社会保険労務士川口正倫のブログ

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【退職勧奨】下関商業高校事件(最判昭和55.7.10労判345号20頁)

下関商業高校事件(最判昭和55.7.10労判345号20頁)

参照法条  : 国家賠償法1条、労働契約法、労働基準法
裁判年月日 : 1980年7月10日
裁判所名  : 最高一小
裁判形式  : 判決
事件番号  : 昭和52年(オ)405号
裁判結果  : 上告棄却

1.事件の概要

XらはいずれもY市立高校に教員として勤務していた。X1は県教育委員会が定めた退職勧奨年齢57歳に達した昭和40年度末から、また、X2は同41年度末から、それぞれ毎年、学校長等から2~3回にわたり退職を勧奨されたがこれに応じなかった。
昭和44年度末には、勧奨に応じない旨を表明しているにもかかわらず、計10回以上、職務命令として市教育委員会への出頭を命じられたり、1名~4名の職員から20分から90分にわたって勧奨されたり、優遇措置もないまま退職するまで勧奨を続けると言われたり、勧奨に応じない限り所属組合の要求にも応じない態度を取ったり、異例の年度を跨いで勧奨されたなど、執拗に退職を勧奨された。
これに対して、XらがY市に、不当に退職を強要されたとして、損害賠償を求めた。一審は、本件退職勧奨は、被勧奨者の自発的な退職意思の形成を慫慂する限度を越え、心理的圧力を加えて退職を強要したものであるなどとして、X1には金4万円、X2には金5万円とそれぞれの遅延利息の支払いを命じたところ、広島高裁もこれを支持し、これに対して、Y市が上告したのが本件である。

2.判決の概要

退職勧奨はその性質上任命権者(使用者)において自由になし得るものであり、反面被用者は理由のいかんを問わず、勧奨を受けることを拒否し、あるいは勧奨による退職に応じないことができるのであつて、勧奨の回数、期間、勧奨者の数等により形式的にその限界を画することはできない。そして、被勧奨者が退職しない旨を明言したとしても、そのことによつて、その後は一切の勧奨行為が許されなくなるとも断じ難い。  
しかしながら、退職勧奨は往往にして職務上の関係に拘束されたなかで、その上下関係を利用してなされるものであり、被用者が前記のような自由を有するからといつて、無限定に勧奨をなしうるものとすることは、不当な強要にわたる勧奨を許し、実質的な定年制の実現を認める結果となるであろうことは容易に推測しうるところであり、そこに何らかの限界をもうける必要があるものといわねばならない。
そこで、進んでこの点について検討を加えると、そもそも退職勧奨のために出頭を命ずるなどの職務命令を発することは許されないのであつて、仮にそのような職務命令がなされても、被用者においてこれに従う義務がないことは前述のとおりであるが、職務上の上下関係が継続するなかでなされる職務命令は、それがたとえ違法であつたとしても、被用者としてはこれを拒否することは事実上困難であり、特にこのような職務命令が繰り返しなされる時には、被用者に不当な圧迫を加えるおそれがあることを考慮すると、かかる職務命令を発すること自体、職務関係を利用した不当な退職勧奨として違法性を帯びるものと言うべきである。そして、被勧奨者が退職しない旨言明した場合であつても、その後の勧奨がすべて違法となるものではないけれども、被勧奨者の意思が確定しているにもかかわらずさらに勧奨を継続することは、不当に被勧奨者の決意の変更を強要するおそれがあり、特に被勧奨者が二義を許さぬ程にはつきりと退職する意思のないことを表明した場合には、新たな退職条件を呈示するなどの特段の事情でもない限り、一旦勧奨を中断して時期をあらためるべきであろう。  
また、勧奨の回数および期間についての限界は、退職を求める事情等の説明および優遇措置等の退職条件の交渉などの経過によつて千差万別であり、一概には言い難いけれども、要するに右の説明や交渉に通常必要な限度に留められるべきであり、ことさらに多数回あるいは長期にわたり勧奨が行なわれることは、正常な交渉が積み重ねられているのでない限り、いたずらに被勧奨者の不安感を増し、不当に退職を強要する結果となる可能性が強く、違法性の判断の重要な要素と考えられる。さらに退職勧奨は、被勧奨者の家庭の状況等私事にわたることが多く、被勧奨者の名誉感情を害することのないよう十分な配慮がなされるべきであり、被勧奨者に精神的苦痛を与えるなど自由な意思決定を妨げるような言動が許されないことは言うまでもないことである。このほか、前述のように被勧奨者が希望する立会人を認めたか否か、勧奨者の数、優遇措置の有無等を総合的に勘案し、全体として被勧奨者の自由な意思決定が妨げられる状況であつたか否かが、その勧奨行為の適法、違法を評価する基準になるものと考えられる。
本件退職勧奨の際にされたYらの発言内容を総合すると、本件退職勧奨は、その本来の目的である被勧奨者の自発的な退職意思の形成を慫慂する限度を越え、心理的圧力を加えて退職を強要したものと認めるのが相当である。Yらは市教委にとつて本件退職勧奨は必要かつやむを得ないものであつたと強調するが、いかに必要であつたとしても任意退職を求めるものである以上、強要にわたる行為が許されないことは言うまでもないところであり、右の必要性についても、下商の教員の平均年令が県立高校のそれよりも若干高いことや一般的に新陳代謝をはかる必要性があつた旨主張するのみであつて、Xらが在職することによる具体的な教育上の影響などについては何ら示されておらず、それを窺わせるに足る資料もなく、むしろYらの発言からは実質的な定年制を意図しているのではないかとさえ推測され、Yらの主張は採用しがたい。

