社会保険労務士川口正倫のブログ

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【配転】ジャパンレンタカー事件(津地判平31.4.12労判ジャーナル88号)

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ジャパンレンタカー事件(津地判平31.4.12労判ジャーナル88号)

審判:一審
裁判所名:津地方裁判所
事件番号:平成29年(ワ)273号
裁判年月日:平成31年4月12日
裁判区分:判決

1.事件の概要

Xは、一般乗用旅客自動車運送事業、自動車の貸付業、遊戯場の経営等を目的とするY1社のB店で、レンタカー業務等に従事していた。
XとY1社との間の労働契約は有期契約で、反復継続して労働契約を更新して来ていたが、Y1社はXを雇止めとした。XはY社に対して、労働者として地位確認及び社会保険の加入手続をとっていないことによる不法行為に基づく損害賠償等を求めて提訴しXの請求を一部認容する判決がなされ、同判決は、平成29年6月3日確定した(以下、前件訴訟)。
その後、Y1社は、Xに対し、同月26日付けで就業場所をA店とする旨の配転命令を出した。 これに対して、XがY社に、A店において勤労する労働契約上の義務がないことの確認及びY1社が社会保険の加入手続をとっていなかったことが債務不履行に当たるとして、Y1社に対しては債務不履行に基づき、Y1社の代表取締役Y2に対しては会社法429条1項に基づき、連帯して75万8746円等の支払を求めたのが本件である。

2.判決の概要

争点1 訴え提起の信義則違反について

Y1及びY2(以下「Yら」という)は、前件訴訟における損害賠償請求と本件損害賠償請求とは、訴訟物こそ異なるものの、全く同一の事実を請求原因とし、全く同一の損害を請求しようとするものであるから、本件損害賠償請求が前訴の蒸し返しであり、前訴において請求することに支障がなかったことからしても、Xが本件損害賠償請求に係る訴訟を提起することは、信義則に照らし許されない旨主張する。
しかし、本件損害賠償請求は、Xが、健康保険の届出・納付義務違反により、平成19年度から平成26年度にXが納付した健康保険料の半額、及び厚生年金保険の届出・納付義務違反により、平成19年7月分から平成25年1月分までにXが納付した国民年金保険料の半額を債務不履行に基づき請求するものであるところ、前訴の控訴審判決においても、平成7年度から平成26年度のXが納付した健康保険料の半額及び平成4年4月から平成25年1月までにXが納付した国民健康保険料の半額は、Xの被った損害であると認められているのであるが、前訴損害賠償請求が不法行為に基づくものであったことから、3年の消滅時効にかかると判断されたものにすぎない。そうすると、前訴の控訴審判決によっても、Y1社において、債務不履行構成によってはXから請求されることのないとの信頼が形成されたとはいえないし、そう信頼することに正当性があるともいえないから、Xが、前件損害賠償請求と同一の事実ないし損害である本件損害賠償請求を債務不履行構成によってしたからといって、何ら信義則に反するものとはいえない。
したがって、Yらの主張は、その余を判断するまでもなく、採用することができない。

争点2 本件配転命令の無効について

(1) 勤務地を限定する合意等について
ア 次の事実を認めることができる。
(ア) Y社においては、契約社員、パートタイマー、アルバイト及び嘱託従業員以外の全ての従業員に適用のある従業員就業規則と、契約社員、パートタイマー、アルバイト及び嘱託従業員に適用のあるパートタイマー等就業規則があるが、これらの就業規則には、次の規定がある。

a 従業員就業規則12条
1項 会社(注・Y1社のこと。以下、後記bにおいて同じ。)は業務の都合により従業員に対し、職場・職務の変更および出向(在籍および転籍)、派遣、配置転換等、人事上の異動を命じることがある。
2項 従業員は正当な理由がない限り人事異動を拒むことができない。
3項 第1項の人事異動を命ぜられた者は、指定された日までに赴任しなければならない。

b パートタイマー等就業規則7条
1項 会社は業務の都合によりパートタイマー等(注・契約社員、パートタイマー、アルバイト及び嘱託従業員のこと。以下同じ。)に対し、職場・職務の変更および出向(在籍および転籍)、派遣、配置転換等、人事上の異動を命じることがある。
2項 パートタイマー等は正当な理由がない限り人事異動を拒むことができない。
3項 第1項の人事異動を命ぜられた者は、指定された日までに赴任しなければならない。

