社会保険労務士川口正倫のブログ

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継続事業における労災保険のメリット制の概要

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労災保険のメリット制の概要

1.趣旨

事業の種類ごとに労災の災害率等に応じて定められている労災保険率を個別事業に適用する際、事業の種類が同一であっても作業工程、機械設備あるいは作業環境の良否、企業の災害防止努力等により、各事業ごとの災害率に差があるため、保険料負担の公平性の観点から、さらには、企業の災害防止努力をより一層促進する観点から、当該事業の災害の発生状況に応じて、労災保険率又は労災保険料を上げ下げするものです。
簡単に言えば、労災発生が少ない企業の労働保険料を安く、労災発生が多い企業の労働保険料を高くするための仕組みです。

2 .メリット制の概要

①適用事業

連続する三保険年度中の各保険年度(毎年4月1日から翌年3月31日)において、次の(1)~(3)の要件のいずれかを満たしている事業であって、当該連続する三保険年度中の最後の保険年度に属する3月31日(以下「基準となる3月31日」といいます。)現在において、労災保険に係る保険関係が成立した後3年以上経過している事業についてメリット制の適用があります。
したがって、保険関係が成立してから3年間連続して、(1)~(3)の要件のいずれかを満たしている事業が対象となります。


(1)常時100人以上の労働者を使用する事業
常時100人以上の労働者を使用していれば、無条件で適用事業となります。

(2)常時20人以上100人未満の労働者を使用する事業であって、その使用労働者数に、事業の種類ごとに定められている労災保険率から非業務災害率(通災及び二次健診給付に係る率:0.6/1000)を減じた率を乗じて得た数が0.4以上であるもの
わかりやすいように、数式で表すと、常時20人以上100人未満の労働者を使用し、次の条件を満たす事業となります。

         0.4 ≦N×(λ-α)    (1)   

      使用労働者数:N    労災保険率:λ   非業務災害率:α(0.6/1000)


平成31年度(令和1年度)の労災保険率を実際に当てはめると、事業ごとに次の使用労働者数以上の事業となります。
なお、上記の数式を満たしていても、常時20人以上の労働者数を使用していないとメリット制の対象とはなりません。

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メリット制の適用となる最小の常時使用労働者数


(3)一括有期事業における建設の事業及び立木の伐採の事業であって、確定保険料の額が40万円以上であるもの

②メリット収支率

労災保険率を上げ下げする基準は、基準となる3月31日において当該連続する三保険年度の間における当該事業の一般保険料の額から非業務災害率に応ずる部分の額を減じた額に調整率を乗じて得た額と、業務災害に係る保険給付及び特別支給金の額との割合により算出される収支率(メリット収支率)によります。
具体的には、次のメリット収支率が85%を超えるか又は75%以下となる場合に、労災保険料率が上げ下げされます。

メリット収支率=\frac{当該連続する三保険年度間における業務災害に対して支払われた保険給付及び特別支給金の額}{当該連続する三保険年度間における
保険料額(非業務災害分を除く)×第一種調整率}  (2)

第1種調整率とは
メリット収支率の算定に当たり、分子に算入される年金給付の評価額は労働基準法相当額(一時金)ですが、分母の保険料額は年金たる保険給付に要する費用を基に設定された料率による保険料であるため、調整率を分母に乗じることにより分子との不均衡を調整します。なお、林業、建設事業、港湾貨物取扱事業及び港湾荷役業の事業については、特定疾病に係る保険給付分を分子に算入しないことから、分母に乗じる調整率は一般の事業と異なります。
  〔各事業の第1種調整率〕
   一般の事業:0.67
   林業の事業:0.51
   建設の事業、港湾貨物取扱事業、港湾荷役業:0.63
   船舶所有者の事業:0.35

③メリット増減率の決定

(1)継続事業もしくは確定保険料100万円以上(※)の有期事業の場合
※連続する三保険年度のすべての保険年度において、確定保険料が100万円以上の場合です。一保険年度でも100万円未満の保険年度があれば、「(2)確定保険料100万未満の有期継続事業の場合」が適用されます。
②で算定したメリット収支率を次の表に当てはめて、メリット増減率を決定します。