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【退職勧奨】神奈川信用農業協同組合(割増退職金請求)事件(最一小判平19.1.18労判931号5頁)

神奈川信用農業協同組合(割増退職金請求)事件(最一小判平19.1.18労判931号5頁)

参照法条 : 労働基準法2章
裁判所名 : 最高一小
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成16受380
裁判結果 : 破棄自判(確定)

1.事件の概要

経営悪化したY組合において、従前から就業規則に制定され運用されていた選択定年制度が廃止されたが、その廃止前に同制度による退職の申出をしたX1らが、Y組合による同制度の適用拒否にもかかわらず、同制度に定める割増退職金請求権を有するとして、同請求権の確認を求めた。
Y組合の就業規則は、60歳定年退職制を定めるとともに、早期退職優遇制度として選択定年制(本件選択定年制)を設けていた。就業規則には「本人の希望により定年前の年齢で退職する者は、選択定年制実施要項の規定により定年扱いとし、特別措置を講ずる」と定められ、選択定年制実施要項には、「対象者は、退職時点において48歳以上の職員でかつ勤続年数が15年以上の職員のうち・・・この制度による退職を選択し、この組合が認めたものとする」と規定され、同制度による退職には割増退職金が支給された。Xらはいずれも上記の年齢勤続年数を満たすもので同制度が廃止される後記平成13年9月18日より前の同年7月18日、9月11日にそれぞれ同制度の適用による退職を申し出た。Y組合は平成13年7月、神奈川県から自己資本比率の低下等を指摘されて指導を受け、他の信用農協協同組合との合併の道を探ったが、同年8月、経営悪化から事業譲渡及び解散が不可避になったと判断して、事業を譲渡する前に退職者の増加により事業継続が困難になる事態を防ぐため、選択定年制を廃止するとの方針を立てた。そして同年9月4日から7日にかけて、選択定年制の平成13年度における対象者(有資格者)43名に対し、経営悪化により合併が避けられない事態であるため(事業譲渡についてはあえて説明せずに)、同制度を廃止し、同時点での申出の有無にかかわらず、同制度の適用はしないとの方針を説明し、さらに同年9月18日の理事会で選択定年制の廃止およびこれを即日実施する旨を決定した。その後Y組合は、Xらを含む7名に対し、上記の選択定年制度不適用方針を説明して退職願を返却したが、X1のみがこれに異議を留めたうえで受領した。
なお、平成14年3月31日、上記説明と異なり、Y組合は職員全員を解雇し、同年4月1日、事業全部を上部団体等に譲渡し、解散した。
1審判決(横浜地小田原支判平15.4.25労判931号24頁)は、Y組合の選択定年制度適用の諾否決定には制約があり、同制度の趣旨目的に沿った合理的な裁量を逸脱する場合には、承諾があったとして、同制度の適用による退職の効果が生じると判断し、控訴審(東京高判平15.11.27労判931号27頁)も若干の理由を追加してこれを支持したので、Y組合が上告したのが本件である。

2.判決の概要

本件選択定年制による退職は、従業員がする各個の申出に対し、Y組合がそれを承認することによって、所定の日限りの雇用契約の終了や割増退職金債権の発生という効果が生ずるものとされており、Y組合がその承認をするかどうかに関し、Y組合の就業規則及びこれを受けて定められた本件要項において特段の制約は設けられていないことが明らかである。もともと、本件選択定年制による退職に伴う割増退職金は、従業員の申出とY組合の承認とを前提に、早期の退職の代償として特別の利益を付与するものであるところ、本件選択定年制による退職の申出に対し承認がされなかったとしても、その申出をした従業員は、上記の特別の利益を付与されることこそないものの、本件選択定年制によらない退職を申し出るなどすることは何ら妨げられていないのであり、その退職の自由を制限されるものではない。したがって、従業員がした本件選択定年制による退職の申出に対してY組合が承認をしなければ、割増退職金債権の発生を伴う退職の効果が生ずる余地はない。なお、前記事実関係によれば、Y組合が、本件選択定年制による退職の申出に対し、Xらがしたものを含め、すべて承認をしないこととしたのは、経営悪化から事業譲渡及び解散が不可避となったとの判断の下に、事業を譲渡する前に退職者の増加によりその継続が困難になる事態を防ぐためであったというのであるから、その理由が不十分であるというべきものではない。

