社会保険労務士川口正倫のブログ

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【割増賃金】クロスインデックス事件(東京地判平30. 3.28労経速2357号14頁)

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クロスインデックス事件(東京地判平30. 3.28労経速2357号14頁)

審判:一審
裁判所名:東京地方裁判所
事件番号:平成29年(ワ)13256号
裁判年月日:平成30年3月28日

1.事件の概要

Xは、Y社で訳・翻訳のコーディネーターとして勤務していた。Xは、Y社に対して、労働基準法所定の割増賃金を支払っていないなどと主張して、Y社対し、労働基準法に従った平成26年11月から平成28年3月までの割増賃金の支払い等を求めて提訴したのが本件である。
なお、XとY社との間の雇用契約(以下、「本件雇用契約」という)の概要等は、以下のとおりである。

雇用契約の概要】
ア 賃金(毎月末日締め、翌月10日払い)
(ア)入社後、平成27年6月分給与まで基本給22万5000円
(イ)同年7月分給与から基本給23万4500円
イ 所定労働時間午前9時から午後6時まで(うち1時間休憩)
ウ 休日
(ア)法定休日日曜日
(イ)所定休日土曜日、祝祭日、夏季(連続9日間)、年末年始(連続6日間)
なお、夏季及び年末年始に関して、日曜日を含む場合、同日は法定休日となり、その他の日が所定休日になる。

【Xの業務内容及びY社の残業承認制度】
ア Xの業務内容は、見積書の作成、電話やメールでの問い合わせ等への対応、翻訳者・通訳者の選定、翻訳チェック・校正・納品、通訳当日までの必要事項を顧客とやり取りした上で通訳者に伝達、必要に応じて顧客を訪問しての打合せ、請求書の作成・送付、担当分未入金調べ等であった。
イ Xは、平成26年11月から平成28年3月までの間、「未払残業代請求目録」の2枚目以降の「終業時刻」欄記載の各時刻(以下「業務メール送信時刻」という。)にY社の業務上のメールを送信した。
他方で、Y社において、従業員は、毎日の出勤・退社時刻及び休憩時間等を「出勤及び交通費清算管理帳」(以下「本件管理帳」という。)に15分単位で記入し、Y社代表者の承認を得ることとされていたところ、午後7時以降の残業を行う場合には、Y社代表者に対して、所定終業時刻である午後6時までに残業時間等を申告した上で残業を行う旨を申請し、その承認を得る必要があるとされていた(以下「残業承認制度」という。)。
そして、Y社は、Xに対し、「未払残業代請求目録」の「残業手当(既払い分)」欄記載のとおり、Y社代表者が承認した本件管理帳記載の退社時刻(以下「Y社承認時刻」という。)に基づき計算した割増賃金を毎月の給与において残業手当として支払済みである(したがって、本件における主な争点は、Y社承認時刻から業務メール送信時刻までの時間(以下「本件係争時間」という。)が割増賃金支払の対象となる労働時間と認められるか否か等である。)

2.判決の要旨

争点1 本件係争時間の労働時間性の有無について

(1)本件係争時間の労働時間性について

ア(ア) Xは、Y社において、通訳・翻訳のコーディネーターとして、見積書の作成、電話やメールでの問い合わせ等への対応、翻訳者・通訳者の選定、翻訳チェック・校正・納品、通訳当日までの必要事項を顧客とやり取りした上で通訳者に伝達、必要に応じて顧客の下を訪問しての打合せ、請求書の作成・送付、担当分未入金調べ等の業務を行い、深夜を含む業務メール送信時刻にY社の業務上のメールを送信していたものである。
そして、Xは、各就労日において始業時刻から業務メール送信時刻まで継続的に一定量のメールを作成・送信し続け、多い日で1日70通以上、平均して1日50通程度のメールを作成・送信していたと認められるところ、各メールの件名等からしても、その多くが1件30秒程度で作成・送信することが可能であるとされる登録通訳者・翻訳者からの応募に対する断りのメールであると認めることはできず、これらのメールを作成するに際しての調査・検討の時間を含め、上記メールの作成・送信には相応の時間を要したものと考えられる。
また、Xは、これらのメールの作成・送信のみならず、上記のとおり電話対応、見積書や請求書の作成、顧客の下を訪問しての打合せ、翻訳原稿のチェック等の業務も並行して行っており、例えば、①平成27年6月10日には、午後2時から午後6時までの間に顧客2社を訪問したため、帰社後、午後6時以降に議事録の作成、お礼メールの作成・送信を行うとともに、午後9時21分までほぼ絶え間なく30件を超えるメールを作成・送信したほか、②同年10月頃からは、多言語(英語、中国語(簡体字繁体字)、韓国語、タイ語)の翻訳案件(以下「本件大型案件」という。)が入り、見積書作成、翻訳者の割り当て、翻訳原稿のチェック等に多くの時間を要し、納品日であった同年12月24日及び請求書作成のためのシステム入力を行った平成28年1月27日にはそれぞれ徹夜で作業を行ったものと認められる(このうち平成27年12月24日については、Y社も翌日午前7時15分までの休憩時間なしでの残業を承認している。)。
さらに、Xは、Y社の通訳・翻訳部の従業員の中で勤続年数が長かったこともあり、欠勤した他の従業員のフォローを指示され、同従業員宛てのメールの確認・対応を行うことや、新入社員に対する教育等を行うことがあったところ、Y社においては1か月ないしは数か月の短期間で退職する従業員が多く、新入社員に対する教育等に要する労力や時間も少なくなかったものと認められる。

