社会保険労務士川口正倫のブログ

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【固定残業代】ワークフロンティア事件(東京地判平24.9.4労判1063号65頁)

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ワークフロンティア事件(東京地判平24.9.4労判1063号65頁)

1.事件の概要

Xらは産業廃棄物収集運搬業を営むY社でトラック運転手として勤務していた。Y社は、Xらを含む従業員に対して、時間外労働等に対する割増賃金を一切支払っていなかったところ、平成20年6月、品川労基署から是正勧告を受けたため、従業員に対して、同年2月から7月までの間の未払賃金を支払った。そして、Xらのうち、当時在籍していた従業員には、未払賃金の受領及び「今回受領した割増賃金以外に、貴社に対する賃金債権はありません。」との確認書に署名捺印した。その後、Y社は同年8月から固定残業制度を導入し、各従業員に対し、基本給の項目に「時間外労働45時間分の固定割増賃金○○円を含む。」と記載した労働条件通知書を交付し、Xらは、労働条件に同意する旨を署名捺印した。そして、Xらが、Y社に対して、固定割増賃金制度の無効を主張し、未払割増賃金等の支払を請求したのが本件である。なお、Xらのうち一部は固定残業制度導入後に入社しており、入社時に同様の労働条件通知書の交付を受けている。

2.判決の概要

基本給の中に割増賃金を含める旨の合意について、その基本給のうち割増賃金に当たる部分が明確に区分されて合意され、労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその額を支払うことが合意されている場合、当該合意は労基法に反するものではなく有効であると解されるところ、本件旧賃金規程は、いわば労基法に則した割増賃金の定めを置いているにすぎないとみられるから、労基法上有効とされる固定割増賃金に関する合意が、旧賃金規程に反し無効とされることはないと解するのが相当である。
Xらのうち、固定残業制度導入時に在籍していた者は、労働条件に同意する旨の署名捺印をしており、Y社との間において、各労働条件通知書記載のとおり、基本給の中に固定割増賃金を含める旨の個別合意が成立しており、かつ、それらの個別合意は有効であると解するのが相当である。また、導入当時に在籍しておらず署名をしなかった者についても、入社時に交付された当該労働条件通知書に記載された労働条件に異議を述べることなくY社に入社して就労し、記載されたとおりの賃金を受領していたものであるから、Y社との間において、当該労働条件通知書に記載された内容での合意が黙示的に成立したものと解するのが相当である。

3.解説
本件においては、明確性の要件(割増賃金に当たる部分が明確に区分され合意)とともに公正性の要件(労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその額を支払うことが合意されている)には触れいるが、実際には固定割増賃金を超える割増賃金は支払われていなかった。しかし、Y社が、基本給の他には割増賃金を支払わないという従前の取扱いを改め、労働基準法上も適法として是認される形での固定割増賃金制度を導入すべく、Xらと個別合意が図られたこと等に照らして、明文の規定はなくとも、超過割増賃金が発生する場合にY社が差額支払義務を負うことは、むしろ当然のこととして当事者間で合意されていると判断された。
なお、本件では、労基署による是正勧告時の清算確認書の効力についても争われたが、あらかじめ将来の割増賃金について労働者がこれを放棄することは労働基準法37条に違反し許されないが、すでに発生済みの割増賃金を労働者がその自由意思に基づき放棄することは何ら労基法には反さず、また、自由な意思によるものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存するといえるから、割増賃金債権放棄の意思表示として有効であると、有名な判例シンガー・ソーイング・メシーン事件(最二小判昭48.1.19民集27巻1号27頁)と同様の見解が示されている。余談であるが、労基署等の是正勧告時に多額の未払賃金がある場合は、交渉により従業員に債権放棄してもらい、本来であれば過去2年間に遡るべき賃金債権を減額することは有用な手法であるといえよう。(是正勧告については、「労働基準監督署による調査の概要」を参照)



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