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【退職勧奨】アジアエレクトロニクス事件(東京地判平14.10.29労判839号17頁)

アジアエレクトロニクス事件(東京地判平14.10.29労判839号17頁)

参照法条  : 労働基準法3章、労働基準法11条、労働基準法89条3号の2、労働基準法2章
裁判年月日 : 2002年10月29日
裁判所名  : 東京地
裁判形式  : 判決
事件番号  : 平成12年 (ワ) 20995 
裁判結果  : 一部認容、一部棄却(控訴)

1.事件の概要

特殊電気器具機械の製造・修理等を目的とするY社では、リストラのため主要二部門の一つである半導体テストシステムの事業部門を別会社に譲渡するにあたり、会社都合退職の退職金に特別加算金を加給する条件で希望退職者を募った。Xらは(X2を除く)各部門長に希望退職応募用紙を提出して希望退職申込みの意思表示をしたところYからは異議も述べられずにそれが受領された(X2は一身上の都合を理由とする退職届を提出したのみであった)。
Y社は希望退職者の募集に際し、会社都合による規定退職金に加えて、60歳定年までの期間が24か月以上の者には特別加算金を支払う措置を講じており、この移籍対象者へ希望退職を適用することの諾否の判断はY社の総務部長が行ない、希望退職者82名のうち移籍予定者は28名であったが、Xらを含む14名のみが希望退職とされなかった。これに対して、Xらが、Y社に特別加算金の支払いを求めたのが本件である。

2.判決の要旨

本件は、いわゆる早期退職優遇制度に関するものとは異なる。すなわち、早期退職優遇制度は会社の経営に別段支障を来していない状況で、将来的な観点からする人事政策上の判断により特段の期間制限を設けることなく募集し、したがって、社員は形式上も実質上も退職を迫られているわけではなく、当然に従前のとおり勤務を継続できる状況のもと、退職と勤務継続との利害得失を十分に検討し自由な意思で判断ができるものである。これに対し、本件においては、Y社は、今後会社の存続が危ぶまれる深刻な事態に陥り、倒産を避けるためには、2事業部門のうちの主要部門である半導体テストシステム部門を従業員とともに他に譲渡し、他の電子機器部門に特化するとともにこれについても大幅なリストラを行うことを予定し、これが成功しなければ倒産を免れず、整理解雇も予想されるという状況にあり、したがって、余剰人員とされる者にとっては事実上会社に残るという選択肢は乏しく、しかも、これら本件施策は平成11年末に発表されたものの、正式の希望退職の募集に至っては3月22日に発表され、退職日は31日、応募期間は28日までであるなど短期間に難しい選択を迫られることになった。
このような場合、余剰人員とされる者に対する希望退職の募集に承諾条件を設定するのであれば、第1に「会社の認める者」といった、無限定で会社による一方的な判断の可能な事由ではなく、各社員につき適用の有無が判明するような明確で具体的な承諾条件で、かつ、それが確たる根拠に裏付けされたものであることを要し、第2に会社は募集に際し、社員の決断の時機を逸することなく、これを明示すべきであり、少なくとも各社員がそれを明確に認識できるよう周知する手段を講じる必要がある。これらを欠いたまま会社が希望退職の募集をし、社員が希望退職の申込みをし、会社がこれを受理して不承諾の意思を告知することなく退職の手続をし、社員がそのまま退職に至った場合は、特段の事情がない限り会社はこれを承諾したものと推認するのが相当である。なぜなら、上記の点が必要でないとすると、社員は自己に希望退職が適用されると期待したにもかかわらず、実はその適用の有無が会社に委ねられたまま退職することになり、その結果社員は割増退職金を受け取らずに退職するか、会社に残留するかの選択の余地も与えられないことになるのであって、労働者の地位を著しく不安定にし、労働者の権利を侵害して容認できない。このような点を考慮すると、上記の点を欠いた状況で希望退職の申込みを受理して承諾しない意思を示さずに退職手続を進め社員を退職させることは、これを承諾する意思であると解するのが公平であり当事者の通常の意思に合致するからである。
また、Y社はXら社員に対し、確たる根拠に裏付けされた各社員につき適用の有無が判明するような明確で具体的な承諾条件を設定してはおらず、かつ、Y社は、承諾条件が存することの明示すら時機を逸しており、かつ、その内容たる予定した承諾条件に至ってはこれを募集に際し明示せず、また各社員がそれを明確に認識できるよう周知する手段を講じたこともないから、Y社は、X2を除くその余のXらからの希望退職の申込みを受理し、不承諾の意思を告知することなく退職の手続をし、同Xらをそのまま退職に至らせたことにより、これを承諾したものと推認するのが相当である。

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【退職勧奨】ソニー(早期割増退職金)事件(東京地判平14.4.9労判829号56頁)

ソニー(早期割増退職金)事件(東京地判平14.4.9労判829号56頁)

