社会保険労務士川口正倫のブログ

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パートタイム労働者の厚生年金・健康保険の資格得喪についての重要な裁決1

パートタイム労働者の厚生年金・健康保険の資格得喪についての重要な裁決1

勤務日数が正社員の4分の3未満のパートタイマーである医師(平成14年5月31日裁決<被保険者資格>裁決集19頁)

請求人Xは医師であって、平成9年4月にA病院で勤務を開始するに際し、いったん被保険者資格取得の確認処分を得た。XのA病院における勤務内容は、毎週2日連続して勤務を行い、その間に当直勤務もあるというもので、勤務時間は連続32時間となる。同病院の就業規則によれば、一般の医師の場合、勤務は週4日、32時間とされており、また、当直勤務は、給与の計算上、特に日勤としての取扱いはされていない。Xの同病院における月収は62万円程度であった。国は、調査を行った結果、Xは勤務日数の点で内翰*1にいう4分の3要件*2を満たしていないとして、前記資格取得確認処分を取り消す旨の処分(原処分)をした。
内翰が、健康保険法や厚生年金法に明文で定められた適用除外のほかに、一定の要件を備えたパートタイマーをそれぞれの保険制度の対象外としている趣旨は、パートタイマーは一般に収入が低く、これら保険に加入することに伴う保険料の負担が過重に感じられる場合が少なくないことに加え、その多くが家族を被保険者とする健康保険につき被扶養者となる要件を備えているので、これに保険加入を強制する客観的な必要性が必ずしも高くなく、また、そのように取り扱う方が本人にとって有利でないとはいえないという事情によるものと考えられる。したがって、法定の適用除外者に当たらないパートタイマーが保険加入を希望する場合には、国として、これに応ずるのが法の趣旨に沿った措置であり、内翰はこのような取扱いを禁ずる趣旨を含むものではない。
本件において、Xは、医師としての技能に基づいて病院に勤務して相当の収入を得ており、その雇用関係は安定しているのであるから、これについて勤務日数のみを捉えて常用的な雇用関係にないとすること自体、果たして内翰の趣旨に合致するかどうかについても問題が存するところであるが、その点はしばらく措き、Xにつき常用的使用関係が認められないと仮定しても、Xが法の定める適用除外者に当たるとすべき根拠は見出し難いのであるから、Xが被保険者資格の取得の意思を有する以上、これを認めるべきであり、内翰を根拠としてこれを拒むことはできない。(被保険資格が認められた)

パートタイマーが常用的使用関係に転化する時期(平成19年12月25日裁決<被保険者資格等>裁決集47頁)

請求人XはA社にパートタイム労働者として雇用され、契約上、その所定労働時間(実働)は5時間30分、所定労働日数は月22日以内とされていた(一般従業員の所定労働時間は、時期によって異なるが、7時間30分又は8時間、所定労働日数は23日又は22日)が、Xの勤務する店舗では、勤務しているのはパートタイム勤務の販売員のみであり、時間外勤務がないとすれば月当たり4.1人の販売員を必要とするところ、同店舗の販売員は平成17年11月後半に3名減少し、その後4名ないし5名になる時期もあったが、必要な販売員の確保に苦しむ状態が続いた。これに伴い、Xの同年12月以降の勤務日数は恒常的に22日を超え、月間の勤務時間は一般従業員のそれの4分の3である132時間を恒常的に超えるようになった。
いわゆる4分の3要件を満たすパートタイム労働者が例外的に厚生年金法等の適用される労働者とされるのは、雇用契約期間中に業務量の恒常的な増加が予想されるにもかかわらず雇用労働量を増加させないなど、雇用契約の内容が有名無実になった場合であると解するところ、本件においては、前記平成17年11月後半にXを常用的使用関係にある者に転化させる必要があることを事業主において認識することが当然に期待できたとはいえないが、四半期ごとに経営実績の評価とそれに伴う見直しをするという一般の企業経営の実態*3を勘案すると、平成17年11月後半を含む四半期の翌四半期の始期である平成17年12月をもって、事業主がXに係る被保険者資格の取得の届出をすべきであった時期と認めるのが相当である。

4分の3要件を満たしてないパートタイマー(派遣)である客室乗務員(平成22年3月31日裁決<被保険者>裁決集未登載(平成20年(厚)656号))

請求人Xは、本件会社(利害関係人)に派遣社員として雇用され、某外国航空会社に客室乗務員として派遣されて、もっぱら長距離フライトに乗務していた者であり、当該雇用期間につき厚生年金保険の被保険者資格取得の確認を求めている。
国は、Xらの客室乗務員として派遣されている者(就業規則は定められていない)の労働時間を正社員の就業規則上の労働時間等と比較したうえ、パートタイム労働者の被保険者資格に関する昭和55年6月6日付内翰にいう、いわゆる4分の3要件が充たされていないとして、Xの係争期間に係る被保険者資格を否定したが、この判断手法は、賃金労働時間と所定労働時間(それは、就業規則等により労働者が使用者の指揮監督下にある時間を指すものと解される。)という性質の異なる労働時間を比較している点、実労働時間の把握が正確なものとはいえない点、比較の対象とされた正社員とXら派遣社員とでは、業種が全く異なっている点などからいって、是認することができない。
ところで、Xら客室乗務員として派遣される社員は、その職務の性質上、1回の乗務による労働時間が長くなる一方、1か月当たりの労働時間全体では比較的短くなる傾向にあり、また、乗務に伴う外国での滞在が必要になることもあって、この点からも労働日数そのものは短くならざるを得ない。その月間乗務回数(本件会社の場合、月間7~8回程度)は、他の航空会社の同種職員と比べると、その4分の3程度である。また、その職務内容は、一定程度の英語能力を要求されるなど、専門職的色彩が強く、現実に得ている報酬の額も、一般の常用的労働者のそれと比較して遜色のないものである。したがって、Xは、生計と立てるに必要とされる程度の収入をその労働によって得ているものというべきところ、前記内翰がパートタイム労働者について被保険者と認められる要件を定めている趣旨は、常用使用関係にある労働者(賃金でその生計を賄うことが可能である者)との比較においてさして変わりがないと認められるパートタイム労働者は常用的労働者の範疇に含ませるというものであるから、Xのような者は、その職務内容、就労形態、賃金額等に照らし、前期内翰にいう、「4分の3要件に該当しないものであっても、その者の就労の形態等個々の具体的事例に即して被保険者として扱うのが適当な者」に当たるというべきである。
なお、利害関係人は、国が従来Xらを被保険者として届け出るよう指導して来なかったのであるから、被保険者性を認めるとしても、遡及的に(本件の場合は、保険料債権が時効消滅しない範囲で)被保険者資格の取得を確認すべきではないと主張しているが、国の客室乗務員に対する厚生年金保険の適用事務に徹底を欠く点があったとしても、社会保険関係のような、保険者・事業主・被保険者という3面構造の法律関係に関しては、そのような国(保険者)の事務処理上の過誤を理由として法の適用を排除することは許されない。(被保険者資格が認められた)

4分の3要件を満たしていないパートタイマー(派遣)である語学講師(平成22年7月30日裁決<被保険者資格>裁決集未登載(平成21年(健厚)283号))

