社会保険労務士川口正倫のブログ

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【普通解雇】社会福祉法人どろんこ会事件(東京地判平31.1.11労判1204号62頁)

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社会福祉法人どろんこ会事件(東京地判平31.1.11労判1204号62頁)

審判:一審
裁判所:東京地方裁判所
事件番号:平成29年(ワ)7083号
裁判年月日:平成31年1月11日

1.事件の概要

Xは、保育所や障害時通所支援事業の社会福祉事業等を行う社会福祉法人Yに、発達支援部長として採用されたが、Xが採用時にYに提出した履歴書記載の経歴等に虚偽があることが判明したばかりか、Xの組織の運営・職員のマネジメント(職員に精神的苦痛を加える方法によること等)がYの求めるものと異なることが判明した等の理由により、YはXに本採用拒否の通知したうえ、解雇した。
これに対して、XがYに、雇用契約上の地位確認等を求めて提訴したのが本件である。

2.判決の概要

(1) 前記認定事実によれば、Xは、その履歴書における経歴から、発達支援事業部部長として、さらにはYグループ全体の事業推進を期待されるYの幹部職員として、Yにおいては高額な賃金待遇の下、即戦力の管理職として中途採用された者であったものであり、職員管理を含め、Yにおいて高いマネジメント能力を発揮することが期待されていたものである。
しかるに、Xは、入職後、1か月ほどの間のうちに、外部機関による説明会を含むYの重要会議にしばしば欠席するなどしたことがあったほか、実際には権限はないのに、自らが示した人事採用方針について不安を述べる施設長に適格性がないと判断するなどと申し伝えたり、Y本部内にあって不用意に施設長の降格について言及するなどしたばかりか、特段、本人に対する面談や事実確認、施設訪問を経ているわけでもないのに、Kに対しては、案内文書の確認についてくだらないことで呼び止められたなどと衆人の目のある中批判し、パソコンの自費による返還を命ずるなどしたほか、MBO(半期査定)面談について「実施予定がない。」などと拒否し、議事録の開示を求めた同人に対し、不適格で降格予定と読める本件メールを他者が閲覧できる状態の中送信するなどしてその面目を失わせ、その高圧的言動により内部ホットラインによる相談はおろか外部ホットラインによる相談まで招く事態を生じてその離職の一因を作り、同様、Mに対してもこれらホットラインによる相談を招く事態を生じさせたものである。また、「P」に係る一連の事象においても、同様の手法によりOの面目を失わせ、Oはもちろん当該施設長からもその威圧的手法についてクレームを生じさせたところであって、発達事業本部の管理職たるOと軋轢を生じさせたほか、Y事業の主要な構成要素であるといえる施設の要たる施設長との間でも軋轢を生じさせたものといえる。これらの点からすると、Xの業務運営の手法は、少なくとも施設長らとの円滑な意思疎通が重要となるYの発達支援事業部部長としては、高圧的・威圧的で協調性を欠き、適合的でなかったと評価せざるを得ない。
しかも、Xは、C市案件に関して、Yがリベートを取得するなどの不正を行っているなどと事実確認の面談の際に述べるなどしたほか、この点に関して不正な補助金使用があったなどとして記者会見を行い、さらにはYが不正アクセスを行ったなどと団体交渉の場で指摘するなどしたものである。
この点、Xは、C市案件に関してYに上記不正があった旨主張し、X本人もこれに沿う供述をしているが、本件全証拠をみても同供述を裏付ける的確な資料根拠は認められず、かえって、証人H・同Oの反対趣旨の証言やJ・Zの反対趣旨の陳述がある。これらの点に照らすと、X指摘の事実があったとは認められない。
