社会保険労務士川口正倫のブログ

都内の社会保険労務士事務所に勤務する社会保険労務士のブログ



パートタイム労働者の厚生年金・健康保険の資格得喪についての重要な裁決1

バナー
Kindle版 職場の出産・育児関係手続ガイドブック~令和の常識~
定価:800円で好評発売中!!


にほんブログ村
続き

パートタイム労働者の厚生年金・健康保険の資格得喪についての重要な裁決1

勤務日数が正社員の4分の3未満のパートタイマーである医師(平成14年5月31日裁決<被保険者資格>裁決集19頁)

請求人Xは医師であって、平成9年4月にA病院で勤務を開始するに際し、いったん被保険者資格取得の確認処分を得た。XのA病院における勤務内容は、毎週2日連続して勤務を行い、その間に当直勤務もあるというもので、勤務時間は連続32時間となる。同病院の就業規則によれば、一般の医師の場合、勤務は週4日、32時間とされており、また、当直勤務は、給与の計算上、特に日勤としての取扱いはされていない。Xの同病院における月収は62万円程度であった。国は、調査を行った結果、Xは勤務日数の点で内翰*1にいう4分の3要件*2を満たしていないとして、前記資格取得確認処分を取り消す旨の処分(原処分)をした。
内翰が、健康保険法や厚生年金法に明文で定められた適用除外のほかに、一定の要件を備えたパートタイマーをそれぞれの保険制度の対象外としている趣旨は、パートタイマーは一般に収入が低く、これら保険に加入することに伴う保険料の負担が過重に感じられる場合が少なくないことに加え、その多くが家族を被保険者とする健康保険につき被扶養者となる要件を備えているので、これに保険加入を強制する客観的な必要性が必ずしも高くなく、また、そのように取り扱う方が本人にとって有利でないとはいえないという事情によるものと考えられる。したがって、法定の適用除外者に当たらないパートタイマーが保険加入を希望する場合には、国として、これに応ずるのが法の趣旨に沿った措置であり、内翰はこのような取扱いを禁ずる趣旨を含むものではない。
本件において、Xは、医師としての技能に基づいて病院に勤務して相当の収入を得ており、その雇用関係は安定しているのであるから、これについて勤務日数のみを捉えて常用的な雇用関係にないとすること自体、果たして内翰の趣旨に合致するかどうかについても問題が存するところであるが、その点はしばらく措き、Xにつき常用的使用関係が認められないと仮定しても、Xが法の定める適用除外者に当たるとすべき根拠は見出し難いのであるから、Xが被保険者資格の取得の意思を有する以上、これを認めるべきであり、内翰を根拠としてこれを拒むことはできない。(被保険資格が認められた)

パートタイマーが常用的使用関係に転化する時期(平成19年12月25日裁決<被保険者資格等>裁決集47頁)

請求人XはA社にパートタイム労働者として雇用され、契約上、その所定労働時間(実働)は5時間30分、所定労働日数は月22日以内とされていた(一般従業員の所定労働時間は、時期によって異なるが、7時間30分又は8時間、所定労働日数は23日又は22日)が、Xの勤務する店舗では、勤務しているのはパートタイム勤務の販売員のみであり、時間外勤務がないとすれば月当たり4.1人の販売員を必要とするところ、同店舗の販売員は平成17年11月後半に3名減少し、その後4名ないし5名になる時期もあったが、必要な販売員の確保に苦しむ状態が続いた。これに伴い、Xの同年12月以降の勤務日数は恒常的に22日を超え、月間の勤務時間は一般従業員のそれの4分の3である132時間を恒常的に超えるようになった。
いわゆる4分の3要件を満たすパートタイム労働者が例外的に厚生年金法等の適用される労働者とされるのは、雇用契約期間中に業務量の恒常的な増加が予想されるにもかかわらず雇用労働量を増加させないなど、雇用契約の内容が有名無実になった場合であると解するところ、本件においては、前記平成17年11月後半にXを常用的使用関係にある者に転化させる必要があることを事業主において認識することが当然に期待できたとはいえないが、四半期ごとに経営実績の評価とそれに伴う見直しをするという一般の企業経営の実態*3を勘案すると、平成17年11月後半を含む四半期の翌四半期の始期である平成17年12月をもって、事業主がXに係る被保険者資格の取得の届出をすべきであった時期と認めるのが相当である。