請求人X社は労働者派遣事業を営む会社であり、利害関係人Aらの契約社員を語学講師として学校に派遣しているが、Aとの間には、1年を単位として毎月給与額、一定の条件下でのボーナス額のほか、夏期及び年末年始にそれぞれ2週間の有給休暇を与えることなどを定めた雇用契約を締結している。国がAにつき健康保険及び厚生年金保険の被保険者資格の取得を確認する処分をしたのに対し、X社は不服を申し立て、年間を平均したAの所定労働時間と正規雇用者の所定労働時間を比較すると、内翰にいう、いわゆる4分の3要件は満たされていないから前記処分は違法であると主張している。
しかし、前記のような雇用契約の内容に照らせば、Aが常用的な労働者であることは明らかであるから、内翰所定の要件の具備の有無にかかわりなく、原処分は妥当である。(被保険者資格が認められた)


(参考)

パートタイム労働者の被保険者資格に関する昭和55年6月6日付内翰の内容

短時間就労者(パートタイム労働者)が健康保険および厚生年金保険の適用すべき常用的使用関係にあるかどうかを判断するにあたっては、次の点に留意すべきである。

  • ① 当該就労者の労働日数、労働時間、就労形態、職務内容等を総合的に勘案することを要する。
  • ② その場合、1日または1週の所定労働時間および1か月所定労働時間が当該事業所において同種の業務に従事する通常の就労者の所定労働時間および所定労働日数のおおむね4分の3以上である就労者については、原則として健康保険および厚生年金保険の被保険者として取り扱うべきである。
  • ③ ②に該当する者以外であっても、①の趣旨に従い、被保険者として取り扱うことが適当な場合があると考えられるので、その認定にあたっては、当該就労者の形態等個々の具体的事情に即して判断すべきものである。


平成28年10月改正厚生年金保険法の施行に伴い、この4分の3要件は次のように扱われるようになりました。

1 4分の3基準について

(1) 1週間の所定労働時間及び1月間の所定労働日数の取扱い

 1週間の所定労働時間及び1月間の所定労働日数とは、就業規則雇用契約書等により、その者が通常の週及び月に勤務すべきこととされている時間及び日数をいう。

(2) 所定労働時間又は所定労働日数と実際の労働時間又は労働日数が乖離していることが常態化している場合の取扱い

 所定労働時間又は所定労働日数は4分の3基準を満たさないものの、事業主等に対する事情の聴取やタイムカード等の書類の確認を行った結果、残業等を除いた基本となる実際の労働時間又は労働日数が直近2月において4分の3基準を満たしている場合で、今後も同様の状態が続くことが見込まれるときは、当該所定労働時間又は当該所定労働日数は4分の3基準を満たしているものとして取り扱うこととする。

(3) 所定労働時間又は所定労働日数を明示的に確認できない場合の取扱い

 所定労働時間又は所定労働日数が、就業規則雇用契約書等から明示的に確認できない場合は、残業等を除いた基本となる実際の労働時間又は労働日数を事業主等から事情を聴取した上で、個別に判断することとする。

(内翰廃止とその後の取扱いについての通達)
sr-memorandum.hatenablog.com

*1:内翰(ないかん)とは、行政機関において、必要な事項を伝達するために、国から地方自治体に対して送付される文書のこと。法令や通達として規定するに馴染まない事項を伝達するために用いられる。例として、法令で抽象的に示された規定について、規定を具体的に認定する際の一定の基準や、内容が仔細にわたるため法令で規定するには馴染まない事項などを参考として示すために用いられる例がある。 通達と異なり、内翰は下級行政庁を拘束しない。その具体的な違いは通達に反する行政行為を下級行政庁がおこなえば通達違反で職務命令違反となるが、内翰違反の行政行為をおこなっても職務命令違反にならない。実質的に内翰は行政庁内の規定と考えてよい。

*2:パートタイマーが社会保険に加入できる要件として、①1日又は1週間の労働時間が正社員の概ね3/4以上であること。②1ヶ月の労働日数が正社員の概ね3/4以上であること、という2つの要件を満たす必要があり、平成28年10月施行の改正厚生年金保険法までは内翰で示されていただけであった。

*3:会社法363条??

【賃金】日本勧業経済会事件(最大昭36.5.31民集15巻5号1482頁)

日本勧業経済会事件(最大昭36.5.31民集15巻5号1482頁)

参照法条  : 労働基準法24条1項民法505条
裁判年月日: 1961年5月31日
裁判所名  : 最高大
裁判形式  : 判決
事件番号  : 昭和34年 (オ) 95 

1.事件の概要

倒産したY社の従業員XがY社に対して未払賃金の支払を求めたところ、破産後保管していた金品を投資者に返済した従業員Xの行為はY社に対する背信行為であるとして、Y社の従業員Xに対する損害賠償請求権と、Xが主張する賃金債権との相殺の意思表示をしたため、Xがこの相殺に対して訴えを提起した。

2.判決の概要

労働者の賃金は、労働者の生活を支える重要な財源で、日常必要とするものであるから、これを労働者に確実に受領させ、その生活に不安のないようにすることは、労働政策の上から極めて必要なことであり、労働基準法24条1項が、賃金は同項但書の場合を除きその全額を直接労働者に支払わねばならない旨を規定しているのも、右にのべた趣旨を、その法意とするものというべきである。しからば同条項は、労働者の賃金債権に対しては、使用者は、使用者が労働者に対して有する債権をもって相殺することを許されないとの趣旨を包含するものと解するのが相当である。このことは、その債権が不法行為を原因としたものであっても変りはない。

【賃金】関西精機事件(最二小判昭31.11.2民集10巻11号1413頁)

関西精機事件(最二小判昭31.11.2民集10巻11号1413頁)

参照法条  : 労働基準法24条1項、民法505条
裁判年月日 : 1956年11月2日
裁判所名  : 最高二小
裁判形式  : 判決
事件番号  : 昭和29年 (オ) 353 
裁判結果  : 破棄差戻

1.事件の概要

Xは、昭和17年10月頃から同25年4月末までY社に勤務していた。同24年10月1日から同25年4月末日までのXの給料は1か月5,000円であった。Y社は営業不振のため同24年2月末日から休業したが、当時Y社の従業員に対する給料の未払い分があったので、その支払いのため、XはY社代表者の依頼により、在庫品の売却や半製品の仕上販売等の任にあたった。同8月17日に会社事業が再開されると同時にXは取締役に就任したが、その際、Y社はXに対し休業中の整理手当として1か月7,000円を支払う旨を約束した。ところが、Y社は、Xに対して、整理手当と給料の各一部を支払っただけで残りの支払いをしなかったので、XはY社に対し、その未払い分の支払いを求めて訴えを提起した。
Y社は、XがY社のために集金した額について、そこから出張費等を控除した額を引き渡すべきなのに、盗難にあったことを理由に引き渡しておらず、その額について相殺したと主張している。
一審は、Xの請求を認めたが、二審は、Y社の主張を認め、Xの請求を棄却した。そこで、Xは上告した。

2.判決の概要

労働基準法24条1項は、賃金は原則としてその全額を支払わなければならない旨を規定し、これによれば、賃金債権に対しては損害賠償債権をもって相殺をすることも許されないと解するのが相当である。
第二審は、少なくとも整理手当は賃金に該当するにもかかわらず、その額を確定することなく、Y社の損害賠償債権による相殺の意思表示を有効と認め、これにより債権が消滅したものと判断したのは、法律の適用を誤った結果、審議不尽理由不備の違法を犯したものである。

3.解説

本判決は、使用者が、労働者に対して有する損害賠償債権を、労働者の賃金債権と相殺することは、賃金全額払いの原則に違反し許されないとしたものです。本件は、債務不履行による損害賠償の事案ですが、その後の判例は、使用者が労働者の不法行為による損害賠償を賃金債権と相殺した場合にも、同様に判断しています(日本勧業経済会事件(最大昭36.5.31民集15巻5号1482頁))。
賃金債権の相殺については、労働基準法17条で前借金との相殺が禁止されていますが、同条に該当する場合には、24条とは異なり、例外が一切認められず、罰則も重くなっています。(賃金全額払いの原則については、法令に別段の定めがある場合または過半数代表との書面による労使協定がある場合は、例外が認められています。所得税源泉徴収社会保険料や住民税等の控除などが法令に別段の定めがある場合に該当します。社内販売の代金や組合費は、過半数代表との労使協定が必要となります。)