(イ)a 平成30年3月7日時点で、P3県において、レンタカー・カラオケのフロント業務を中心とする正社員を募集しているが、「自宅から通勤圏内での店舗間の異動はありますが、転居を伴う転勤はありません。」とされている。
同年8月1日時点での、L、K、Qにおける正社員の募集においても、「転勤なし」の記載がある。
b 平成30年5月17日時点で、B店、C店、R店、N店において、アルバイト・パートタイマーを募集しているが、それぞれの募集において、勤務地として、それぞれの店舗の住所が具体的に記載され、「近接店舗への応援あり」とされているとともに、「Y1各店舗でスタッフ大募集中」として、「勤務地もたくさんあるので、通いやすい場所を選んでOK !」とされている。
(ウ)Xは、平成4年3月からC店(現在のC店とは別の場所)に、平成6年1月からD店に勤務したことがあり、同年3月からは、平成20年10月から平成21年1月まで一時C店に勤務したほかは、B店に勤務している。XがD店に勤務することになったのは、それまで勤めていたC店が、平成6年1月から24時間営業から12時間営業に短縮されることになり、Xが行っていた夜間の業務がなくなることになったため、原告が、リニューアルオープンするB店に勤務することになったが、その間、原告は、人手不足であったD店の応援を頼まれ、これを承諾したためである。
(エ)a Y1社とXとの雇用契約書の就業場所には、平成22年12月21日から平成23年3月20日までのものについては、「B店」とのみ記載されていたが、平成25年4月21日から同年6月20日までのものについては、「Y1・B店及び近隣店舗」とされ、同月21日以降のものについては、「B店及び当社が指定する場所」と記載されている。
b 雇用契約を更新する際は、雇用契約書に署名押印するようにと渡されるだけであり、雇用契約書の記載内容に変更があっても説明されることはなかった。なお、雇用契約書は、就業期間が過ぎてから渡されることもあった。
c 平成24年頃から、O店、N店、B店及びC店の4店舗を管轄するエリアマネージャー(エリアの店舗を回って従業員教育をしたり、各店舗の店長が作成するシフト表を確認し、場合によっては他店舗からの応援人員補充などを調整する役)を務めたSも、雇用契約書が「B店」から「Y1・B店及び近隣店舗」と変更された理由を知らされていない。
イ 以上によればY1においては、アルバイトに配転を命じる旨の規定は存在するが、アルバイトは、Xが採用された当時ではなく、現時点に近いものではあるものの、基本的には、通いやすい場所を選んで、具体的な店舗に勤務するというのであり、他の店舗での勤務については、近接店舗に応援するのみであるとされていること、正社員についてさえも、通勤圏内での異動という場合もあるとされていること、Xは、平成6年3月からは、4か月ほどをC店で勤務したほかは、長年専らB店で勤務してきていること、Y1とXとの雇用契約書では、当初、「B店」とだけ限定した記載がされていたが、その後、「Y1・B店及び近隣店舗」ないし「B店及び当社が指定する場所」と記載が変更されているが、このことについて、Y1社からXへの説明はなされていないことからすると、XがC店からB店に異動し、B店からC店に一時異動したことがあることを考慮しても、Y1社とXとの間では、Xの勤務地が必ずしもB店のみに限定されてないとしても、少なくともB店又はC店などの近接店舗に限定する旨の合意があったものと解するのが相当である。
ウ これに対し、Y1は、アルバイトでも遠方の異動先になる場合がある旨主張し、これに沿う証拠として「アルバイト過去異動状況」と題する表を提出し、そこには、遠距離のものから近距離のものまで、異動があったことが記載されているが、それぞれがどのような事情で異動になったかは明らかではなく、住所の移転に伴って勤務場所を異動したということも考えられるから、配転命令によるものであるとは限らず、Y1の主張を裏付けるものとはいえない。
(2) 本件配転命令の権利濫用について
ア 仮に、Xの勤務先をB店又は近接店舗に限定する旨の合意が成立しているとまではいえないとしても、以上の事情からすれば、Y1社には、Xの勤務先がB店又は近接店舗に限定するようにできるだけ配慮すべき信義則上の義務があるというべきであり、本件配転命令が特段の事情のある場合に当たるとして、権利濫用になるかどうか判断するに当たっても、この趣旨を十分に考慮すべきであるといえる。
イ(ア) Y1は、本件配転命令当時、A店は恒常的に人員不足であったが、B店はそうではなかった旨主張するが、全証拠によっても、上記アのような趣旨に反して、アルバイトにすぎないXを配転してA店に補充しなければならないほどの事情を認めることはできず、この観点から本件配転命令が必要であったとは認め難い。
(イ) また、Y1は、Xが、自分で働こうとせず、他の同僚に仕事を押し付けたり、他の従業員が仕事を頼んでも、冷たく威圧的な態度を取られるため、恐怖心を感じてしまうことから、他の従業員らにおいて、Xと一緒に働くことを拒絶していることから、XをB店に復帰させることも、K県内の近接店舗に配転することも避けなければならない旨主張し、証拠にはそれに沿う部分が存在する。しかし、Xは、これを否定する陳述及び供述をしている上、仮にそれに類する行為があったとしても、全証拠によっても、Y1社がそれを会社の問題として捉えたとも、会社として正式に指導するなどしたとも認められないことからすると、会社としては、Xを異動させなければならない事態には至っていないといわざるを得ないし、会社がそれらをし、Xをして改善の機会を何ら与えることなく、Xの異動をもって対処することは、上記アの趣旨に反することを正当化する事情とはならないというべきである。
(ウ) さらに、Y1は、原告の自宅の最寄り駅からE店までに要する時間が1時間08分であり、N店やO店への通勤でも50分以上を要することから、通勤に著しい不利益を与えるほどの遠距離とはいえない旨主張するが、上記アのような趣旨からは、通勤に長時間であることは否めず、本件配転命令によりXが不利益を負うということができる。
ウ 以上によれば、本件配転命令は、上記アの趣旨を十分に考慮すれば、権利の濫用というべきであって、無効であるというべきである。