(イ) 他方で、Xが所定労働時間中に度々外出するなどY社の業務以外の事項に時間を費やしていたといった事実を認めるに足りる的確な証拠はなく(上記のとおりXが始業時間から業務メール送信時刻まで継続的に一定量のメールを作成・送信し続けるなどしていたことからすると、Y社の業務以外の事項に時間を費やす余裕はなかったといえる。)、Xの勤務態度等に問題があったと認めることもできない。むしろ、Y社は、Xに対して、上記(ア)のとおり欠勤した他の従業員のフォローを指示したり、平成27年6月には、Xのコツコツと顧客に真摯に対応する姿勢や受注額の推移を踏まえ、同年7月分給与からの9500円の昇給や22万5000円の賞与の支給を決定したりしており、Xの勤務態度等を評価し、勤続年数の長いXを頼りにしていたものとうかがわれる。
この点に関し、Y社は、Y社代表者の指導にもかかわらず、Xが他の従業員に業務分担を切り出さず、仕事を全て自分で抱え込もうとしていたなどと主張する。しかし、本件各証拠によっても、Xがその業務を他の従業員に全く分担させなかったとまでは認められないし、上記(ア)のとおりY社においては短期間で退職する従業員が多かったところ、新入社員に担当させることができる業務は限られ、また、業務を担当させたとしてもXにおいてダブルチェック等を行う必要があるほか、業務を担当させた従業員が退職した場合には当該業務を再び引き取る必要があったと認められ、Xの業務量が多くなっていたことが単なるXの意識等の問題であったということもできない。
なお、Y社代表者は、Xに対し、人手が足りないようであれば臨時で派遣社員を入れることが可能である旨を伝えたり、他の従業員への業務分担の切り出しを促したりしたことがあったと認められるが、これまで判示したところによれば、Y社代表者の上記指導等がXの業務状況を抜本的に改善させるものとはいえず、その後、現にXの業務状況が改善されたと認めることもできないのであって、Y社において上記(ア)のとおりのXの業務状況について抜本的な改善策が講じられていたということはできない。