【雇止め】河合塾事件(最三小判平22.4.27労判1009号5頁)

河合塾事件(最三小判平22.4.27労判1009号5頁)

審判:最高裁判所
裁判所名:最高裁判所第三小法廷
事件番号:平成21年(受)1527号
裁判年月日:平成22年4月27日

1.事件の概要

Xは、昭和56年から、学校法人Yの経営する受検予備校で非常勤講師として、期間1年の出講契約を締結し、平成17年に至るまで契約を更新してきた。Xが担当する講義の週当たりのコマ数は、毎年の出講契約において定められ、講義料単価に担当コマ数を乗じて講義料が支払われることになっていた。なお、Xは、ほぼY法人からの収入だけで生活していた。
Y法人は、毎年、受講生に対して講師や授業に関するアンケートを行っており、その結果に従って各講師の講義を評価し、出講契約を更新する際には、上記の評価が担当コマ数の割当等を行うための参考とされていた。平成15年度から同17年度にかけて、Xの評価はいずれもかなり低かったのに対し、同じ科目を担当する他の講師らの評価は高かった。Xは、平成17年度は週7コマの講義を担当していたが、Y法人は、当該科目につき評価の高い講師の担当コマを増やし、Xのそれを減らすこととし、平成18年度のXの担当講義を週4コマにしたい旨をXに告げた。Xは、平成18年度も従前どおりのコマ数での出講契約を求めたものの、Y法人はこれに応じず、同年度の出講契約を締結するのであれば、週4コマを前提とするよう通知した。
これに対して、Xは、週4コマの講義は担当するが、合意に至らない部分は裁判所に労働審判を申し立てた上で解決を図る旨の返答をし、同契約書を返送しなかった。Y法人は、これにも応じず、契約書の返送を再度求め、返送がない場合には、Xとの契約関係は終了することになる旨通知した。Xはこれに返答せず、Y法人の担当者に契約書を提出する意思はない旨回答したため、平成18年度の出講契約は締結されなかった。
Xは、雇用契約上の地位確認、賃金および慰謝料の支払いを求めて訴えを提起したところ、一審はXの請求を棄却した。Xが控訴したところ、第二審は、慰謝料の請求を一部認容したため、これに対してY法人が上告したのが本件である。

2.判決の要旨

Y法人とXとの間の出講契約は、期間1年単位で、講義に対する評価を参考にして担当コマ数が定められるものであるところ、Y法人が平成18年度におけるXの担当講義を週4コマに削減することとした主な理由は、Xの講義に対する受講生の評価が3年連続して低かったことにあり、受講生の減少が見込まれる中で、大学受験予備校経営上の必要性からみて、Xの担当コマ数を削減するというY法人の判断はやむを得なかったものというべきである。Y法人は、収入に与える影響を理由に従来どおりのコマ数の確保等を求めるXからの申入れに応じていないが、Xが兼業を禁止されておらず、実際にも過去に兼業していた時期があったことなども併せ考慮すれば、Xが長期間ほぼY法人からの収入におり生活してきたことを勘案しても、Y法人が上記申入れに応じなかったことが不当とはいい難い。また、合意に至らない部分につき労働審判を申し立てるとの条件で週4コマを担当するとのXの申入れにY法人が応じなかったことも、上記事情に加え、そのような合意をすれば全体の講義編成に影響が生じ得ることからみて、特段非難されるべきものとはいえない。
そして、Y法人は、平成17年中に平成18年度のコマ数削減をXに伝え、2度にわたりXの回答を待ったものであり、その過程で不適切な説明をしたり、不当な手段を用いたりした等の事情があるともうかがわれない。
以上のような事情の下では、平成18年度の出講契約の締結へ向けたXとの交渉におけるY法人の対応が不法行為に当たるとはいえない。

3.解説

有期雇用契約の反復更新により、労働契約法19条の適用条件を満たしていた場合、更新時に使用者が従前より低い労働条件を提示したために労働者が承諾しなかった場合に、これを労働者による更新拒否とすべきか、解雇とすべきか問題となります。
本件においては、
・Xの講義に対する受講生の評価が3年連続して低かったため、受講生の減少が見込まれる中で、大学受験予備校経営上の必要性からみて、Xの担当コマ数を削減するというY法人の判断はやむを得なかった。
・Xが兼業を禁止されておらず、実際にも過去に兼業していた時期があったことから、Y法人がXの申入れに応じなかったことが不当とはいえない。
として、解雇ではなく、Xによる更新拒否と判断しています。

(有期労働契約の更新等)
第十九条 有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって、使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。
一 当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって、その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが、期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。
二 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること。

一方、使用者からの労働条件の変更申入れを労働者が承諾しないことを理由としてなされる解雇のことを、ドイツ法の用語にならって「変更解約告知」(新契約締結の申込みをともなった従来の雇用契約の解約)と呼んでいます。
本件は、コマ数の削減という使用者からの労働条件の変更申入れを労働者が承諾しないことを理由としてなされた「変更解約告知」の問題と考えることもできます。
変更解約告知については、実定法上の根拠規定が存在しないことから、判例の動向を踏まえて判断することになりますが、我が国の裁判例としてはじめて変更解約告知に言及したスカンジナビア航空事件東京地裁決定(平7.4.13労判 675 号13 頁)では、労働条件の変更を伴う新契約の申込みに応じない労働者の解雇が有効とされるための要件として、

① 労働条件変更が会社の業務運営上必要不可欠である
② その必要性が労働条件変更によって労働者が被る不利益を上回っている
③ 労働条件変更を伴う新契約締結の申込みがそれに応じない場合の解雇を正当化するに足りることもやむを得ないものと認められる
④ 解雇回避努力が十分に尽くされている
という 4点が示されています。
これは、変更解約告知が労働条件変更のための解雇であることに着目して、労働条件変更の必要性・相当性(上記①②)と、労働条件変更に同意しない労働者を解雇することの相当性(同③④)という 2 つの観点から解雇の効力を判断したものと理解できます。

これに対して、大阪労働衛生センター第一病院事件大阪地裁判決(平10.8.31労判751号38頁)は、変更解約告知を認めると、労働者に「厳しい選択を迫」り、労働者は「非常に不利益な立場におかれる」として、「ドイツ法と異なって明文のないわが国においては、労働条件の変更ないし解雇に変更解約告知という独立の類型を設けることは相当ではない」として、同事案の解雇は経済的必要性を主とするものである以上整理解雇として解釈すべきであるとしました。(大阪高判平 11・9・1 労判 862 号 94 頁、最二小決平 14・11・8 労判 862 号 94 頁-変更解約告知に言及することなく 1 審判決を支持して、上告不受理)。
このように、変更解約告知についての判例はいまだ確立しているとはいい難い状況にあります。(菅野和夫氏も「変更解約告知の有効性判断のより具体的な基準については、もう少し、事案に応じた判断の蓄積をまつ必要がある。」(「労働法」第12版813頁)としています。)

全額支給停止なのに老齢厚生年金が支給されている!?

全額支給停止なのに老齢厚生年金が支給されている!?