争点3 社会保険未加入による損害賠償について

(1) 債務不履行
Y1社の事業所が適用事業所であり、Y1社には、Xが健康保険及び厚生年金の資格を取得したことを届け出て、健康保険料及び厚生年金保険料を納付すべき義務があったが、Xがこれを行ったことについては、当事者間に争いがない。
Y1は、雇用契約上の付随義務として、これらの義務があるというべきであるから、これを怠ったことは、債務不履行に当たるというべきである。これに反するYらの主張は採用することができない。
(2) 損害
ア 健康保険料関係
Xが、別紙「原告収入及び健康保険料」の「健康保険料」欄記載のとおり、合計120万2164円の健康保険料を納付したことが認められるから、その2分の1である60万1082円が本来Y1社が負担すべきものであったといえ、同金額がXの損害となる。
これに対し、Y1がXに対し、30万4827円を支払ったことは、当事者間に争いがない。
したがって、Xの健康保険料関係の損害は、29万6255円となる。
イ 厚生年金保険料関係
厚生年金保険料には、国民年金の基礎年金分が含まれているところ、Xは、国民年金保険料として、183万1300円を納付していることが認められる。そして、証拠、これは平成4年度及び平成5年度(24か月)並びに平成15年9月から平成25年1月まで(113か月)の分であることが認められるから、平成19年7月から平成25年1月までの分は、89万5599円(=183万1300円÷137か月×67か月、1円未満切り捨て(以下同じ。))となり、本来Y1社が負担すべきであったその半額である44万7799円がXの損害となる。
これに対し、Y社がXに対し、5万5308円を支払ったことは、当事者間に争いがない。
したがって、Xの厚生年金保険料関係の損害は、39万2491円となる。

争点4 Y2の会社法429条1項の責任について

Xは、Y2がY1をして上記3の債務不履行行為を行わせたのであり、その任務懈怠について悪意又は重大な過失があったから、Y2が会社法429条1項の責任を負う旨主張するが、Y2に悪意又は重大な過失があったことを認めるに足りる証拠はないから、その点を判断するまでもなく、Xの請求は理由がない。