また、Xは、Yによる不正アクセスがあったとも主張し、これに沿うX本人の供述のほか、甲21、27ないし31、43及び44号証はある。しかし、Yは、Xの上記主張を争っているところ、上記甲号証も、Xからその旨の被害事実の申告がされたことを窺わせる根拠資料とはいえても、これによっては、その事実の有無及び原因が真にYによるものであるかは不詳というほかなく、そもそもパソコンからY内部の会話が流れ出すなど自己に不利益な状況となりかねない不正アクセスをYが試みたとみること自体も不自然であり、Jの反対趣旨の陳述もあるほか他にYについて官憲による捜査が進捗しているとも窺われないことにも照らすと、Xの上記主張事実についてもこれがあるとは認められない。
結局、以上の点からすると、本件証拠上、Xが問題視するところのC市案件に係る不正やYによる不正アクセスはなかったものと認めるべきものであり、Xは、これらの点について事実に沿わない発言をしたものといわざるを得ない。
そして、C市案件に関し、Xが殊更これを流布したと認めるべき的確な証拠はないものの(この点、Yは、Xが平成28年12月のサッカーイベントで流布していたなどと主張し、これに沿う証人Mや同Hの証言部分はあるが、いずれもXが現に流布していたことを認めるべき証言内容とはいえず、他に上記Y主張事実を裏付けるに足りる的確な証拠はない。)、平成29年1月に至ると、本件本採用拒否の日に先立ち、記者会見を行って一般にこれを摘示してYにその対応を余儀なくさせ、また、不正アクセスの点についても、Yが犯罪行為を行った旨を衆人の下摘示したものといえ、信頼関係を損なう言動に及んだものといえる。
のみならず、Yは、Xが申告していた経歴にも事実に沿わない記載があったなどと主張しているところ、少なくとも、Yが経歴において重視していた点の一つであるXのGにおけるサイエンス教室の現在までの6年間に亘る継続開催につき、実際には平成26年6月から平成27年6月までの1年間において、4回ばかり科学実験の先生として関与していたと認められたにとどまって、以降、特にGとのやり取りも途絶えていたこと、さらには、同様、Yが民間企業でのマネジメント能力に関して注目をしていたV社でのコンサルタントとしての稼働に関しても、仔細については本訴提起後に判明した事情であったものの、履歴書付属の職務経歴書の記載から推知されるほどの活躍は認められなかったほか、そもそも稼働期間自体、その記載に反し、同28年4月から同年8月31日までとわずかであったことが認められる。この点、Xは、前者(Gでの活動)の点につき、履歴書の「職歴」欄にではなく「事項」欄に記載している、Gからの要請があれば何時でもサイエンス教室に協力する用意があったから履歴の記載として誤りではないなどと主張し、X本人も、Gの理事長とは今も懇意としているなどと供述するほか、上記X主張と同旨の供述をしているが、事項欄であっても履歴であることに変わりはなく、サイエンス教室に協力する用意があるから現在も継続しているなどとは一般にもおよそ見難い。また、Xは、後者(V社での稼働)の点についても、同社からの回答の証拠力も争うが、その信用性を疑わせる事情は本件証拠上認められない。以上のとおりであるから、その主張の点からその記載が正当化されるものではない。
結局、以上の点に照らすと、上記のように高いマネジメント能力が期待されて管理職として中途採用されたXにつき、少なくとも、本件就業規則14条1項6号、29条5号、11号及び同就業規則14条1項1号に規定するように、他の職員の業務遂行に悪影響を及ぼし、協調性を欠くなどの言動のほか、履歴書に記載された点に事実に著しく反する不適切な記載があったことが認められるところであり、本件本採用拒否による契約解消は、解約権留保の趣旨、目的に照らし、客観的に合理的な理由が存し、社会通念上相当なものと認められる。