65歳以上の在職老齢厚生年金は、基本月額と総報酬月額相当額によって、次のように支給額が調整されます。

  基本月額=老齢厚生年金の報酬比例部分/12

  総報酬月額相当額=その月の標準報酬月額 + 直近1年間*1に受けた賞与の合計額*2/12

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この式によって、「在職老齢年金による調整後の年金支給月額」が0円以下となった場合は、老齢厚生年金の報酬比例部分は全額支給停止されます。

そして、老齢厚生年金が全額支給停止となった場合は、加給年金も全額が支給停止となります。

そうすると、老齢厚生年金は一切支給されそうにはありませんが、年金額の改定通知書を見ると「厚生年金」として、わずかな額が支給されることがあります。
その正体は、「経過的加算」で、65歳以上の老齢年金は次のような仕組みになっていて、報酬比例部分は全額支給停止になったとしても支給されます。

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60歳台前半に、特別支給の老齢厚生年金を受給していた人は、65歳になると定額部分は老齢基礎年金として、報酬比例部分は老齢厚生年金として受け取ることとなり、通常の老齢基礎年金と老齢厚生年金の2階建てと同じ形になります。
しかし、65歳からの老齢基礎年金は、65歳までの定額部分と計算方法が異なるため、当分の間、老齢基礎年金のほうがわずかですが少なくなることがあります。この「経過的加算」を65歳からの老齢厚生年金に加算することで、65歳になったとき受け取る年金が下がらないようにしています。
そして、こういう趣旨の加算であるため、在職老齢年金の支給調整の対象にもならないのです。

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*1:その月からさかのぼった12か月をいいます。

*2:賞与は1か月あたり150万円が上限です。

労働基準監督署への報告書類(安全衛生関係)は、12月2日からインターネット上で作成可能に

労働基準監督署への報告書類(安全衛生関係)は、12月2日からインターネット上で作成可能に

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厚生労働省のホームページより)

~「労働安全衛生法関係の届出・申請等帳票印刷に係る入力支援サービス」を開始します~


 厚生労働省は、「労働安全衛生法関係の届出・申請等帳票印刷に係る入力支援サービス」(以下、「本サービス」)を、12月2日から開始します。本サービスは労働基準監督署へ提出する労働安全衛生関係法令の届出等におけるはじめての取組みとなります。
 本サービスは、事業者が労働安全衛生法関係の届出・申請等の帳票を作成・印刷する際に、(1)誤入力・未入力に対するエラーメッセージの表示(2)書類の添付漏れに対する注意喚起(3)過去の保存データを用いた入力の簡素化等を行うもので、事業者(帳票作成者)の利便性の向上を図ることなどを目的として開発したウェブサービスです。対象とする帳票は次のとおりです。また、事前申請や登録は不要です。

・運用開始日:令和元年12月2日(月)
・本サービスのURL: https://www.chohyo-shien.mhlw.go.jp/ 
 ※アクセス方法:検索窓口から「安全衛生 入力支援」と入力ください。
・本サービスの対象となる帳票

 1.総括安全衛生管理者・安全管理者・衛生管理者・産業医選任報告
 2.定期健康診断結果報告書
 3.心理的な負担の程度を把握するための検査結果等報告書
 4.労働者死傷病報告(休業4日以上)

 ※1 本サービスは、申請や届出をオンライン化するものではありません。作成した帳票は、必ず印刷のうえ、所轄の労働基準監督署へのご提出をお願いします。
 ※2 本サービスで入力された情報は、インターネット上には保存されません。次回以降に活用される場合は、ご自身のパソコンに保存ください。

〇「労働安全衛生法関係の届出・申請等帳票印刷に係る入力支援サービス」は、こちらからご利用いただけます(12月2日から利用可能となります)。

【普通解雇】社会福祉法人どろんこ会事件(東京地判平31.1.11労判1204号62頁)

社会福祉法人どろんこ会事件(東京地判平31.1.11労判1204号62頁)

審判:一審
裁判所:東京地方裁判所
事件番号:平成29年(ワ)7083号
裁判年月日:平成31年1月11日

1.事件の概要

Xは、保育所や障害時通所支援事業の社会福祉事業等を行う社会福祉法人Yに、発達支援部長として採用されたが、Xが採用時にYに提出した履歴書記載の経歴等に虚偽があることが判明したばかりか、Xの組織の運営・職員のマネジメント(職員に精神的苦痛を加える方法によること等)がYの求めるものと異なることが判明した等の理由により、YはXに本採用拒否の通知したうえ、解雇した。
これに対して、XがYに、雇用契約上の地位確認等を求めて提訴したのが本件である。