4分の3要件を満たしてないパートタイマー(派遣)である客室乗務員(平成22年3月31日裁決<被保険者>裁決集未登載(平成20年(厚)656号))

請求人Xは、本件会社(利害関係人)に派遣社員として雇用され、某外国航空会社に客室乗務員として派遣されて、もっぱら長距離フライトに乗務していた者であり、当該雇用期間につき厚生年金保険の被保険者資格取得の確認を求めている。
国は、Xらの客室乗務員として派遣されている者(就業規則は定められていない)の労働時間を正社員の就業規則上の労働時間等と比較したうえ、パートタイム労働者の被保険者資格に関する昭和55年6月6日付内翰にいう、いわゆる4分の3要件が充たされていないとして、Xの係争期間に係る被保険者資格を否定したが、この判断手法は、賃金労働時間と所定労働時間(それは、就業規則等により労働者が使用者の指揮監督下にある時間を指すものと解される。)という性質の異なる労働時間を比較している点、実労働時間の把握が正確なものとはいえない点、比較の対象とされた正社員とXら派遣社員とでは、業種が全く異なっている点などからいって、是認することができない。
ところで、Xら客室乗務員として派遣される社員は、その職務の性質上、1回の乗務による労働時間が長くなる一方、1か月当たりの労働時間全体では比較的短くなる傾向にあり、また、乗務に伴う外国での滞在が必要になることもあって、この点からも労働日数そのものは短くならざるを得ない。その月間乗務回数(本件会社の場合、月間7~8回程度)は、他の航空会社の同種職員と比べると、その4分の3程度である。また、その職務内容は、一定程度の英語能力を要求されるなど、専門職的色彩が強く、現実に得ている報酬の額も、一般の常用的労働者のそれと比較して遜色のないものである。したがって、Xは、生計と立てるに必要とされる程度の収入をその労働によって得ているものというべきところ、前記内翰がパートタイム労働者について被保険者と認められる要件を定めている趣旨は、常用使用関係にある労働者(賃金でその生計を賄うことが可能である者)との比較においてさして変わりがないと認められるパートタイム労働者は常用的労働者の範疇に含ませるというものであるから、Xのような者は、その職務内容、就労形態、賃金額等に照らし、前期内翰にいう、「4分の3要件に該当しないものであっても、その者の就労の形態等個々の具体的事例に即して被保険者として扱うのが適当な者」に当たるというべきである。
なお、利害関係人は、国が従来Xらを被保険者として届け出るよう指導して来なかったのであるから、被保険者性を認めるとしても、遡及的に(本件の場合は、保険料債権が時効消滅しない範囲で)被保険者資格の取得を確認すべきではないと主張しているが、国の客室乗務員に対する厚生年金保険の適用事務に徹底を欠く点があったとしても、社会保険関係のような、保険者・事業主・被保険者という3面構造の法律関係に関しては、そのような国(保険者)の事務処理上の過誤を理由として法の適用を排除することは許されない。(被保険者資格が認められた)

4分の3要件を満たしていないパートタイマー(派遣)である語学講師(平成22年7月30日裁決<被保険者資格>裁決集未登載(平成21年(健厚)283号))

