社会保険労務士川口正倫のブログ

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【固定残業代】日本ケミカル事件(最一小判30.7.19労判1186号5頁)

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日本ケミカル事件(最一小判30.7.19労判1186号5頁)

裁判所:最高裁判所第一小法廷
事件番号:平成24年(受)842号
裁判年月日:平成30年7月19日
裁判区分:判決

1.事件の概要

Xは、調剤薬局を営むY社で薬剤師として勤務していた。XとY社との間の雇用契約の内容等は次のとおりであったが、Xは、Y社に対して、時間外労働等に対する賃金の支払を求めて提訴した。第一審は、Xの請求を斥けたが、第二審はXの請求を認容したため、これに対してY社が上告したのが本件である。

雇用契約の概要等】
(1) Xは、平成24年11月10日、保険調剤薬局の運営を主たる業務とするY社との間で、次の内容の雇用契約(以下「本件雇用契約」という。)を締結した。
業務内容:薬剤師(調剤業務全般及び服薬指導等)
就業時間:
月曜日から水曜日まで及び金曜日は午前9時から午後7時30分まで(休憩時間は午後1時から午後3時30分までの150分)
木曜日及び土曜日は午前9時から午後1時まで
休日及び休暇:日曜日、祝祭日、夏季3日、年末年始(12月31日から1月3日まで)及び年次有給休暇
賃金(月額):基本給46万1500円、業務手当10万1000円
支払時期:毎月10日締め25日支払
(2)Xは、平成25年1月21日から同26年3月31日までの間、Y社が運営する薬局において、薬剤師として勤務し、上記(1)の基本給及び業務手当の支払を受けた。Xの1か月当たりの平均所定労働時間は157.3時間であり、この間のXの時間外労働等の時間を賃金の計算期間である1か月間ごとにみると、全15回のうち30時間以上が3回、20時間未満が2回であり、その余の10回は20時間台であった。
(3)本件雇用契約に係る契約書には、賃金について「月額562,500円(残業手当含む)」、「給与明細書表示(月額給与461,500円 業務手当101,000円)」との記載があった。
イ本件雇用契約に係る採用条件確認書には、「月額給与 461,500」、「業務手当 101,000 みなし時間外手当」、「時間外勤務手当の取り扱い年収に見込み残業代を含む」、「時間外手当は、みなし残業時間を超えた場合はこの限りではない」との記載があった。
Y社の賃金規程には、「業務手当は、一賃金支払い期において時間外労働があったものとみなして、時間手当の代わりとして支給する。」との記載があった。
(4) Y社とX以外の各従業員との間で作成された確認書には、業務手当月額として確定金額の記載があり,また,「業務手当は,固定時間外労働賃金(時間外労働30時間分)として毎月支給します。一賃金計算期間における時間外労働がその時間に満たない場合であっても全額支給します。」等の記載があった。
(5) Y社は,タイムカードを用いて従業員の労働時間を管理していたが,タイムカードに打刻されるのは出勤時刻と退勤時刻のみであった。Xは,平成25年2月3日以降は,休憩時間に30分間業務に従事していたが,これについてはタイムカードによる管理がされていなかった。また,Y社がXに交付した毎月の給与支給明細書には,時間外労働時間や時給単価を記載する欄があったが,これらの欄はほぼ全ての月において空欄であった。

2.判決の要旨

① 原審は、上記事実関係等の下において、要旨次のとおり判断して、Xの賃金及び付加金の請求を一部認容した。
(1)いわゆる定額残業代の支払を法定の時間外手当の全部又は一部の支払とみなすことができるのは、定額残業代を上回る金額の時間外手当が法律上発生した場合にその事実を労働者が認識して直ちに支払を請求することができる仕組み(発生していない場合にはそのことを労働者が認識することができる仕組み)が備わっており、これらの仕組みが雇用主により誠実に実行されているほか、基本給と定額残業代の金額のバランスが適切であり、その他法定の時間外手当の不払や長時間労働による健康状態の悪化など労働者の福祉を損なう出来事の温床となる要因がない場合に限られる。
最高裁で、この見解は否定されました。
(2)本件では、業務手当が何時間分の時間外手当に当たるのかがXに伝えられておらず、休憩時間中の労働時間を管理し、調査する仕組みがないためY社がXの時間外労働の合計時間を測定することができないこと等から、業務手当を上回る時間外手当が発生しているか否かをXが認識することができないものであり、業務手当の支払を法定の時間外手当の全部又は一部の支払とみなすことはできない。

② しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1)労働基準法37条が時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けているのは、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとする趣旨によるものであると解される(静岡県教職員事件(最一小判昭 4746 民集 26 巻 3 号 397 頁)・医療法人康心会事件(最高裁平成28年(受)第222号同29年7月7日第二小法廷判決・裁判集民事256号31頁)参照)。また、割増賃金の算定方法は、同条並びに政令及び厚生労働省令の関係規定(以下、これらの規定を「労働基準法37条等」という。)に具体的に定められているところ、同条は、労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるものと解され、労働者に支払われる基本給や諸手当にあらかじめ含めることにより割増賃金を支払うという方法自体が直ちに同条に反するものではなく(前掲最高裁第二小法廷判決参照)、使用者は、労働者に対し、雇用契約に基づき、時間外労働等に対する対価として定額の手当を支払うことにより、同条の割増賃金の全部又は一部を支払うことができる。そして、雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは、雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである。しかし、労働基準法37条や他の労働関係法令が、当該手当の支払によって割増賃金の全部又は一部を支払ったものといえるために、前記①(1)のとおり原審が判示するような事情が認められることを必須のものとしているとは解されない。
(2)本件雇用契約に係る契約書及び採用条件確認書並びにY社の賃金規程において、月々支払われる所定賃金のうち業務手当が時間外労働に対する対価として支払われる旨が記載されていたというのである。また、Y社とX以外の各従業員との間で作成された確認書にも、業務手当が時間外労働に対する対価として支払われる旨が記載されていたというのであるから、Y社の賃金体系においては、業務手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものと位置付けられていたということができる。さらに、Xに支払われた業務手当は、1か月当たりの平均所定労働時間(157.3時間)を基に算定すると、約28時間分の時間外労働に対する割増賃金に相当するものであり、Xの実際の時間外労働等の状況と大きくかい離するものではない。これらによれば、Xに支払われた業務手当は、本件雇用契約において、時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていたと認められるから、上記業務手当の支払をもって、Xの時間外労働等に対する賃金の支払とみることができる。原審が摘示するY社による労働時間の管理状況等の事情は、以上の判断を妨げるものではない。したがって、上記業務手当の支払によりXに対して労働基準法37条の割増賃金が支払われたということができないとした原審の判断には、割増賃金に関する法令の解釈適用を誤った違法がある。

③ 以上によれば、原審の判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、原判決中Y社敗訴部分は破棄を免れない。そして、Xに支払われるべき賃金の額、付加金の支払を命ずることの当否及びその額等について更に審理を尽くさせるため、上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。