主)がパートタイマーについて作成した就業規則上は1日の労働時間は4時間とされ、Xの事業所にはフルタイムの労働者はいない。しかし、実際には4時間の勤務を連続して行う労働者が多く、その実態は、労働基準法32条の規定する労働時間によるフルタイム労働者と異なるところがない。
ところで、行政手続法12条は、不利益処分をする場合の処分基準を予め定め、これを公示しておくことを要求しているところ、短時間労働者の被保険者資格の取扱いが内翰*1によって定められていることはこの規定との関係で問題なしとせず、また、前記のような雇用の実態が営業(飲食店)の実態からいって当然予想されるXに対して、国が従前の定期的な実態調査に際してどのような態度で臨んできたかについても疑問がある。しかし、前記規定は訓示規定の性格を有するにとどまるもので、その違背は不利益処分の効力に影響を及ぼすものではないうえ、もともと内翰は、実績上の労働時間が通常の労働者とほとんど同じであるようなパートタイム労働者(擬似パート)までも念頭に置いたものではない。そうして、このような労働者については、事業主は「通常の労働者としてふさわしい処遇をするよう」努力しなければならないとされている(平成5年12月1日労働省告示118号第3)にもかかわらず、所管の社会保険事務所に社会保険加入の要否を確かめる等の行動もとることなく、利害関係人(パートタイマー)の意向のままに勤務させてきたXの対応には事業主としての配慮に欠けるものがあったといわざるを得ない。以上からすると、社会保険事務所長が利害関係人らに対し健康保険及び厚生年金保険の被保険者資格を遡及して取得させたことは妥当である。(遡及して資格取得させることを肯定)
平成17年7月29日裁決<被保険者資格>裁決集31頁
請求人Xは和菓子等の製造販売を営む事業所の事業主であるところ、その雇用するパートタイム労働者については、国は内翰に示された被保険者資格認定基準*2を満たすものであるとして、遡及して被保険者資格の取得を確認する旨の処分(原処分)をした。Xは、適用事業所の届出をした時から現在まで同一の社会保険労務士に社会保険関係の事務を依頼してきたことが認められるところ、所轄社会保険事務所は、内翰に示された前記基準により被保険者資格取得の届出をする必要があることについて、かねてから各事業主及び管内の各社会保険労務士に注意を促してきた。
このような事情及びパートタイム従業員の被保険者資格の問題は近時社会的にも注目されていることに照らせば、本件において被保険者資格の取得時期の遡及を認めない理由はないというべできであるし、また、かかる場合に資格取得時期の遡及を否定するならば、摘発されるまではパートタイム従業員について資格取得の届出をしないで保険料の負担を回避しようとする傾向を助長し、社会保険制度の空洞化を招来するおそれもあるといわなければならない。Xの雇用するパートタイム従業員について遡及して資格取得を確認した原処分は妥当である。(遡及して資格取得させることを肯定)
*1:内翰(ないかん)とは、行政機関において、必要な事項を伝達するために、国から地方自治体に対して送付される文書のこと。法令や通達として規定するに馴染まない事項を伝達するために用いられる。例として、法令で抽象的に示された規定について、規定を具体的に認定する際の一定の基準や、内容が仔細にわたるため法令で規定するには馴染まない事項などを参考として示すために用いられる例がある。 通達と異なり、内翰は下級行政庁を拘束しない。その具体的な違いは通達に反する行政行為を下級行政庁がおこなえば通達違反で職務命令違反となるが、内翰違反の行政行為をおこなっても職務命令違反にならない。実質的に内翰は行政庁内の規定と考えてよい。