社会保険労務士川口正倫のブログ

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【退職勧奨】富士ゼロックス事件(東京地判平23.3.30労判1028号5頁)

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富士ゼロックス事件(東京地判平23.3.30労判1028号5頁)

参照法条  : 労働契約法15条、労働契約法16条、民法95条
裁判年月日 : 2011年3月30日
裁判所名  : 東京地
裁判形式  : 判決
事件番号  : 平成21(ワ)44305
裁判結果  : 一部認容、一部却下

1.事件の概要

Xは、カラー複写機などのオフィス機器の製造・販売等を主たる業とするY社で営業職として勤務していた。Xは、平成20年12月26日、現配属部署の事業所Aには出社せず、午前10時18分頃に異動前の事業所Bに出社したが、出勤時刻を「午前9時31分」と偽って入力したことが、上司の調査により判明した。Y社は、当該虚偽入力についてXを事情聴取したところ、Xは事実を認め顛末書をしたが、その際は、財布を忘れたことや電車の遅延、駅構内の混雑など、偶発的単発的な事象を理由としていた。しかし、その後のY社の調査により、ICチップ入りの社員証で管理される入退館時刻とXが入力する出退勤時刻に差異のある日が多数発見されたほか、外出旅費、通勤交通費の二重請求や生理休暇日にまで旅費を請求していること等の事実まで判明した。
Y社はXに対し平成21年3月11日に再度の事情聴取を実施し、人事担当者らがXに対し、自主退職するか、懲戒手続を進めるか尋ねたところ、Xは懲戒解雇になるかもしれないと考え、同月12日に罪を償い自主退職する旨の直筆の文書をY社に提出した。
これらの虚偽入力等一連の非違行為に対し、Y社は同年5月15日には、営業人事グループ長CがXに対して、出勤停止30日の懲戒処分を言い渡したところ、Xは、同日にY社に対して退職願を提出し、退職の意思表示をした。
しかしその後、平成21年6月29日になって、Xの代理人らがY社に対し、本件退職の意思表示は錯誤により無効である等の申し入れをし、Y社がこれを争ったため、Xが従業員としての地位確認等を求めたのが本件である。

2.判決の概要

Xは在職の意向が強かったことに加え、短期大学卒業直後から20年間にわたりY社において勤務していたこと、本件退職意思表示当時、40歳の女性であったことが認められ、再就職が容易であるとはいえないことも考慮すると、Y社が懲戒解雇を有効になし得ないのであれば、本件退職意思表示をしなかったものと認められる。したがって、Y社が有効に懲戒解雇をなし得なかった場合、Xが、自主退職しなければ懲戒解雇されると信じたことは、要素の錯誤に該当するといえる。
Xによる勤怠の虚偽申告は、長期間に及んでおり、本件出勤停止処分の対象とされた本件誤入力だけでも稼働日数60日中29回に及ぶ上、正確な出退勤時刻について説明を受けた後も継続していることなどからすると、Xは、勤怠管理やY社から金銭の交付を受けることに対する認識が著しく低く、杜撰であり、Xがした勤怠の虚偽申告、本件二重請求等は決して許されるものではなく、また、Xは、自己保身のため虚偽の説明をするなど、強く責められてしかるべきであるといえるものの、Y社が勤怠の虚偽申告であると主張するものの中には、同時入退室等を原因とするものも相当数含まれていると推認されること、Xが自己に有利な時刻を入力した場合についても、積極的にY社を欺罔して、金員を得る目的、意図をもってしたものとは認められないこと、本件二重請求等に故意は認められないこと、過剰請求額は、本件誤入力分が1万1668円、本件二重請求等分は、平成20年9月の重複請求分と合わせて9420円であり、多額であるとはいえないところ、いずれも返金されていること、杜撰な出退勤時刻の入力が長期間に及んでいることには、Y社による勤怠管理の懈怠も影響しているといえることを総合考慮すると、その動機、態様等は懲戒解雇が相当であるといえるほどに悪質であるとは言い難い。
 そうすると、Xには責められてしかるべき点があることを十分考慮してもなお、懲戒解雇は、重きに失すると言わざるを得ず、Xを懲戒解雇することは社会通念上相当であると認められない。
以上によると、Y社は、Xに対し、有効に懲戒解雇をなし得ず、本件退職意思表示には動機の錯誤が認められ、上記動機はY社に表示されていたといえるから、本件退職意思表示には要素の錯誤が認められる。
 またY社は、仮にXに何らかの錯誤が存在したとしても、Xは、本件懲戒規程を確認し、自らの行為にかんがみて、このまま処分が決定すれば懲戒解雇になる可能性が極めて高いと認識するに至り、3月11日事情聴取から丸1日熟慮の上、平成21年3月12日、Y社に対し、退職したい旨申し出、その後も一貫して退職するとの姿勢を維持しており、その間、十分に考慮する時間もあったのであるから、Xには重大な過失があった旨主張する。
 しかし、Y社人事担当者らが、Xに対し、自主退職せずとも出勤停止以下の処分になる可能性について具体的に言及したことを認めるに足りる証拠はないこと、Xは、3月11日事情聴取において、Y社人事担当者らから、翌日までに自主退職するか回答するよう求められ、同日中に本件労働組合の役員に相談したが、「会社がそう言っているなら、組合としては何もできない」と言われ、他に相談できないまま、翌12日に自主退職する旨回答せざるを得なかったと認められること、Xは、上記の回答後も、SOS総合相談グループに相談したが、有用なアドバイスは得られず、また、本件退職願に氏名等を記入した後も、本件組合の役員と面談したが、解雇は当然の処置であると言われたことが認められることからすると、Xは、Y社人事担当者らのみならず、本件組合役員からも懲戒解雇が相当である旨の説明を受け、これを具体的に否定する説明を受けることができなかったのであるから、Xが、自主退職する旨の意向を示した後、本件退職意思表示までに約2か月間、再検討する猶予があったことを考慮しても、錯誤に陥ったことにつきXに重大な過失があったと認めることはできない。

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