参照法条  : 労働基準法89条3号の2、労働基準法89条9号、民法96条1項
裁判年月日 : 2002年4月9日
裁判所名  : 東京地
裁判形式  : 判決
事件番号  : 平成12年 (ワ) 16174 
裁判結果  : 棄却(控訴)

1.事件の概要

Xは、ビデオ機器の製造等を業とするY社で、係長として勤務していた。XはY社に在籍したまま訴外A団体に正式に入社し、Y社・A団体の双方に二重在籍していることは知らせないまま、約一か月ほどの間、有給休暇の取得を工夫し、二重就労の形態で勤務し、勤務記録を不正に入力するなどしていた。その後、過去にも実施歴のある早期割増退職制度(支援内容は自己都合退職金プラス特別加算、対象者は、勤続10年以上で、セカンドキャリアを目指し、Y社が適用を認めた従業員で職制に応じた年齢制限が設定、適用除外の規定もある)の適用を申請し、退職願についても承諾された。なお、Xは退職願を二度提出しているが、これはY社とA団体の要望により二重就業状態を速やかに解消するよう要望を受け、そのため退職日を繰り上げるために再度提出したものである。
ところがY社は、Xが他社に入社した事実があったことの報告がなかったことを理由に本件制度の適用を認めないこととし、Xには自己都合退職金しか支払わなかった。そこでXが、Y社に対し、本件制度に基づく特別加算金を請求したほか、二回目の退職の意思表示は強迫に基づくものであり無効である等として、一回目の退職願に記載された退職日を基に計算した賞与や給与の支払等を請求したのが本件である。

2.判決の概要

本件制度は、転職や独立を支援するため、通常の自己都合退職金に加え、特別加算金を支給することを主な内容とするものであるところ、従業員がその適用を申請し、Y社が適用を認めることが要件とされているうえ、一定の場合には適用が除外されている。そうすると、Y社が本件制度を社内に通知したことは、申込みの誘引であると解され、Xが主張するように、社内への通知が契約の申込みであり、Xからの申出が承諾であると解することはできない。
一方で、本件制度は、Y社が適用を認めることが要件とされているが、適用除外事由が具体的に規定されていることや、本件制度の申請は早期の退職という重要な意思決定を伴うものであることからすると、恣意的な運用が許容されるべきではないから、その適用を申請した者に本件制度の適用を認めないことが信義に反する特段の事情がある場合には、Y社は信義則上、承認を拒否することができないと解するのが相当である。

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【退職勧奨】富士ゼロックス事件(東京地判平23.3.30労判1028号5頁)

富士ゼロックス事件(東京地判平23.3.30労判1028号5頁)

参照法条  : 労働契約法15条、労働契約法16条、民法95条
裁判年月日 : 2011年3月30日
裁判所名  : 東京地
裁判形式  : 判決
事件番号  : 平成21(ワ)44305
裁判結果  : 一部認容、一部却下

1.事件の概要

Xは、カラー複写機などのオフィス機器の製造・販売等を主たる業とするY社で営業職として勤務していた。Xは、平成20年12月26日、現配属部署の事業所Aには出社せず、午前10時18分頃に異動前の事業所Bに出社したが、出勤時刻を「午前9時31分」と偽って入力したことが、上司の調査により判明した。Y社は、当該虚偽入力についてXを事情聴取したところ、Xは事実を認め顛末書をしたが、その際は、財布を忘れたことや電車の遅延、駅構内の混雑など、偶発的単発的な事象を理由としていた。しかし、その後のY社の調査により、ICチップ入りの社員証で管理される入退館時刻とXが入力する出退勤時刻に差異のある日が多数発見されたほか、外出旅費、通勤交通費の二重請求や生理休暇日にまで旅費を請求していること等の事実まで判明した。
Y社はXに対し平成21年3月11日に再度の事情聴取を実施し、人事担当者らがXに対し、自主退職するか、懲戒手続を進めるか尋ねたところ、Xは懲戒解雇になるかもしれないと考え、同月12日に罪を償い自主退職する旨の直筆の文書をY社に提出した。
これらの虚偽入力等一連の非違行為に対し、Y社は同年5月15日には、営業人事グループ長CがXに対して、出勤停止30日の懲戒処分を言い渡したところ、Xは、同日にY社に対して退職願を提出し、退職の意思表示をした。
しかしその後、平成21年6月29日になって、Xの代理人らがY社に対し、本件退職の意思表示は錯誤により無効である等の申し入れをし、Y社がこれを争ったため、Xが従業員としての地位確認等を求めたのが本件である。