請求人X社は労働者派遣事業を営む会社であり、利害関係人Aらの契約社員を語学講師として学校に派遣しているが、Aとの間には、1年を単位として毎月給与額、一定の条件下でのボーナス額のほか、夏期及び年末年始にそれぞれ2週間の有給休暇を与えることなどを定めた雇用契約を締結している。国がAにつき健康保険及び厚生年金保険の被保険者資格の取得を確認する処分をしたのに対し、X社は不服を申し立て、年間を平均したAの所定労働時間と正規雇用者の所定労働時間を比較すると、内翰にいう、いわゆる4分の3要件は満たされていないから前記処分は違法であると主張している。
しかし、前記のような雇用契約の内容に照らせば、Aが常用的な労働者であることは明らかであるから、内翰所定の要件の具備の有無にかかわりなく、原処分は妥当である。(被保険者資格が認められた)


(参考)

パートタイム労働者の被保険者資格に関する昭和55年6月6日付内翰の内容

短時間就労者(パートタイム労働者)が健康保険および厚生年金保険の適用すべき常用的使用関係にあるかどうかを判断するにあたっては、次の点に留意すべきである。

  • ① 当該就労者の労働日数、労働時間、就労形態、職務内容等を総合的に勘案することを要する。
  • ② その場合、1日または1週の所定労働時間および1か月所定労働時間が当該事業所において同種の業務に従事する通常の就労者の所定労働時間および所定労働日数のおおむね4分の3以上である就労者については、原則として健康保険および厚生年金保険の被保険者として取り扱うべきである。
  • ③ ②に該当する者以外であっても、①の趣旨に従い、被保険者として取り扱うことが適当な場合があると考えられるので、その認定にあたっては、当該就労者の形態等個々の具体的事情に即して判断すべきものである。


平成28年10月改正厚生年金保険法の施行に伴い、この4分の3要件は次のように扱われるようになりました。

1 4分の3基準について

(1) 1週間の所定労働時間及び1月間の所定労働日数の取扱い

 1週間の所定労働時間及び1月間の所定労働日数とは、就業規則雇用契約書等により、その者が通常の週及び月に勤務すべきこととされている時間及び日数をいう。

(2) 所定労働時間又は所定労働日数と実際の労働時間又は労働日数が乖離していることが常態化している場合の取扱い

 所定労働時間又は所定労働日数は4分の3基準を満たさないものの、事業主等に対する事情の聴取やタイムカード等の書類の確認を行った結果、残業等を除いた基本となる実際の労働時間又は労働日数が直近2月において4分の3基準を満たしている場合で、今後も同様の状態が続くことが見込まれるときは、当該所定労働時間又は当該所定労働日数は4分の3基準を満たしているものとして取り扱うこととする。

(3) 所定労働時間又は所定労働日数を明示的に確認できない場合の取扱い

 所定労働時間又は所定労働日数が、就業規則雇用契約書等から明示的に確認できない場合は、残業等を除いた基本となる実際の労働時間又は労働日数を事業主等から事情を聴取した上で、個別に判断することとする。

(内翰廃止とその後の取扱いについての通達)
sr-memorandum.hatenablog.com

*1:内翰(ないかん)とは、行政機関において、必要な事項を伝達するために、国から地方自治体に対して送付される文書のこと。法令や通達として規定するに馴染まない事項を伝達するために用いられる。例として、法令で抽象的に示された規定について、規定を具体的に認定する際の一定の基準や、内容が仔細にわたるため法令で規定するには馴染まない事項などを参考として示すために用いられる例がある。 通達と異なり、内翰は下級行政庁を拘束しない。その具体的な違いは通達に反する行政行為を下級行政庁がおこなえば通達違反で職務命令違反となるが、内翰違反の行政行為をおこなっても職務命令違反にならない。実質的に内翰は行政庁内の規定と考えてよい。

*2:パートタイマーが社会保険に加入できる要件として、①1日又は1週間の労働時間が正社員の概ね3/4以上であること。②1ヶ月の労働日数が正社員の概ね3/4以上であること、という2つの要件を満たす必要があり、平成28年10月施行の改正厚生年金保険法までは内翰で示されていただけであった。

*3:会社法363条??