イ 上記アの各事情によれば、Y社の通訳・翻訳部においては、特に勤続年数の長いXの業務量が多く、Xが所定労働時間内にその業務を終了させることは困難な状況にあり、Xの時間外労働が常態化していたということができる。このことは、Y社承認時刻を前提としても、Xが、平成26年9月以降、平成27年3月まで平均すると月70時間近くの時間外労働を続けていた(平成26年9月101時間、同年10月72時間45分、同年11月59時間30分、同年12月55時間、平成27年1月64時間、同年2月59時間、同年3月77時間)と認められることからも裏付けられる(他方で、Y社承認時刻を前提とすると、同年4月以降の時間外労働時間は月15時間から43時間の範囲にとどまるものの、同月を境にXの業務内容が大きく変わったことをうかがわせる証拠はなく、むしろ、上記ア(ア)のとおり同年10月頃からは本件大型案件が入ったことからすると不自然な減少といわざるを得ず、これらがXの正確な労働時間を示すものとは認め難い。)。
このように、Y社がXに対して所定労働時間内にその業務を終了させることが困難な業務量の業務を行わせ、Xの時間外労働が常態化していたことからすると、本件係争時間のうちXがY社の業務を行っていたと認められる時間については、残業承認制度に従い、Xが事前に残業を申請し、Y社代表者がこれを承認したか否かにかかわらず、少なくともY社の黙示の指示に基づき就業し、その指揮命令下に置かれていたと認めるのが相当であり、割増賃金支払の対象となる労働時間に当たるというべきである。
なお、Y社はその従業員の業務量を当然に把握し又は把握すべきであり、Xから事前の残業申請等がなかったとしても、Xに対して所定労働時間内にその業務を終了させることが困難な業務量の業務を行わせていた以上、上記のとおりY社の黙示の指示が否定されるものでないが、Y社代表者は、午後7時過ぎ頃に退社する際に会社に残っているXを見かけるとともに、Xから深夜にメールを受信することもあったほか、Xに対して事前の残業申請がないことを理由に本件管理帳の退社時刻の記入の修正を求めた際にも、忙しくて残業申請する時間がなかったのは言い訳にならず、Y社の規律に従うよう伝えるにとどまり、残業そのものを否定していなかったと認められる。これらによれば、Y社は、Y社代表者が承認した以外にもXが残業していたことを現に認識していたといえ、このことも上記結論を補強する事情となるものである。

ウ(ア) これに対し、Y社は、残業承認制度を通じて、当日に残業をしてまでも行わなければならない業務であるかの仕分けを行うなどしてきたが、Xは、同制度に従わず、事前に残業申請を行いY社の承認を得ることなく、又はY社承認時刻を超えて、当日行わなくてもよい業務をY社に隠れて行ったなどと主張する。また、Y社代表者も、Xを含む従業員との間で、残業申請時に業務内容と所要時間を伝えられた際、この業務は明日に回してよいから申請を認めないなどという形で、当日に行うべき業務であるか否かの判断基準をすり合わせてきたなどと供述する。

(イ) この点に関し、Y社は、当日行わなくてもよかった業務の具体例として、平成27年11月5日の株式会社Aからの見積もり依頼(同社がBから受注した案件に関するもの)への対応を挙げる。しかし、株式会社Aは、同日、Xに対し、Bから明日までに見積書の提出を指示されたとして見積もりを急かす内容のメールを送信し、Xから明日までに連絡する旨の返信メールに対しても更に見積もりを急かす内容のメールを送信しており、同社との関係では同日中の対応が求められており、Y社代表者も、Xからの同社への対応等を理由とする残業申請に対し、明日に回してよい旨の回答をしていなかったものと認められる。その他、本件各証拠によっても、Y社において個々の業務について当日に行うべき業務であるか否かの判断基準が明確にされていたと認めることはできず、その従業員が顧客の指示や要望に沿った対応を行うこともやむを得ないものといわざるを得ない(顧客からのメール等に対して原則として5分から10分以内に返信することという規則が設けられていたY社においては尚更である。)。
また、仮にXが本件係争時間中に行った業務の中に必ず当日中に行わなければならないとまではいえない業務が含まれていたとしても、上記アのとおりのXの業務量からすれば、当該業務を翌日に回すことにより、その分翌日の残業時間が長くなるか、翌日の業務の一部を更に翌々日に回すこととなり、いずれにしてもどこかで時間をかけて当該業務を行う必要があったことに変わりはないものといえる。Y社は、上記イのとおりXに対して所定労働時間内にその業務を終了させることが困難な業務量の業務を行わせていた以上、Xが同業務を行うに要した労働時間に応じた割増賃金の支払を免れないというべきである。

(ウ) さらに、Xは、在職中は、実際の残業時間に応じた割増賃金の支払を受けることを諦めつつ残業を続けていたものの、本件大型案件をきっかけに余りに長時間の残業が続いたため、平成28年2月頃にY社を退職することを決断したものと認められ、Xが後に割増賃金を請求する目的で意図的にY社に隠れて必要のない残業を行ったなどと認めることもできない。
この点に関し、Y社は、Xが平成27年11月5日午後8時49分より後に送信したメールのCCに通訳・翻訳部の共有メールアドレスを入れていなかったことを指摘する。しかし、Y社の主張によれば、同共有メールアドレスの共有先にY社代表者は入っていないというのであるから、Xが同共有メールアドレスをCCに入れなかったことがY社に隠れて残業を行うためであるとは認め難く(むしろ、Xが供述するとおり、当時、新入社員が3名程入社したばかりであり、余り遅い時間まで残業していることが分かると辞められてしまうのではないかと思い、CCから外したものと考える方が自然である。)、上記イのとおりXがその他の日の深夜にY社代表者に対してメールを送信していたこと(なお、Xが平成27年11月5日午後8時49分に送信したメールのCCにはY社代表者のメールアドレスも入れられていたが、同メール自体、Y社が承認した終業時刻(午後8時15分)の後に送信されたものである。)からしても、Y社の上記指摘をもって、Xが意図的にY社に隠れて必要のない残業を行ったということはできない。
その他、Y社が種々指摘する点を考慮しても、上記イの判断は左右されない。