2.判決の概要

Xは在職の意向が強かったことに加え、短期大学卒業直後から20年間にわたりY社において勤務していたこと、本件退職意思表示当時、40歳の女性であったことが認められ、再就職が容易であるとはいえないことも考慮すると、Y社が懲戒解雇を有効になし得ないのであれば、本件退職意思表示をしなかったものと認められる。したがって、Y社が有効に懲戒解雇をなし得なかった場合、Xが、自主退職しなければ懲戒解雇されると信じたことは、要素の錯誤に該当するといえる。
Xによる勤怠の虚偽申告は、長期間に及んでおり、本件出勤停止処分の対象とされた本件誤入力だけでも稼働日数60日中29回に及ぶ上、正確な出退勤時刻について説明を受けた後も継続していることなどからすると、Xは、勤怠管理やY社から金銭の交付を受けることに対する認識が著しく低く、杜撰であり、Xがした勤怠の虚偽申告、本件二重請求等は決して許されるものではなく、また、Xは、自己保身のため虚偽の説明をするなど、強く責められてしかるべきであるといえるものの、Y社が勤怠の虚偽申告であると主張するものの中には、同時入退室等を原因とするものも相当数含まれていると推認されること、Xが自己に有利な時刻を入力した場合についても、積極的にY社を欺罔して、金員を得る目的、意図をもってしたものとは認められないこと、本件二重請求等に故意は認められないこと、過剰請求額は、本件誤入力分が1万1668円、本件二重請求等分は、平成20年9月の重複請求分と合わせて9420円であり、多額であるとはいえないところ、いずれも返金されていること、杜撰な出退勤時刻の入力が長期間に及んでいることには、Y社による勤怠管理の懈怠も影響しているといえることを総合考慮すると、その動機、態様等は懲戒解雇が相当であるといえるほどに悪質であるとは言い難い。
 そうすると、Xには責められてしかるべき点があることを十分考慮してもなお、懲戒解雇は、重きに失すると言わざるを得ず、Xを懲戒解雇することは社会通念上相当であると認められない。
以上によると、Y社は、Xに対し、有効に懲戒解雇をなし得ず、本件退職意思表示には動機の錯誤が認められ、上記動機はY社に表示されていたといえるから、本件退職意思表示には要素の錯誤が認められる。
 またY社は、仮にXに何らかの錯誤が存在したとしても、Xは、本件懲戒規程を確認し、自らの行為にかんがみて、このまま処分が決定すれば懲戒解雇になる可能性が極めて高いと認識するに至り、3月11日事情聴取から丸1日熟慮の上、平成21年3月12日、Y社に対し、退職したい旨申し出、その後も一貫して退職するとの姿勢を維持しており、その間、十分に考慮する時間もあったのであるから、Xには重大な過失があった旨主張する。
 しかし、Y社人事担当者らが、Xに対し、自主退職せずとも出勤停止以下の処分になる可能性について具体的に言及したことを認めるに足りる証拠はないこと、Xは、3月11日事情聴取において、Y社人事担当者らから、翌日までに自主退職するか回答するよう求められ、同日中に本件労働組合の役員に相談したが、「会社がそう言っているなら、組合としては何もできない」と言われ、他に相談できないまま、翌12日に自主退職する旨回答せざるを得なかったと認められること、Xは、上記の回答後も、SOS総合相談グループに相談したが、有用なアドバイスは得られず、また、本件退職願に氏名等を記入した後も、本件組合の役員と面談したが、解雇は当然の処置であると言われたことが認められることからすると、Xは、Y社人事担当者らのみならず、本件組合役員からも懲戒解雇が相当である旨の説明を受け、これを具体的に否定する説明を受けることができなかったのであるから、Xが、自主退職する旨の意向を示した後、本件退職意思表示までに約2か月間、再検討する猶予があったことを考慮しても、錯誤に陥ったことにつきXに重大な過失があったと認めることはできない。

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【退職】学校法人白頭学院事件(大阪地判平9.8.29労判725号40頁)

学校法人白頭学院事件(大阪地判平9.8.29労判725号40頁)

参照法条  : 労働基準法89条1項9号、民法1条3項、民法96条
裁判年月日 : 1997年8月29日
裁判所名  : 大阪地
裁判形式  : 判決
事件番号  : 平成8年 (ワ) 1027 
裁判結果  : 認容,一部棄却(控訴)

1.事件の概要

Xは、学校法人Yの運営する中学校及び高校において、体育教員として勤務していた。Xは、平成6年8月から平成7年5月にかけて、生徒の母親訴外Aと情交関係(なお、Xには妻子があった。)となっていたが、平成7年12月14日、Aの元夫訴外Bからこれを理由に暴行を受けるとともに、BはXに対し、携帯電話で校長に電話して学校法人Yを辞めるよう強迫したので、Xは、やむなく電話により、校長に対して学校法人Yを退職する旨告げた。同月20日、Xは、校長の勧奨を受け、退職願を書いて校長に手渡した。校長は、Yの任免及び懲戒権者で理事長に電話してこれを報告し、理事長の了承を得た。一方、Xは、帰宅後に退職を取りやめようと考え、校長に電話し退職願を撤回する旨伝えたが撤回が認められなかったため、Xが学校法人Yに対して、退職の無効と従業員としての地位確認を求めたのが本件である。

