社会保険労務士川口正倫のブログ

都内の社会保険労務士事務所に勤務する社会保険労務士のブログ



有期雇用労働者の待遇改善についてのゆるい考察 ―「不安定性の代償」と「無限定な拘束の代償」

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メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用は相容れない!?

1.有期雇用の特徴

※ここでは、フルタイムの有期雇用労働者を想定しています。

①雇用のバッファー

有期雇用労働者というのは、雇用契約に期間の定めがある労働者をいいます。
高度専門職や60歳以上の高齢者等を除き、期間の定めに3年以内という上限はありますが、実際には3か月~1年程度の期間で契約し、期間満了になると労働者の能力や業務量などを考慮して使用者が雇用契約を更新するかどうか判断します。
このような雇用形態を用いる使用者側の大きなメリットは、業務量に応じて人員を容易に調整できることです(業務量が増加すると有期雇用者を雇い入れ、業務量が減少すると期間満了で雇止めにする)。「雇用のバッファー(緩衝材)」という言葉が用いられることがありますが、まさに柔軟に人件費を調整することにより、経営環境の変化による収益への影響を和らげる効果があります。

②限定的な職種・勤務地

前述のとおり、柔軟に人員調整するために雇用されるという理由から、有期雇用者に様々な職種を経験させたり、企業内での人員調整のために異動させる必要がなく、有期雇用契約は職種及び勤務地が限定されていることがほとんどです。

③ジョブ型雇用

期間が限定されているため、必然的に、メンバーシップ型の雇用ではなくジョブ型雇用となります。
従って、その職種の難易度やその地域の労働市場の状況に応じた賃金が設定されます。難易度が高い職種は、そもそも有期雇用とはされないため、最低賃金より少し高い程度の賃金が設定されることが多いです。
※メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用についてはこちらを参照⇒「正社員・非正規社員の待遇格差是正(同一労働同一賃金)の限界

④改正短時間・有期雇用労働法上の位置づけ

正社員及び限定社員と比較して、不合理な待遇差が禁止されます。ただし、本法の目的は短時間もしくは有期雇用労働者の待遇改善が目的ですので、不合理に優遇されることは許容されます。

2.限定正社員の特徴

※ここでは、フルタイムの限定社員を想定しています。

①限定正社員とは

通常、正社員とは職種や勤務地が無限定で無期雇用の労働者をいいます。これに対して、職種や勤務地が雇用契約により限定されていて、かつ無期雇用の労働者を限定正社員といいます。

②正社員よりは整理解雇しやすい

雇用期間が無いため、有期雇用者のように簡単に人員調整はできませんし、また、普通解雇のハードルは正社員と変わりません。ただし、職種や勤務地が限定されているため、その職種が無くなったり(外部委託するとか)、その地域から事業を撤退する(店舗を閉店するとか)といった場合には、比較的容易に解雇できます。

③ジョブ型雇用

職種や地域が限定されているため、多くは、メンバーシップ型雇用ではなくジョブ型雇用となります。
従って、その職種の難易度やその地域の労働市場の状況に応じた賃金が設定されます。例えば、大型車両の運転手のように難易度の高い職種もありますので、賃金水準は有期雇用労働者ほど低くありませんが、同一企業で同じ職種で働く正社員と比較する低くなる傾向にあります。ただし、労働市場の状況によっては逆転することもあり得ます。

④改正短時間・有期雇用労働法上の位置づけ

有期雇用労働者と比較して、不合理に優遇されることだけが禁止されます。逆に、有期雇用労働者よりも不合理に冷遇されたり、あるいは正社員と比較して不合理な待遇差があったとしても、本法に抵触するものではありません。

3.私見

①正社員と限定正社員の待遇差について

正社員というのは、メンバーシップ型の雇用であるし、そうであるからこそ人事異動によって無制約に職種や勤務地が変更させれることがあり、職種や勤務地の変更がない限定社員と比較して拘束性が高い雇用形態であるといえます。従って、正社員が限定正社員も優遇されることは合理的なことです。
ただし、雇用契約上はそうであっても、長年人事異動の対象とならず、実質的には限定正社員と変わらないような労働者も存在します。そういう正社員(実質的な限定社員)と限定正社員の間に不合理な待遇差があることは改正短時間・有期雇用労働法には抵触しませんが、有期雇用労働者の間では抵触します。これについては、後述します。