2.判決の概要

(1) 前記認定事実によれば、Xは、その履歴書における経歴から、発達支援事業部部長として、さらにはYグループ全体の事業推進を期待されるYの幹部職員として、Yにおいては高額な賃金待遇の下、即戦力の管理職として中途採用された者であったものであり、職員管理を含め、Yにおいて高いマネジメント能力を発揮することが期待されていたものである。
しかるに、Xは、入職後、1か月ほどの間のうちに、外部機関による説明会を含むYの重要会議にしばしば欠席するなどしたことがあったほか、実際には権限はないのに、自らが示した人事採用方針について不安を述べる施設長に適格性がないと判断するなどと申し伝えたり、Y本部内にあって不用意に施設長の降格について言及するなどしたばかりか、特段、本人に対する面談や事実確認、施設訪問を経ているわけでもないのに、Kに対しては、案内文書の確認についてくだらないことで呼び止められたなどと衆人の目のある中批判し、パソコンの自費による返還を命ずるなどしたほか、MBO(半期査定)面談について「実施予定がない。」などと拒否し、議事録の開示を求めた同人に対し、不適格で降格予定と読める本件メールを他者が閲覧できる状態の中送信するなどしてその面目を失わせ、その高圧的言動により内部ホットラインによる相談はおろか外部ホットラインによる相談まで招く事態を生じてその離職の一因を作り、同様、Mに対してもこれらホットラインによる相談を招く事態を生じさせたものである。また、「P」に係る一連の事象においても、同様の手法によりOの面目を失わせ、Oはもちろん当該施設長からもその威圧的手法についてクレームを生じさせたところであって、発達事業本部の管理職たるOと軋轢を生じさせたほか、Y事業の主要な構成要素であるといえる施設の要たる施設長との間でも軋轢を生じさせたものといえる。これらの点からすると、Xの業務運営の手法は、少なくとも施設長らとの円滑な意思疎通が重要となるYの発達支援事業部部長としては、高圧的・威圧的で協調性を欠き、適合的でなかったと評価せざるを得ない。
しかも、Xは、C市案件に関して、Yがリベートを取得するなどの不正を行っているなどと事実確認の面談の際に述べるなどしたほか、この点に関して不正な補助金使用があったなどとして記者会見を行い、さらにはYが不正アクセスを行ったなどと団体交渉の場で指摘するなどしたものである。
この点、Xは、C市案件に関してYに上記不正があった旨主張し、X本人もこれに沿う供述をしているが、本件全証拠をみても同供述を裏付ける的確な資料根拠は認められず、かえって、証人H・同Oの反対趣旨の証言やJ・Zの反対趣旨の陳述がある。これらの点に照らすと、X指摘の事実があったとは認められない。
また、Xは、Yによる不正アクセスがあったとも主張し、これに沿うX本人の供述のほか、甲21、27ないし31、43及び44号証はある。しかし、Yは、Xの上記主張を争っているところ、上記甲号証も、Xからその旨の被害事実の申告がされたことを窺わせる根拠資料とはいえても、これによっては、その事実の有無及び原因が真にYによるものであるかは不詳というほかなく、そもそもパソコンからY内部の会話が流れ出すなど自己に不利益な状況となりかねない不正アクセスをYが試みたとみること自体も不自然であり、Jの反対趣旨の陳述もあるほか他にYについて官憲による捜査が進捗しているとも窺われないことにも照らすと、Xの上記主張事実についてもこれがあるとは認められない。
結局、以上の点からすると、本件証拠上、Xが問題視するところのC市案件に係る不正やYによる不正アクセスはなかったものと認めるべきものであり、Xは、これらの点について事実に沿わない発言をしたものといわざるを得ない。
そして、C市案件に関し、Xが殊更これを流布したと認めるべき的確な証拠はないものの(この点、Yは、Xが平成28年12月のサッカーイベントで流布していたなどと主張し、これに沿う証人Mや同Hの証言部分はあるが、いずれもXが現に流布していたことを認めるべき証言内容とはいえず、他に上記Y主張事実を裏付けるに足りる的確な証拠はない。)、平成29年1月に至ると、本件本採用拒否の日に先立ち、記者会見を行って一般にこれを摘示してYにその対応を余儀なくさせ、また、不正アクセスの点についても、Yが犯罪行為を行った旨を衆人の下摘示したものといえ、信頼関係を損なう言動に及んだものといえる。
のみならず、Yは、Xが申告していた経歴にも事実に沿わない記載があったなどと主張しているところ、少なくとも、Yが経歴において重視していた点の一つであるXのGにおけるサイエンス教室の現在までの6年間に亘る継続開催につき、実際には平成26年6月から平成27年6月までの1年間において、4回ばかり科学実験の先生として関与していたと認められたにとどまって、以降、特にGとのやり取りも途絶えていたこと、さらには、同様、Yが民間企業でのマネジメント能力に関して注目をしていたV社でのコンサルタントとしての稼働に関しても、仔細については本訴提起後に判明した事情であったものの、履歴書付属の職務経歴書の記載から推知されるほどの活躍は認められなかったほか、そもそも稼働期間自体、その記載に反し、同28年4月から同年8月31日までとわずかであったことが認められる。この点、Xは、前者(Gでの活動)の点につき、履歴書の「職歴」欄にではなく「事項」欄に記載している、Gからの要請があれば何時でもサイエンス教室に協力する用意があったから履歴の記載として誤りではないなどと主張し、X本人も、Gの理事長とは今も懇意としているなどと供述するほか、上記X主張と同旨の供述をしているが、事項欄であっても履歴であることに変わりはなく、サイエンス教室に協力する用意があるから現在も継続しているなどとは一般にもおよそ見難い。また、Xは、後者(V社での稼働)の点についても、同社からの回答の証拠力も争うが、その信用性を疑わせる事情は本件証拠上認められない。以上のとおりであるから、その主張の点からその記載が正当化されるものではない。
結局、以上の点に照らすと、上記のように高いマネジメント能力が期待されて管理職として中途採用されたXにつき、少なくとも、本件就業規則14条1項6号、29条5号、11号及び同就業規則14条1項1号に規定するように、他の職員の業務遂行に悪影響を及ぼし、協調性を欠くなどの言動のほか、履歴書に記載された点に事実に著しく反する不適切な記載があったことが認められるところであり、本件本採用拒否による契約解消は、解約権留保の趣旨、目的に照らし、客観的に合理的な理由が存し、社会通念上相当なものと認められる。

(2) Xのその他主張について
ア 以上に対し、Xは、採用に際して「経営陣との軋轢を恐れない」ことが条件とされており、大胆な意見具申と改革提案が期待されていたなどと主張する。確かに、募集要項にそのような記載はあり、外部の人材であったXに意見具申と改革提案が期待されたとはいえるが、現実に軋轢を生じては企業活動が進まないことは自明であって上記募集要項の記載もそのような気概で募集に応じてくれる者を求めた程度の趣旨にすぎない。以上のとおり、上記記載と実際に職員と軋轢を生じることとは別であり、その記載からXの所為が正当化されるものではない。
イ Xは、Xの言動は批判を受ける一方で評価もされており、仮に言動の表現方法や伝達の仕方に問題があったとしても、非本質的かつ是正可能で、およそ本採用拒否の理由とはなり得ないなどと主張する。
確かに、Xが、職員間の不公平感を是正に努めようとしていたこと等については、Y内部でも、役員や一部職員に、一面、これを肯定的に評価する声もあったとはいえる。しかし、前判示のとおり複数の施設長から外部ホットラインへの相談等を引き起こすなど相応に大きな紛議等も生じたことに照らせば、高いマネジメント能力が買われて採用されたXの本採用の是非の判断に当たり、その運営手法が非本質的とみるべきものであったなどとは到底いえない。また、Xが、その履歴に鑑み、高いマネジメント能力を買われて、Yとしては好待遇の下、即戦力として中途採用されたものであったことに照らせば、改善指導を当然の前提とすることも相当でなく、むしろ、Xの高圧的言動に係る事実が短期間で複数認められたことや、Xの不正行為や違法行為に係る指摘によりYの信頼関係を大きく損なう事態にもなっていたこと、しかも、X申告の経歴を踏まえて前記労働条件が設定されたものであったのに、経歴上不適切な点も少なくとも前記(1)の範囲であったことにも照らせば、Xの是正意向にかかわらず、これをしなかったからといって、およそ本採用拒否の理由にならないものでもない。
ウ Xは、Xの一連の言動は指導としてなされたものでもあったなどという主張もする。確かに、前記認定事実によれば、Xの課員に対する言動には部下に対する指導としてされた側面もあったことは否定できないが、前判示のとおりその手法は不適切で、上記のとおり経歴申告上の問題(不適切な記載)もあったことにも照らせば、その指摘の点から前記判断が左右されるものでもない。この点、Xは、同所において、Xの言動がパワーハラスメントに該当しないことについても主張しているが、本件本採用拒否の理由は上記のとおりYにおける協調性を欠くマネジメントであったことや経歴申告上の問題があったことであって、パワーハラスメントに該当するか否かを問議する意味に乏しい。
なお、Xは、Xの言動の背景事情として、KやMに、それぞれ研修を早退したり、契約社員に不適切な発言をして退職を招くなどの不適切な言動があったことについても主張しているところ、確かに、同人らにそのような問題点があったことは窺われるが、Xに、本件メールはもちろん、それ以外の言動においても、同人らに対し、そのような問題点があることを諭そうとする姿勢があったとはおよそ垣間見ることはできず、協調的態度に欠けるものであったことには変わりはなく、不適切な運営手法により紛議を招き、経歴申告上の問題もあったことにも照らせば、その指摘によっても本件本採用拒否の正当性が左右されるものではない。
エ Xは、本件メールがどのように他の職員の業務遂行に悪影響を及ぼしたのかも明らかでないなどとも主張する。しかし、前判示のとおり、その内容は、Yの事業の要である施設の施設長に大きな衝撃を与えるメールの内容であったといえるのであり、そのこと自体、業務遂行に悪影響を及ぼしたものといえる。Xは、KやMの反応こそが稀有で、本件本採用拒否は同人らの主観的な感情に基づくものにすぎないというような主張もする。しかし、本件本採用拒否は、Xについて、Kらによりなされた外部ホットラインへの相談等客観的事象を踏まえてなされたもので、単なる主観的感情に基づきされたものではない上、前判示のとおり、直属の上司たるべき者から、面談もないまま会議等で批判され、さらには降格が予定されていると読める内容の本件メールを自身が管掌する施設の共有メールアドレスに送信されるに至っては、これにより退職にまで至るかはともかくとしても、上司たるべきものとの関係を思い悩むに至ることは予期し得べきものといえ、Kらの稀有な反応に基づくものであるなどと評価されない。したがって、かかる指摘によっても前記判断は左右されない。
なお、Xは、本件メール等に関し、各種の情報に基づいて自らの人事配置を構想することは当然で、これを関係者に明らかにすることにも何ら問題はないはずであるなどとも主張するが、そもそも前記認定のとおり、人事配置に係る権限はXにはなかったものであるし、この点措いても、Xが発達支援事業部部長としてKらの上役にあり、発達支援事業部全体の円滑な運営を図る立場にあったことにも照らせば、そもそも構想であってもこれを当該本人も含む共有メールアドレス宛に不用意に送ること自体、紛議を生じさせるものとしてマネジメント能力や協調的姿勢に欠けるものであったといわざるを得ず、Xの指摘からその行為がおよそ正当化されるものとはいえない。
オ Xは、Xに対し、告知聴聞の手続が履践されておらず、不当であるなどとも主張する。
しかし、本件においてXは解約留保権の行使により労働契約の解消に至ったものであって、懲戒手続により解消に至ったものではなく、その指摘の点から本件本採用拒否による契約解消の有効性が左右されるものでもない。
カ 結局、以上のとおりであり、Xが、施設における人材登用等により事業部内の組織力を高め、あるいは職員間の不公平感の是正をしようとしたこと自体は理解されるところではあるが、その手法は、Yにおいては高圧的、威圧的であったといわざるを得ず、前判示のとおり紛議も生じ、経歴申告上の問題もあったこと、そもそもXについては高いマネジメントを発揮することが予定されて高額な待遇が設定されていたことにも照らせば、Xのこれら主張を踏まえても、Xにつき本件本採用拒否をすることとしたとしてもやむを得ず、その他Xの主張を仔細にみても、前記判断を左右するに足りるまでのものはない。
(3) 以上のとおりであるから、本件本採用拒否による本件労働契約の解消は、その余の事情について判断に及ぶまでもなく、有効と認められる。