2.判決の概要

平成7年12月14日の合意解約申込による合意解約の成否については、Xは、平成7年12月12日、Bの強度かつ執拗な強迫によって、畏怖を抱き、その畏怖によって、退職する旨の意思表示をなしたが、平成8年6月6日、右意思表示を取り消す旨の意思表示をし、右意思表示は翌七日に学校法人Yに到達しており、右強迫による退職の意思表示は取り消されたものと認められるので、Xの合意解約が成立した旨の主張は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。
平成7年12月20日の合意解約の成否については、Xは、校長に対して退職願を提出しており、Xは、学校法人Yに対しこれにより雇用契約の合意解約の申込をしたものと認めることができる。これに対し、Xは、校長に退職願を預けただけであり、合意解約の申込に該当しない旨主張するが、X本人によれば、Xは、真に退職する意思を有していたことが認められ、Xの右主張は採用できない。
労働者による雇用契約の合意解約の申込は、これに対する使用者の承諾の意思表示が労働者に到達し、雇用契約終了の効果が発生するまでは、使用者に不測の損害を与えるなど信義に反すると認められるような特段の事情がない限り、労働者においてこれを撤回することができると解するのが相当である。なお、学校法人Yの引用する最判昭和62年9月18日労判509号6頁は、対話者間で承諾の意思表示のなされた事案と考えられ、隔地者間で承諾の意思表示のなされた本件とは事案を異にするものである。
Xは、合意解約の申込から約二時間後にこれを撤回したものであって、学校法人Yに不測の損害を与えるなど信義に反すると認められるような特段の事情が存在することは窺われず、Xは、理事長による承諾の意思表示がXに到達する前に、合意解約の申込を有効に撤回したものと認められるので、学校法人Yの合意解約が成立した旨の主張は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

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【懲戒解雇】国・気象衛星センター事件(大阪地判平21.5.25労判991号101頁)

国・気象衛星センター事件(大阪地判平21.5.25労判991号101頁)

1.事件の概要

Xは、国家公務員としてYセンターで技術専門官として勤務していた。Xは、オペラサークルの声楽の指導者らに誘われ、平成13年10月頃からキリスト教の協会に通うようになり、平成14年3月に洗礼を受け、その後同僚で付き合いのあったAらに対し、教会に来ないと身を滅ぼす等のメールを送るなどしてキリスト教への勧誘を執拗に行うようになった。Aらはこれを止めさせるべく話合いの機会を持ったり、止めるよう強く言ったりしたところ、Xはその都度謝罪するものの、また宗教勧誘行為を繰り返していたため、Aらとの関係が険悪となった。
その後、Xは、平成16年8月21日にYセンターで開催する広報行事の実行委員となり、同月19日まで講演会の準備をしていたが、翌20日、当日の勤務を休む旨連絡した後、Yセンターに何ら連絡することなく、同日から同年10月27日まで出勤しなくなり、合計46日間無断欠勤した。Yセンターは、同年10月28日付けでXに対し、国家公務員法82条1項を適用して本件懲戒免職処分(本件処分)を行ったが、Xの所在が不明だったため、通知に代えて同年11月5日の官報公告がなされた。Xは無断欠勤中、国内を転々としたり、イタリア旅行に出かけて行方不明になったりし、同年12月11日に帰国した。
その後Xは、平成17年4月27日、原告は初めて精神科を受診し、統合失調症と診断された。同年5月11日から8月11日まで、原告は精神保健福祉法に基づく医療保護入院をしたところ、専門医は、Xは平成14年にキリスト教に入信した頃から妄想型統合失調症を発症していると診断した。
Xが、本件処分を不服として人事院に対し審査請求をしたところ、人事院は本件処分を承認する旨の審決を行った。これに対してXが、同決定を不服として、本件処分の取消を求めたのが本件である。

2.判決の概要

Xの無断欠勤は、統合失調症の罹患を契機とするものである。また、Xに対する本件処分ないし無断欠勤時におけるXの上司のXの異常に対する認識であるが、少なくともそれ以前にAら同僚らがXに対して精神科ないしカウンセリングへの受診を勧めていたこと、同異常状況を踏まえてAらがXの上司に相談し、宗教の勧誘等を止めるよう働きかけていたこと、Xの無断欠勤がそれまでの行動との間で連続性が認め難いことを踏まえると、Yセンターは無断欠勤がXの自由意思に基づくことについて、疑いを抱くことは十分可能であったことが強く窺われる。
ところで、国家公務員に対する懲戒免職処分が同公務員としての地位を剥奪する強力な処分であり、しかも退職金が支払われない等不利益の程度が著しいところ、Xの無断欠勤の原因とともに当時のXの上司の認識ないし認識の可能性を踏まえると、Xに対する本件処分は、社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権を逸脱し、濫用したものと言わざるを得ない。そうすると、Xに対する本件処分は取り消されるべきものである。


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【懲戒解雇】日本ヒューレット・パッカード事件(最二小判平24.4.27労判1055号5頁)

日本ヒューレット・パッカード事件(最二小判平24.4.27労判1055号5頁)