②限定正社員と有期雇用労働者の待遇差について

限定正社員と有期雇用労働者は、いずれも職種や勤務地が限定されていて、ジョブ型雇用である点ではそれほど大きな違いはありません。従って、同一企業同一職種かつ同一スキルの労働者を比較したときに、限定正社員が優遇される理由が見当たりません。(ただし、限定正社員は、雇用期間が無いことから一つの職種に熟練している労働者が多く、その分全体として賃金水準が高いというのはあり得ることです。)むしろ、有期雇用労働者はいつ雇止めになるリスクを取りつつ雇用されているのであるから、雇用期間以外の待遇は限定社員より優遇されたほうが合理的ですらあります。
そして、限定正社員と有期雇用労働者の不合理な待遇差は、改正短時間・有期雇用労働法に抵触します。

③正社員と有期雇用労働者の待遇差について

有期雇用労働者も限定正社員と同様にジョブ型雇用(雇用期間が有期であることは、雇用を維持することが目的であるメンバーシップ型の雇用とは根本的に相反します。)ですので、①と同じ理由から正社員が有期雇用労働者より優遇されることは合理的なことです。ただし、正社員と有期雇用労働者の不合理な待遇差は、改正短時間・有期雇用労働法に抵触しますので、優遇されるといっても、バランスの取れた均衡待遇である必要があります。
さて、①の後段で触れたように、正社員とはいっても実質的には限定社員と変わらない労働者が存在します。そういう正社員を、「実質限定正社員」と呼ぶことにしますが、実質限定正社員と有期雇用労働者の待遇差は、最も不合理なものとなりやすく、改正短時間・有期雇用労働法に抵触しやすいです。
実質限定正社員も正社員として採用されますが、人事異動や人事考課の結果として職務の範囲や配置及びこれらの変更の範囲が実質的に限定正社員と変わらなくなった人たちです。本来であれば、正社員から限定正社員へ転換させることにより、有期雇用労働者との不合理な待遇差を改善させるべきですが、必然的に不利益な労働条件の変更に該当してしまうため、そのような扱いもできません。なお、勤務地や職種が限定されることで逆に会社からの自由度が増すという面(住居を変更するような人事異動が無い。経験したことが無いような職種への人事異動が無い。)があり、本人が自発的に限定正社員への転換を申し出ることもあり得ますので、正社員から限定正社員への転換という制度を設けておくのは有意義なことです。

この状況を概念的に示すと次のとおりとなります。

正社員の待遇=無限定な拘束性の代償 + 限定正社員の待遇
実質的限定正社員の待遇=無限定な拘束性の代償(不合理な優遇) + 限定正社員の待遇

有期雇用労働者の待遇 < 限定正社員の待遇  ⇒ 抵触
有期雇用労働者の待遇 < 実質的限定正社員の待遇 ⇒ 抵触

有期雇用労働者の待遇 ≒ 正社員の待遇 - 無限定な拘束性の代償 ⇒ 抵触しない
有期雇用労働者の待遇 ≒ 限定社員の待遇 ⇒ 抵触しない
    
実質的限定正社員の待遇 ― 無限定な拘束性の代償(不合理な優遇) →転換→ 限定性社員の待遇 ≒ 有期雇用労働者の待遇
⇒ これを実現できれば抵触しないが、不利益変更となり不合理な優遇を取り除くことができず現実にはできない。

一つの考え方としては、いつでも雇止めになり得る有期雇用労働者の不安定性に対する代償という概念を創出して、

不安定性の代償 ≒ 無限定な拘束性の代償

有期雇用労働者の待遇 = 限定正社員の待遇 + 不安定性の代償 ≒ 限定正社員の待遇 + 無限定な拘束性の代償 =正社員の待遇
有期雇用労働者の待遇 ≒ 正社員の待遇 = 実質的限定正社員
⇒ 抵触しない

有期雇用労働者の待遇 > 限定正社員の待遇 ⇒ 抵触しない
実質的限定正社員の待遇 > 限定正社員の待遇 ⇒ 抵触しない

とすれば、短時間有期雇用労働法には抵触しません。

「不安定性の代償」と「無限定な拘束の代償」がどの程度かを見積もることでこの問題は解決するかも知れませんね。