社会保険の資格喪失後に遡及して被扶養者を追加できるのか?

社会保険の資格喪失後に遡及して被扶養者を追加できるのか?

先日、次のような珍しい依頼がありました。
なお、日付は適当のアレンジしています。

2018年4月1日:従業員XがY社に入社 厚生年金保険と健康保険(協会けんぽ)を資格取得

2019年8月15日:従業員XがY社を退職 厚生年金保険と健康保険を資格喪失

2019年10月1日:元従業員XからY社に、妻Aを被扶養者に追加したいとの申出

被扶養者に追加したい理由は、7月頃に妻Aが出産し、家族出産一時金を受給したいためのようです。
確かに、資格喪失前に出産したのであれば、受給できます。
なお、国民健康保険にも出産育児一時金制度があり、妻Aが自分で加入する国民健康保険の資格で受給可能ですが、夫Xの被扶養者として認められれば、その間の国民健康保険の保険料を返還してもらうことが可能ですので、被扶養者とした方がメリットがあります。
また、妻であれば同時に厚生年金保険の被扶養者ともなり、保険料を払わずに国民健康保険第3号被保険者となれるため、被扶養者であった間に支払っている国民年金保険の保険料も返還してもらうこともできます。

要件を満たすのであれば、過去に遡ってでも、妻Aは夫Xの被扶養者とするのが合理的なことがわかりますが、そもそもこのような届出が認められるの疑問でしたので、管轄の年金事務所に問い合わせました。

そうすると、意外なことに話は簡単で、60日以上遡るため、次の書類を添付して申請してくださいとのことでした。
ちなみに、協会けんぽの事務処理上、健康保険証がY社に届くので返送してくださいとのことです(笑)。

① 住民票
② 被扶養者の所得課税証明書
③ 理由書(届出が遅くなったことの理由)

これらの書類を提出してもらい、添付して電子申請すると、少々時間はかかりましたが照会もなくあっさりと被扶養者として認定されました。
なお、理由書は、X本人が記載してところによると、Y社の事務の不手際で届出が漏れたとのことです。

また、住民票と課税証明書があることから、被保険者及び被扶養者のマイナンバーは記載せずに届出ました。

厚生年金・健康保険の資格得喪についての重要な裁決

厚生年金・健康保険の資格得喪についての重要な裁決

実質的には休業していないのに、休業を理由として提出された全喪届に基づく資格喪失確認の効力(平成8年11月29日裁決<被保険者資格>裁決集13頁)

請求人Xは、A水道工事店(個人企業)の事業主であるBの妻で、同店に使用される者として健康保険及び厚生年金の被保険者であったところ、Bが他に愛人を持ったことから夫婦仲が悪くなり、Bは家を出て別居した。その後、Bは時折事業所に顔を出すだけで、事業はXと使用人とで続けられていたが、Bは平成7年8月にA水道工事店につき休業を理由として全喪届を、Xにつき資格喪失届を提出した。
しかし、その後もBはXに対し工事に関する申請その他の業務の遂行を依頼してきたことがあり、事実、同店の営業は継続されている。国は、XはBに代わって事業主になったので被保険者資格を喪失したと主張するが、そのような事実を認めるに足りない。したがって、Xに関する本件被保険者資格喪失確認処分は取り消されるべきである。(被保険者資格が認められた)

非常勤代表取締役の資格喪失確認の効力(平成15年4月30日裁決<被保険者資格>裁決集43頁)

請求人Xは、同属会社であるA社の代表取締役であるが、平成11年6月に常勤から非常勤に変ったことに伴い、被保険者資格の喪失を届け出て、国の確認を得た。しかし、国は、その後会計検査院の指摘を受けてこの処分を取り消し、平成11年12月に遡って被保険者資格取得確認の処分(原処分)をした。
Xは、非常勤となった後も、隔日(月間13日程度)出勤して数時間程度の執務をしており、その報酬は、非常勤に変った当時は月55万円、その後会社の経営が不振であるところから逐次35万円まで低下している。しかし、現実に安定した勤務をしていること、勤務時間は常勤者とはかなり差があるとはいえ、本来法人の代表者としての職務は事業所に出勤したうえでの労務の提供に限定されるものではないことを考慮すれば、Xの執務状況は、非常勤となってからも経常的に存続していたといえるし、報酬額も常用的勤務に対するものとして不自然ではない程度のものである。原処分は妥当である。(資格喪失が否定された)

勤務実態が無い従業員の資格喪失確認処分の効力(平成11年11月30日裁決<被保険者資格>裁決集53頁)

請求人Xはスキー場に位置するホテルである本件事業所に使用される者であるとして平成4年に厚生年金保険及び健康保険の被保険者資格取得届をしているが、国は、平成7年7月現在、Xが同事業所に勤務している事実は認められないとして、資格喪失確認処分(原処分)をした。
同ホテルは冬季のみ営業しており、Xはほとんど現地に足を運ぶことはなく、営業はアルバイト従業員のみで営まれていること、Xの冬季以外の勤務場所はほかの場所(自宅及び他のホテル)であることからすると、原処分は妥当である。(資格取得が否定された)

在宅勤務従業員と偽装された取引先の個人事業主等の資格取得確認処分の取り消しの効力(平成15年6月30日裁決<被保険者資格>裁決集50頁)