1.事件の概要

Xは、システムエンジニアとしてY社に勤務していたが、被害妄想など何らかの精神的な不調により、実際には事実として存在しないにもかかわらず、約3年間にわたり加害者集団からその依頼を受けた専門業者や協力者らによる盗撮や盗聴等を通じて日常生活を子細に監視され、これらにより蓄積された情報を共有する加害者集団から職場の同僚らを通じて自己に関する情報のほのめかし等の嫌がらせを受けているとの認識を有していた。そのため、自らの業務に支障が生じており自己に関する情報が外部に漏えいされる危険もあると考え、Y社に事実調査を依頼した。
Xは、その調査につき納得できる結果が得られず、Y社に休職を認めるよう求めたものの認められず出勤を促すなどされたことから、自分自身が上記の問題が解決されたと判断できない限り出勤しない旨をあらかじめY社に伝えた上で、有給休暇をすべて取得した後、欠勤届を出さずに約40日間欠勤した。
そのため、Y社は就業規則(欠勤多くして、正当な理由なしに無断欠勤引き続き14日以上に及ぶとき)に該当することを理由に、諭旨退職処分とした。
これに対して、Xが、諭旨解雇処分が無効であるとして、雇用契約上の地位の確認等を請求したのが本件である。

2.判決の概要

このような精神的な不調のために欠勤を続けていると認められる労働者に対しては、精神的な不調が解消されない限り引き続き出勤しないことが予想されるところであるから、Y社は、精神科医による健康診断を実施するなどした上で(Y社の就業規則には、必要と認めるときに従業員に対し臨時に健康診断を行うことができる旨の定めがあった。)、その診断結果等に応じて、必要な場合は治療を勧めた上で休職等の処分を検討し、その後の経過を見るなどの対応を採るべきであり、このような対応を採ることなく、Xの出勤しない理由が存在しない事実に基づくものであることから直ちにその欠勤を正当な理由なく無断でされたものとして諭旨退職の懲戒処分の措置を執ることは、精神的な不調を抱える労働者に対する使用者の対応としては適切なものとはいい難い。
そうすると、以上のような事情の下においては、Xの上記欠勤は就業規則所定の懲戒事由である正当な理由のない無断欠勤に当たらないものと解さざるを得ず、上記欠勤が懲戒事由に当たるとしてされた本件処分は、就業規則所定の懲戒事由を欠き、無効であるというべきである。


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メンタル不調を原因とする無断欠勤や職場秩序違反を理由とする解雇

メンタル不調を原因とする無断欠勤や職場秩序違反を理由とする解雇

うつ病等のメンタル不調も私傷病の一つなので、会社は病気欠勤あるいは休職等によって回復を待つべきですので、治療について会社が配慮をした上で、解雇がやむを得ないといえる場合でなければ、解雇権の濫用と判断されます。この点は、他の私傷病と違いはありませんが、メンタル不調者の無断欠勤や職場秩序違反を理由とする解雇の可否については慎重に判断する必要があります。

1.メンタル不調者の無断欠勤を理由とする解雇

メンタル不調の場合には、無断欠勤をしたり、職場秩序を乱す異常な言動がみられることがあります。この場合に就業規則の懲戒事由に該当するものとして、直ちに解雇や懲戒ができるかが問題となります。

この点について、「日本ヒューレット・パッカード事件(最二小判平24.4.27労判1055号5頁)」は、精神的不調を抱えている労働者に対する無断欠勤を理由とする諭旨解雇については、精神科医による健康診断を実施するなどし、必要な場合は、治療を勧めた上で休職処分を検討すべきであり、このような対応を採らずに、無断欠勤を理由にして諭旨解雇の懲戒処分とすることは、就業規則所定の懲戒事由(正当な理由のない無断欠勤)に当たらないとして、諭旨解雇を無効としています。
同様に、「国・気象衛星センター事件(大阪地判平21.5.25労判991号101頁)」も、統合失調症に罹患し、職場で宗教勧誘行為を繰り返したり、46日間無断欠勤し、その間失踪し、連絡が取れなかったことを理由としてなされた懲戒免職処分について、無断欠勤中の失踪は統合失調症による「解離性遁走」(解離性健忘の全ての病状を備え、明らかに意図的に家庭や職場から離れる旅行をすること)であるとし、宗教勧誘行為も合理性がなく異常であり、無断欠勤が、原告の自由意思に基づく無断欠勤であることについて、疑いを抱くことは十分可能であったとし、懲戒免職処分は、裁量権を濫用したものとして無効としています。
このように、精神的に不調な労働者が、正当な理由のない欠勤(無断欠勤)を続けている場合は、治療の機会や休職という精神疾患への配慮をせずに、単に無断欠勤を理由に懲戒解雇や諭旨解雇をすることは、懲戒権・解雇権濫用となります。

