社会保険労務士川口正倫のブログ

都内の社会保険労務士事務所に勤務する社会保険労務士のブログ



B金融金庫(B型肝炎ウイルス感染検査)事件(東京地判平成15.6.20労判854号5頁)

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1.事件の概要

当時大学生のXは、金融機関であるY社の平成9年度採用選考に応募した。Xは、同年5月12日から同月31日にかけて順次行われた応募者面接(支店社員)、1次面接(支店長)、2次面接(人事部職員)、3次面接(人事部次長ら)、4次面接(人事部長、理事ら)を受け、4次面接終了後に、Y社職員から「おめでとう。一緒にがんばろう。」等と告げられ、注意事項書という文書に捺印してY社に提出した。同年6月1日に適性検査を、同年2日に健康審査を受けた後、1次審査に当たったX所属の大学のOBで応募者面接を担当したAから「おめでとう」等と声をかけられ、同月5日、AとXは会食した。Xは他に2社から口頭で内定を告げられていたが、同月下旬までにいずれにも採用選考の辞退を伝えた。Y社から他社の採用選考を辞退させる働きかけがされたことはなかった。Y社の職員から精密検査を勧められたXは、同年7月9日に受診し、同月23日にB型肝炎ウイルス感染の診断結果を知らされた。同年9月30日、XはY社から不採用通知を受けた。当時、就職協定は廃止されていたが、採用内定は10月1日以降とする自主的な規律があった。そこで、Xは、Y社に対して、不法行為に基づく損害賠償等を求めて提訴した。

2.判決の概要

XとY社との間で、6月1日時点において、始期付解除権留保付雇用契約が成立し、採用内定の関係が生じたということはできないというべきである。一方、始期付解除権留保付雇用契約が成立(採用内定)したとはいえない場合であっても、当事者が前期雇用契約の成立(採用内定)は確実であると期待すべき段階に至った場合において、合理的な理由なくこの期待を裏切ることは、契約締結過程の当事者を規律する信義則に反するというべきであるから、当事者が雇用契約の成立(採用内定)が確実であると相互に期待すべき段階において、企業が合理的な理由なく内定通知をしない場合には、不法行為を構成するというべきである。6月1日の段階では、Y社はXに内定の予告をしたものの、実質的な採用選考として健康診査が残されており、この結果によって採否の予定が変更される可能性があることはXにも了知されていたというべきであるし、かつ、Y社の立場からすれば、Xが他社を選ぶ可能性を否定し得ない状況であったというべきであるから、6月2日の健康診査の受検前に、XとY社とが、雇用契約の成立(採用内定)が確実であると相互に期待すべき段階に至ったとは、認められないというべきである。
特段の事業がない限り、企業が、採用にあたり応募者の能力や適性を判断する目的で、B型肝炎ウイルスの感染について調査する必要性は、認められないというべきである。また、調査の必要性が認められる場合であっても・・・(中略)企業が採用選考において前期調査を行うことができるのは、応募者本人に対し、その目的や必要性について事前に告知し、同意を得た場合に限られるというべきである。

3.解説

雇用契約の成立が確実であると相互に期待すべき段階至った場合に、合理的な理由なくこの期待を裏切ることは、信義則に反し不法行為となる。しかし、内定の予告を受けてはいても、健康診査の受検前の段階では、雇用契約の成立が確実であると相互に期待すべき段階に至ったとは認められないとされた判決。
ただし、企業が、採用にあたり応募者の能力や適性を判断する目的で、B型肝炎ウイルスの感染について調査する必要性は認められず、また必要性が認められるような場合であっても、調査を行うことができるのは、応募者本人に対し、その目的や必要性について事前に告知し、同意を得た場合に限られるこの点については、プライバシーの侵害として不法行為が成立する。