請求人(X社)は、個人事業主を主たる顧客として、給与計算や帳簿類の記帳代行の業務を請け負う事業を行っていたところ、個人事業主又はその配偶者等をX社が経営する適用事業所の在宅勤務社員として健康保険及び厚生年金保険の被保険者資格を取得させることによって、当該事業主の家族全体としての社会保険料負担額を大幅に軽減させる仕組みを考案し、平成12年頃から希望者の募集を開始して、平成13年6月までに応募した89名について順次被保険者資格取得の届出をし、国の確認を得ていた。国は、投書を受けて調査を行った結果、当該89名は当該事業所に使用される者とは認められないとして、資格取得確認処分を取り消した(原処分)。
当該事業所における在宅勤務社員の募集は、なんらの選考基準も資格要件もなく無差別に行われており、職務への従事と当該社員の本業との時間的な兼ね合いが検討された形跡もない。応募者の側にも、新たにX社の事業所での職務に従事するという意識はなく、もっぱら社会保険料節減の手段として在宅勤務社員となる契約を結んでいる。その業務内容はPR業務、リサーチ業務、新商品開発のためのアイディア提供などとなっているが、実際には月1枚の簡単なレポートの提出のみであり、その利用が予定されていたとは思われない。さらに在宅勤務社員はX社に月額11万円のコンサルタント料を支払い、X社は入金の翌月に給与として8万5000円を支払い、その給与から健康保険及び厚生年金保険の保険料を控除するものとされているが、この高額なコンサルタント料は、給与の原資及び保険料の事業主負担分等に充てられるものとしか考えられない。
以上の事実からすると、本件の在宅勤務社員が当該事業所に使用される者でないことは明らかであり、原処分は妥当である。(被保険者資格取得が否定された)

譲渡後の事業の従業員と偽装された事業譲渡の譲渡人の被保険者資格取得確認処分の取り消しの効力(平成17年11月30日裁決<被保険者>裁決集登載なし(平成16年(健厚)310号)

請求人Xは、A社に使用される者として昭和58年に被保険者資格取得が提出され、その確認処分を経て、平成6年まで厚生年金保険及び健康保険の被保険者資格を認められていた者であるが、国は、平成15年に前記被保険者資格取得確認処分を取り消したうえ、前記資格を前提とする老齢給付の裁定を取り消した(原処分)。
A社は、Xがかって経営していて昭和58年7月に全喪となったB社の事業を承継して同年8月に適用事業所となった会社である。XはA社に出勤したこともなく、前記事業承継の際にXとA社の代表者らとの間で、Xに健康保険や厚生年金保険の給付を得させる目的で、使用関係の実体のないXにA社の使用人として被保険者資格を取得させることが合意され、これに基づいて前記被保険者資格取得届がされたものであり、当該行為及びこれに基づく保険給付の受給は詐欺罪に当たるとして、既にX及びA社代表者に対する有罪判決が確定している。そうすると、Xに対し前記被保険者資格取得の確認処分を取り消した処分及びこれを前提とした老齢給付の裁定を取り消した原処分は妥当である。(被保険者資格が否定され、それに基づく老齢給付も否定された)

請負契約により運営されていた事業に使用される委託事業者の従業員の被資格者資格取得確認請求却下の効力(平成15年1月31日裁決<被保険者>裁決集19頁)

請求人Xは、A社の事業所に期間員という資格で雇用され、平成11年2月に同事業所が閉鎖されるまでの間、同社が請負契約を締結した相手方であるB社及びC社でウエイターとして就労していた。就労日数及び就労時間数は、当該事業所と契約先との約定によって定まり、給与も当該事業所の就業規則及び賃金規程に基づいて支払われていた。したがって、Xは前記期間中、当該事業所に使用されていたものというべきであり、その被保険者資格取得確認請求を却下した原処分は失当である。(被保険者資格が認められた)

国民年金の被保険料が還付された期間の被保険者資格(平成19年7月31日裁決<老齢厚生年金>裁決集276ページ)

国保管の原簿によれば、請求人Xは、昭和42年6月に厚生年金保険の被保険者資格を喪失して、初めて国民年金に加入し、同年9月に国民年金の被保険者資格を喪失し、昭和44年3月に再び同資格を取得したが、同年11月にこれを喪失して再び厚生年金保険の被保険者となったとされている。そうして、昭和42年9月から昭和44年2月までの期間(本件係争期間)については、国民年金被保険者台帳上、納付済みの保険料を還付したとされている。
Xは、本件係争期間が厚生年金保険の被保険者期間であると主張しているが、Xが当時の勤務先と申し出たいずれの事業所についても、Xが被保険者であったことを示す資料は見出されていない。しかし、前記保険料還付の理由としては、当該期間が被用者年金の加入期間であったことしか考えられず、また、Xが当該期間中国家公務員等の共済組合に加入していなかったことは、当事者間で争いがない。
以上によれば、本件係争期間を老齢厚生年金支給のための基礎期間としなかった原処分の判断にも無理からぬ点があるが、「5000万件を超える資格記録の帰属先が不明とされる国の現下の記録管理体制の許で、当該期間についての具体的な被保険者記録が判明しないからといって、Xに同資格がなかったとする取扱いが許されるものではない。」国は、「本件係争期間を、Xに係る前後の被保険者期間の実績を勘案するなど妥当な方法で同人の厚生年金保険の被保険者期間に加え、Xの老齢厚生年金を再裁定するのが相当である。」(被保険者資格の期間として認められた)

保険料の支払いを怠り、報酬も支払われていない会社の代表者の被保険者資格確認取消しの効力(平成20年9月30日裁決<被保険者資格>裁決集未登載(平成20年(健厚)124号)

請求人Xは、自ら唯一の出資者となって、発起設立の方法により、平成19年11月に本件会社を設立した。その発行可能株式数は1株、資本金は1000円、取締役は1人であり、Xが代表取締役で、従業員はひとりも居ない。本件会社は、設立後まもなく、健康保険及び厚生年金保険の新規適用届並びにXについての被保険者資格取得届を提出した。所轄社会保険事務所長は、同年12月に、前記被保険者資格届に基づく確認処分を行い、取得届の報酬月額(1億円)に基づいて、Xに係る健康保険法上の標準報酬月額を121万円、厚生年金保険法上のそれを62万円と定める処分をした。しかし、その後Xは保険料の納付を怠り、所轄社会保険事務所長は、調査の結果、本件会社の事業には不明な点が多く、Xに対する報酬も支払われていないとして、平成20年3月、上記確認処分を取り消す旨の処分(原処分)をした。
Xの説明は、本件会社は、Xが調達した20兆円超の借入金によって巨大企業数社を含む会社の株式のそれぞれ過半を取得し、その配当を役員報酬等に当てることになっているというのであるが、そのような事業の存在も、それについての準備活動がされた形跡も認められない。
平成17年のいわゆる新会社法施行により、最低資本金制度が廃止された結果、会社制度の悪用事例の増加が予想され、社会保険の分野でも、財産らしい財産を有しない法人が保険料納付義務を怠りながら、そのような被保険者期間に基づいて保険給付を得ようとする事例などがみられることは当審査会に顕著な事実であり、本件もそのような事例のひとつと認められる。このように、法人格が形骸化し、あるいはそれが法律の適用を回避するために濫用されている場合には、法人格否認の法理の適用があると解すべきである。これによれば、本件会社は適用事業所に当たらず、Xは適用事業所に使用される者ではない。したがって、原処分は適正妥当である。(被保険者資格は否定された)

地方公務員等共済組合の組合員との重複期間の被保険者資格(平成22年2月26日裁決<老齢厚生年金>裁決集未登載(平成21年(厚)280号))