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(2)確定保険料100万円未満(※)の有期事業の場合
※連続する三保険年度の一保険年度でも100万円未満の保険年度があれば、こちらが適用されます。
②の式(2)で算定したメリット収支率を次の表に当てはめて、メリット増減率を決定します。

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④メリット料率の決定

③で決定されたメリット増減率から次の式によりメリット料率(メリット制によって増減された保険料)が算定されます。

    メリット料率=(λ-α)×(1+β)+α    (3)

   労災保険率:λ   非業務災害率:α(0.6/1000)  メリット増減率:β

3.特例メリット制

① 概要

労働災害は、近年、全体として減少していますが、今なお中小企業で多く発生しています。そこで、中小企業における労働災害防止活動を一層促進する目的で、所定の安全衛生措置を講じた中小企業事業主を対象に「特例メリット制」(通常は最大±40%のメリット増減率を最大±45%とする制度)を設けています。

② 特例メリット制の対象となる事業

次の(1)から(4)までの要件を全て満たす事業が対象になります。
(1)メリット制が適用される継続事業であること(「建設の事業」および「立木の伐採の事業」を除きます)。

(2)厚生労働省令で定める労働者の安全または衛生を確保するための措置(以下「安全衛生措置」という)を講じたこと。
具体的には、機械設置等の計画届の免除の認定を受けた事業主が講ずる措置(「労働安全衛生マネジメントシステムの実施」)を講じて、都道府県労働局長の確認を受けることが必要です。

(3)中小事業主であること(中小事業主の要件は、企業全体の常時使用する労働者数が次の範囲にあること)。
   金融業、保険業、不動産業、小売業、飲食店:50人以下
   卸売業、サービス業:100人以下
   上記以外の事業:300人以下

(4)(2)の安全衛生措置を講じた保険年度の次の保険年度の初日から6か月以内に、特例メリット制の適用を申告していること。

③特例メリット制の適用期間

②(2)の安全衛生措置を講じ、②(4)の特例メリット制の適用を申告した中小企業主は、安全衛生措置を講じた保険年度の翌々保険年度から3年間、特例メリット制による労災保険率の増減が適用されます。
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④特例メリット制による労災保険

(1)特例メリット制による労災保険率の増減は、継続メリット制と同じ方法で算定するメリット収支率を基準として行います。
  式(2)と式(3)をにより算定します。

(2)特例メリット制の適用を受ける場合、メリット増減率は、メリット収支率の区分に応じて定める次の増減表を適用します 。
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3.計算例

非鉄金属精錬業を営む事業場(労災保険率 7/1000)について、労働災害の多寡によって保険料がどの程度増減するかを計算します。

 ・労働者数 100人
 ・賃金総額 5億円(1人当たり年間賃金は平均500万円)

①メリット制が適用されない場合(基本となる労災保険料

  労災保険料 賃金総額(100人×500万円)×7/1000=350万円

②メリット制が適用される場合

  メリット料率を式(3)によって計算します。

  メリット料率=(λ-α)×(1+β)+α = (\frac{7}{1000}-\frac{0.6}{1000})×(1+β)+\frac{0.6}{1000}

(1) 無災害事業場の場合(メリット収支率:0% メリット増減率:-40%)

  メリット料率 = (\frac{7}{1000}-\frac{0.6}{1000})×(1-0.4)+\frac{0.6}{1000} = \frac{4.44}{1000}

  労災保険料=5億円× \frac{4.44}{1000}=222万円

(2)労災多発事業場の場合(メリット収支率:200% メリット増減率:+40%)

  メリット料率 = (\frac{7}{1000}-\frac{0.6}{1000})×(1+0.4)+\frac{0.6}{1000} = \frac{9.56}{1000}

  労災保険料=5億円× \frac{9.56}{1000}=478万円