(2) Xのその他主張について
ア 以上に対し、Xは、採用に際して「経営陣との軋轢を恐れない」ことが条件とされており、大胆な意見具申と改革提案が期待されていたなどと主張する。確かに、募集要項にそのような記載はあり、外部の人材であったXに意見具申と改革提案が期待されたとはいえるが、現実に軋轢を生じては企業活動が進まないことは自明であって上記募集要項の記載もそのような気概で募集に応じてくれる者を求めた程度の趣旨にすぎない。以上のとおり、上記記載と実際に職員と軋轢を生じることとは別であり、その記載からXの所為が正当化されるものではない。
イ Xは、Xの言動は批判を受ける一方で評価もされており、仮に言動の表現方法や伝達の仕方に問題があったとしても、非本質的かつ是正可能で、およそ本採用拒否の理由とはなり得ないなどと主張する。
確かに、Xが、職員間の不公平感を是正に努めようとしていたこと等については、Y内部でも、役員や一部職員に、一面、これを肯定的に評価する声もあったとはいえる。しかし、前判示のとおり複数の施設長から外部ホットラインへの相談等を引き起こすなど相応に大きな紛議等も生じたことに照らせば、高いマネジメント能力が買われて採用されたXの本採用の是非の判断に当たり、その運営手法が非本質的とみるべきものであったなどとは到底いえない。また、Xが、その履歴に鑑み、高いマネジメント能力を買われて、Yとしては好待遇の下、即戦力として中途採用されたものであったことに照らせば、改善指導を当然の前提とすることも相当でなく、むしろ、Xの高圧的言動に係る事実が短期間で複数認められたことや、Xの不正行為や違法行為に係る指摘によりYの信頼関係を大きく損なう事態にもなっていたこと、しかも、X申告の経歴を踏まえて前記労働条件が設定されたものであったのに、経歴上不適切な点も少なくとも前記(1)の範囲であったことにも照らせば、Xの是正意向にかかわらず、これをしなかったからといって、およそ本採用拒否の理由にならないものでもない。
ウ Xは、Xの一連の言動は指導としてなされたものでもあったなどという主張もする。確かに、前記認定事実によれば、Xの課員に対する言動には部下に対する指導としてされた側面もあったことは否定できないが、前判示のとおりその手法は不適切で、上記のとおり経歴申告上の問題(不適切な記載)もあったことにも照らせば、その指摘の点から前記判断が左右されるものでもない。この点、Xは、同所において、Xの言動がパワーハラスメントに該当しないことについても主張しているが、本件本採用拒否の理由は上記のとおりYにおける協調性を欠くマネジメントであったことや経歴申告上の問題があったことであって、パワーハラスメントに該当するか否かを問議する意味に乏しい。
なお、Xは、Xの言動の背景事情として、KやMに、それぞれ研修を早退したり、契約社員に不適切な発言をして退職を招くなどの不適切な言動があったことについても主張しているところ、確かに、同人らにそのような問題点があったことは窺われるが、Xに、本件メールはもちろん、それ以外の言動においても、同人らに対し、そのような問題点があることを諭そうとする姿勢があったとはおよそ垣間見ることはできず、協調的態度に欠けるものであったことには変わりはなく、不適切な運営手法により紛議を招き、経歴申告上の問題もあったことにも照らせば、その指摘によっても本件本採用拒否の正当性が左右されるものではない。
エ Xは、本件メールがどのように他の職員の業務遂行に悪影響を及ぼしたのかも明らかでないなどとも主張する。しかし、前判示のとおり、その内容は、Yの事業の要である施設の施設長に大きな衝撃を与えるメールの内容であったといえるのであり、そのこと自体、業務遂行に悪影響を及ぼしたものといえる。Xは、KやMの反応こそが稀有で、本件本採用拒否は同人らの主観的な感情に基づくものにすぎないというような主張もする。しかし、本件本採用拒否は、Xについて、Kらによりなされた外部ホットラインへの相談等客観的事象を踏まえてなされたもので、単なる主観的感情に基づきされたものではない上、前判示のとおり、直属の上司たるべき者から、面談もないまま会議等で批判され、さらには降格が予定されていると読める内容の本件メールを自身が管掌する施設の共有メールアドレスに送信されるに至っては、これにより退職にまで至るかはともかくとしても、上司たるべきものとの関係を思い悩むに至ることは予期し得べきものといえ、Kらの稀有な反応に基づくものであるなどと評価されない。したがって、かかる指摘によっても前記判断は左右されない。
なお、Xは、本件メール等に関し、各種の情報に基づいて自らの人事配置を構想することは当然で、これを関係者に明らかにすることにも何ら問題はないはずであるなどとも主張するが、そもそも前記認定のとおり、人事配置に係る権限はXにはなかったものであるし、この点措いても、Xが発達支援事業部部長としてKらの上役にあり、発達支援事業部全体の円滑な運営を図る立場にあったことにも照らせば、そもそも構想であってもこれを当該本人も含む共有メールアドレス宛に不用意に送ること自体、紛議を生じさせるものとしてマネジメント能力や協調的姿勢に欠けるものであったといわざるを得ず、Xの指摘からその行為がおよそ正当化されるものとはいえない。
オ Xは、Xに対し、告知聴聞の手続が履践されておらず、不当であるなどとも主張する。
しかし、本件においてXは解約留保権の行使により労働契約の解消に至ったものであって、懲戒手続により解消に至ったものではなく、その指摘の点から本件本採用拒否による契約解消の有効性が左右されるものでもない。
カ 結局、以上のとおりであり、Xが、施設における人材登用等により事業部内の組織力を高め、あるいは職員間の不公平感の是正をしようとしたこと自体は理解されるところではあるが、その手法は、Yにおいては高圧的、威圧的であったといわざるを得ず、前判示のとおり紛議も生じ、経歴申告上の問題もあったこと、そもそもXについては高いマネジメントを発揮することが予定されて高額な待遇が設定されていたことにも照らせば、Xのこれら主張を踏まえても、Xにつき本件本採用拒否をすることとしたとしてもやむを得ず、その他Xの主張を仔細にみても、前記判断を左右するに足りるまでのものはない。
(3) 以上のとおりであるから、本件本採用拒否による本件労働契約の解消は、その余の事情について判断に及ぶまでもなく、有効と認められる。