厚生年金保険の被保険者であった請求人Xは、適用事業所での勤務を継続しつつ、昭和61年2月から同年12月までの10か月間、N県の公立中学校で、産休・育休代替職員とし勤務した。当時地方公務員等共済組合の組合員とされるのは定数内の職員とされていたが、学校共済のN支部では、定数外の職員でも任用期間が6か月以上の臨時任用職員には組合員資格を認めていたため、前記10か月は重複加入期間となった。Xがした老齢厚生年金の裁定請求に対し、国は、重複加入期間のうち60年改正施行前の2か月については、当時は重複加入の有無にかかわらず、保険料納付の実績に応じて給付を行うのが実務慣例となっていたところから、これに従って給付の基礎期間に加えたが、残り8か月については、厚生年金保険の被保険者期間と認めなかった。しかしながら、本件重複期間当時においても、地方公共団体の事業所又は事務所(本件中学校はこれに該当する。)に「常時勤務に服する」ことを要しない形で勤務する者は、厚生年金保険の被保険者とされ(厚生年金保険法及び旧厚生年金保険法の6条1項2号及び9条参照)、その者が他の適用事業所にも勤務する場合、両者からの報酬を合算して標準報酬月額が算定される(厚生年金保険法及び旧厚生年金保険法の24条2項)ことになっていた。したがって、学校共済N支部の前記取扱いの適法性には疑問があり、本件重複期間はすべて厚生年金の被保険者として扱われるべきものというべきである。(被保険者資格の期間として認められた)

実質的に代表取締役ではない役員の被保険者資格確認の効力(平成22年5月31日裁決<被保険者資格>裁決集未登載(平成22年(健厚)345号))

請求人XはA株式会社の代表取締役であるが、国が職権でその健康保険及び厚生年金保険の被保険者資格取得を確認し、標準報酬月額を定めた処分に対して不服を申し立て、A会社の経営に必要な事項はすべてXの夫であるBの判断によって行っているから、XがA会社から役員報酬として受け取っている金員は労務の対償に当たらず、Xは被保険者資格を取得していないと主張した。
しかしながら、Xは、本件役員報酬を贈与や名義貸し料ではないとも主張しているうえ、A会社における経理上もこの金員の支払いを代表取締役に対する役員報酬として処理しているのであり、A会社における代表取締役としてなすべき行為はすべてXの名義で行われている。そうしてみると、Xは代表取締役としての業務を全面的にBに委ねており、そのこと自体が(忠実義務違反の問題が生ずるかどうかはともかく)代表取締役としての職務の遂行に当たるというべきであって、その受ける役員報酬はこれに対する対償と認められるから、上記主張は理由がない。(被保険者資格確認の効力が認められた)

第15回紛争解決手続代理業務試験(特定社労士試験)の第1問の解答例

第15回紛争解決手続代理業務試験(特定社労士試験)の第1問の解答例

※私が実際に書いた解答で、正解ではありません。

小問(1)

【問題】
本件において、Xの立場に立って、特定社会保険労務士としてXを代理し、本件解雇の無効を主張し、Xを申請人、Y社を被申請人として「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」に基づき都道府県労働局にあっせん申請(以下「本件手続」という。)をするとして、当事者間の権利関係を踏まえて記載するとした場合「求めるあっせんの内容」はどのようになりますか。解答用紙第1欄に記載しなさい(ただし、遅延損害金の請求は記載しないでよい。)。

【私の解答】

・Xは、Y社に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める。
・Xは、Y社に対し、令和1年10月1日以降本件解決の日まで、支払い済を除き、毎月20日限り金22万円の支払いを求める。

小問(2)

【問題】
特定社会保険労務士として、Xを代理して、Xの立場に立って、本件手続を申請し、Xの解雇が、期間の定めのある労働契約期間中の整理解雇として、適法になされたものではないとして無効を主張する場合、それを基礎づける具体的事実を、解答用紙第2欄に簡潔に箇条書きで5項目以内にまとめて(例えば、①「Xは脅迫をうけて退職願いを出したこと。」等の要領)記載しなさい。

【私の解答】
・Xの雇用契約は有期雇用契約であり、雇用契約期間中の中途における解雇であること。(一般的に、有期雇用契約の中途における解雇は、無期雇用の解雇より認められるのが難しい)
・Xは、Aに卒論のテーマとして「青少年の心理」をとりあげて資料を集めているなどを言っているが、生徒から取材といったことについては一切していないこと。
・令和1年4月1日付けの雇用契約書には、甲校を廃止し統合された場合は退職となる旨、もしくはそのような計画があることが、雇用契約書に記載されていないこと。
・令和1年4月1日付けの雇用契約の締結(更新)の際に、Xが来年3月までは勤務する必要があることを伝えていること。
・甲校では生徒は減っているが、名門の中高一貫校への進学率や有名大学への合格率が高く、生徒は相当集まっており、甲校の廃止の必要がないこと。

小問(3)

【問題】
特定社会保険労務士として、Y社を代理して、Y社の立場に立って、本件手続においてXに対する解雇が有効であると主張する場合、それを基礎づける具体的主張事実を、解答用紙第3欄に簡潔に箇条書きで5項目以内にまとめて(例えば、①「Xは、本件退職願いをもって退職の意思を表示したこと。」等の要領)記載しなさい。

【私の解答】
・人口の減少などにより、甲校の生徒数が次第に少なくなり経営的に苦戦する一方、乙校は近年生徒が多くなっており、甲校を廃止して乙校と統合する経営上の必要性があること。
・Xと同じ管理事務であるAは、主任であり、無期雇用であるため、Aのみを異動させることに合理性があり、また乙校でのこれ以上の事務職員の受入れは経営上困難であること。
・Y社は、7月中旬に削減対象者に経営縮小計画について説明し、X以外は全員承諾していること。また、8月9日には総務部長が甲校へ赴き、退職一時金として賃金の3か月を提示しており、相当な手続が行われていること。
・「Xが塾に学習に来ている生徒の何人かと親しくなり、さまざまな日常生活や考え方を取材している」旨の通報が、親からあったこと。
・Y社の期間雇用社員就業規則に、解雇事由として、「従事業務又は勤務場所が廃止されたとき」が記載されていること。

小問(4)

【問題】
本件事案について、双方の主張事実や本件事案の内容等を踏まえて本件解雇の効力について考察し、その法的判断の見通し・内容を、解答用紙第4欄に250字以内で記載しなさい。

【私の解答】
本件解雇は、有期雇用契約の期間の途中における解雇で、一般的に通常の無期雇用者の解雇より認められにくい。確かに、Y社は、甲学を廃止して乙校と統合する経営上の必要性があり、人選も合理的で、Xに退職一時金3か月を提示しており、相当な手続も行われているが、乙校以外の近隣の事業所への異動を検討する等、解雇回避努力を十分に行っていない。これに前述の事情を考慮すると、本件解雇は客観的合理性を欠き、社会的に相当ではなく、無効であると思料する。
(※)時間ばかり気にしていたため、経営上の必要性・人選の合理性がついての理由付けが欠落しています。

小問(5)

【問題】
本件事案について、Xの代理人である特定社会保険労務士として、本件「あっせん手続」において、上記小問(4)の「法的判断の見通し・内容」を踏まえ、Y社側の主張事実も考慮し、妥当な現実的解決を図るとした場合、どのような内容の提案を考えますか。解答用紙第5欄に250字以内で記述しなさい。

【私の解答】
本件解雇は、有期雇用契約を6か月残した期間の途中における解雇で、一般的に通常の無期雇用者の解雇より認められにくいうえ、Y社は乙校以外の近隣の事業所への異動を検討する等、解雇回避努力を十分に行っているとは考えられない。そこで、この点を指摘し、第一義的には継続雇用を主張する。しかし、困難な場合は、Y社が退職一時金3か月を提示した経緯があることから、有期雇用期間の満了までの賃金に相当する解決金6か月を提案して、解決を図ることとする。
(※)解決金6か月では、結果的に継続雇用と変わらないので、ちょっと強気だったかと思います。



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