一方で、いずれの事件でも問題となった言動は、無断欠勤や不就労(労務不提供)で、無断欠勤以外の懲戒事由に該当する行為等解雇事由については触れていません。従って、無断欠勤(不就労)が、精神的不調に基づくと認められる場合には、懲戒処分を避け、専門医での治療を勧めるか、休職処分を検討するべきかと思いますが、無断欠勤以外の職場秩序を乱す言動(解雇事由)があった場合にまで、治療の勧奨や休職処分に付さないと懲戒処分が無効となるとまではいい切れません。

2.メンタル不調者の無断欠勤以外の職場秩序違反を理由とする解雇

「東京合同自動車事件(東京地判平9.2.7労経速1655号16頁)」では、タクシー会社の乗務員が、躁状態等の診断を受け約3か月の入院治療により軽快に勤務を再開したが、その後、会社を中傷する文書を送付したり、上司に対し罵詈雑言を吐いたり、自過失による事故に対する注意を受けて、上司に暴言を吐いたりしたため、「精神もしくは身体に障害がある・・・ため業務に堪えないと認められるとき」に該当するとしてなされた解雇が有効とされています。
また、「豊田通商事件(名古屋地判平9.7.16労判737号70頁)」では、電算部に勤務していた労働者が、精神病院に入院しナイトホスピタル(夜間病院で過ごし、昼間は通勤する)を開始し、その後退院して通常業務に就いたが、その後も、無銭飲食、業務命令違反、暴行、業務妨害、物品持ち出しなどし、さらに上司と面談中窓ガラスに茶碗を投げつけるなどしたため解雇した事案について、解雇権の濫用とはいえないとされています。
さらに、「T&Dリース事件(大阪地判平21.2.26労経速2034号14頁)」では、うつ病に罹患して休職した労働者が復職後、ICレコーダーやビデオカメラを職場に持ち込み、上司から再三にわたる録音・撮影禁止の注意・指示を無視してこれを繰り返し、また、労働者の健康状態に配慮して策定された復職の方針に基づく業務指示に従わなかったため解雇されたケースについて解雇権の濫用とは認められないとされています。

このように、メンタル不調により単に無断欠勤(労務不提供)というにとどまらず、その言動により職務遂行への支障、業務・職場秩序への重大な違反・悪影響等が生じている場合には、解雇もやむを得ないと考えられます。ただし、この場合でも、懲戒解雇は避け普通解雇により対応すべきです。


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【雇止め】本田技研工業事件(東京高判平24.9.20労経速2162号3頁)

本田技研工業事件(東京高判平24.9.20労経速2162号3頁)

1.事件の概要

Xは、平成9年12月1日、車の製造、販売等を目的とするY社に、期間契約社員として採用された。その後、Xは、Y社との間で有期雇用契約の締結と契約期間終了・退職を繰り返した。Xは、平成20年9月29日、Y社との間で、同年10月1日から契約期間2か月とする有期雇用契約を締結し、さらに、同年11月28日、Y社との間で、同年12月1日から契約期間1か月とする本件雇用契約を締結した。同月31日、Y社は、本件雇用契約の契約期間が終了したとし、その後の契約の更新を拒絶した。
Xは、本件雇用契約の締結に先立つ平成20年11月26日に開催された説明会に出席し、リーマンショックによる自動車販売実績の急速な低迷により、Xの勤務してきたA製作所の部品生産の激減等について説明を受け、また、同月28日には、勤務シフトべ別に期間契約社員に対して開催された説明会に出席し、A製作所では、経営努力だけでは余剰労働力を吸収しきれず、期間契約社員を全員雇止めにせざるをえないこと等について説明を受けた。
Xは上記の説明を理解し、もはや期間契約社員の雇止めは回避し難くやむをえないものとして受け入れ、「本契約は、前項に定める期間の満了をもって終了し、契約更新はしないものとする。」という、本件不更新条項が盛り込まれた契約書に任意に署名した。Xは、この雇止めが、これまでのような、退職後に一定の空白期間経過後、再入社することが期待できる雇止めではないことは十分に理解していた。
Xは、Y会社からの雇用契約の更新拒絶は違法無効であるとして、雇用契約上の権利を有する地位の確認等を求めて訴えを提起した。1審は、Xの請求を棄却したため、控訴したのが本件である。

2.判決の概要

Xは、事前に、Y社から説明を受け、本件不更新条項が、もはや再入社が期待できない雇止めを予定する条項で、やむなくこれを受け入れざるをえないと判断し、不更新条項を規定する本件雇用契約を締結した。そして、本件雇用契約が締結された平成20年11月28日から本件雇止めが実行された同年12月末日までの間、Xは、Y社側に不満はもとより異議を述べたり、契約継続することを求めたりするなどせず、粛々と雇止めを受け入れる行動態度をとって期間満了に至り、退職手続を整然と履行してY社から支給される慰労金および精算金を受領した。
そうすると、Xは、Y社の説明会が開催された同年11月28日時点において、本件雇用契約の期間満了後における雇用契約のさらなる継続に対する期待利益を確定的に放棄したと認められるから、本件雇止めについては、解雇権濫用法理の類推適用の前提を欠く。



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