(2)労働時間について

ア 次に、Xが本件係争時間のうちどの範囲の時間についてY社の業務を行っていたと認めることができるかを検討する。

イ Y社においては、Xを含む従業員がやむを得ずY社承認時刻以降に残業を行うにしても、残業承認制度により割増賃金が支給されないため、可能な限り速やかに終了したいと考えるのが自然である。そして、Xは上記(1)アのとおり始業時間から業務メール送信時刻まで継続的に一定量のメールを送信し続けるなどしており、Y社がその可能性を指摘するY社代表者退社後の外出や睡眠といった事実を認めるに足りる証拠もないこと(なお、Xが本件係争時間中にパソコン画面上の送信メール記録を写真撮影していたことを認めるに足りる証拠はないが、仮に同時間中に写真撮影を行っていたとしても、後記の休憩時間に含まれるといえる。)からすると、本件係争時間については、基本的にその全ての時間においてY社の業務を行っていたものと認めるのが相当である。
もっとも、「未払残業代請求目録」のとおり、Xは日によっては極めて長時間の残業を行っていたところ、そのような場合にまで全く休憩をとらずY社の業務を行っていたと直ちに認めることは困難である。そこで、Y社において1日の所定労働時間8時間に対して1時間の休憩時間が設けられていたことを踏まえ、1日の法外残業時間数が8時間を超える日については、8時間を超える分につき最長で1時間の休憩をとったものとして、当該時間(最長1時間)を法外残業時間数及び深夜労働時間数(同日は必然的に深夜労働となる。)から控除した上でXの労働時間を算定するのが相当である。
具体的には、平成27年11月27日につき1時間を、同年12月4日につき45分を、同月11日につき1時間を、同月18日につき58分を、平成28年1月27日につき1時間を、同年3月31日につき1時間を同各日の法外残業時間数及び深夜労働時間数からそれぞれ控除する(なお、平成27年12月24日については、Y社において翌日午前7時15分まで休憩時間なしでの残業申請を承認していることから控除しない。)ほか、1日法外残業時間数が8時間を超えない同月25日についても、実労働時間数が8時間を超えるにもかかわらず休憩時間なしとされていること(本件管理帳には休憩時間1時間の記載がある。)から、1時間を同日の法外残業時間数及び深夜労働時間数から控除する。

ウ また、本件管理帳の記載上、休日出勤したと認めることができない日(平成26年11月3日、同月16日、平成27年2月11日、同年9月19日、同年10月10日、同月24日、同年12月12日、同月13日及び同月19日)や休暇を取得したと認められる日(平成27年8月12日から同月14日まで、平成28年1月25日、同月26日及び同月28日)については、本件各証拠によっても、業務メール送信時刻までどの程度の時間Y社の業務を行っていたのか明らかとはいえないし(なお、Y社においては社外からもサーバーにアクセスしてメールを送信することができた(X本人)。)、同就業がY社の明示又は黙示の指示に基づくものと認めることも困難であり、割増賃金支払の対象となる労働時間の存在を認めることはできない。

エ以上によれば、割増賃金支払の対象となるXの労働時間は、「未払残業代目録」の2枚目以降のとおりとなる。

(3)割増賃金額について

以上を踏まえ、「時間単価表」のとおりの時間単価に基づき、Xの労働時間に応じた割増賃金額を計算すると、「未払残業代目録」の「認容額」欄記載のとおりとなる。
なお、Y社は、Y社において1か月単位の変形労働時間制がとられていたと主張するが、労働基準法32条の2等が定める要件を満たしていることの主張・立証はなく(例えば、Y社の就業規則第34条の規定のみでは、変形期間中の労働日及び所定労働時間の特定として不十分である。)、Y社の同主張を採用することはできない